ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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モブの休日③:春シーズン第二週 週末

 

 

 

 春シーズン第二週の六日目、正午。

 行政区南端の金具工房前から近くの戦功記念公園〈双翼広場〉へ移り、俺はリクルート業務を終えた。

 それからマリーとルールルーを伴って、広場脇にある老舗大衆酒場〈濁酒(どぶろく)の爪〉に入った。

 

 

 店の奥にある個室で、俺たちは盃を合わせる。

 木のカップがカツンと触れて、乾いた音を立てた。

 

 

「いやー、さっきはありがとな。改めて言わせてくれ。さすがだったよ、マリー、ルールルー」

 

 

「いえ。ただ、差し出がましかったのではと……」

 

 

「ぜんぜん。かなり助かった。ああやって絡まれるのも久しぶりだったし、どう話を持ってこうか悩んでたんだ。ふたりが来てくれてうれしかったよ」

 

 

「そ、そうですか。それなら、よかったです」

 

 

「ぶい」

 

 

 ルールルーが指を二本立てた。表情はまったく変わらないが、喜んでくれているらしい。

 

 

「そういや、ふたりは何か用事だったのか?」

 

 

「その、教会へ寄進に伺ったあと、職人外区まで布を買いに行くところでした。服の補修に使える端切れを探そうと思いまして」

 

 

「ルーは迷子もといマリーの道案内」

 

 

「る、ルー!」

 

 

 マリーが頬を赤くして、隣へ顔を向けた。

 

 

「事実」

 

 

「いま言わなくったって!」

 

 

 言い返してから、マリーがはっと俺を見る。目が合うと口をつぐみ、両手でカップを握った。

 ……迷子の話は、聞かなかったことにしよう。

 

 

 この世界じゃ、針仕事は男に任せる女が多い。

 原作でもマリーが裁縫する描写があったなと、俺は懐かしんだ。

 

 

「まあまあ。マリーは自分で繕えるのか。すごいな」

 

 

 俺の言葉に、マリーが少し目を丸くする。

 それからそっと息を吐き、カップを握る指を緩めた。

 

 

「え、ええ。ほつれや破れを直す程度ですけれど」

 

 

 談話の最中、戸の外から「はいよ、スプラッシュフィッシュ焼きね!」と通る声が響く。

 サイコロの転がる音に笑い声が重なった。

 揚げ芋の匂いに、手元のリンゴ酒の甘い香りが混じる。

 

 

 リンゴ酒をひと口含みながら、俺はさっきの一件を思い返す。

 あのあと俺は冒険者たちの手を取って立たせ、彼女らの面子を潰さないよう話を運んだ。

 

 

『素晴らしい! うちの商会の手練れを相手にすごいじゃないか君たち。ぜひうちの商会で働いてみないか?』

 

 

『え、え?』

 

 

 身分を明かしたあとは、公園で仕事の条件を詰めた。俺が見合いの世話もすると告げた途端、ふたり揃って身を乗り出してきたのが印象深い。

 十五分そこらで話はまとまり、通信魔法で呼んでおいた商会の人間に引き渡した。別れ際には、ふたりとも騙されてないか不安気な表情を見せたものの、おおむね機嫌はよさそうに見えた。

 

 

「モブ様は、あの方々の望みを、その御目(おめ)で見たのですね」

 

 

「まあ、ある程度はね」

 

 

「ある程度?」

 

 

 ルールルーが首を(かし)げる。

 

 

「疲れるから深くは見てないよ。見たのは簡単な素性と所持金と才能(タレント)だけだ。望みはそこから察した。火の帝国でも、あの年ごろなら結婚して家庭持ちがフツーだ。わざわざ水の王国まで来て女子ふたりで男漁りするなんて、周りとの縁が細い証拠だよ。根無し草ってこった」

 

 

「なるほど。それで、お見合いを提案したんですね」

 

 

「そそ。稼げてるのに親戚や仲間から相手の紹介がないってことは、周囲との折り合いが悪い。冒険者以外の世渡りの仕方を誰も教えなかったんだろうな。だから世話を焼くと言った途端、飛びついた」

 

 

 俺はカップを卓に下ろす。手元の小皿に乗った燻したアーモンドを口に放った。

 それから、先ほど運ばれてきた木皿二つをふたりの前へわずかに押しやる。

 

 

 どうぞと目線で合図。

 塩をまぶした揚げ芋と、皮をむくと湯気が出るほどの熱を持ったトマト──火炎トマトのチーズ添え。酸味とチーズの濃厚さが混ざって、鼻に香りが立つ。

 

 

 俺は今度は芋をつまみ、話を続けた。

 

 

「素行が問題なだけだったら、うちの商会である程度矯正できる。規則的な生活を続けさせて、問題を起こすたびにぶん殴っていれば、うちの商会で働ける人材になる。それでも駄目だったら放逐するだけだしな」

 

 

 マリーが、芋へ伸ばしかけていた手を止めた。

 少々言い方が乱暴だったか。俺はつまんだ芋を口に放り、飲み込んでから言葉を継ぐ。

 

 

「あとは才能(タレント)を活かす場所で働いてもらったら、うちにとって長期的には利益になる。適材適所ってやつさ」

 

 

「そこまでお考えで」

 

 

「いつもやってる?」

 

 

「時たま。前は俺のレベルが低くてリスクが勝ってたから、信頼できる誰かがいる時だけやってたよ。今日は、そうだな。信頼できるふたりがいてくれてほんとによかった」

 

 

「そ、それほどでも」

 

 

 頬に手を添えたマリーが、照れくさそうに笑う。

 ちゃんと伝わったらしい。俺までうれしくなって、つい口元が緩む。

 

 

 工房前でも、ここへ来てからも礼は言った。それでも、まだ言い足りない。

 感謝は即座に大仰(おおぎょう)に。母セリアからの教えである。

 

 

「いーや、ふたりはすごい」

 

 

 威勢よく腰を浮かせ、片手を卓につく。もう片方の手でカップを掲げると、自然と声も大きくなった。

 

 

「通りがかっただけなのに、自らの用事を放って、ふたりは俺を助けてくれた。誰にでもできることじゃない。ましてや、相手は荒くれもの! マリーとルールルーの勇気とまごころに乾杯!」

 

 

「……っ」

 

 

「照れる」

 

 

 ルールルーは無表情にうなずきながら、揚げ芋をまとめてつまみ上げた。

 マリーと俺の分残す気ある?

