ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
-アリスSide-
『君がアリス? 初めまして──俺はモブ・アイカータ。会えてうれしいよ。……どうした?』
彼──モブ・アイカータと出会ったのは、一年前。
うちの商会主催の次世代交流会でのこと。
出会ったときから、彼は他の男子と違ってふてぶてしかった。
『私はマーケッタ商会の次女。あなたは地方の商会の長男。立場、わかってる? ずいぶん気安いじゃない』
『知ってるよ。でも、君はこっちのほうが好みだろ?』
『違うわ。勝手に人の価値を決めつけないで』
『君が言うかね』
『……何よ?』
『何も。それじゃあ、そろそろ行くよ。声かけてくれてありがとう。おかげで人払いできて助かった。──それじゃ』
マーケッタ商会の令嬢を
私はかける言葉がとっさに出なかった。
逃げるモブと入れ替わりで、他の令息たちが私に近寄り、耳触りのいい言葉を並べ立てる。
けれど彼らの言葉は私の心に響かない。
そのときにはもう、私はモブに狙いをつけていた。
所詮、男。レベルは低く、か弱い存在。
高スペック女子の私にナメた態度をとるだなんて、許されるはずがない。
私のほうが上なの。わかる?
男のくせにお高くとまった彼をあっと言わせたい──いつしか私の中に、そんな劣情が芽生えていた。
◆□◆
時は過ぎ、異界ダンジョン〈試しの山〉出発前。
私は眼前の光景を見て、初めて伝説級素材を前にした時と同じ高揚感を得ていた。
「──ぜってえ勝つぞっ!!」
「「「おーっ!」」」
土と青葉のにおいが漂う広場に、大きな掛け声が響く。
千金。
私の
モブ班が輪を組んで勝利を誓う──その様子を間近に眺め、思わず胸を押さえた。
あの輪に加わりたい。
そんな感情がよぎったのは私だけなのだろうか?
周囲を見回して、私はそうでないことを確信する。
世にも珍しい『男リーダー』が仲間を鼓舞する姿は劇毒だったようだ。
馴染みのないまぶしさに、あちこちで戸惑いのざわめきが起こる。
それは、私たちの班でも同じだった。
いざ刻印(薄紫の紋)の前へ並ぶと、班の三人が揃って私を見た。
「どうした? 我らもやらぬのか? あやつらに気勢で負けてはおれぬぞ?」
カナメが目を
彼女は薄い霧の中で両腕を開いた。指をわきわきさせている。
可愛い。その可愛さ、
でも、と私は思い留まる。
すでにモブ班は出発している。これ以上、もたもたするわけにはいかない。
時は金なり。
私は断ろうとする。
「そうね、その──」
「ええ、もちろん♪ 私はそういった流行りに
「感情値、期待」
マリーとルールルーが同調する。
それだけではない。
三人の後ろに控える他の三班も、私がどう応えるかを見守っていた。
(わ、私に
「早くしろ、第二班!」
担任メイリーナの声が私の背後から飛ぶ。
山風が私の着る深紅の外套をふわり翻し、広場の霧を帯のように動かした。
風にさらされた首筋が、集まる視線を意識した途端、かっと熱を持つ。
浅くなった呼吸を悟らせまいと、私は何でもないふうに顎を上げた。
「や、やりましょうか」
これだけの目が集まる中で、モブにできて私にできないなんて思われたくない。
三人の期待に応え、〈黄金感覚〉が示した価値も、この手で確かめてみせる。
そう腹を決め、私はカナメとルールルーの間に立った。
持ち上げた両腕が、中途半端な高さで止まる。
──こうだったかしら?
