ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

24 / 91
第19話 ショートカット

 

 

 

 異界ダンジョン〈試しの山〉。

 

 

 俺はこの異界ダンジョンそのものへ意識を注いで、情報を『視る』。

 深紅に反転した視界が、無数の光脈となって網の目を描く。

 森も岩も熱を孕んだ空気も、あらゆる存在の輪郭が符号へと分解される。

 

 

 気温、魔素・聖素濃度、魔物の種別と位置、地形の立体情報、仲間の生体反応――膨大な数値と文字列が洪水のように脳へ雪崩れ込み、頭蓋がきしんだ。

 

 

(──必要な、情報を……!)

 

 

 意識を研ぎ澄まし、奔流の中から平面地図情報の層へダイブする。

 深紅の大地に幾筋もの光点が瞬き、隊列を組んで移動していた。

 光は班ごとに色別されている。

 俺とカーラは白。レンとシモンの位置は北北西に一キロ離れた淡緑の光点。黄色のアリス班は速度を伴って南下し、他班もそれぞれの軌跡を残している。

 

 

 十五秒。頭蓋の中で何かがプツンと弾ける感触。

 鼻腔を熱い液体が伝い、視界がにじむ。

 

 

「あ、アイカータくんっ!?」

 

 

 魔光を解除すると同時に膝が抜け、地面に崩れ落ちた。

 視界が元に戻る。足元の黄土とカーラの甲冑靴が揺れて映った。

 

 

 あと五秒でも長びいていたら、脳幹が焼けていた。

 鼻血が滴り、赤い点を土に散らした。

 カーラの慌てた声がかすかに遠く、生ぬるい風が頬を撫でた。

 

 

(全員の位置は、わかった――)

 

 

 ぐらつく意識をつなぎ止めながら、俺は拳で地を叩き、再び立ち上がろうとした。

 力が入らずに、その場に倒れ込む。

 鼻っ柱が土にまみれる。痛いのかどうかもわからないまま、うめいた。

 

 

「だ、大丈夫か?」

 

 

「予定、どおり、に……」

 

 

 俺は振り絞った声を上げる。

 からからに乾いた喉を震わせるたび、鉄の味を帯びた唾液が舌の裏で苦く弾けた。

 

 

 しゃがんだカーラが俺を仰向けに変えた。

 そのまま彼女も横になる。

 うつ伏せになり、彼女は腕立て伏せの体勢を取っていた。

 

 

 俺は意図を察して転がる。

 カーラの背に覆いかぶさった。

 

 

 視点が上昇する。

 熱を吸った鎧が俺の肌を温めた。

 彼女に腕を回し、どうにか落とされないように自身の腕を掴む。

 震える指先が汗に滑りそうになり、必死で力を込めた。

 

 

 肩に顎を乗せる。亜麻色の髪が頬をくすぐった。

 拭った鼻から血が一筋垂れる。

 

 

「……悪い」

 

 

「き、気にしてない。むしろ……いや、行こう」

 

 

 カーラが前進する。

 移動しながら、ぽつりぽつりと俺は手にした情報を小出しに伝えた。

 

 

 

 

◆□◆

 

 

 

 

 俺の才能――〈第四の目※1〉の反動により身じろぎも苦痛な状況。

 カーラの背に揺られたまま、俺は体力(スタミナ)の回復を待っていた。

 

 

 〈第四の目〉によって、モンスターの位置情報は把握している。

 モンスターたちに遭遇せずに俺とカーラは前へ前へと着実に進んでいた。

 

 

 灼けた金属板――ハーフプレートアーマーが低温の火傷のような熱を押しつけてくる。

 湿った熱帯の空気は肺の奥にまで入り込み、息を吸うたび焦げた草葉と硫黄が混じった煙が喉を擦った。

 

 

 遠くで雷にも似た地鳴りがごろごろと腹の底を揺らす。

 噴煙の影が空の端を曇らせている。

 

 

「右……」

 

 

「──わかった!」

 

 

 カーラの肩越しに吐き出した俺の声は、熱気の層でくぐもり、自分の耳に届く頃にはすっかりかすれていた。

 俺の両脚を持つ彼女の手が強まる。

 気づかいに、温かさを感じた。

 

 

「アリスたちは……六十分で山頂に……」

 

 

 アリスたちはマップ北西端の転送点⑤から開始したのであろう。

 俺たちとのレースに負けまいと、淀みのない動きで移動していた。

 

 

 ダンジョン突入時点での戦力図※2を、俺は頭で整理する。

 通常であれば、第一班(レベル2×3+レベル3)/第二班(レベル3×4)と、レベルによる体力(スタミナ)の差が到着時刻に響いてくる。

 

