ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

28 / 99
第22話 エンバークロウとの戦い①

 

 

 

 黒羽根からこぼれる熾火(おきび)が、山頂を朱に染めていた。

 その中心で翼を広げるのは、異界ダンジョン〈試しの山〉のヌシ──〈エンバークロウ〉。

 ひと振りで火柱を噴き上げる姿から、原作では「動く火口」と称されたレベル4の鳥型モンスターだ。

 

 

 初心者だったころの俺は、ヒーラー抜きでこいつに挑んだ。結果は粘った末の全滅。敗北の末、ゲームの基本知識を叩き込まれたことを、俺は思い出す。

 

 

(勝ち筋は覚えてる……。回復係を範囲攻撃に巻き込まない。火と風は通りにくい。狙うなら、水・氷・雷。弱点属性で削り、ブレス後の硬直へ総火力を叩き込む。地形・天候変更を使って、属性攻撃を減衰させる──。頼むから、原作どおりに動いてくれよ?)

 

 

 焦げ付いたような黒土を踏み締め、靴底に返る硬さを確かめる。

 むっとする熱風が肺を焼き、額の汗は流れる前に蒸気へ変わった。俺は仲間を巻き込まずに敵を引き付けられる位置を目で拾い、ダガーの柄を握り直す。

 

 

 熱で空気が歪む。

 巨鳥の影が揺れる。

 黄金の双眸(そうぼう)がこちらを射抜いた。

 

 

 瞬間──背骨がゾクリと震える。

 心拍が跳ね上がる。手袋の内側で手のひらがじっとりと湿った。

 

 

「行くぞ!」

 

 

 ダガー片手に、俺は最前へ飛び出す。

 巨鳥の視線がぴたりと俺を捉えた。刹那──俺は背後に狐の印のハンドサインで合図する。

 

 

「──はいっ」

 

 

 シモンの声を背中越しに聞く。

 俺は地面を強く踏みつけて前へ進む。

 同時に初手の予測を始めた。

 背に味方がいる状況。原作ゲームでは──。

 

 

 俺は〈エンバークロウ〉の左側へ切り込む。

 距離五メートル。

 巨鳥は低空ホバリングを始め、胸を張った。

 

 

 風が(すさ)ぶ。漆黒の羽根から熾火(おきび)を雨のように落とす。

 焦土に落ちた火の粒が脈を打った。

 

 

「シモンッ!」

 

 

「はいっ!」

 

 

 俺は叫ぶと共に、後方をチラ見する。

 白い球体──〈閃光弾〉がシモンの手から離れたのを見た。

 球体が弧を描く。

 術式のルーンが球体に網目状に浮かび、緑光がペンライトめいて脈動した。

 

 

 俺は前腕で目元を覆う。まぶたを強く閉じた。

 

 

 一拍(いっぱく)の無音。

 真昼よりも白い閃光がまぶたの裏を焼く。

 熱の残像が視神経を刺した。

 

 

「ギャッ!?」

 

 

 悲鳴のような鳴き声。

 〈エンバークロウ〉が翼で空気を叩き、羽根の隙間から熾火(おきび)がこぼれ落ちる。

 金色の瞳から焦点が失せる。やつは首を振り、闇雲に翼を打った。余熱をはらんだ風圧が黒土を削る。

 

 

 俺は遮光した腕を下ろすなり、ダガーを腰の革ホルダーへ戻した。

 魔法の携帯袋に手を突っ込み、隠しエリアで見つけた〈転輪の写盾〉を足元へ引き出す。続けて、緋色の耐火ポーションと薄青の魔力紙スクロールを両手に掴み取った。

 

 

 巨鳥は見当違いの方角へ火羽(ひばね)を吐き散らす。

 羽ばたきと共に飛び出した火羽の散弾は山頂の外れへ走る。離れた岩脈を燃え上がらせた。

 

 

 いましかない。

 緋色の瓶をひと息であおる。粘つく苦みが喉を焼き、腹へ落ちた。

 息を吐くころには、皮膚を刺していた熱がわずかに鈍った。

 

 

 火羽を放ち切った巨鳥が、低空で体勢を立て直す。

 翼の縁からマグマが(したた)り、地を穿(うが)つ。

 

 

 俺は空瓶を投げ捨て、手元に残したスクロールを開く。

 指先から魔力を流し込むと、青いルーンが灯った。

 俺はそれを空へ突き出し──叫んだ。

 

 

召雨(レイン)!』

 

 

