ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第23話 エンバークロウとの戦い②

 

 

 

「モブ、くん。立てるか?」

 

 

 カーラの琥珀色の瞳を、俺は肩越しに見返した。

 〈転輪の写盾〉の持ち手を握る俺の手に、カーラの左手が重なっている。

 空いた右手は、俺の肩を支えている。

 背後から包み込まれる格好に、場違いな気恥ずかしさがよぎった。

 

 

 けれど、心強い。

 肩を支える手に、俺は安心感を覚える。

 胸の内から、熱いものが込み上がってくる──。

 

 

「とーぜんっ!」

 

 

 俺はうなずいた。盾の持ち手をカーラに譲る。

 震える膝を伸ばす。胸骨がきしみ、息が詰まる。彼女の支えを借り、立ち上がった。

 俺は足元の水たまりを顎で示す。

 

 

「盾は任せた。魔力を込めると、足元の地形に応じて、盾の属性が変化する。できるだけ、水たまりの上をキープ。いけるな?」

 

 

「了解っ!」

 

 

 カーラが返す。

 俺はカーラの足元に滑り落ちていた、濡れそぼった外套を引っ掴む。羽織った。

 焦げ臭いにおいを気に留めず、〈エンバークロウ〉をにらみつける。

 

 

 ブレスを吐き終えた〈エンバークロウ〉が、早くも頭上で翼を張る。

 ひと羽ばたきで黄塵が吹き飛ぶ。

 喉袋が脈打ち、くちばしの先へ溶岩色の光がふたたび集束していく。

 

 

 大きな声を張って、俺は発破をかけた。

 

 

「──あとひと息だ、みんな!! 勝つぞ!」

 

 

「「「おおっ!」」」

 

 

 真後ろからカーラの声が返る。

 離れた左右からは、レンとシモンの声が熱風を裂いて重なった。

 肩を組めない距離でも、三つの声に宿る熱は、あの円陣と変わらない。

 その熱に押されるように焦土を踏み直す。

 痛みももはや気にならない。口の端が自然と、吊り上がった。

 

 

 直後、巨鳥のくちばしの先へ集束していた光が、ひときわ強く膨らむ。

 

 

「ブレス、来るぞ!」

 

 

 俺が叫ぶのと同時に、カーラが俺の脇を抜けて飛び出した。

 前に立ち、カーラは盾を正面へ据える。

 俺は入れ替わるように彼女の後背へ回った。焦げた背鎧へ、肩を押し当てる。

 

 

 〈エンバークロウ〉のくちばしが開く。

 轟音とともに火炎の息が噴き出し、焦土を舐めながら左右へ膨れ上がる。

 熱圧が頬を殴る。視界を埋めた灼熱の奔流が、俺たちへ迫った。

 

 

「はぁああああ……!!」

 

 

 カーラが水たまりを踏みしめ、〈転輪の写盾〉を突き出す。

 水面に滲んだ藍光が、幾筋もの糸となって立ち昇る。

 足元の水から魔力を吸い上げるように、光は盾面の水位相ルーンへ吸い込まれていった。

 

 

 直後、透明な水壁が真正面に展開される。

 俺が握った時とは明らかに違う。

 カーラの盾スキルの高さが、水壁の厚みと広がりに表れていた。

 

 

 灼熱の奔流が水壁へ激突する。

 触れた端から水膜が白く沸き立つ。甲高い蒸気音とともに、白蒸気が頭上へ噴き上がり続ける。

 盾を(くさび)に、火束がふたつに裂けた。

 分かれた炎は俺たちの両脇を走る。濡れた黒土を赤黒く焼いていった。

 

 

「カーラ、そのまま頼む!」

 

 

「……わかった!」

 

 

 衝撃がカーラの背を揺らし続ける。鎧に押し当てた俺の肩まで突き抜けた。

 足元の水たまりが踵のまわりで激しく跳ねた。それでも、カーラは一歩も退かない。

 焦りはない。カーラが稼いだわずかな間に、俺は魔法の携帯袋へ手を突っ込んだ。

 

