ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
黒羽根からこぼれる
その中心で翼を広げるのは、異界ダンジョン〈試しの山〉のヌシ──〈エンバークロウ〉。
ひと振りで火柱を噴き上げる姿から、原作では「動く火口」と称されたレベル4の鳥型モンスターだ。
初心者だったころの俺は、ヒーラー抜きでこいつに挑んだ。結果は粘った末の全滅。敗北の末、ゲームの基本知識を叩き込まれたことを、俺は思い出す。
(勝ち筋は覚えてる……。回復係を範囲攻撃に巻き込まない。火と風は通りにくい。狙うなら、水・氷・雷。弱点属性で削り、ブレス後の硬直へ総火力を叩き込む。地形・天候変更を使って、属性攻撃を減衰させる──。頼むから、原作どおりに動いてくれよ?)
焦げ付いたような黒土を踏み締め、靴底に返る硬さを確かめる。
むっとする熱風が肺を焼き、額の汗は流れる前に蒸気へ変わった。俺は仲間を巻き込まずに敵を引き付けられる位置を目で拾い、ダガーの柄を握り直す。
熱で空気が歪む。
巨鳥の影が揺れる。
黄金の
瞬間──背骨がゾクリと震える。
心拍が跳ね上がる。手袋の内側で手のひらがじっとりと湿った。
「行くぞ!」
ダガー片手に、俺は最前へ飛び出す。
巨鳥の視線がぴたりと俺を捉えた。刹那──俺は背後に狐の印のハンドサインで合図する。
「──はいっ」
シモンの声を背中越しに聞く。
俺は地面を強く踏みつけて前へ進む。
同時に初手の予測を始めた。
背に味方がいる状況。原作ゲームでは──。
俺は〈エンバークロウ〉の左側へ切り込む。
距離五メートル。
巨鳥は低空ホバリングを始め、胸を張った。
風が
焦土に落ちた火の粒が脈を打った。
「シモンッ!」
「はいっ!」
俺は叫ぶと共に、後方をチラ見する。
白い球体──〈閃光弾〉がシモンの手から離れたのを見た。
球体が弧を描く。
術式のルーンが球体に網目状に浮かび、緑光がペンライトめいて脈動した。
俺は前腕で目元を覆う。まぶたを強く閉じた。
真昼よりも白い閃光がまぶたの裏を焼く。
熱の残像が視神経を刺した。
「ギャッ!?」
悲鳴のような鳴き声。
〈エンバークロウ〉が翼で空気を叩き、羽根の隙間から
金色の瞳から焦点が失せる。やつは首を振り、闇雲に翼を打った。余熱をはらんだ風圧が黒土を削る。
俺は遮光した腕を下ろすなり、ダガーを腰の革ホルダーへ戻した。
魔法の携帯袋に手を突っ込み、隠しエリアで見つけた〈転輪の写盾〉を足元へ引き出す。続けて、緋色の耐火ポーションと薄青の魔力紙スクロールを両手に掴み取った。
巨鳥は見当違いの方角へ
羽ばたきと共に飛び出した火羽の散弾は山頂の外れへ走る。離れた岩脈を燃え上がらせた。
いましかない。
緋色の瓶をひと息であおる。粘つく苦みが喉を焼き、腹へ落ちた。
息を吐くころには、皮膚を刺していた熱がわずかに鈍った。
火羽を放ち切った巨鳥が、低空で体勢を立て直す。
翼の縁からマグマが
俺は空瓶を投げ捨て、手元に残したスクロールを開く。
指先から魔力を流し込むと、青いルーンが灯った。
俺はそれを空へ突き出し──叫んだ。
『
青く光る魔法陣が〈エンバークロウ〉の頭上に浮かぶ。
その上空だけ、鉛色の雷雲が一拍で群青に染まった。
雲が裂ける。冷たい豪雨が轟音を上げて山頂の一角を叩く。
〈エンバークロウ〉が濁った声で鳴き、胸火がくすぶり始めた。
狙いどおりだ。指定範囲に約十分間雨を降らせる、環境変化用のレベル2水魔法──
対〈エンバークロウ〉戦に備え、ミカの魔道具店で買っておいた一枚だ。
〈エンバークロウ〉は『濡れ』状態に陥った。
これを嫌った巨鳥が次に仕掛けてくる攻撃は──。
俺は足元の円盤状の
ずしりと腕が沈む。
黒曜片の散る黒土を踏みしめ、なんとか体勢を保った。
見通しが悪いなか、俺はシモンたちを〈第四の目〉でスキャンする。
レンの魔力残量は──わずかに回復。レンの足元には、青いマジックポーションの空瓶が転がっていた。
俺は大声で指示を出した。
「シモン、レン、氷の準備!」
叫ぶと同時に地を蹴り、蒸気を切り裂いて走り出す。
〈召雨〉の範囲へ踏み込む。
