ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
「モブ、くん。立てるか?」
カーラの琥珀色の瞳を、俺は肩越しに見返した。
〈転輪の写盾〉の持ち手を握る俺の手に、カーラの左手が重なっている。
空いた右手は、俺の肩を支えている。
背後から包み込まれる格好に、場違いな気恥ずかしさがよぎった。
けれど、心強い。
肩を支える手に、俺は安心感を覚える。
胸の内から、熱いものが込み上がってくる──。
「とーぜんっ!」
俺はうなずいた。盾の持ち手をカーラに譲る。
震える膝を伸ばす。胸骨がきしみ、息が詰まる。彼女の支えを借り、立ち上がった。
俺は足元の水たまりを顎で示す。
「盾は任せた。魔力を込めると、足元の地形に応じて、盾の属性が変化する。できるだけ、水たまりの上をキープ。いけるな?」
「了解っ!」
カーラが返す。
俺はカーラの足元に滑り落ちていた、濡れそぼった外套を引っ掴む。羽織った。
焦げ臭いにおいを気に留めず、〈エンバークロウ〉をにらみつける。
ブレスを吐き終えた〈エンバークロウ〉が、早くも頭上で翼を張る。
ひと羽ばたきで黄塵が吹き飛ぶ。
喉袋が脈打ち、くちばしの先へ溶岩色の光がふたたび集束していく。
大きな声を張って、俺は発破をかけた。
「──あとひと息だ、みんな!! 勝つぞ!」
「「「おおっ!」」」
真後ろからカーラの声が返る。
離れた左右からは、レンとシモンの声が熱風を裂いて重なった。
肩を組めない距離でも、三つの声に宿る熱は、あの円陣と変わらない。
その熱に押されるように焦土を踏み直す。
痛みももはや気にならない。口の端が自然と、吊り上がった。
直後、巨鳥のくちばしの先へ集束していた光が、ひときわ強く膨らむ。
「ブレス、来るぞ!」
俺が叫ぶのと同時に、カーラが俺の脇を抜けて飛び出した。
前に立ち、カーラは盾を正面へ据える。
俺は入れ替わるように彼女の後背へ回った。焦げた背鎧へ、肩を押し当てる。
〈エンバークロウ〉のくちばしが開く。
轟音とともに火炎の息が噴き出し、焦土を舐めながら左右へ膨れ上がる。
熱圧が頬を殴る。視界を埋めた灼熱の奔流が、俺たちへ迫った。
「はぁああああ……!!」
カーラが水たまりを踏みしめ、〈転輪の写盾〉を突き出す。
水面に滲んだ藍光が、幾筋もの糸となって立ち昇る。
足元の水から魔力を吸い上げるように、光は盾面の水位相ルーンへ吸い込まれていった。
直後、透明な水壁が真正面に展開される。
俺が握った時とは明らかに違う。
カーラの盾スキルの高さが、水壁の厚みと広がりに表れていた。
灼熱の奔流が水壁へ激突する。
触れた端から水膜が白く沸き立つ。甲高い蒸気音とともに、白蒸気が頭上へ噴き上がり続ける。
盾を
分かれた炎は俺たちの両脇を走る。濡れた黒土を赤黒く焼いていった。
「カーラ、そのまま頼む!」
「……わかった!」
衝撃がカーラの背を揺らし続ける。鎧に押し当てた俺の肩まで突き抜けた。
足元の水たまりが踵のまわりで激しく跳ねた。それでも、カーラは一歩も退かない。
焦りはない。カーラが稼いだわずかな間に、俺は魔法の携帯袋へ手を突っ込んだ。
半月弓と氷矢筒を引き抜く。
矢羽についた霜が即座に蒸散し、白煙となって舞い上がった。
【モブ、仕掛けるぞ! シモンの動きを見ろ!】
「──!」
こめかみに鈍痛。
脳裏にレンの声が突き刺さる。
通信魔法で短く、彼は意図を伝えてきた。
素早く左へ視線を振る──霧と熱の揺らぎ越し、シモンが片腕で目元を覆っている。
そして空いた右手で、俺が初手に示した狐の印を形づくった。
「カーラ、左側に移動! 閃光準備!」
張り上げる声が山頂を抜けていく。
呼応したカーラが走り出す。足元の焼けたつぶてを蹴飛ばしながら彼女は駆けた。
俺もその背へ貼りつくように並走。
