ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

26 / 99
第21話 責任を感じて

 

 

 

 アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、二十分──。

 

 

 細い隘路(あいろ)を抜け、青白いヒカリゴケが灯る洞穴へ駆け込む。

 冷気が鼻腔を抜け、苔の青臭さが肺へ刺さった。

 

 

 レンとシモンの姿はすぐ見つかった。

 洞穴の奥。開けた空間の一角で、レンが粗い麻布の上に横たえられていた。

 ヒカリゴケと、彼らが傍らに置いた火晶ランタンが光を放つ。

 そんな中、レンは眉を寄せたまま天を仰いでいる。

 遠目からでも、目尻から涙をこぼしているのがわかった。

 

 

 俺は胸をなで下ろす。意識があるなら〈飛行術(フライト)〉を使用できる。

 だが、なぜレンは泣いているのか。

 俺はレンたちに急ぎ足で近づいた。

 

 

 入口側の気配に対し、シモンは身構えている。

 背後に横たわるレンを視線からかばうように、彼は手を横に差し出した。

 片手には濡れた布を持つ。

 彼の側には、空のポーション瓶が二本転がっている。

 

 

「ア、アイカータ様!」

 

 

 やっと俺に気づいたようだ。

 シモンが声を震わせる。

 彼の瞳は、焦燥で濡れていた。

 

 

(俺を見て、焦る? なんでだ?)

 

 

 俺は目を細める。

 土のついたレンの外套──肩口が裂け、泥がこびりついている。

 その脇に半壊した〈雨の杖〉が転がっていた。水晶の杖頭が割れ、霧の魔力が哀しげに漏れている。

 壊れた後も、大事に持ち運んできたのだろう。

 

 

「も、申し訳ございません……。ワイルドボアと交戦した際に、吹き飛ばされて……」

 

 

 シモンが唇を噛む。声がかすれ、懺悔のように床へ落ちる。

 その振る舞いの端々に、俺はどことなく違和感を覚えた。

 

 

 不審に思ってレンを『視る』。

 生命力は全快。魔力は残っているが、〈飛行術〉で三人を山頂まで運ぶには心(もと)ない。体力(スタミナ)もひどく消耗している。

 状態異常は〈トラウマ(戦闘)〉だけ。〈念話〉に応じられないほどの肉体的な障害は見当たらない。

 

 

「──どうして応答しなかった?」

 

 

 問いが、唇からこぼれた。

 

 

 

 

 俺は踏み出す。水溜まりを踏んだ靴底がぱしゃりと跳ね、洞穴に激しい足音が反響した。

 

 

 〈念話〉に応じなかったのは、肉体のせいじゃない。

 ワイルドボアに吹き飛ばされた失態も、弱さも、俺に知られたくなかったのだろう。

 シモンの焦りと、返事を避けるレンの反応をつなげれば、そう考えるのが自然だった。

 この隠しエリアで、時間切れを待つつもりだったのか──。

 

 

『──私は、このパーティを勝たせたい』

 

 

 カーラの頬に触れたとき、手袋越しに感じた震えが右手に蘇る。

 震えを抱えたまま、それでも彼女は仲間のためにひとりで進んだ。

 

 

 カーラの覚悟が踏みにじられた心地になる。

 腹の底が煮える。俺は口を強く結び、拳を握り締めた。

 大股で、ふたりに近づく。

 

 

「たった一回、やらかしただけでふてくされるなよ……」

 

 

 俺の硬い声が岩肌に響く。

 自分でも驚くほど、抑制のきいた声が出た。

 うっすら開いたレンの翡翠(ひすい)色の瞳が、湿った光を宿して俺を捉える。

 怯えと悔恨の色が、ヒカリゴケに反射して揺れた。

 

 

「違います、レン様は……!」

 

 

 青筋を浮かべたまま、俺は歩みを止めない。

 いったい、何が違うと言うのか。

 こっちがどれだけ心配したと思っている? 返事をしなくていい理由が、どこにあった?

