ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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幕間6:黄金感覚の答え合わせ ~商会令嬢の誤算~

 

 

 

-アリスSide-

 

 

『君がアリス? 初めまして――俺はモブ・アイカータ。会えてうれしいよ。……どうした?』

 

 

 彼――モブ・アイカータと出会ったのは、一年前。

 うちの商会主催の次世代交流会でのこと。

 

 

 才能(タレント)の目で計測できなかったのを不思議に思って、私は女子に囲まれる彼に声をかけた。

 出会ったときから、彼は他の男子と違ってふてぶてしかった。

 

 

『私はマーケッタ商会の次女。あなたは地方の商会の長男。立場、わかってる? ずいぶん気安いじゃない』

 

 

『知ってるよ。でも、君はこっちのほうが好みだろ?』

 

 

『違うわ。勝手に人の価値を決めつけないで』

 

 

『君が言うかね』

 

 

『……何よ?』

 

 

『何も。それじゃあ、そろそろ行くよ。声かけてくれてありがとう。おかげで人払いできて助かった。――それじゃ』

 

 

 マーケッタ商会の令嬢を放って場を離れた――その衝撃たるや。

 私はかける言葉がとっさに出なかった。

 

 

 逃げるモブと入れ替わりで、他の令息たちが私に近寄り、耳障りのいい言葉を並び立てる。

 けれど彼らの言葉は私の心に響かない。

 そのときにはもう、私はモブに狙いをつけていた。

 

 

 所詮、男。レベルは低く、か弱い存在。

 高スペック女子の私にナメた態度をとるだなんて、許されるはずがない。

 私のほうが上なの。わかる?

 

 

 男のくせにお高くとまった彼をあっと言わせたい――いつしか私の中に、そんな劣情が芽生えていた。

 

 

 

 

◆□◆

 

 

 時は過ぎ、異界ダンジョン〈試しの山〉出発前。

 私は眼前の光景を見て、初めて伝説級素材を前にした時と同じ高揚感を得ていた。

 

 

「――絶対勝つぞっ!!」

 

 

「「「おーっ!」」」

 

 

 土と青葉のにおいが漂う広場に、大きな掛け声が響く。

 

 

 千金。

 私の才能(タレント)〈黄金感覚〉が、伝説級素材に匹敵する数字を宙に映した。

 モブ班が輪を組んで勝利を誓う――その様子を間近に眺め、思わず胸を押さえた。

 

 

 あの輪に加わりたい。

 そんな感情がよぎったのは私だけなのだろうか?

 周囲を見回して、私はそうでないことを確信する。

 

 

 世にも珍しい『男リーダー』が仲間を鼓舞する姿は劇毒だったようだ。

 馴染みのないまぶしさに、あちこちで戸惑いのざわめきが起こる。

 それは、私たちの班でも同じだった。

 

 

 いざ出発の刻印(薄紫の紋)の前に並ぶと、皆の視線が私に集まった。

 

 

「どうした? 我らはやらぬのか?」

 

 

 カナメが目を爛々(らんらん)と輝かせる。

 彼女は薄い霧の中で両腕を開いた。指をわきわきさせている。

 可愛い。その可愛さ、万金(まんきん)。朝の光を跳ね返す銀髪が、霧粒を受けて虹色を帯びた。

 

 

 でも、と私は思い留まる。

 すでにモブ班が出発した以上、もたもたするわけにはいかない。

 時は金なり。

 私は断ろうとする。

 

 

「そうね、その――」

 

 

「ええ、もちろん♪ ()はやり方はわかりませんが、聡明なアリス様ならご存じでしょう」

 

 

「感情値、期待」

 

 

 マリーとルールルーが同調する。

 それだけではない。

 三人の後ろに控えた他の三班も、心なしか私に期待の視線を寄せている気がする。

 

 

(わ、私に倣おうとしている!?)

 

 

「早くしろ、第二班!」

 

 

 担任メイリーナの声が私の背後から飛ぶ。

 山風が私の着る深紅の外套をふわり翻し、広場の霧を帯のように動かした。

 

 

「や、やりましょうか」

 

 

 なぜ〈黄金感覚〉があの振る舞いに、高額な価値を導き出したか確認したい気持ちもあった。

 私は覚悟を決め、三人へ近寄った。

 その間も三人は、先ほどのモブが起こした衝撃について語っていた。

 

 

「和国では勝利を祈願し舞を踊ることもあるが――。モブも人が悪い。水の王国でかような文化があると教えてくれぬとは。我もあやつとやってみたかったぞ」

 

 

「うふふっ。私もそう思います。機会があれば、ぜひ♡」

 

 

「楽しみ」

 

 

 ――こうだったかしら?