焦げた外套が擦れ、炭の粉を撒いた。
滞空する〈エンバークロウ〉が
羽ばたき一度、灼熱の気流が地表をなぎ払い、黒砂が砂嵐のように舞い上がる。
熱気が頬を打ち、鼓膜の裏で俺の血流は脈打った。
風切り音をまとい巨鳥が滑空に転じる、その瞬間──。
シモンの手から離れた白い球体が光を放った。
カーラはそれに合わせて盾に隠れ、俺は腕で目を覆う。
〈閃光弾〉の白い閃きが山頂の闇を裂く。
〈エンバークロウ〉が顔を背けるも、黄金瞳に白膜が走り、羽ばたきが失速した。
炎羽から
シモンが稼いだ数秒。
十分すぎる時間だ。
俺は弓を半弧に構える。
氷属性の矢を二本、指の股で挟む。
レベル2スカウトスキル──〈二本打ち〉。
溶けた岩盤が不規則に灯るなか、弦を引き絞る。
肺に残った熱風を吐き捨て、狙いを定めた。
氷矢のひとつは左翼の根元、もうひとつは胸部を狙う。
手先がわずかに震える。
指を離すと蒼い双閃が火花を切り裂き、巨鳥の影へ吸い込まれていった。
同時に、レンも〈エンバークロウ〉めがけて魔法を放つ。
『──
「ギャアァアアアアアアアアアッ!!!??」
魔法の氷矢と共に、俺の矢も命中する。
放った矢は一本外れ、もう一本は腹部に突き刺さっていた。
氷花が咲き、灼けた羽軸に青霜が爆ぜる。
巨鳥の悲痛な金切り声は山頂の岩壁を震わせた。
(一本は外れた……けれど)
赤い目でステータスを走査──〈エンバークロウ〉の生命力は二割を切った。
畳みかけようと、残りの矢をつがえようとした時。
俺は視界の端で走る銀の流星を視認した。
□
(──カナメ!?)
炎熱と灰煙しかなかった空間に、突如ひらめく銀の流星。
ひと呼吸の間に、藍の小袖をまとう影と、巨鳥との距離が目に見えて縮む。
着地の音はほとんど無かった。
溶岩の照り返しが銀髪を撫で、残り火の中で刃紋のように輝く。
和装の侍は膝を沈めると同時に前へ疾走する。
草鞋の裏が黒曜片を踏み砕く。舞い上がった橙の火の粉が後方へ光の尾をひく。
左手は赤鞘を握り締め、右手はまだ柄頭に触れていた。
カナメを加えて、ヌシと対峙している人間は五人。発動条件の六人には届かず、〈群衆補正〉は機能しない。
ルールルーが〈
俺は瞬時に理解する。
(アリスとの賭けは、ヌシを先に討伐した班の勝ち。──狙いは、最後の一撃をさらうこと……! やっぱり来やがったか……!!)
カナメが黒曜の岩床を蹴り抜く。
踏み切りの破裂音が耳へ届くより先に、藍の影が
遅れて、銀髪の残像が白い尾を引き、〈エンバークロウ〉の頭上へ駆け上がる。
赤鞘から抜けた刀身が、溶岩色の大気に銀の弧を刻む。
跳躍の頂点で、その銀光が一度だけ強く
レンが杖を跳ね上げ、シモンが一歩を踏み出す。
けれど、どちらも半拍遅い。
俺も矢へ手を伸ばす。だが、指が矢羽に触れる間にも、銀の流星は落ちていく。
──間に合わない。
踏み切りで舞った橙の火の粉が、宙に縫い止められたように見える。
静止しかけた時間のなか、俺の正面──カーラだけが動いていた。
「はあああぁぁぁああっ!!」
カーラが盾の縁を片手で掴み、焦げた靴裏で黒曜の岩床を蹴る。水しぶきがあがった。
焼けついた腕を振りかぶり、全身の力を乗せて盾を放つ。
ゴゥッ。
レベル2盾スキル〈
水位相ルーンが藍光を噴き、回転する鏡面を薄蒼の水膜が覆った。
火の粉に触れた水膜が白い蒸気へ変わり、〈転輪の写盾〉は長い尾を引いて巨鳥へ駆け上がる。
「行けぇええええええっ!」
カーラのしゃがれ声が黒土を震わせる。
溶岩の照り返しを鏡面が拾い、橙と藍のストロボが山頂の闇を走った。
〈エンバークロウ〉の頭上。
上段に構えたカナメが、大きく目を見開く。
降り注ぐ流星と飛翔する銀盤の軌道を、俺は両の目に焼き付けた。
□
カナメが黒曜の岩床へ膝を沈めて着地した。
銀髪が遅れて肩へ落ちる。