 反論が次々と喉元までせり上がる。だが、俺は口を挟まず、歩き続けた。

 

 

「レン様は、何度も喉元に手を──」

 

 

 シモンが肩を震わせ、なおもなにか言いかける。だが、レンが片手を上げて制した。

 俺は彼らの手前で足を止める。

 

 

「……うるさい」

 

 

 横たわるレンは、ゆっくりと上体を起こす。

 潤んだ翡翠の虹彩が俺を射抜く。

 

 

 予測残時間、十八分──。

 

 

 問答している暇はない。

 だが、急げと命じるだけじゃダメだ。無理に山頂へ連れ出しても、ヌシを前にまた足がすくむ。レン自身が、もう一度進むと決めなければならない。

 

 

(……意地に火をつけるしかねえ)

 

 

 俺はレンを見据え、あえて語気を強めた。

 

 

「落ち込んでないで、とっとと行くぞ。上で、カーラが待ってる」

 

 

 ランタンの光が互いの影を濃く塗り、青と(だいだい)が混ざった輪郭が岩面ににじむ。

 レンが歯噛みし、俺をにらみ返す。

 

 

「──もういいだろうっ! 分断された時点で、もう勝負はついてたんだ! いまさら上へ戻ったって、マーケッタたちはとっくにいるに決まってる! 負けた後のことなら、どうにかするっ。お婆様に掛け合って……!」

 

 

「それで満足なのか、レン?」

 

 

 俺は(さえぎ)る。すかさず、続ける。

 

 

「……まだ、勝負は終わっちゃいない。ここへ来る前に『視た』時には、アリスたちは五合目付近にいた。レンの〈飛行術(フライト)〉なら、十分追い越せる」

 

 

 情けない言葉を、これ以上は聞きたくなかった。

 傷口を抉るとわかっていても、レンが目指してきたものを俺は突きつける。

 

 

「レン。お前が目指してる高レベルの人間ってのは、つまずいても立ち止まらない。現実から目を背けず、辛くても積み上げ続ける。……お前は、そういう人間になりたかったんじゃないのか? 女子たちに『やっぱり男には無理』って言わせたままで、いいのか?」

 

 

「わかっている!!」

 

 

 洞穴中に声が響いた。

 

 

「……ううぅ」

 

 

 怒鳴り声は震えて崩れ、涙が頬を伝っていた。

 レンは、同じ男の俺なら寄り添ってくれると、心のどこかで期待していたのだろう。

 失敗したことも、それを言い出せなかったことも、「仕方がない」と受け止めてくれると。

 この世界の男子同士にとって、それは互いを守る優しさであり、失敗を引き受けて立ち直る道を閉ざす檻でもあった。

 

 

 だが俺は、そうしなかった。

 黙り込み、時間切れを待ち、負けた後は祖母に任せる──その逃げ道を、俺は残らず塞いだ。

 「わかっている」と口にした瞬間に、レンはやっと現実と向かい合った。

 そして押し殺していた後悔と恥を、ようやく自分のものとして引き受けたのだ。

 

 

(ひとりで立ち直るには、早い、か)

 

 

 俺は目を細めてレンを見る。追い込み過ぎたことを、自覚する。

 アリスに立ち向かった時は、この世界の男らしからぬ男気を俺はレンから感じた。

 だが、この極限状態のなかで発奮(はっぷん)するには、まだ荷が勝ちすぎているようだった。

 

 

 俺はかぶりを振ってから、レンへ一歩近づく。やり口を変えようと心に決める。

 ブーツが水面を弾き、跳ねた水がレンたちの(そば)へ落ちた。

 

 

 予測残時間、十六分──。

 

 

「──アイカータ様、どうか、これ以上は……。レン様は何度も、〈念話〉に応じようとなさっていました。それだけは、わかってください」

 

 

 シモンが震える声で割って入る。

 レンをかばうように、黒革手袋をはめた手を横に差し出した。

 返そうとはした。だが、失敗を俺に知られるのが怖くて、そのたびに踏み切れなかったということか。俺はほんの短い時間、目を閉じ、息を吐いた。

 

 

「失礼。……ったく」

 

 

 俺は差し出されたシモンの腕へ触れ、静かに下ろさせた。

 レンの真正面に立ち、その肩を抱き寄せる。

 そのまま膝裏に左手を入れ、彼の体をすくい上げた。

 

 

 途端、レンの頬が朱を差し、耳まで真っ赤に染まった。

 濡れたまつげがぱちぱち(またた)いている。

 彼の軽く握った拳が、俺の胸板に当たった。

 

 

「な、なにをするっ……! お、俺は歩ける! 下ろせ!」

 

 

 震えた声が洞内に跳ね返る。

 レンの呼吸が、俺の首元に熱い霧を吐きかけた。

 俺は苛立ちを隠さない。

 力強く、言い返した。

 

 