 俺は笑って、ふたりのカップに自分のカップを近づけた。

 

 

 再度の乾杯。

 マリーはまだ恥じらっているのか、顔を伏せながらカップを両手で持ち上げている。

 その際、彼女は距離感を誤ったのか、俺の持つカップをすかした。

 カップを持つ指先同士が、ほんの一瞬だけ触れる。

 

 

「──あ」

 

 

 非常にまずい。

 マリー・バッドガールが原作どおりの能力持ちなら、男の俺がうかつに触れていい相手じゃない。

 俺はとっさに気を引き締めた。……そのつもりだった。

 

 

「~~っ!? も、申し訳ありません、モブ様!」

 

 

 天上の声音が耳朶(じだ)を打ち、腹の底まで甘く響く。マリー様が慌ててカップを引かれた。

 

 

 マリー様の輪郭がうっすら桃色に染まり、その周りにハートが浮かんでは消える。俺はつい、その姿に見入った。

 やはりそうだ。──状態異常『魅了』になりかけている。

 奥歯を噛み締め、俺はカップを引き戻して腰を下ろす。必死に平静を装った。

 

 

「──ん、ああ。大丈夫かマリー。すまんすまん」

 

 

「っ」

 

 

 マリー様は御自身の指先を見下ろし、俺へ視線を戻された。

 カップを胸元に抱えたまま、恐る恐る口を開く。

 

 

「大丈夫、なのですか?」

 

 

「ああ、特には」

 

 

「……私の『力』も、モブ様はご存じですよね?」

 

 

「知ってる。俺はマリーと同じレベルだから、完全に魅了される前に抵抗できる」

 

 

 一部嘘である。完全に飲まれずに済むだけで、頭を甘く痺れさせる余波まで消えるわけじゃない。

 

 

「──!」

 

 

 マリー様は木のカップをそっと置いた。

 次いで、御自身の顔を手で覆う。かわいい。美しい。天女か。

 彼女が手のひらで隠したものが、涙か笑顔かを確かめたくなる。

 

 

 ──って違うわボケ!!

 

 

 俺は卓の下へ片手を下ろし、太ももをつねり上げた。

 痛いかわいい痛い!

 リンゴ酒で喉を湿らせ、どうにか息を整える。

 

 

(やばいやばいやばい、想像以上だコレ! 耐性、耐性防具はどこだ!?)

 

 

 〈才能封じの首輪〉で抑えていても、指先が触れただけでこれだ。マリーのレベルが上がれば、抵抗はもっと難しくなる。

 魅了耐性装備は希少で、店売りも少ないうえにデメリット持ちだ。それでも、急いで探すしかない。

 

 

「マリー、大丈夫?」

 

 

 ルールルーが、顔を覆ったままのマリーをのぞき込む。

 

 

「ええ……。うれ、しくて……」

 

 

 マリーがゆっくり手を下ろした。潤んだ水色の瞳が俺を捉える。その下で、口元はほころんでいた。

 彼女の首元──〈才能封じの首輪〉から垂れた紫水晶が、胸の上で揺れる。

 

 

 止めろマリー、その顔は俺に利く。

 俺は太ももをつねる力を一層強めた。

 

 

「……モブ様、私の力をお教えいただきありがとうございます。触れても理性を失わず、怖がらずにいてくださる方がいるなんて、私、思ってもみませんでした」

 

 

「そっか。それなら、よかったよ」

 

 

 俺はカップを置いた。マリーは目元を拭い、小さくうなずく。

 自分から使う才能(タレント)には、力の込め方が自然とわかるものも多い。一方、マリーのように意思と関係なく働く力は、起きた現象から性質を探っていくことになる。

 

 

「自分の才能(タレント)でも、細かい条件まではわからないからな。珍しい能力ほど、参考になる記録も少ない。俺の目なら、試す前にわかることもある」

 

 

「便利、でも危険」

 

 

 ルールルーの発言に俺はうなずく。

 特異な才能(タレント)ほど、能力の詳細は隠しておきたい。知られれば対策を取られたり、利用されたりしかねないからだ。

 俺がふたりに〈第四の目〉を明かしたのは、原作ヒロインなら信用できると踏んだからだ。今日の一件で、その判断にも自信が持てた。

 

 

「モブ様は、……その」

 

 

「ん?」

 

 

 ようやくマリーの体の縁のピンクオーラが見えなくなった。

 胸を撫でおろし、太ももから俺は指を放す。

 きっと赤黒く変色していることだろう。回復ポーションの在庫のことを考え、俺はげんなりする。

 

 

 卓上で指を組み、俺は彼女が言い終えるのを待った。

 

 

「私が何者かについても、モブ様は『視る』ことができるの、でしょうか……?」

 

 

 俺は目を細める。

 隣のルールルーも、ぴたりとトマトを食べる手を止める。

 少しの時間、酒場の喧騒がすっと遠のいた気がした。

 







ヒロインアンケートのルールルーの隠れた人気に一番戸惑っているのは俺なんだよね

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