ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
異界ダンジョン〈試しの山〉五合目。
この先はスカイスワロー(人大の燕魔鳥)とワイルドボア(甲殻の巨猪)の縄張りだ。
頭上で灰紺の翼が弧を描く。
高音の笛声と羽ばたきがこだました。
遠目の下草の茂みでは、巨猪が岩を鼻で弾き、鈍い轟音と土煙が立った。
合宿中の作戦会議のことを俺は思い出す。
『俺たちは、五合目まではこの崖を〈
『わかった。……〈
『問題ない。
『……攻撃的だな。だが、それが今回はありがたい』
『ああ。当日は頼むぞ、レン──』
その飛行役から、応答がない。
噴気孔の白煙が視界を横切り、硫黄の刺激が喉を刺した。
乱れた呼吸を整え、カーラがハーフアーマーを鳴らしながら近づいてくる。
「リーダくん、アウクシルくんは?」
「連絡がつかない」
「──!」
遠くでスカイスワローの警戒声が響き、熱風にかき消える。
ふたりに何かあった──それは明らかだった。
背に生ぬるい汗が伝う。
「カーラ、いまからもう一度『視る』。さっきより酷くはならないから、安心してくれ」
前回は異界全体から情報を取得したが、今回はこの山近辺に抑える──。時間も手短にする。
俺は膝をついて深呼吸した。
うずまく熱気を肺に押し込む。
俺は再び、異界ダンジョンそのものへ意識を注ぎ、情報を『視た』。
稜線・岩肌・灌木・熱気、すべてが羅列された符号へと変換される。
情報の奔流が頭蓋を痛めつける。
三秒ほど深紅に反転した世界を見終えた後、激しい動悸と共に、俺は両手を赤土につけた。
狙いを絞り、ふたりの光点が止まった場所と、そこへ続く地形を拾い上げた。
カーラの差し伸べた腕を掴み、ぐらつく膝を押し伸ばして立ち上がる。
「北西、火山の内側にレンたちの光点。ふたりとも同じ場所から動いていない。おそらく、モンスターと交戦中に滑落したんだろう。意識を失っている可能性もある」
火口方向の稜線を見やりながら告げる。
そこでは灰紺のスカイスワローが旋回し、岩場の陰ではワイルドボアの影がうごめく。
「そんな……」
カーラが唇を噛み、肩をわずかに震わせる。
「
自嘲気味に、俺は声をこぼした。
ふたりの光点が止まっている場所は、原作で隠しエリアと記された洞穴と重なる。
救助に向かえば、時計の針は確実に進む。
それでも、置いていく選択肢はない。
唯一の救いは、アリスたち第二班の光点も、赤いモンスター群と重なった位置で止まって見えたことだ。交戦中か、迂回路を探しているかまではわからない。少なくとも、いまは山頂へ進んでいない。
だが、それも束の間の慰めにしかならない。
兎にも角にも、ヌシに挑むためには人数が必要となる。
幸い隠しエリアにはカーラにとって有用な装備が配置されていた。
加えて、中には使う予定のなかったショートカットもある。
俺は重い脚を引きずり、隠しエリアに至る降り口を探そうとする。
「マーケッタさんたちは、あとどれぐらいで山頂に着きそう、なんだ?」
カーラが俺に問う。
俺は足を止めて答えた。
「三十分ぐらいだ」
「ふたりを救助してからの討伐、間に合うのか?」
「……」
俺は考え込む。すべてはレンたちの状態次第だ。
場合によっては、帰投する必要がある。
「なら、私が先に、山頂に向かう……っ」
俺は勢いよく振り向く。
カーラが、決意を宿した眼でこちらを見据えていた。
拳を握りしめ、噴気孔の白煙を背に立ち尽くす姿は、熱風の中でなお凛として揺るがない。
青みを帯びた鎧が陽を反射し、火照った空気を割いてきらめいた。
カーラの声は熱気にかき消されず、岩肌で澄んで返る。
「メイリーナ先生は〈群衆補正〉があるから、モンスターには間違っても複数班であたるなと言った。なら、ヌシと先に戦闘していたほうが、交戦権はあるはずだ」
「それは──」
〈群衆補正〉。この世界のモンスターが有する特別な力。
既定の人数を超えて戦闘すれば、〈群衆補正〉によってヌシは強化される。後から来た班が引く。理屈の上では、それが正しい。
俺は小さく首を横に振った。
「……先を越されても、アリスたちは素直には引き下がらないよ」
アリスもカナメも、〈群衆補正〉を無視するほど不用意じゃない。