「うるせーっ!! いま上じゃあな、カーラがヌシ相手に戦いに向かってんだ!! 俺たちが戻る時間を稼ぐためにな!! わかったら、わめいてないでとっとと魔法使え、バカ!」

 

 

「──ッ!」

 

 

 カーラの状況を聞いた途端に、レンの顔が強張る。

 腕の中で、細い肩が小さく震えた。

 

 

 俺はレンの心情に寄り添おうとする。

 震えごと包むようにレンを抱き直し、目線を合わせるように俺は顔を寄せる。

 囁くように、言った。

 

 

「それと。……ふたりだけで不安だったよな? 任せきりにして、悪かった。俺のミスだ」

 

 

 それはレンがいま欲しがっている言葉であり、俺が伝えるべき本音でもあった。

 

 

「もう、俺がついてる。──ここからは俺が先導する。一緒に取り返すぞ」

 

 

 張り詰めていたものが切れたように、レンは顔をくしゃりと歪めた。

 嗚咽を上げ、俺の首へすがる。

 か細い腕が震えながらも強く締まり、レンの涙は俺の襟に浸みる。

 

 

 予測残時間、十四分──。

 

 

 十五歳の少年が突然、責任を負うことになった不安と重圧を、俺は軽視していた。

 この世界の男子ならばなおさらだ。

 ……高レベルを目指すなら、独り立ちは必要だ。だが、重圧への耐性も闘争心も、これから養っていけばいい。

 

 

 俺はレンの背中をさする。涙声がひときわ大きくなった。

 

 

 

 

 予測残時間、十分──。

 

 

 レンが青いマジックポーションと橙のスタミナポーションを飲み、呼吸が整うのを待つ間、俺は隠しエリア最奥の地面へシャベルを入れた。

 土を除けて引き上げた鉄箱は、錆びつき、ずしりと重い。

 蓋をこじ開けると土埃が舞い、油と金属の臭いが立ち上った。

 

 

 俺は原作知識どおりの中身を確認し、シャベルとともに魔法の携帯袋へ〈保存(セーブ)〉する。

 待ち時間の四分で、隠しアイテムも回収できた。これはヌシ戦の勝ち筋になる。

 カーラが稼いでくれている時間を、ただの寄り道にはしない。

 

 

 鉄箱を掘り出した地点の、ちょうど真上を仰ぐ。

 ヒカリゴケの淡い光の先、遠い天井にショートカット出口の割れ目が口を開けている。

 レンは半壊した〈雨の杖〉に代え、予備の樫杖を握った。

 俺たちは、掘り返した穴の縁──出口の真下へ集まる。

 

 

「振り落とされるなよ、ふたりとも」

 

 

「あ、ああ」

 

 

「はいっ」

 

 

 お姫様抱っこ──いや、この世界では王子様抱っこか。

 レンは俺の両腕におさまる。

 シモンには俺の背へ飛び乗ってもらった。衣服の金具が俺の背骨に当たり、鈍い圧が肩へのしかかる。

 

 

「始めてくれ、レン」

 

 

 胸元で身じろぎしたレンが、こくりとうなずきを返す。

 予備の樫杖を両手で握り直した。

 

 

『〈飛行術(フライト)〉』

 

 

 短い詠唱が洞壁に溶け、レンの樫杖から翡翠色の魔力光があふれる。

 光を帯びた風が、ふたりを抱えた俺の脚から腰へ巻き付いた。

 ヒカリゴケの光粒が舞い上がり、湿った冷気が押し払われる。

 

 

 両腕と背にかかるふたり分の重みごと、足裏がふっと地面を離れた。

 俺たちは、掘り返した穴の上で宙に浮かぶ。

 

 

 目指すのは、その真上に口を開ける割れ目。

 原作ゲームでは、九合目から隠しエリアへ降りるための出入口だ。

 いまはそのルートを逆向きに登る。

 

 

「いけぇっ!」

 

 

 俺の叫びに応じ、レンが樫杖を握り込む。

 翡翠色の魔力光がひときわ強まり、腰に絡んだ風が俺たちを一気に押し上げた。

 地面が瞬く間に遠ざかる。

 洞壁のヒカリゴケが青白い光の筋となって下へ流れ、風切り音が耳元を裂いた。

 

 

 隠しエリア最奥の頭上──天蓋の割れ目が迫るにつれ、火口の熱を帯びた上昇気流が渦を巻く。

 湿った冷気が熱風に押し流され、硫黄混じりの刺激臭が鼻腔を刺した。

 俺が身に付ける緑の外套が、激しくはためく。

 

 

 予測残時間、八分──。

 

 

 閃光が視界を焼いた。

 俺たちは頭上の割れ目を抜け、そのまま九合目の空へ飛び出す。

 

 

 視界いっぱいに朱色の天空が広がった。

 稜線の向こうでは溶岩流が遠雷のようにごうごうと鳴り、火山灰が雪のように舞っていた。

 

 

(た、たけえぇえええええ! 南無三!)