 

 半月弓と氷矢筒を引き抜く。

 矢羽についた霜が即座に蒸散し、白煙となって舞い上がった。

 

 

【モブ、仕掛けるぞ! シモンの動きを見ろ!】

 

 

「──!」

 

 

 こめかみに鈍痛。

 脳裏にレンの声が突き刺さる。

 通信魔法で短く、彼は意図を伝えてきた。

 

 

 素早く左へ視線を振る──霧と熱の揺らぎ越し、シモンが片腕で目元を覆っている。

 そして空いた右手で、俺が初手に示した狐の印を形づくった。

 

 

「カーラ、左側に移動! 閃光準備!」

 

 

 張り上げる声が山頂を抜けていく。

 呼応したカーラが走り出す。足元の焼けたつぶてを蹴飛ばしながら彼女は駆けた。

 俺もその背へ貼りつくように並走。

 焦げた外套が擦れ、炭の粉を撒いた。

 

 

 滞空する〈エンバークロウ〉が赤金(あかがね)双眸(そうぼう)でこちらを追う。

 羽ばたき一度、灼熱の気流が地表をなぎ払い、黒砂が砂嵐のように舞い上がる。

 熱気が頬を打ち、鼓膜の裏で俺の血流は脈打った。

 

 

 風切り音をまとい巨鳥が滑空に転じる、その瞬間──。

 シモンの手から離れた白い球体が光を放った。

 カーラはそれに合わせて盾に隠れ、俺は腕で目を覆う。

 

 

 〈閃光弾〉の白い閃きが山頂の闇を裂く。

 〈エンバークロウ〉が顔を背けるも、黄金瞳に白膜が走り、羽ばたきが失速した。

 炎羽から熾火(おきび)がこぼれ、雨のように地へ落ちる。

 

 

 シモンが稼いだ数秒。

 十分すぎる時間だ。

 

 

 俺は弓を半弧に構える。

 氷属性の矢を二本、指の股で挟む。

 レベル2スカウトスキル──〈二本打ち〉。

 溶けた岩盤が不規則に灯るなか、弦を引き絞る。

 肺に残った熱風を吐き捨て、狙いを定めた。

 

 

 氷矢のひとつは左翼の根元、もうひとつは胸部を狙う。

 手先がわずかに震える。

 指を離すと蒼い双閃が火花を切り裂き、巨鳥の影へ吸い込まれていった。

 同時に、レンも〈エンバークロウ〉めがけて魔法を放つ。

 

 

『──氷の矢(アイス・アロー)!』

 

 

「ギャアァアアアアアアアアアッ!!!??」

 

 

 魔法の氷矢と共に、俺の矢も命中する。

 放った矢は一本外れ、もう一本は腹部に突き刺さっていた。

 氷花が咲き、灼けた羽軸に青霜が爆ぜる。

 巨鳥の悲痛な金切り声は山頂の岩壁を震わせた。

 

 

(一本は外れた……けれど)

 

 

 赤い目でステータスを走査──〈エンバークロウ〉の生命力は二割を切った。

 畳みかけようと、残りの矢をつがえようとした時。

 俺は視界の端で走る銀の流星を視認した。

 

 

 

 

 

 

(──カナメ!?)

 

 

 炎熱と灰煙しかなかった空間に、突如ひらめく銀の流星。

 ひと呼吸の間に、藍の小袖をまとう影と、巨鳥との距離が目に見えて縮む。

 着地の音はほとんど無かった。

 溶岩の照り返しが銀髪を撫で、残り火の中で刃紋のように輝く。

 

 

 和装の侍は膝を沈めると同時に前へ疾走する。

 草鞋の裏が黒曜片を踏み砕く。舞い上がった橙の火の粉が後方へ光の尾をひく。

 左手は赤鞘を握り締め、右手はまだ柄頭に触れていた。

 

 

 カナメを加えて、ヌシと対峙している人間は五人。発動条件の六人には届かず、〈群衆補正〉は機能しない。

 ルールルーが〈中転移(ミドル・テレポート)〉でカナメを山頂の外縁まで運び、自分だけすぐに戻ったのか。

 俺は瞬時に理解する。

 

 

(アリスとの賭けは、ヌシを先に討伐した班の勝ち。──狙いは、最後の一撃をさらうこと……! やっぱり来やがったか……!!)