 青く光る魔法陣が〈エンバークロウ〉の頭上に浮かぶ。

 その上空だけ、鉛色の雷雲が一拍で群青に染まった。

 雲が裂ける。冷たい豪雨が轟音を上げて山頂の一角を叩く。

 

 

 熾火(おきび)に触れた雨粒が爆ぜ、白蒸気と赤火花が巨鳥を包む。

 〈エンバークロウ〉が濁った声で鳴き、胸火がくすぶり始めた。

 

 

 狙いどおりだ。指定範囲に約十分間雨を降らせる、環境変化用のレベル2水魔法──召雨(レイン)

 対〈エンバークロウ〉戦に備え、ミカの魔道具店で買っておいた一枚だ。

 

 

 〈エンバークロウ〉は『濡れ』状態に陥った。

 これを嫌った巨鳥が次に仕掛けてくる攻撃は──。

 俺は足元の円盤状の鏡盾(ミラーシールド)──〈転輪の写盾〉の持ち手を掴んだ。

 ずしりと腕が沈む。

 黒曜片の散る黒土を踏みしめ、なんとか体勢を保った。

 

 

 見通しが悪いなか、俺はシモンたちを〈第四の目〉でスキャンする。

 雨幕(うまく)の向こうで、カーラをかばうふたつの影を視認する。シモンとレンだ。

 レンの魔力残量は──わずかに回復。レンの足元には、青いマジックポーションの空瓶が転がっていた。

 俺は大声で指示を出した。

 

 

「シモン、レン、氷の準備!」

 

 

 叫ぶと同時に地を蹴り、蒸気を切り裂いて走り出す。

 〈召雨〉の範囲へ踏み込む。

 水溜まりから吸い上げられた魔素が盾面のルーンへ流れ込み、水滴の紋が浮かび上がった。

 

 

 〈エンバークロウ〉の金色の双眸に焦点が戻る。

 動けないカーラをかばうレンとシモンの周囲を、巨鳥が旋回し始めた。

 不意に旋回を解き、頭をレンたちへ向ける。くちばしの輪郭が深紅に染まった。

 

 

「クァアアアアッ!!!!」

 

 

 巨鳥の喉袋が脈動。けたたましい雄たけびが腹まで響く。

 

 

「ちぃいいいいっ!!」

 

 

 原作ゲームでもあった予兆を見て、背筋が凍る。

 俺は力強く地面を蹴り、〈エンバークロウ〉とレンたちの間へ身を滑り込ませた。

 

 

 巨鳥が滑空する。一直線に突っ込んでくる。

 迫る巨体の軌道に合わせ、俺は盾を(なな)めに構えた。

 ──緋色を帯びたくちばしが、盾面に激突する。

 

 

「~~~~ッ!?」

 

 

 衝撃が体を突き抜ける。

 肩口から下腹へ抜ける鈍痛。

 肺の空気が一気に押し出された。

 

 

 視界で星が弾ける。

 両足が地面を離れ、火花の尾を引いて宙へ弾き飛ばされる。

 耳元で風切り音が尖った。

 

 

「も、モブ様ッ!」

 

 

「~~モブッ!! ……貴様っ!!」

 

 

 シモンの悲鳴と、巨鳥をにらむレンの怒声が重なった。

 

 

 ──宙を舞う中、俺は見る。

 〈エンバークロウ〉がレンたちの脇へ逸れ、翼を打って急制動をかける。

 巨鳥の眼下では、倒れたカーラをかばうシモンの横で、レンがすでに杖を突き出していた。

 滞空した巨鳥の喉袋が大きく膨らむ。真紅の火がくちばしへ集まっていく。

 熱が空気を歪ませ、雨粒が途中で蒸散して白い霧に変わった。

 

 

 俺はにやりと笑う。

 狙いどおり、〈エンバークロウ〉の軌道をわずかに逸らした。

 レンたちが攻撃に転じる時間を、確保できた。

 

 

 翡翠色の魔力光が(きら)めく。レンの杖先から『氷の矢(アイス・アロー)』が二条、放たれる。

 蒼い矢が二本の光を引いた。

 雨煙を切り裂く。

 片翼の付け根へ突き刺さった。

 氷華が、爆ぜる。

 

 

「ギャァアアッ!?」

 

 

 巨鳥が氷華を散らしながら片翼をばたつかせる。雨煙のなかで大きく傾いた。

 

 

 地面へ叩きつけられる寸前、俺は身をひねり、肩から受け身を取る。

 勢いのまま黒土を転がった。呼吸のたびに胸骨がギシリと鳴る。

 シモンの投じた水色の球──〈アイスボム〉が弧を描く。巨鳥の足元へ着弾したのを、俺は見つめる。

 

 

「クァアアアアァァァァァァッッッッッ!!??」

 

 

 青白い氷柱が一気に立ちのぼった。

 俺は歯を食いしばり、片手をついて顔を上げる。

 〈アイスボム〉の余波を浴び、顔をしかめた。

 

 

(よっし!! 『濡れ』状態に氷属性ぶつけりゃ、ほぼ『凍結』する!! ……どうだ!?)