 私は記憶を必死に手繰り寄せる。ためらいながらもカナメとルールルーの肩に腕を回した。

 

 

 結局、うまく倣うことができたという自負はあったものの、出発時刻は当然遅れた。

 遅延は五分。投資機会を逃した時のような焦燥が、歯を噛ませる。

 

 

 ただ、私が『負けないわ』と言って、三人がそれに同調した瞬間。

 私の胸に、心地よい興奮が宿った。

 

 

 〈黄金感覚〉の導き出した価値はやはり正しかったのだ。

 測り知れない感情に、私は少しばかり戸惑う。

 これもモブの策略かと、勘繰らずにはいられなかった――。

 

 

 

 

 異界ダンジョン〈試しの山〉内部。

 蒸気のような湿気が渦巻く森林帯を私たちは駆ける。

 

 

 私はルールルーにもらった木盾の大きさほどの魔力紙を広げる。

 魔導インクで描かれた地図に視線を落とした。

 地図情報によると――。

 

 

「真っすぐ向かうと、コボルトの集落、でしたか?」

 

 

「うむ。走り書きにはそう記されておったな」

 

 

 カナメが銀髪を肩後ろへ払いつつ、赤鞘で足元の木の根を軽く叩く。

 地図の情報が正しければ、山側へ直進するとコボルトの集落へぶつかる――強い犬臭と煤の煙が漂う場だと聞く。

 

 

「我が先行して確かめるか?」

 

 

「いえ、ここから確認してみるわ」

 

 

 私は瞳を閉じた。体全体に静かに魔力を行き渡らせる。

 〈黄金感覚〉のスキンモード(肌感覚検知)を発動した。

 

 

 十余秒ののち、目を見開く――金のオーラが視界の端へ薄膜のように現れる。

 右か左か、どちらの進路が投資効率に優れるかを私は肌感覚で察知する。

 

 

「おお……。気のようなものが立ち昇っておる」

 

 

 カナメが興味津々に身を乗り出す。

 彼女の上目遣いに私は思わず頬を赤らめ、咳払いで誤魔化した。

 感覚に従い、左の獣道へ私は指を伸ばした。そこは絡み枝が弓なりに重なり、巨木の根が地表をうねっている。

 

 

「こっちよ。行きましょう」

 

 

 集中を解くと、金のオーラが霞のように溶け、体から一気に力が抜ける。

 指が震え、汗が額を伝う――再発動には五分要る。

 かつて使いすぎて意識を失ったことを私は思い起こした。

 

 

「アリス、お前もなかなかやるな」

 

 

 カナメが歩き出しながら言う。

 私は微笑んで返した。

 

 

「まだまだこれからよ。後援契約、結ぶ気になった?」

 

 

「む……。まあ、この調子なら考えてやらんでもない」

 

 

 カナメは少しだけ頬を膨らませ、蔦を払いつつ前を見る。

 

 

「ふふっ、ならはりきらないとね」

 

 

 そう言って私はカナメにウインクを送る。

 魔力紙を素早く畳み、腰の革ホルダーに滑り込ませた。

 

 

(どう、カナメ? 私ならあの子よりも上手く、あなたのことを導けるわ)

 

 

 私は先頭に出る。

 パーティを誘導しながら、蔦の垂れ下がる道へ駆けだした。

 

 

 

 

 異界ダンジョン〈試しの山〉九合目過ぎ――。

 山頂まで残り僅かとなった地点で、私たちは立ち尽くしていた。

 

 

「嘘、でしょ……」

 

 

 眼前の行き止まり――切り立つ岩壁は五メートルほど。高みへ続く足場は影も形もない。

 

 

 可能な限り戦闘を回避した。

 地図ではわからないような道も、上手く選択できた自負はあった。

 

 

 〈黄金感覚〉は、私を正しく導いてくれたはずだった。

 私は両膝に手を突き、肩で荒く息をつく。

 

 

「行き止まりの、よう、だな」

 

 

 カナメの息切れした声がまるで遠くから聞こえる。

 私は力なく腰を落とす。外套の裾が乾いた小石で汚れた。

 〈黄金感覚〉の反動で、足が震えている。

 少し前まで湿潤だった黒のチュニックが、今は乾いた塩の跡でざらついた。

 

 

 稜線の上で閃光が走った。白い光条が溶岩色の空を裂く。

 人為の魔光。誰かが正規のルートを進んでいる証だと悟り、胸がひどく冷えた。

 

 

(まだ、追いつける? ……休みなく移動し続けた私たちよりどうやって早く? ――最初のあの遅れがなかったら?)