 

 

 俺は恐怖を押し殺し、まず真下を確かめる。

 二十メートル下。焦げ茶の岩盤に亀裂が走り、その奥で(だいだい)の溶岩が脈打っていた。

 視線を斜面へ滑らせる。岩盤は段々畑のように連なり、点在する噴気孔が白い息を噴き上げている。

 

 

 灼熱の風が頬を撫でる。

 頭上では、スカイスワローの群れが灰紺の円を描き、尖った笛声を撒き散らす。

 斜面の下方では、ワイルドボアの巨影が鼻息で火山灰を巻き上げ、その足元で火花を散らしていた。

 

 

 ──ここが九合目、ヌシの縄張りへ続く最後の外輪。

 

 

 背中のシモンが、俺の肩へ回した腕に力を込める。

 腕の中では、レンが額に大粒の汗を浮かべ、〈飛行術(フライト)〉を維持しようと樫杖を握り締めていた。

 

 

「──ッ! レン、このまま山頂へ!」

 

 

 上昇気流が俺たちをさらに押し上げる。

 視界が一気に開け、三つの光景が飛び込んできた。

 

 

 ひとつ──眼下の九合目。アリスたちは、もう分かれ道から山頂とは反対側の道へ踏み込んでいる。予想より早い。

 ふたつ──正面の山頂。橙に輝くダンジョン核のそばで、炎柱に囲まれたヌシ〈エンバークロウ〉が漆黒の羽翼を広げている。

 

 

 そして三つ目。

 その〈エンバークロウ〉が、カーラの構えた銀青の盾へ爪を叩きつけた。

 盾が粉々に砕け、その衝撃で彼女の体が宙へ弾き飛ばされる。

 

 

「っ!? 急ぐぞ、レン!」

 

 

 返事の代わりに、レンは樫杖を胸に引き寄せ、瞳を細めた。

 次の瞬間、風向きが変わる。俺たちは山頂へ向けて滑空を始める。

 

 

 背後からスカイスワローの群れが甲高い笛声を上げて追いすがってきた。

 だが、俺たちを追って火口側の乱れた上昇気流へ入った途端、熱風に煽られ、翼列を乱す。

 その隙に、俺たちは火炎と灰の渦巻く山頂へ突っ込んだ。

 

 

「だぁぁああああ!?」

 

 

 地面すれすれで、レンを腕から下ろした。

 靴底が岩盤を捉えた直後、翡翠色の風が途切れる。

 シモンも俺の背から飛び降りた。だが、俺たちふたりとも勢いを殺しきれず、血まみれで横たわるカーラの側へ着地──いや、揃って横転した。

 

 

「カーラ様っ!」

 

 

 シモンが跳ね起き、カーラへ駆け寄る。

 俺も転がった勢いのまま身を捻り、体のばねで立ち上がった。

 硫黄の臭気が鼻を満たす。

 カーラを背にかばい、〈エンバークロウ〉の前へ出る。

 

 

 肩越しに一度だけ戦況を確かめた。

 シモンは薬瓶から赤い液を布へ垂らし、カーラの傷口へ押し当てている。

 着地させた場所では、レンが肩で息をし、指先を震わせながら膝をついていた。

 レンを『視る』。魔力は完全に尽きている。

 

 

 前線を支えるカーラは盾を失ってぼろぼろ。

 火力担当のレンの魔力は枯渇。

 シモンもカーラの治療にかかりきりときた。

 

 

 ──笑えるほどの逆境だ。

 だが勝ちの目はまだある。

 

 

 俺は腰の革ホルダーからダガーを引き抜く。

 〈エンバークロウ〉へ切っ先を向けた。

 

 

「カーラ、よく持たせてくれた」

 

 

 ダンジョン核の前、溶岩の吹き溜まりで羽を休める漆黒の巨鳥。

 その輪郭をレンガ色の火が走る。

 黄金の双眸(そうぼう)が、まっすぐに俺を捉えた。

 

 

「あとは俺たちに任せろ」

 

 

 アリスたちが山頂に着くまで──あとわずか。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。