 

 

 カナメが黒曜の岩床を蹴り抜く。

 踏み切りの破裂音が耳へ届くより先に、藍の影が一拍(いっぱく)で視界から掻き消えた。

 遅れて、銀髪の残像が白い尾を引き、〈エンバークロウ〉の頭上へ駆け上がる。

 

 

 赤鞘から抜けた刀身が、溶岩色の大気に銀の弧を刻む。

 跳躍の頂点で、その銀光が一度だけ強く(またた)いた。

 

 

 レンが杖を跳ね上げ、シモンが一歩を踏み出す。

 けれど、どちらも半拍遅い。

 俺も矢へ手を伸ばす。だが、指が矢羽に触れる間にも、銀の流星は落ちていく。

 

 

 ──間に合わない。

 

 

 踏み切りで舞った橙の火の粉が、宙に縫い止められたように見える。

 静止しかけた時間のなか、俺の正面──カーラだけが動いていた。

 

 

「はあああぁぁぁああっ!!」

 

 

 カーラが盾の縁を片手で掴み、焦げた靴裏で黒曜の岩床を蹴る。水しぶきがあがった。

 焼けついた腕を振りかぶり、全身の力を乗せて盾を放つ。

 

 

 ゴゥッ。

 

 

 レベル2盾スキル〈盾投げ(シールドスロー)〉。

 水位相ルーンが藍光を噴き、回転する鏡面を薄蒼の水膜が覆った。

 火の粉に触れた水膜が白い蒸気へ変わり、〈転輪の写盾〉は長い尾を引いて巨鳥へ駆け上がる。

 

 

「行けぇええええええっ!」

 

 

 カーラのしゃがれ声が黒土を震わせる。

 溶岩の照り返しを鏡面が拾い、橙と藍のストロボが山頂の闇を走った。

 

 

 〈エンバークロウ〉の頭上。

 上段に構えたカナメが、大きく目を見開く。

 降り注ぐ流星と飛翔する銀盤の軌道を、俺は両の目に焼き付けた。

 

 

 

 

 

 

 カナメが黒曜の岩床へ膝を沈めて着地した。

 銀髪が遅れて肩へ落ちる。

 カナメは荒い息をひとつ吐いた。ゆっくりと刀を払う。しゃがんだまま、そのまま音もなく、赤鞘へ納めた。

 

 

 一瞬の静寂。

 息を整えるより先に、カナメは顔を上げた。

 

 

 

 

「……お見、事!」

 

 

 

 

 カナメの背後で、〈エンバークロウ〉が大きくよろめいた。

 胸元には〈転輪の写盾〉が深くめり込み、ひび割れた鏡面の縁から血の華が弾けている。

 巨鳥の鳴き声が、噛み潰れた金属音へ変わった。

 

 

 巨体が地面へ叩きつけられる。

 砕けた羽根を撒き散らし、〈エンバークロウ〉は崩れ落ちた。

 

 

(カナメ……)

 

 

 俺は見ていた。

 ふたつの攻撃が交差する寸前、カナメが刀の軌道を巨鳥の脇へ外したのを。

 盾の一撃が先に命を断つと、カナメは見切ったのだろう。

 

 

 岩床に横たわる巨体から、黒焦げの尾羽が一本、脇へぱさりと滑り落ちる。

 それを合図に、巨体が無数の赤い粒子へ変わっていった。

 胸元にめり込んでいた〈転輪の写盾〉が岩肌に残り、硬い音を立てて横倒しになる。

 その周囲には、金に輝く〈固有品〉とドロップアイテムが散らばった。

 

