ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第20話 盾乙女の覚悟

 

 

 

 異界ダンジョン〈試しの山〉五合目。

 

 

 この先はスカイスワロー(人大の燕魔鳥)とワイルドボア(甲殻の巨猪)の縄張りだ。

 頭上で灰紺の翼が弧を描く。

 高音の笛声と羽ばたきがこだました。

 遠目の下草の茂みでは、巨猪が岩を鼻で弾き、鈍い轟音と土煙が立った。

 

 

 合宿中の作戦会議のことを俺は思い出す。

 

 

『俺たちは、五合目まではこの崖を〈飛行術(フライト)〉を使って登攀する。その後、山頂までは交戦を避け、相手の視界に入らないように隠密行動で抜ける。……もう一度〈飛行術(フライト)〉を使うことも考えたが、消耗が激しいからやめておこう。弱点を突けるレンはうちの火力担当だからな』

 

 

『わかった。……〈飛行術(フライト)〉を習得していたことが、こんなところで役に立つとはな。――マーケッタのやつは使えないのか? あいつなら……』

 

 

『問題ない。(タレント)で確認した。アリスが使えるレベル3風魔法は〈竜巻生成(トルネード)〉だったよ』

 

 

『……攻撃的な選択だな。だが、それが今回はありがたい』

 

 

『ああ。当日は頼むぞ、レン──』

 

 

 噴気孔の白煙が視界を横切り、硫黄の刺激が喉を刺した。

 恐怖から回復し立ち直ったカーラが、ハーフアーマーを鳴らしながら近づいてくる。

 

 

「リーダくん、アウクシルくんは?」

 

 

「連絡がつかない」

 

 

「──!」

 

 

 遠くでスカイスワローの警戒声が響き、熱風にかき消える。

 二人に何かあった――それは明らかだった。

 背に生ぬるい汗が伝う。

 

 

「カーラ、今からまた『視る』。今度はこの山近辺だけだから、そこまでひどくはならない」

 

 

 俺は膝をついて深呼吸し、うずまく熱気を肺に押し込む。

 俺は再び、異界ダンジョンそのものへ意識を注ぎ、情報を『視た』。

 稜線・岩肌・灌木・熱気、すべてが羅列された符号へと崩れ落ちる。

 

 

 情報の奔流が頭蓋を痛めつける。

 五秒ほど深紅に反転した世界を見終えた後、激しい動悸と共に、俺は両手を赤土につけた。

 

 

 位置は掴んだ。

 カーラの差し伸べた腕を掴み、ぐらつく膝を押し伸ばして立ち上がる。

 

 

「北西にレンたちの光点。火山の中心部だ。おそらく、モンスターと交戦中に滑落したんだろう。意識を失っている可能性もある」

 

 

 火口方向の稜線を見やりながら告げる。

 そこでは灰紺のスカイスワローが旋回し、岩場の陰ではワイルドボアの影がうごめく。

 

 

「そんな……」

 

 

 カーラが唇を噛み、肩をわずかに震わせる。

 

 

「二手に分けた弊害、か」

 

 

 自嘲気味に、俺は声をこぼした。

 レンたちはいま原作で隠しエリアと記された洞穴の中にいる。

 救助に向かえば、時計の針は確実に進む。

 

 

 唯一の救いは、アリス班が赤い光点のモンスター群と重なりつつも動きを止めていることだ。

 だが、それも束の間の慰めにしかならない。

 

 

 兎にも角にも、ヌシに挑むためには人数が必要となる。

 幸い隠しエリアにはカーラにとって有用な装備が配置されていた。

 加えて、中には使う予定のなかったショートカットもある。

 

 

 俺は重い脚を引きずり、隠しエリアに至る降り口を探そうとする。

 

 

「第二班は、あとどれぐらいで山頂に着きそう、なんだ?」

 

 

 カーラが俺に問う。

 俺は足を止めて答えた。

 

 

「三十分ぐらいだ」

 

 

「救助してから、討伐、間に合いそうか?」

 

 

「……」

 

 

 俺は考え込む。全てはレンたちの状態次第だ。

 場合によっては、帰投する必要がある。

 

 

「なら、わ、私が先に、山頂に向かう……っ」

 

 

 俺は勢いよく振り向く。

 亜麻色の髪の乙女が、決意を宿した眼でこちらを見据えていた。

 拳を握りしめ、噴気孔の白煙を背に立ち尽くす姿は、熱風の中でなお凛として揺るがない。

 青みを帯びた鎧が陽を反射し、火照った空気を割いてきらめいた。

 

 

 

 

 カーラの声は熱気にかき消されず、岩肌で澄んで返る。

 

 

「……メイリーナ先生は、間違っても複数班であたるなと言った。な、なら、ヌシと先に戦闘していたほうが、交戦権はあるはずだ」

 