水溜まりから吸い上げられた魔素が盾面のルーンへ流れ込み、水滴の紋が浮かび上がった。
〈エンバークロウ〉の金色の双眸に焦点が戻る。
動けないカーラをかばうレンとシモンの周囲を、巨鳥が旋回し始めた。
不意に旋回を解き、頭をレンたちへ向ける。くちばしの輪郭が深紅に染まった。
「クァアアアアッ!!!!」
巨鳥の喉袋が脈動。けたたましい雄たけびが腹まで響く。
「ちぃいいいいっ!!」
原作ゲームでもあった予兆を見て、背筋が凍る。
俺は力強く地面を蹴り、〈エンバークロウ〉とレンたちの間へ身を滑り込ませた。
巨鳥が滑空する。一直線に突っ込んでくる。
迫る巨体の軌道に合わせ、俺は盾を
──緋色を帯びたくちばしが、盾面に激突する。
「~~~~ッ!?」
衝撃が体を突き抜ける。
肩口から下腹へ抜ける鈍痛。
肺の空気が一気に押し出された。
視界で星が弾ける。
両足が地面を離れ、火花の尾を引いて宙へ弾き飛ばされる。
耳元で風切り音が尖った。
「も、モブ様ッ!」
「~~モブッ!! ……貴様っ!!」
シモンの悲鳴と、巨鳥をにらむレンの怒声が重なった。
──宙を舞う中、俺は見る。
〈エンバークロウ〉がレンたちの脇へ逸れ、翼を打って急制動をかける。
巨鳥の眼下では、倒れたカーラをかばうシモンの横で、レンがすでに杖を突き出していた。
滞空した巨鳥の喉袋が大きく膨らむ。真紅の火がくちばしへ集まっていく。
熱が空気を歪ませ、雨粒が途中で蒸散して白い霧に変わった。
俺はにやりと笑う。
狙いどおり、〈エンバークロウ〉の軌道をわずかに逸らした。
レンたちが攻撃に転じる時間を、確保できた。
翡翠色の魔力光が
蒼い矢が二本の光を引いた。
雨煙を切り裂く。
片翼の付け根へ突き刺さった。
氷華が、爆ぜる。
「ギャァアアッ!?」
巨鳥が氷華を散らしながら片翼をばたつかせる。雨煙のなかで大きく傾いた。
地面へ叩きつけられる寸前、俺は身をひねり、肩から受け身を取る。
勢いのまま黒土を転がった。呼吸のたびに胸骨がギシリと鳴る。
シモンの投じた水色の球──〈アイスボム〉が弧を描く。巨鳥の足元へ着弾したのを、俺は見つめる。
「クァアアアアァァァァァァッッッッッ!!??」
青白い氷柱が一気に立ちのぼった。
俺は歯を食いしばり、片手をついて顔を上げる。
〈アイスボム〉の余波を浴び、顔をしかめた。
(よっし!! 『濡れ』状態に氷属性ぶつけりゃ、ほぼ『凍結』する!! ……どうだ!?)
熾火を纏っていた巨鳥の動きが、氷霧に咳き込むように鈍る。
翼の関節が氷塊で固まり、羽ばたきが途中で折れた。
──ズシン。
全長五メートルの巨体が氷床へ叩きつけられる。
氷の皺が蜘蛛の巣状に走った。
「や、やったぞ!」
レンの声が弾む。それでも杖は下ろさず、俺を見た。
氷床へ貼り付いた赤黒い羽根の下で、熾火がまだバチバチと爆ぜ、白い蒸気を上げている。
胸の痛みをこらえ、俺は赤い瞳で敵のステータスを走査する。
「目標、凍結、移動速度低下! 生命力はまだ半分! 続け──」
言い切るより早く、山頂の空気がざわりと逆巻いた。
俺は片膝を押して立ち上がり、盾を構え直す。
〈エンバークロウ〉の瞳孔が、血のような朱へ染まった。
「ア゛ァアアアアアアアッ!」
咆哮が溶岩の轟きと重なる。
胸火がひときわ膨らみ、翼の関節を覆う氷塊に、内側から朱い亀裂が走った。
氷を砕きながら両翼を限界まで広げ、ただ一度、空気を叩く。
次の瞬間、白霜が吹き飛び、氷床から白い蒸気の柱が噴き上がった。
(──熱波!?)
〈召雨〉の雨は、まだ降り続いている。
だが、雨粒は熱波に触れたそばから爆ぜ、地表へ届かない。
羽根の水気まで、ひと息に奪われる。
氷床が音を立てて割れ、黒土と溶岩の赤い筋が再び露わになった。
噴き上がった蒸気も、翼から広がる風圧に押され、山頂の外へ散っていく。
(なんでもありか、てめぇ!! 序盤のヌシのくせして、地形変更してくんなよちくしょう……!!)
蒸気の切れ間で、巨鳥が喉を鳴らし、炎羽を逆立てる。
〈第四の目〉の視界では、雨で薄まっていた火の魔素が再び濃くなっていく。
熱は瞬く間に頬を刺し、眼球の潤いさえ奪った。
原作ゲームにはない行動。
写実に落とし込んだ影響が出ているのか?