 

(俺たちはショートカットを使えば、五十分ほど……。合流を考えると時間がない……)

 

 

 彼女の班はすでに森林地帯を抜けきりそうな位置にいた。

 おそらくはマップ北の正規ルートから山頂を目指すことになるはずである。

 

 

 あまりにも迷いがない動き。

 アリスの才能(タレント)黄金感覚(きんせんかんかく)〉で最適なルート選択を行っているのだろうと、俺は勘繰った。

 

 

(早めに進まないと……)

 

 

 魔法の携帯袋にしまったメモ書き。

 対アリスの秘密兵器に、俺は想いを馳せた。 

 

 

 しばらく進んで視界が開ける。

 カーラの背から俺は標高1,000メートルはあろう火山を見上げた。

 灰を孕んだ雲が山頂を巻き込み、咆哮のような噴気が尾を引いて空へ昇る。

 空気は熱に揺らぎ、遠目にも赤熱した岩流が脈動しているのがわかる。

 

 

 近づくたび、地面の奥で心臓が脈打つような振動が強まる。

 汗ばむ肌を熱と恐怖が同時に這い上がった。

 

 

 アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、五十五分。

 

 

 

 

 俺はカーラから降りて、灼けた赤土の上に腰を下ろした。

 足元はまだふらつくがもう一人で歩くことはできそうだった。

 根を張ったシダの影から立ち上る湯気が頬をなで、火山風が硫黄と草の匂いを混ぜて運ぶ。

 

 

「いったん、小休憩しよう」

 

 

 そう言って、俺は魔法の携帯袋から塩おにぎりと携帯浄水瓶を取り出した。

 立ったままのカーラに竜海苔(たつのり)※3で包んだ塩おにぎりを二つ投げてよこす。

 

 

「え? え?」

 

 

「いらなかったか?」

 

 

「──いるぅ!」

 

 

「お、おう」

 

 

 俺は竜海苔をはがし、塩おにぎりにかぶりつく。

 魔法の携帯袋内は時の流れが遅い――炊き立てと変わらぬ温かさを舌先で感じる。

 にぎり飯の海塩が舌を刺激し、唾液がどっと湧いた。

 

 

 粗い米粒を喉に押し込み、携帯浄水瓶に入れた耐熱ポーションで流し込んだ。

 口内に残る塩気と炊き立ての甘さがじわりと指先に力を戻した。

 耐熱ポーションの冷涼さが胃から広がる。

 はっかを飲み干した気分だ。この世界の猛暑に欠かせない苦みを、俺は味わった。

 

 

 カーラは満面の笑顔をたたえておにぎりを頬張っている。

 リスのごとくほっぺたをふくらませていた。

 

 

「おいひぃ……っ!」

 

 

 ただの水稔米を丸めて塩を振っただけ、と口には出さない。

 幸せそうな横顔が、噴気孔の白煙を背景にやわらかく浮かぶ。

 遠くではスカイスワローの鳴き声が短くこだました。

 

 

 俺は自身の体力(スタミナ)の残量を『視る』。

 四割ほど回復しているのを見て、次にカーラを眺めた。

 八割残っているのを確認する。

 改めて彼女が体力(スタミナ)お化けであることを思い知った。

 

 

「……」

 

 

「どした?」

 

 

 視界を元に戻す。カーラが食べる手を止めて、俺のことを見つめていた。

 恐る恐る、といった様子で彼女は俺に尋ねてきた。

 

 

「その、……その赤い目は、君の才能(タレント)なんだよ、な?」

 

 

「ああ。前も言ったけど、あまり深く聞いてほしくはないかな。家族とカーラたちにしか教えてないし」

 

 

「あっ、ごめっ! そういう意味じゃなくて! ……ただ、大丈夫かな、って。す、すまない」

 

 

 俺は手をひらひらと振って応えた。

 合宿中に俺はレン・シモン・カーラには手の内を明かしていた。

 実際の消耗を目の当たりにして、不安になったのだろう。

 

 

 立ち上がって、彼女に俺が使っていた携帯浄水瓶を手渡す。

 目を白黒させ、うろたえる彼女の耳元で俺は告げた。

 

 

「心配かけてすまない。……もう大丈夫だ、ありがとう」

 

 

「──!?」

 

 

 口にした途端、カーラの耳が少し赤くなる。

 ぽんとカーラの肩を叩いて、俺ははにかんだ。

 

 

「レンたちに追いつかなきゃな。次もカーラ頼みだ……また、よろしくな」

 

 

 鼻血を垂らしながらカーラが短くうなずく。

 俺はざらつく手袋で汗を拭い、前方の地形を見据えた。

 