カナメは荒い息をひとつ吐いた。ゆっくりと刀を払う。しゃがんだまま、そのまま音もなく、赤鞘へ納めた。
一瞬の静寂。
息を整えるより先に、カナメは顔を上げた。
「……お見、事!」
カナメの背後で、〈エンバークロウ〉が大きくよろめいた。
胸元には〈転輪の写盾〉が深くめり込み、ひび割れた鏡面の縁から血の華が弾けている。
巨鳥の鳴き声が、噛み潰れた金属音へ変わった。
巨体が地面へ叩きつけられる。
砕けた羽根を撒き散らし、〈エンバークロウ〉は崩れ落ちた。
(カナメ……)
俺は見ていた。
ふたつの攻撃が交差する寸前、カナメが刀の軌道を巨鳥の脇へ外したのを。
盾の一撃が先に命を断つと、カナメは見切ったのだろう。
岩床に横たわる巨体から、黒焦げの尾羽が一本、脇へぱさりと滑り落ちる。
それを合図に、巨体が無数の赤い粒子へ変わっていった。
胸元にめり込んでいた〈転輪の写盾〉が岩肌に残り、硬い音を立てて横倒しになる。
その周囲には、金に輝く〈固有品〉とドロップアイテムが散らばった。
熱風が凪ぐ。
薄灰の雲がほどけ、山頂に柔らかな光が射し込む。
ヌシの消滅とともに、山頂一帯を灼いていた魔素も霧散したのだ。
黒土を走っていた溶岩の赤い筋が、端から光を失っていく。
赤く脈打っていた亀裂は黒い岩肌へ戻り、地表を舐めていた残り火も次々と消えた。
「……やった、んだな」
止めていた息が、言葉とともにゆっくり抜けていく。
静まり返った山頂で、燃え残る羽根だけが、ぱち、ぱちと小さく弾けた。
前に立つカーラが、ゆっくりとこちらへ振り返る。
琥珀色の瞳が茫然と揺れている。
俺と目が合った途端、彼女は唇をぎゅっと内へ噛み込み、肩を小さく震わせる。
「う゛う゛ぅ……」
煤で汚れたカーラの頬に、涙が白く筋を引いた。
俺は衝動にかられ、地を蹴る。
手放した弓と矢が、音を立てて岩肌を跳ねた。
「っしゃぁあっ!!」
「っ!?」
「やったなカーラ!」
俺はカーラへ飛びついた。
両腕を首に回し、力いっぱい抱き寄せる。いつも大盾を支える広い肩が、俺の腕の中でびくりと強張った。
汗に濡れた亜麻色の髪が俺の頬に触れ、くすぐったくなる。
傷めた胸骨がきしむも、どうでもよかった。
いまはただ、この勝利の立役者を讃えたくてしょうがない。
カーラの大きな身体が、嗚咽に合わせて小さく震えている。
ささやかな抵抗も、すぐにやんだ。
カーラは俺の肩口へ顔を伏せ、さめざめと泣き続ける。
「ほんとに、ありがとう、カーラ──」
抱きしめたまま、俺はカーラの願いを思い返す。
パーティを勝たせたい。俺たちの名誉を守りたい。そう願った彼女が報われたことを、俺は喜ぶ。
鼻の奥がつんとする。
彼女の肩に顎を乗せ、俺はそっと囁いた。
「勝ったのは君のおかげだ。君が、勝たせたんだ。俺たちを、守ってくれて、ありがとう」
「……っ」
カーラの喉がひく、と震える。
肩が上下するだけで声が出ていない。盾を投げた腕がだらりと落ちていた。
「モブ、カーラ!」
「皆様っ」
かすれた呼び声と同時に、軽い足音が重なる。
レンとシモンが横合いから俺たちに抱きついてくる。
俺とカーラの腰に、彼らはそれぞれ腕を回していた。
「う、うぅ……」
レンもシモンもこらえ切れない嗚咽を漏らす。
肩伝いに伝わる鼓動は速く、泣きじゃくる声が俺の鼓膜に響いた。
「う゛~」
カーラもまた、声にならない声をあげる。
俺もつられて涙ぐむ。
仲間たちに揉まれ、張り詰めていた緊張は一気にほどけていく。
にじむ視界の端に、俺はもうひとつの気配を捉えた。
斜光を反射する銀髪、藍の小袖。
唇をとがらせ、黙然とたたずむカナメの姿を、俺は確かに見た。
微かな山風が吹き抜ける。
しばらくの間、俺は勝利の余韻をいまの仲間と共に味わった。
そしてひとしきり感情を絞り切った後。
山頂の奥で明滅する橙色のクリスタル──〈ダンジョン核〉に俺は目を向けた。