 

「それは――」

 

 

 机上の空論ではそうなる。

 だが、実際はそうはならないだろう。

 

 

「……アリスたちなら、後から来ても気にせず戦闘に参加するよ」

 

 

「けど、私たちは、違う」

 

 

「……」

 

 

「私たちは第二班と違って、後から戦闘に参加することはしない。君なら、そう判断すると思う。勝ちたいなら誰かが必ず、先に向かうべきだ。──私が時間を稼ぐ。耐えるのは、自信がある」

 

 

 俺の頭を見透かしたかのように、言葉が刺さる。

 カーラはまっすぐ俺を──いいや、俺の背後にそびえる焦げ茶の稜線を見据えていた。

 

 

 カーラが歩み出す。

 俺はすかさず、通り過ぎようとする彼女の左肩に手を置いた。

 

 

「……もし、俺が賭けに負けることを気にしてやってるなら、止めてくれ」

 

 

「ち、違う。それは、気にしてるけど、それだけじゃない」

 

 

 亜麻色のおさげが風に揺れる。

 立ち止まったカーラの琥珀色の瞳に、灼けた空の光が映り込む。

 それは炎のようにきらめいていた。

 

 

 カーラは、俯きがちに言葉を返した。

 

 

「……私は剣の名門の落ちこぼれで、昔から、他人(ひと)に都合のいい盾として使われてきた。──初めてだったんだ、こんなに温かい気持ちで誰かとパーティを組んだのが」

 

 

 カーラの頬を汗が伝う。赤土へ落ちた。

 潤んだ瞳が真正面から俺を射抜く。

 彼女の鎧の内に秘めた幾つもの傷跡の理由を知って、俺の胸のうちに鈍い痛みを呼んだ。

 

 

「だから、私は、このパーティを勝たせたい」

 

 

 そう、力強く。

 カーラは言い放った。

 

 

「誰のためでもない、私自身のためだ。勝って、幸せなまま、みんなとの関係を続けていきたい」

 

 

 俺は下唇を噛みしめる。

 カーラが放つまぶしさに、俯いて感じ入った。

 押さえていた肩から手を離す。

 替わりに作った拳を、鎧の上にそっと押し付けた。

 

 

「……わかった。先に、行っててくれ。必ず追いつく」

 

 

「──ああ!」

 

 

 カーラの手が俺の左手を包む。

 その行いには、確かな信頼の証があった。

 

 

 俺は魔法の携帯袋を片手で探る。

 兎の意匠の蝋で封した薄紫の封筒を、袋から取り出した。

 

 

「これを。合宿中に伝えた作戦どおりに。(わな)と一緒に置けば時間は稼げるはずだ」

 

 

 封筒を手渡すと、カーラは自身の魔法の携帯袋へ大事そうに滑り込ませた。

 しまうのを見届けてから、俺は彼女と目を合わせる。

 不意に、彼女が〈激怒の兎〉に殺されかけたことを思い起こし、言葉が詰まった。

 

 

 あの時もカーラはひとりでしんがりを務めていた。

 そのせいで殺されかけ、彼女は盾を握れないほどのトラウマを抱えた。

 

 

 ああ、ほら。今だって足が震えている。

 なのに彼女は。

 俺たちを勝たせるためにたったひとり、戦場へ向かおうとする――。

 

 

 俺は右手をカーラの頬へと伸ばす。

 手袋越しに彼女の頬に触れた。彼女の震えが弱まる。

 万感の思いを、俺は言の葉に乗せた。

 

 

「……死ぬなよ、カーラ」

 

 

「うんっ」

 

 

 カーラが力強くうなずく。

 頬を染めたかんばせ(顔)を見て、俺は目を細める。

 あまりにもまぶしかった。

 

 

 それから、山頂へ向かって彼女は駆け出した。

 彼女の履く跳躍靴に刻まれた魔法陣が淡青に脈動し、彼女に軽やかさを与える。

 あっという間に、陽炎の向こうに彼女の背が溶けていった。

 

 

「……まったく」

 

 

 見送った後、俺は胸元に手を当てた。

 これまでと異なる種類の動悸に見舞われる。

 つい、カーラの決意に満ちた琥珀の瞳を思い出してしまう。

 

 

『――私は、このパーティを勝たせたい』

 

 

「~~っ」

 

 

 ちくしょう。どうしても顔が火照る。

 耳の先まで熱いのは、きっと周辺環境のせいだ。

 そうに違いないと、俺は自分に言い聞かせる。

 

 

 かぶりを振って、俺は内側のくぼみを見据える。

 一気に斜面を駆け下りた。

 目指すは隠しエリア。

 

 

 アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、二十五分。

 

 

 

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