だが、だからといって、俺たちにヌシ討伐を譲るふたりでもない。人数を絞るか、搦め手を使ってでも、勝負へ食い込んでくるはずだ。
「けど、私たちは、違う」
「……」
「私たちはマーケッタさんたちの班と違って、後から戦闘には加わらない。〈群衆補正〉でクラスメートを危険に晒すくらいなら、引き下がる──君なら、きっとそう判断する」
「それは……」
反論が、喉の奥でつかえた。
見透かされた気持ちになる。
カーラが握りしめていた拳をほどいた。
わずかに震える脚で赤土を踏みしめ、半歩、俺の横へ出る。視線はもう、俺の肩越しの稜線へ向いていた。
「……勝ちたいなら、勝ちの目を残すなら、誰かが必ず、先に向かうべきだ。──私が時間を稼ぐ。耐えるのは、自信がある」
言葉が詰まる。
レンたちを置いていけず、かといってカーラを死地へ送れない。俺が選べずにいた道を、カーラは俺の迷いごと見抜き、自ら選び取った。
俺はまぶしさを覚える。目を細め、カーラを見やった。
返事を待たず、カーラが歩み出す。
俺はすかさず、通り過ぎようとする彼女の左肩に手を置いた。声を絞り出す。
「──もし、俺が賭けに負けることを気にしてやってるなら、止めてくれ」
「ち、違う。それは、気にしてるけど、それだけじゃない」
亜麻色のおさげが風に揺れる。
立ち止まったカーラは、
「……私は剣の名門ソードマン家の落ちこぼれで、昔から、
カーラの頬を汗が伝い、赤土へ落ちた。
潤んだ瞳が真正面から俺を射抜く。
「私は、このパーティを勝たせたい」
そう、力強く。
カーラは言い放った。
「誰のためでもない、私自身のためだ。負けて、みんなをバカにされたくない。勝って、幸せなまま、みんなとの関係を続けていきたい。みんなの名誉を、私が守りたい──」
俺は下唇を噛みしめる。俯いては、感じ入った。
肩に置いていた手を離す。そのまま拳を作って、カーラの胸当てへそっと押し当てた。
俺は自身の
ああ、そうだ。簡単に引き下がれるものか。俺ひとりで、諦めることを決めていいわけがない──。
俺が言うべきだった言葉を、今度こそカーラに告げる。
「先に、行っててくれ」
「!」
「レンたちを連れて、必ず追いつく。山頂は任せた。──俺たち全員で、勝つぞ」
「──ああ!」
カーラの表情が、柔らかくほどける。
その握りにこもった力こそが、言葉よりも確かな返事だった。
俺は魔法の携帯袋を片手で探る。
兎の意匠の
「会議で話した、九合目まで跳躍靴で抜ける近道は、覚えてるな?」
封筒を差し出しながら俺は聞く。
カーラが短くうなずいた。俺の拳から手を離し、封筒を受け取る。
「オーケー。跳躍して、その近道で九合目の分かれ道まで一気に行け。モンスターも避けられる。そこから山頂と反対側の袋小路へ入り、これを
カーラは封筒を自身の魔法の携帯袋へ大事そうに滑り込ませた。
それを見届けてから、俺は彼女へ向き直る。
不意に、〈激怒の兎〉との戦いが脳裏をよぎり、胸の奥が冷えた。
それでも、今回は無謀な賭けじゃない。
カーラなら、ヌシの初撃を盾で受けても即死はしない。倒す必要はない。足を使って距離を取り、俺たちが着くまでの十数分を耐えればいい。
俺は右手をカーラの頬へと伸ばす。
手袋越しに彼女の頬に触れた。彼女の震えがわずかに弱まる。
万感の想いを、俺は言葉に乗せた。
「死ぬなよ」
「──うんっ」
カーラが力強くうなずく。
触れていた頬が、ほんのりと赤みを増した。
なぜか目を離せず、俺は一拍遅れて右手を引く。
「行ってくるっ」
それから、山頂へ向かってカーラは駆け出した。
彼女の履く跳躍靴に刻まれた魔法陣が淡青に脈動し、彼女に軽やかさを与える。
あっという間に、陽炎の向こうに彼女の背が溶けていった。
「……まったく」
見送った後、俺は胸元に手を当てた。
さっきまでとは違う動悸がうるさい。
『──みんなの名誉を、私が守りたい』
「~~っ」
ちくしょう。どうしても顔が火照る。
耳の先まで熱いのは、きっと周囲の熱気のせいだ。
そうに違いないと、俺は自分に言い聞かせる。
……おかげで心の火は
かぶりを振って、俺は内側のくぼみを見据える。
一気に斜面を駆け下りた。
目指すは隠しエリア。
アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、二十五分。