 

 赤土の向こう、噴気を吐く岩場の上に切り立った黒曜の崖がそそり立つ。

 溶岩で焼かれた断崖は鈍い光を帯び、頂には幅一人分の細い獣道が絡みつく。

 俺は首筋の汗に風を受けながら、険しくそそり立つ壁を見上げた。

 

 

(あの稜線のショートカットを使えば、レンたちに追いつける――)

 

 

 未だにレンたちと通信魔法はつながらない。

 あと百、二百メートル、距離を詰めれば届くはずだ。

 

 

 俺は〈不動の跳躍する兎の足〉の代替装備を袋から取り出した。

 靴を履き替える。原作知識に頼った時間短縮に取り掛かった。

 

 

 アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、五十分。

 

 

 

 

「次は、あそこの、でっぱりに組み付いてくれ」

 

 

 カーラの首に片手を回したまま、反対の腕を伸ばして指差す。

 幅二十センチほどの赤茶けた突起。熱で脆くぽろりと崩れそうな外観である。

 だがそこが唯一、次の足場に届くルートであった。

 

 

「ひぃいい……っ!」

 

 

 ほぼ垂直に切り立つ黒曜混じりの壁――三百五十メートル級の絶壁が天頂を遮る。

 上昇気流が火山風を引き上げ、硫黄と焦げ土の匂いがむせ返るほど濃くなる。

 岩肌の隙間からは白い噴気がぷつぷつ漏れ、熱い蒸気が頬を刺した。

 

 

 カーラの声が上ずる。

 俺を背負ったまま素手で岩を掴み、手甲が震えるたび金属臭が熱気に混ざった。

 

 

 今カーラは甲冑靴の替わりに〈不動の跳躍する兎の足〉を履いている。

 本来はレンの風魔法〈飛行術(フライト)〉で登るはずだったが、二手に分かれたため急遽この方法を選んだ。

 

 

「カーラなら、大丈夫だ。……頼む」

 

 

「──う、うわあああああああっ!!」

 

 

 カーラは息を呑み、脚のバネを一気に解放――。

 ぶおん、と重い風鳴りが耳を裂き、二人まとめて空中へ浮く。

 

 

 彼女の両手が突起を掴むや、岩がきしんだ。

 反動で視界が揺れ、火口の熱風が背面を焼く。

 鉄の匂いと焦げた苔が鼻を刺し、汗が一筋、顎から地表へ滴った。

 

 

「よしっ。次はあの上の……」

 

 

「う、ううぅっ……」

 

 

 カーラの肩が震える。俺は次の蹴り出しに備えてしがみつく力を強くする。

 この後、俺たちは跳躍を七回繰り返し、崖上へ到達した。

 

 

〈試しの山〉五合目――森林帯を俯瞰する高さ。

 登り切った途端、カーラは両手と膝を地面につき、四つん這いになる。

 生まれたての牡鹿のように足が震え、ハーフアーマーの金具がカタカタと音を立てた。

 

 

 俺が頭を撫でても反応が薄いことから、よほど怖かったのだろう。

 カーラの震える姿を尻目に、俺は再度通信魔法でレンに呼び掛けた。

 

 

【レン、聞こえるか……応答しろ……】

 

 

 山頂までは残り標高三百五十メートル。

 通信が途絶えたままということは――。

 

 

 胸に冷たいものが走る。

 灰色の雲が火口上空で渦を巻き、時折雷光が紫に閃いた。

 

 

 アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、三十分。

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

〈用語解説〉

 

※1 第四の目=モブ・アイカータの才能(タレント)

 

ありとあらゆる情報を見通す力を持つ。

原作ではほとんどのステータスがUIで可視化されていたため空気スキルだった。

 

原作モブは、ヒロインの好感度や好きなものなどを

この才能(タレント)によって把握して、主人公に教えていた。

 

 

 

※2 戦力図

 ◆第一班 《転送点③》出撃

  モブ レベル2/スカウト(中衛・索敵・指揮)

  カーラ レベル3/ファイター(前衛・盾役)

  レン レベル2/ウィザード(後衛・火力)

  シモン レベル2/アルケミスト(後衛・回復)

 

 ◆第二班 《転送点⑤》出撃

  アリス レベル3/スカウト(中衛・索敵・指揮)

  カナメ レベル3/サムライ(前衛・火力)

  マリー レベル3/プリースト(中衛・回復・火力)

  ルールルー レベル3/ウィザード(後衛・火力)

 

 

 

※3 竜海苔(たつのり)=深海ダンジョン産の耐炎海藻を乾燥させた食材包装商品。そのまま食べることができる。五枚=四銅で売っている冒険者の味方。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。