 

 

 熾火を纏っていた巨鳥の動きが、氷霧に咳き込むように鈍る。

 翼の関節が氷塊で固まり、羽ばたきが途中で折れた。

 

 

 ──ズシン。

 全長五メートルの巨体が氷床へ叩きつけられる。

 氷の皺が蜘蛛の巣状に走った。

 

 

「や、やったぞ!」

 

 

 レンの声が弾む。それでも杖は下ろさず、俺を見た。

 氷床へ貼り付いた赤黒い羽根の下で、熾火がまだバチバチと爆ぜ、白い蒸気を上げている。

 胸の痛みをこらえ、俺は赤い瞳で敵のステータスを走査する。

 

 

「目標、凍結、移動速度低下! 生命力はまだ半分! 続け──」

 

 

 言い切るより早く、山頂の空気がざわりと逆巻いた。

 俺は片膝を押して立ち上がり、盾を構え直す。

 〈エンバークロウ〉の瞳孔が、血のような朱へ染まった。

 

 

「ア゛ァアアアアアアアッ!」

 

 

 咆哮が溶岩の轟きと重なる。

 胸火がひときわ膨らみ、翼の関節を覆う氷塊に、内側から朱い亀裂が走った。

 氷を砕きながら両翼を限界まで広げ、ただ一度、空気を叩く。

 次の瞬間、白霜が吹き飛び、氷床から白い蒸気の柱が噴き上がった。

 

 

(──熱波!?)

 

 

 〈召雨〉の雨は、まだ降り続いている。

 だが、雨粒は熱波に触れたそばから爆ぜ、地表へ届かない。

 羽根の水気まで、ひと息に奪われる。

 氷床が音を立てて割れ、黒土と溶岩の赤い筋が再び露わになった。

 噴き上がった蒸気も、翼から広がる風圧に押され、山頂の外へ散っていく。

 

 

(なんでもありか、てめぇ!! 序盤のヌシのくせして、地形変更してくんなよちくしょう……!!)

 

 

 蒸気の切れ間で、巨鳥が喉を鳴らし、炎羽を逆立てる。

 〈第四の目〉の視界では、雨で薄まっていた火の魔素が再び濃くなっていく。

 熱は瞬く間に頬を刺し、眼球の潤いさえ奪った。

 

 

 原作ゲームにはない行動。

 写実に落とし込んだ影響が出ているのか?

 考える間もなく、俺は〈エンバークロウ〉の動きを見極め続ける。

 

 

 巨鳥が両翼を掲げた。羽根の間で火花をはじかせる。

 皮膚が紙のように乾き、吸い込む空気は焼けた鉄の味を帯びる。

 前方広域焼滅の溜め動作を見て、俺は声を絞り上げた。

 

 

「シモン、レン! いますぐ横に飛べ!」

 

 

「カ、カーラ様が!」

 

 

「いい、走れ! 俺が!」

 

 

 ふたりの背後には、依然『スタン』で身動きできないカーラが横たわっている。

 レンとシモンは熱を帯びた岩肌を駆け、左右へ散った。

 

 

 足元の濡れ土が、すでに白い湯気を上げている。

 俺はカーラの前へ滑り込み、片膝をついた。

 濡れた外套を脱ぎざま、彼女の上へかぶせる。

 水を含んだ布なら、回り込む火の粉を少しは防げる。ギルド訓練所で叩き込まれた火災対処だ。

 

 

 隠しエリアで見つけた〈転輪の写盾〉を俺は再度構える。

 

 

(ええい、俺はタンク職じゃないってのに!)