私は先ほどのモブの動きを必死に思い返す。その間も、三人はあの円陣について弾んだ声を交わしていた。
「和国では勝利を祈願し舞を踊ることもあるが──。モブも人が悪い。水の王国でかような文化があると教えてくれぬとは。我もあやつとやってみたかったぞ」
「うふふっ。私もそう思います。機会があれば、ぜひ」
「楽しみ」
私は宙で止めていた両腕を伸ばし、思い出したとおりにカナメとルールルーの肩へ回した。カナメとルールルーも、向かいのマリーへ腕を回す。四人の輪が閉じた。
建設事業の立て直しで人をまとめた経験もある──。三人の働きを称え、勝つための段取りを伝えるまでは淀みなかった。
ただ、カナメが感じ入って思いの
せっかく高まった士気を削ぐわけにもいかず、私は口を挟まないで聞く。
ルールルーだけは「ん」のひと言で済ませてくれたのがありがたかった。
「さあ、勝ちに行きましょう!」
「「おー!」」「おー」
私が締めたころには、出発は五分遅れていた。
投資機会を逃した時のような焦燥に、私は奥歯を噛み締める。
顔を上げると、後ろに控える三班が、先ほどとは違う熱を帯びた目で私たちを見ていた。
どうやら、期待を裏切らずには済んだらしい。張り詰めていた息が、ようやく抜けた。
(でも……)
緊張がほどけても、三人の声が重なった瞬間の心地よい興奮は、私の胸にまだ残っていた。
三人の顔を見ると、自然と背筋が伸びる。負けられないという思いが、鋭さを増した。
〈黄金感覚〉の導き出した価値はやはり正しかったのだ。
けれど、胸に残るこの感情の正体までは、数字にできない。私は少しばかり戸惑う。
これもモブの策略かと、疑わずにはいられなかった──。
□
異界ダンジョン〈試しの山〉内部。
蒸気のような湿気が渦巻く森林帯を私たちは駆ける。
私はルールルーにもらった木盾の大きさほどの魔力紙を広げる。
魔導インクで描かれた地図に視線を落とした。
地図情報によると──。
「真っすぐ向かうと、コボルトの集落、でしたか?」
「うむ。走り書きにはそう記されておったな」
カナメが銀髪を肩後ろへ払いつつ、赤鞘で足元の木の根を軽く叩く。
地図の情報が正しければ、山側へ直進するとコボルトの集落へぶつかる──強い犬臭と煤の煙が漂う場だと聞く。
「我が先行して確かめるか?」
「いえ、ここから確認してみるわ」
私は瞳を閉じた。体全体に静かに魔力を行き渡らせる。
〈黄金感覚〉のスキンモード(肌感覚検知)を発動した。
十余秒ののち、目を見開く──金のオーラが視界の端へ薄膜のように現れる。
右か左か、どちらの進路が投資効率に優れるかを私は肌感覚で察知する。
「おお……。気のようなものが立ち昇っておる」
カナメが興味津々に身を乗り出す。
彼女の上目遣いに私は思わず頬を赤らめ、咳払いで誤魔化した。
感覚に従い、左の獣道へ私は指を伸ばした。そこは絡み枝が弓なりに重なり、巨木の根が地表をうねっている。
「こっちよ。行きましょう」
集中を解くと、金のオーラが霞のように溶け、体から一気に力が抜ける。
指が震え、汗が額を伝う──再発動には五分要る。
かつて使いすぎて意識を失ったことを私は思い起こした。
「アリス、お前もなかなかやるな」
カナメが歩き出しながら言う。