 

 

 様々な思考が脳裏をよぎった。

 ざり、と乾いた音。

 横合いからカナメが前に出た。

 崖際に横たえられたモノへ彼女は視線を落とす。

 

 

「……これは、モブの」

 

 

 カナメは慎重に土を払い、靴を持ち上げた。

 白いファーで覆われた跳躍用ハーフブーツ――前回実習の終わりで、彼が誇らしげに披露していた品だ。

 短いあいだに酷使されたのか、毛足に赤土がこびりついていた。

 

 

 カナメが首を傾ける。何かを見つけたのか、彼女はブーツの筒へ指を入れた。

 隠れていた薄紫の封筒をすっと抜き取った。

 

 

 封筒の外側を一読し終えたカナメは、それを私へ差し出す。

 封筒を受け取って改めて見ると、兎の意匠の封蝋が押されていた。

 崖に寄りかかって息を整えていたルールルーと、その傍で彼女に飲み物を差し出していたマリーが近寄ってくる。

 全員の視線が、封筒へと集中した。

 

 

「……モブからだ。アリス、カナメ、マリー、ルールルーへとある」

 

 

 私は封筒を『視る』。

 〈黄金感覚〉を刹那だけ走らせた――価値は千金。

 素材としては凡庸、だが“情報”の重みは伝説級の素材と同等の価値を示している。

 

 

 私は〈黄金感覚〉が惑わされた理由を知り、歯噛みする。

 分かれ道で私は〈黄金感覚〉のスキンモード(肌感覚検知)を発動した。

 ヌシよりも投資効率が高いと選ばれたのはこちら。

 モブの誘導だとわからずに、私は道を踏み外したのだ。

 

 

 私は息を整え、封蝋を割る。

 乾いた音とともに甘い蝋の香が立ちのぼり、山風に紛れて消えた。

 

 

 背後で衣擦れ。ちらと見ると、三人が私の背後から覗き込んでいる。

 三つの影が私の肩越しに重なった。

 

 

 私は喉を鳴らし、手紙へ視線を落とした。

 

 

『親愛なるアリス、カナメ、マリー、ルールルーへ。

 この手紙に、俺の才能の情報を記す。

 家族以外で明かすのは、君らで四~七人目だ。大事にしてくれ。

 

 俺の才能は〈第四の目〉という、目で視たモノの情報を知る才能だ。

 赤い目で視た際に、知りたい情報を知ることができる。

 ――それこそ、カナメとアリスの才能、マリーとルールルーの出自。

 俺はこの目で〈視て〉知った。』

 

 

 手が震える。

 いまこの時だけ、私は寒気を感じていた。

 希少な才能の開示という、あまりにばかげた告白に、私の心胆は縮みあがった。

 

 

『アリス、俺は君の才能を逆手にとって、跳躍靴とこの手紙を行き止まりに置く作戦を思いついた。

 無事に作戦が機能したようで安心している。

 今度から〈黄金感覚〉のスキンモード(肌感覚検知)を使う時は、アイモード(視覚数値化)と併用することをおすすめするよ。

 数値と併せて確認することで精度は上がるはずだ。

 

 アリス、カナメ、マリー、ルールルー。

 一方的に秘密を見られるというのは、気持ち悪いことだと思う。

 だから、俺のことを気味悪く思ったなら、容赦なく断罪してくれて構わない。

 この情報を売るも、脅迫するもみんなの自由だ。

 ――願わくば、みんなの胸の内に収めてくれることを、祈っている。

 モブ・アイカータより、愛を込めて。』

 

 

(イカれている――)

 

 

 指が手紙の端を歪めた。

 

 

 私を罠にハメて、時間を稼ぐ。

 そのためだけに。

 彼は命の次に大事であろう、自身の秘密を書き残した。

 

 

「ふふっ……はぁーはっはっはっ!」

 

 

 背で乾いた笑いが弾ける。

 振り返ると、カナメが肩を震わせて大笑いしていた。

 銀髪が陽炎のように揺れ、きらめきを散らす。

 

 

「痛快。ここまでして我らをあざむくとは。……大したやつだ、あやつは」

 

 

「私とルーの秘密を知ったうえでなんて……。ますます、惹かれてしまいますわ♡」

 

 

「ん」

 

 

 マリーは頬に片手を当てる。水色の瞳をとろんと細め、なにやら感じ入っていた。

 ルールルーはとんがり帽子を軽く押さえ、短く相槌を打つ。

 

 

「――あやつは、知っておったのだな。我の才能を」

 

 

「カ、カナメ?」

 

 

 遠い目を山頂へ投げるカナメに、思わず呼びかけた。

 私の声にやっと気が付いた彼女は、首を振ってから、私に向き合った。

 

 

「アリス、どう動く? おめおめと負けを認めるか?」

 

 

 その問いに応える前に、赤い空へ新たな閃光が走った。

 遠く山頂で火柱が咆哮し、硫黄を孕んだ熱風が手紙を一枚の旗のように揺らした。

 

 

 私は紙を胸に当て、静かに目を閉じる。

 再び〈黄金感覚〉を呼び起こす覚悟とともに、熱い息を吐いた。

 

 

 

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