 

 熱風が凪ぐ。

 薄灰の雲がほどけ、山頂に柔らかな光が射し込む。

 ヌシの消滅とともに、山頂一帯を灼いていた魔素も霧散したのだ。

 

 

 黒土を走っていた溶岩の赤い筋が、端から光を失っていく。

 赤く脈打っていた亀裂は黒い岩肌へ戻り、地表を舐めていた残り火も次々と消えた。

 

 

「……やった、んだな」

 

 

 止めていた息が、言葉とともにゆっくり抜けていく。

 静まり返った山頂で、燃え残る羽根だけが、ぱち、ぱちと小さく弾けた。

 

 

 前に立つカーラが、ゆっくりとこちらへ振り返る。

 琥珀色の瞳が茫然と揺れている。

 俺と目が合った途端、彼女は唇をぎゅっと内へ噛み込み、肩を小さく震わせる。

 

 

「う゛う゛ぅ……」

 

 

 煤で汚れたカーラの頬に、涙が白く筋を引いた。

 俺は衝動にかられ、地を蹴る。

 手放した弓と矢が、音を立てて岩肌を跳ねた。

 

 

「っしゃぁあっ!!」

 

 

「っ!?」

 

 

「やったなカーラ!」

 

 

 俺はカーラへ飛びついた。

 両腕を首に回し、力いっぱい抱き寄せる。いつも大盾を支える広い肩が、俺の腕の中でびくりと強張った。

 汗に濡れた亜麻色の髪が俺の頬に触れ、くすぐったくなる。

 

 

 傷めた胸骨がきしむも、どうでもよかった。

 いまはただ、この勝利の立役者を讃えたくてしょうがない。

 

 

 カーラの大きな身体が、嗚咽に合わせて小さく震えている。

 ささやかな抵抗も、すぐにやんだ。

 カーラは俺の肩口へ顔を伏せ、さめざめと泣き続ける。

 

 

「ほんとに、ありがとう、カーラ──」

 

 

 抱きしめたまま、俺はカーラの願いを思い返す。

 パーティを勝たせたい。俺たちの名誉を守りたい。そう願った彼女が報われたことを、俺は喜ぶ。

 鼻の奥がつんとする。

 彼女の肩に顎を乗せ、俺はそっと囁いた。

 

 

「勝ったのは君のおかげだ。君が、勝たせたんだ。俺たちを、守ってくれて、ありがとう」

 

 

「……っ」

 

 

 カーラの喉がひく、と震える。

 肩が上下するだけで声が出ていない。盾を投げた腕がだらりと落ちていた。

 

 

「モブ、カーラ!」

 

 

「皆様っ」

 

 

 かすれた呼び声と同時に、軽い足音が重なる。

 レンとシモンが横合いから俺たちに抱きついてくる。

 俺とカーラの腰に、彼らはそれぞれ腕を回していた。

 

 

「う、うぅ……」

 

 

 レンもシモンもこらえ切れない嗚咽を漏らす。

 肩伝いに伝わる鼓動は速く、泣きじゃくる声が俺の鼓膜に響いた。

 

 

「う゛~」

 

 

 カーラもまた、声にならない声をあげる。

 俺もつられて涙ぐむ。

 仲間たちに揉まれ、張り詰めていた緊張は一気にほどけていく。

 

 

 にじむ視界の端に、俺はもうひとつの気配を捉えた。

 斜光を反射する銀髪、藍の小袖。

 唇をとがらせ、黙然とたたずむカナメの姿を、俺は確かに見た。

 

 

 微かな山風が吹き抜ける。

 しばらくの間、俺は勝利の余韻をいまの仲間と共に味わった。

 そしてひとしきり感情を絞り切った後。

 山頂の奥で明滅する橙色のクリスタル──〈ダンジョン核〉に俺は目を向けた。

 





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