私は微笑んで返した。
「まだまだこれからよ。後援契約、結ぶ気になった?」
「む……。まあ、この調子なら考えてやらんでもない」
カナメは少しだけ頬をふくらませ、蔦を払いつつ前を見る。
「ふふっ、ならはりきらないとね」
そう言って私はカナメにウインクを送る。
魔力紙を素早く畳み、腰の革ホルダーに滑り込ませた。
(どう、カナメ? 私ならあの子よりも上手く、あなたのことを導けるわ)
私は先頭に出る。
パーティを誘導しながら、蔦の垂れ下がる道へ駆けだした。
□
異界ダンジョン〈試しの山〉九合目過ぎ──。
山頂まで残り僅かとなった地点で、私たちは立ち尽くしていた。
「嘘、でしょ……」
眼前の行き止まり──崖沿いの道は、五メートルほどの切り立った岩壁に塞がれていた。高みへ続く足場は影も形もない。
可能な限り戦闘を回避した。
地図ではわからないような道も、上手く選択できた自負はあった。
〈黄金感覚〉は、私を正しく導いてくれたはずだった。
私は両膝に手を突き、肩で荒く息をつく。
「行き止まりの、よう、だな」
カナメの息切れした声がまるで遠くから聞こえる。
私は力なく腰を落とす。外套の裾が乾いた小石で汚れた。
〈黄金感覚〉の反動で、足が震えている。
少し前まで湿潤だった黒のチュニックが、いまは乾いた塩の跡でざらついた。
稜線の上で閃光が走った。白い光条が溶岩色の空を裂く。
人為の魔光。誰かが正規のルートを進んでいる証だと悟り、胸がひどく冷えた。
(まだ、追いつける? ……休みなく移動し続けた私たちよりどうやって早く? ──最初のあの遅れがなかったら?)
様々な思考が脳裏をよぎった。
ざり、と乾いた音。
横合いからカナメが前に出た。
崖際に横たえられたモノへ彼女は視線を落とす。
「……これは、モブの」
カナメは慎重に土を払い、靴を持ち上げた。
白いファーで覆われた跳躍用ハーフブーツ──前回実習の終わりで、彼が誇らしげに披露していた品だ。
短いあいだに酷使されたのか、毛足に赤土がこびりついていた。
カナメが首を傾ける。何かを見つけたのか、彼女はブーツの筒へ指を入れた。
隠れていた薄紫の封筒をすっと抜き取った。
封筒の表書きに目を通したカナメは、それを私へ差し出す。
受け取って裏返すと、兎をかたどった封蝋が押されていた。
崖際で息を整えていたルールルーと、彼女に飲み物を差し出していたマリーも、封筒に気づく。
ふたりはこちらへ近寄り、全員の視線が私の手元に集まった。
「……モブからだ。アリス、カナメ、マリー、ルールルーへとある」
私は封筒を『視る』。
〈黄金感覚〉を刹那だけ走らせた──価値は千金。
素材としては凡庸、だが情報の重みは伝説級の素材と同等の価値を示している。
私は、自分が〈黄金感覚〉の答えを取り違えた理由を知り、歯噛みする。
九合目の分かれ道で、私は〈黄金感覚〉のスキンモード(肌感覚検知)を発動した。
より高い投資効率を感じた先こそ、ヌシへ至る道だと思い込んだのだ。
だが、〈黄金感覚〉がより高い価値を示したのは、ヌシへ至る道ではない。この手紙へ続く道だった。
モブの誘導だとも知らず、私は自分から山頂への道を外れたのだ。
私は息を整え、封蝋を割る。いったいこの手紙にどんな価値があるというのか?