 

 

 ぼやく間もなく、巨鳥が翼を振り下ろす。

 火をまとった黒羽が、散弾のように飛来した。

 

 

 水位相ルーンを藍光が駆け抜け、薄い水膜が鏡面を覆う。

 直後、赤黒い火羽が立て続けに盾を打つ。衝撃が両腕へ響く。

 火羽が鏡面に弾かれるたび、着弾点の水膜が白く沸き立つ。

 

 

 正面から押し寄せる熱風も、噴き上がる蒸気を巻いて盾の左右へ裂けていく。

 だが、散った火の粉までは防ぎ切れない。盾の縁を回り込み、外套の裾を焦がした。

 

 

「っ……!」

 

 

 盾の内側で皮膚が煮える。

 肩へ、脇腹へ、火の鞭のような熱が走った。

 息を吸うたび、硫黄の臭いにむせる。

 

 

「……ぉおおおおおおッ!」

 

 

 ──まだ耐えろ。

 片膝を黒土へ食い込ませ、円盾を両手で支える。

 水膜が蒸発するたび、盾は俺の体力(スタミナ)と魔力を吸い上げ、新たな膜を張る。

 熱圧で肘が抜けそうになる。それでも叫び声で意識をつなぎ、盾を押し返し続けた。

 

 

 荒れ狂う熱風がようやく収束した。

 白蒸気の向こうで、巨鳥は胸を大きく上下させながら滞空している。

 それでも羽ばたきに乱れはなく、高度は少しも落ちない。両翼が空気を打つたび、残る蒸気が左右へ割れる。胸火はなお力強く脈打ち、朱い双眸は俺を捉えている。

 

 

(やっべぇな……。目がかすんできやがった……。野郎、まだ体力半分かよ……。遠いな……)

 

 

 こちらは満身創痍だ。

 両肩と腹部に、赤いみみずばれが走る。

 上着は半ば炭化し、胸布の留め具も溶けかけていた。肌へ張り付いた金属がじゅっと音を立てる。どこが痛むのかも分からないほど、苦痛が全身を塗り潰している。

 

 

 それでも生きている。

 耐火のポーションと〈転輪の写盾〉の水位相が命綱となり、致命の熱をどうにかいなした。

 

 

 血の混じる呼気を押し出し、左右へ散ったレンとシモンの無事を確かめる。

 だが、安堵する間もなく、巨鳥が翼をすぼめて高度を落とす。眼下の溶岩をくちばしですくい取ると、そのままこちらへ軌道を向けた。

 

 

 また突っ込んでくる──。

 

 

 橙色にきらめくくちばしが、再び一直線にこちらへ伸びる。

 まずい。持ち手を握る指先が痙攣している。

 盾をもう一段引き上げる力が残っていない。

 

 

 俺の視界は熱でゆがむ。

 カーラを(ほう)って、かわすか。

 ──できるわけがない。

 そう決めるまでの一拍(いっぱく)(あだ)となった。

 すでにくちばしは目前。迫る巨体を、ただ受け入れるしかない。

 

 

「ッ!?」

 

 

 背後から伸びた左腕が、俺の前腕に重なる。

 その手が盾の持ち手を掴んだ。

 亜麻色の髪が頬をかすめる。

 

 

 カーラだ。熱風に耐えるあいだに、スタンが解けたのか。

 震える左腕一本で、俺の腕ごと〈転輪の写盾〉を押し上げる。

 

 

 巨鳥のくちばしが鏡面へ激突した。

 水位相ルーンが藍から白へ変位し、盾面の水膜が一瞬で沸騰する。

 噴き上がった蒸気が赤熱したくちばしを押し返した。

 カーラが盾を斜めに押し上げると、くちばしが鏡面を滑り、巨体の軌道が脇へ逸れる。

 

 

 〈エンバークロウ〉はすれ違いざまに身を翻す。

 滞空したまま、咥え込んだ溶岩を高温の息に混ぜ、こちらへ吹きつけた。

 

 

 灼熱の息に混じった溶岩が、盾面で二度、三度と爆ぜる。

 弾けた飛沫が周囲の焦土へ降り注ぐ。着弾点から亀裂が走り、赤い光が脈打った。

 

 

 灼熱の息はまだ続く。

 着弾のたびに水膜は薄れる。

 盾の縁から白蒸気が悲鳴のように噴き漏れる。

 それでもカーラは左肘を伸ばし切り、片膝を焦土へ沈める。

 全身で盾を支え、炎の奔流を受け止め続けた。

 

 

 やがて、盾越しの圧がわずかに緩む。

 蒸気の帳の向こうで、巨鳥の膨らんだ喉袋がしぼみ始めていた。

 

 

「モブ、くん。立てるか?」

 

 

 俺は肩越しに彼女を見る。

 カーラの頬は煤で黒く汚れ──。

 だが、その瞳は琥珀色に燃えていた。

 





  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。