考える間もなく、俺は〈エンバークロウ〉の動きを見極め続ける。
巨鳥が両翼を掲げた。羽根の間で火花をはじかせる。
皮膚が紙のように乾き、吸い込む空気は焼けた鉄の味を帯びる。
前方広域焼滅の溜め動作を見て、俺は声を絞り上げた。
「シモン、レン! いますぐ横に飛べ!」
「カ、カーラ様が!」
「いい、走れ! 俺が!」
ふたりの背後には、依然『スタン』で身動きできないカーラが横たわっている。
レンとシモンは熱を帯びた岩肌を駆け、左右へ散った。
足元の濡れ土が、すでに白い湯気を上げている。
俺はカーラの前へ滑り込み、片膝をついた。
濡れた外套を脱ぎざま、彼女の上へかぶせる。
水を含んだ布なら、回り込む火の粉を少しは防げる。ギルド訓練所で叩き込まれた火災対処だ。
隠しエリアで見つけた〈転輪の写盾〉を俺は再度構える。
(ええい、俺はタンク職じゃないってのに!)
ぼやく間もなく、巨鳥が翼を振り下ろす。
火をまとった黒羽が、散弾のように飛来した。
水位相ルーンを藍光が駆け抜け、薄い水膜が鏡面を覆う。
直後、赤黒い火羽が立て続けに盾を打つ。衝撃が両腕へ響く。
火羽が鏡面に弾かれるたび、着弾点の水膜が白く沸き立つ。
正面から押し寄せる熱風も、噴き上がる蒸気を巻いて盾の左右へ裂けていく。
だが、散った火の粉までは防ぎ切れない。盾の縁を回り込み、外套の裾を焦がした。
「っ……!」
盾の内側で皮膚が煮える。
肩へ、脇腹へ、火の鞭のような熱が走った。
息を吸うたび、硫黄の臭いにむせる。
「……ぉおおおおおおッ!」
──まだ耐えろ。
片膝を黒土へ食い込ませ、円盾を両手で支える。
水膜が蒸発するたび、盾は俺の
熱圧で肘が抜けそうになる。それでも叫び声で意識をつなぎ、盾を押し返し続けた。
荒れ狂う熱風がようやく収束した。
白蒸気の向こうで、巨鳥は胸を大きく上下させながら滞空している。
それでも羽ばたきに乱れはなく、高度は少しも落ちない。両翼が空気を打つたび、残る蒸気が左右へ割れる。胸火はなお力強く脈打ち、朱い双眸は俺を捉えている。
(やっべぇな……。目がかすんできやがった……。野郎、まだ体力半分かよ……。遠いな……)
こちらは満身創痍だ。
両肩と腹部に、赤いみみずばれが走る。
上着は半ば炭化し、胸布の留め具も溶けかけていた。肌へ張り付いた金属がじゅっと音を立てる。どこが痛むのかも分からないほど、苦痛が全身を塗り潰している。
それでも生きている。
耐火のポーションと〈転輪の写盾〉の水位相が命綱となり、致命の熱をどうにかいなした。
血の混じる呼気を押し出し、左右へ散ったレンとシモンの無事を確かめる。
だが、安堵する間もなく、巨鳥が翼をすぼめて高度を落とす。眼下の溶岩をくちばしですくい取ると、そのままこちらへ軌道を向けた。
また突っ込んでくる──。
橙色にきらめくくちばしが、再び一直線にこちらへ伸びる。
まずい。持ち手を握る指先が痙攣している。
盾をもう一段引き上げる力が残っていない。
俺の視界は熱でゆがむ。
カーラを
──できるわけがない。
そう決めるまでの
すでにくちばしは目前。迫る巨体を、ただ受け入れるしかない。
「ッ!?」
背後から伸びた左腕が、俺の前腕に重なる。
その手が盾の持ち手を掴んだ。
亜麻色の髪が頬をかすめる。
カーラだ。熱風に耐えるあいだに、スタンが解けたのか。
震える左腕一本で、俺の腕ごと〈転輪の写盾〉を押し上げる。
巨鳥のくちばしが鏡面へ激突した。
水位相ルーンが藍から白へ変位し、盾面の水膜が一瞬で沸騰する。
噴き上がった蒸気が赤熱したくちばしを押し返した。
カーラが盾を斜めに押し上げると、くちばしが鏡面を滑り、巨体の軌道が脇へ逸れる。
〈エンバークロウ〉はすれ違いざまに身を翻す。
滞空したまま、咥え込んだ溶岩を高温の息に混ぜ、こちらへ吹きつけた。
灼熱の息に混じった溶岩が、盾面で二度、三度と爆ぜる。
弾けた飛沫が周囲の焦土へ降り注ぐ。着弾点から亀裂が走り、赤い光が脈打った。
灼熱の息はまだ続く。
着弾のたびに水膜は薄れる。
盾の縁から白蒸気が悲鳴のように噴き漏れる。
それでもカーラは左肘を伸ばし切り、片膝を焦土へ沈める。
全身で盾を支え、炎の奔流を受け止め続けた。
やがて、盾越しの圧がわずかに緩む。
蒸気の帳の向こうで、巨鳥の膨らんだ喉袋がしぼみ始めていた。
「モブ、くん。立てるか?」
俺は肩越しに彼女を見る。
カーラの頬は煤で黒く汚れ──。
だが、その瞳は琥珀色に燃えていた。