乾いた音とともに甘い蝋の香が立ちのぼり、山風に紛れて消えた。
背後で衣擦れ。ちらと見ると、三人が私の背後から覗き込んでいる。
三つの影が私の肩越しに重なった。
私は喉を鳴らし、手紙へ視線を落とした。
【親愛なるアリス、カナメ、マリー、ルールルーへ。
この手紙に、俺の才能の情報を記す。
家族以外で明かすのは、君らが四人目から七人目だ。大事にしてくれ。
俺の才能は〈第四の目〉という、目で視たモノの情報を知る才能だ。
赤い目で視た際に、知りたい情報を得ることができる。
──それこそ、カナメとアリスの才能、マリーとルールルーの出自。
俺はこの目で『視て』知った。】
手が震える。
そんな才能を自ら明かす、あまりにばかげた告白に、私の背筋は凍った。
【アリス、俺は君の才能を逆手にとって、跳躍靴とこの手紙を行き止まりに置く作戦を思いついた。
君がこの手紙を読んでいるなら、どうやら作戦は上手くいったらしい。ひとまず安心だ。
今度から〈黄金感覚〉のスキンモード(肌感覚検知)を使う時は、アイモード(視覚数値化)と併用することをおすすめする。
数値と併せて確認することで精度は上がるはずだ。
アリス、カナメ、マリー、ルールルー。
一方的に秘密を見られるというのは、気持ち悪いことだと思う。
だから、俺のことを気味悪く思ったなら、容赦なく断罪してくれて構わない。
この情報を売るも、俺を脅す材料にするも、みんなの自由だ。
──願わくば、みんなの胸の内に収めてくれることを、祈っている。
モブ・アイカータより、友愛を込めて。】
私はしばらく、手紙から顔を上げられなかった。
私の〈黄金感覚〉は、この封書に千金の価値があると教えただけだ。
封を切るまで、中身まではわからなかった。
けれど、彼の〈第四の目〉は違う。
価値の向こう側──才能も、出自も、本人が伏せた事実そのものへ届く。
私の〈黄金感覚〉は、働きを明かすほど商いの信用へ変えられる。
けれど、彼の〈第四の目〉は逆だ。
知られた瞬間から、持ち主の信用と自由を削っていく。
なにか秘密が漏れるたび、彼が『視た』のではないかと疑われる。
見ていないことを、証明する術もない。
冒険者ギルドも、国家も、女神教も。
そんな目を持つ男を、ひとりの学生のまま放っておくはずがない。
囲い込むか。恐れて封じるか。
どちらにしても、彼は自由ではいられなくなる。
──その秘密を売るのも、彼を脅す材料にするのも自由だと?
(イカれている──)
指が手紙の端を歪めた。
私を罠にハメて、たった数分を買う。
その一手に、彼は自分の自由まで賭け金として置いた。
「ふふっ……はぁーはっはっはっ!」
背後で、カナメの高らかな笑い声が弾けた。
振り返ると、彼女は肩を震わせている。
銀髪が陽炎のように揺れ、きらめきを散らす。
「痛快。ここまでして我らをあざむくとは。……大したやつだ、あやつは」
「私とルーの秘密を知ってなお、変わらず接してくださっていたなんて……。ますます、惹かれてしまいますわ」
「ん」
マリーは頬に片手を当てる。水色の瞳をとろんと細め、なにやら感じ入っていた。
ルールルーはとんがり帽子を軽く押さえ、短く相槌を打つ。
「──あやつは、知っておったのだな。我の才能を」
「カ、カナメ?」
遠い目を山頂へ投げるカナメに、思わず呼びかけた。
私の声にやっと気が付いた彼女は、首を振ってから、私に向き合った。
「アリス、どう動く? おめおめと負けを認めるか?」
山頂で戦っているのがモブ班の四人なら、〈群衆補正〉を起こさずに加われるのは、あとひとり。
先行者の投じた労力にただ乗りし、最後の一撃だけを奪う。行儀の悪い投資だけれど、賭けの条件には反していない。
その問いに応える前に、赤い空へ新たな閃光が走った。
遠く山頂で火柱が咆哮し、硫黄をはらんだ熱風が手紙を一枚の旗のように揺らした。
負けを認めるという選択肢は、私の中にはなかった。
私は手紙を胸に当て、静かに目を閉じる。
誰を山頂へ送り込めば、この賭けの勝利へ最も近づけるのか。
今度は肌感覚だけでなく、数値も視ようと目に力を込める。こめかみに鋭い痛みが走る。肌から立ち昇るオーラも揺らぐ。
けれども私は止めない。
熱い息とともに、再び〈黄金感覚〉を呼び起こした。