ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
モブの休日①:春シーズン第二週 週末
春シーズン第二週の六日目、早朝。
『……♡』
「うわあぁああああああっ!?」
背に衝撃を受ける。俺は痛みで目を覚ました。
手の下はさらりとした毛足──赤い絨毯の上だ。どうやらベッドから転げ落ちたらしい。
窓から差す朝の光に目を細める。昨夜開けた芳香剤(聖光ミント)の爽やかさが鼻をくすぐった。
額には汗がにじむ。胸が速く上下し、天井の聖素結晶灯が汗ばんだ視界にぼやけた。
最悪の目覚めだ。
上体を起こし、慌ててパジャマのウエストへ手を差し入れる。
──異常なし。胸の奥から長い息が抜けた。
「……あっぶねぇ~~」
今日の悪夢は原作主人公+原作ヒロイン勢ぞろい。
まぶたの裏に、さっきまで夢で見ていた顔ぶれ──カーラ、アリス、カナメ、ルールルー、マリー──が並ぶ。
壁に手をつき、制服のスカート越しに尻を突き出して、微笑んで、手招きして……。
「っでいや、ふんっ!!」
自分の両頬を交互に張る。
妄想を続けてどうする!! 舌打ちまじりに俺は自分を叱った。
「毎回毎回、バカかてめーは!! バカだった! バカなんだけど……許すよ! しょうがないよな!? だって男の子じゃんねえ!!」
両手で頭を抱える。涙がにじんだ。
日課の自家発電をやめてから、悪夢が増えている。
なんなら白昼夢も見る始末だ。
いつか教室で「おーいみんな~! スケベしようや~!」と口走りそうで怖い。
(しかも、出さずに耐えれば無傷で済むわけでもない……!)
原作ゲームでは、〈女神の呪い〉持ちが射精しないまま丸四週が過ぎると、身体には何も起きないが、経験値だけを強制徴収された。
子どもだろうが爺さんだろうがお構いなし。ある朝ステータスを開けば経験値が減り、場合によってはレベルまで落ちている。
出せばその場で徴収。出さなくても四週で徴収。
抜け道を念入りに塞ぐクソ仕様まで、この世界は律儀に再現している。ファッキュー、クソ女神。
(ギルド訓練所で教わったとおりなら、期限前に自分で出せばカウントは振り出しに戻り、強制徴収とは重ならないはずだ……。だが、そもそも毎回四週近くも耐えられる気がせん……!)
ああ、どうして俺はこうも性欲が強いのか。
──そのための〈瞑想〉だ。
来週、カナメから教わる。身に付ければ、途中の暴発を抑え、自家発電を四週に一度まで減らせるはずだ。たぶん。
この有様で来週まで持つのか?
視線が勝手にパジャマの腰元へ落ちた。
「こうなったら……」
寝起きの熱に浮かされた頭で、俺はとんでもない対策を思い付いた。
もはやこれしかあるまいと決心し、街へ繰り出す準備を始めた。
□
春シーズン第二週の六日目、午前。
俺は交易都市ミカの行政区まで来ていた。
王国代官府〈法印殿〉や公水監査局、警備隊本部が集まる、お堅い区画だ。
朝日を返す石畳の上を、青基調のスーツ姿の役人、とんがり帽子の魔術ギルド技師、ハーフアーマー姿の衛兵が行き交っている。
対する俺は、レンガ色の長袖シャツに薄手の毛織りベスト、濃紺のゆったりしたズボンという普段着だ。足元は丈夫な革の短靴。腰の革帯には、いつもの魔法の携帯袋とダガーホルダーを吊るしている。
もちろん、先日〈エンバークロウ〉から手に入れた固有品ダガー〈貫く
飾り気より実用性──それでも、商家の息子として見苦しくない程度には整えていた。
区の南端にある〈シルバーリム金具工房〉に俺はたどり着く。
工房の扉に手をかけず、店の前で俺は五分ほどうろうろしていた。
朝風を浴び、小走りでここまで来たせいか、俺はすっかり冷静さを取り戻している。
ここに来た目的は、特注の貞操帯を頼むこと──だった。
(……貞操帯じゃ夢精防げなくない? いや、自分の意思で出すのは防げるけど?)
いったい目覚めたばかりの俺はナニを考えていたのだろうか。作ってもらうにしても、鉄製の貞操帯だ。行動速度を犠牲にするなんてどうかしている。スカウトが先手とれなくてどうする? ぶっ殺すぞ。
工房から目をそらして青空を仰ぐ。その拍子に、腹が鳴った。
先ほど通り過ぎた屋台の脂の匂いが、鼻の奥によみがえる。
飯でも食って帰るか。
──そう決めた矢先だった。
「む」
俺は何者かが背後から近寄るのを感知した。
人の流れから外れ、靴音がふたつ近づく。
「よ、そこのかっこいいお兄さん。ひとり?」
赤毛と青髪の女性ふたりが、俺を呼び止める。
──ナンパか。
ふたりとも髪は短くぼさぼさで、日に焼けた肌も荒れている。だが、まとっているリザードの革鎧は上物だ。この身なりなら、冒険者の線が濃い。
すかさず視界を赤に染め、見立ての裏を取る。
どちらも火の帝国所属のゴールドランク。レベル4の前衛寄りで、所持金にも余裕がある。
年は二十六と二十七。レベルだけなら、プラチナ昇格の最低条件は満たしている。
(これでゴールド止まりってことは、素行か? 深く見て確かめるか? ……いや、よそう。長引かせると感づかれる)
視界をすぐに元に戻す。
知りえた情報を統合し、完全なよそ者であると俺は結論付けた。
まず、この街の生まれで俺にナンパする命知らずはいない。連絡ひとつで都市警備隊三番隊隊長である長姉が飛んでくるし、俺の母親の耳に入れば文字通り指を詰められると住人は知っている。ありがたいかぎりだ。
(──無謀さよし。
久しぶりの向こうみずな人間を目の当たりにし、俺のテンションは上がる。
前衛を張れて、生産でも稼げる。農村向けの兼業冒険者として、もってこいの人材だ。
俺はリクルーター気分でふたりの話に耳を傾けた。
「ねえ、この後あたしらと食事でもどう? おいしいもん食べたくない?」
「エードウシヨッカナー」
頬に手を当てて迷うふりをし、もう少し向こうの出方を見る。
ふたりは俺を脈ありと踏んだらしい。途端に顔を緩め、左右から間合いを詰めてきた。
逃がさない気だ。
──いい、実にいい。行動力の高さは高得点だ。
俺はふたりの品定めを続ける。
素行を矯正できれば、農村にいる親戚に預けてもよき働きをするだろう。
「私ら、帝都から来たんだ。火の帝国の女がどれだけ激しいか、知りたくない?」
「おっきいお兄さんとなら、いい思い出ができそう……♡ フレイムリット亭で、熱い夜を過ごそうよ♡」
どストレートに来た。高級宿の名まで出して畳みかける、この火力。実に火の帝国出身者らしい。
正直そそられるが、経験値を捨てる気はない。答えはノーだ。
品定めは済んだ。
もちろん誘いは断る。代わりに、商会の仕事を紹介してやろうと決める。
ふたり組の後ろで成り行きを見守っていた衛兵たちを、俺は目で制止する。
まだひとりで対処できる範疇だ。俺が勧誘の口火を切ろうとした、その時だった。
突如横合いから声をかけるものがいた。
「──お待たせしました、モブ様」
「謝罪」
どうしてここに? 待ち合わせした覚えはない。
青のシスター服のマリーと、学生服にとんがり帽子のルールルー。
突然の