ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
春シーズン第二週の六日目、正午。
俺はマリーとルールルーを伴って、行政区・戦功記念公園脇にある老舗大衆酒場〈
「いやー、さっきはありがとな。さすがだよ、マリー、ルールルー」
「いえ。こちらこそ、差し出がましかったかと」
「ぜんぜん。かなり助かったよ」
「びっくり」
店の奥の個室で盃を合わせる。
木のカップがカツンと触れて、乾いた音を立てた。
戸の外から、酒場内の活気が波のように寄せては引く。
「はいよ、スプラッシュフィッシュ焼きね!」と通る声、盆が卓を打つ鈍い音、サイコロが転がる軽い響き。
笑い声に混じって誰かが流行歌を鼻でなぞるのが聞こえる。
揚げた芋の匂いにリンゴ酒の甘さが重なり、鼻の奥が少し熱くなる。
床板は客の足でときどききしみ、壁越しに盃のぶつかる音が続いた。
リンゴ酒を含みながら、さっきの一件を思い返す。
あのあと俺は冒険者たちの手を取り、彼女らの自尊心を立てたまま話を運んだ。
『素晴らしいっ! うちの商会の手練れを相手にすごいじゃないか君たち。ぜひうちの商会で働いてみないか?』
『え、え?』
『条件は……』
それから俺は身分を明かし、二人を戦功記念公園に連れ出して、交渉を開始。
十五分そこら話して、あらかじめ通信魔法で連絡していた商会の人間に引き渡した。
別れ際には二人は上機嫌だった。
見合いの話を出した瞬間の、二人組の喜びようと来たら――。
「モブ様は、あの方々の望みを、その
「まあ、ある程度はね」
「ある程度?」
ルールルーが首を傾げる。
俺は補足を添える。
「疲れるから深くは見てない。見たのは簡単な素性と所持金と
「なるほど。それで、見合いを提案したんですね」
「そう。稼げてるのに親戚や仲間からの紹介がないってことは、周囲との折り合いが悪い。冒険者以外の世渡りの仕方を誰も教えなかったんだろう。だから世話を焼くと言った途端、飛びついた」
俺はカップを卓に下ろす。手元の小皿に乗った燻したアーモンドを口に放った。
それから、先ほど運ばれてきた木皿二つを二人の前へわずかに押しやる。
どうぞとウインクで合図。
塩をまぶした揚げ芋と、皮をむくと湯気が出るほどの熱を持ったトマト――火炎トマトのチーズ添え。酸味とチーズの濃厚さが混ざって、鼻に香りが立つ。
俺は今度は芋をつまみながら、言葉を締めた。
「で、規則的な生活を続けさせて、素行を矯正させる。あとは
「そこまでお考えで」
「いつもやってる?」
「時たま。前は俺のレベルが低くてリスクが勝ってたから、信頼できる誰かがいる時だけやってたよ。今日は、そうだな。信頼できる二人がいてくれてほんとによかった」
「そ、それほどでも」
俺が褒めると、マリーは頬に手を添えて肌を朱に染めていた。
よしと俺は机の下で拳を握る。
機嫌を取ることができて安堵する。
先ほど二人は、俺を助けたのにかかわらず、すぐに賞賛を受け取ることができなかった。
世の中ギブアンドテイク。
貰った分はすぐに返すべきだ。感謝は即座に大仰にとは、母親からの教えである。
「いーや、二人はすごいっ」
声を張る。中腰になる。身を乗り出して俺はテーブルに手をつく。
杯を掲げて、感謝の言葉を並び立てた。
「通りがかっただけなのに、自らの用事を放って、二人は俺を助けてくれた。誰にでもできることじゃない。ましてや、相手は荒くれもの! マリーとルールルーの勇気とまごころに乾杯!」
「……っ」
「照れる」
ルールルーが揚げ芋を大量につまみながら無表情にうなずく。
マリーと俺の分は?
とても彼女は照れてるようには見えなかったが、俺は気にしないで二人のカップに自分のカップを近づけた。
再度の乾杯。
マリーはまだ恥じらっているのか、顔を伏せながら杯を両手で持ち上げている。
その際、彼女は距離感を誤ったのか、俺の持つ杯をすかした。
持ち手同士が触れる。
「――あ」
非常にまずい。
マリー・バッドガールが原作どおりの人物であるならば――男性限定で事件が起きる。
俺は即座にコトに備える。
マリーの輪郭に、うっすら桃色が灯るのを、俺は見た。
「~~っ!? も、申し訳ありません、モブ様!」
天上の声音が
マリー様の体の周りにハートが浮かんでは消えるのを俺は眺める。
やはりそうだ。――状態異常『魅了』になりかけている。
奥歯を砕かんばかりに噛み締める。努めて、俺は平静を装った。
「――ん、ああ。大丈夫かマリー。すまんすまん」
「っ」
マリー様は驚いて、御自身の手と俺を見比べる。
そうして、もう一度俺の顔を見つめ出す。
――信じられないものを見た顔だ。眉を上げて俺を見てらっしゃる。
目を細められ、恐る恐るといった声音で、彼女は俺に問いかけた。
「大丈夫、なのですか?」
「ああ、特には」
「……私の”力”も、モブ様はご存じですよね?」
「知ってる。まあ、俺はマリーとレベルが同じだ。ほかの男と違って、耐性がある」
「――!」
マリー様は木のカップをそっと置いた。
次いで、御自身の顔を手で覆う。かわいい。美しい。天女か。
彼女が手のひらで隠したものが、涙か笑顔かを確かめたくなる。
――って違うわボケ!!
俺は内心で叫んだ。太ももをつねり上げ、遠のく意識を何とかつなぎ止める。
痛いかわいい痛い!
喉が渇く。リンゴ酒で湿らし、とにかく心を落ち着かせようとする。
(やばいやばいやばい、想像以上だコレ! 耐性、耐性防具はどこだ!?)
マリーが〈才能封じの首輪〉で封じ込めた
彼女と手が触れたことで、封じ込めた力の一端を俺は浴びてしまった。本来は目と目が合うことで発動する
ただ、彼女のレベルが上がると今度は耐性を50パーセント減してくるようになるので、完全な対策は難しい。ちくしょう。
この世界では魅了耐性装備はわりと希少であり(店売りも少なくデメリットあり)、耐性を盛りづらい。
それでも至急用意しなければなるまいと、俺は決心する。
「マリー、大丈夫?」
「ええ……。うれ、しくて……」
どうやら手のひらで覆っているのは涙と笑顔、どちらもだったらしい。
ゆっくりとマリーは手を下ろすと、潤んだ水色の瞳を俺に差し向けた。
彼女の首元――紫水晶の首飾りが胸の上で揺れる。
止めろマリー、その顔は俺に利く。
俺は太ももをつねる力を一層強めた。
「……モブ様、私の力をお教えいただきありがとうございます。レベルが同じであれば耐性があるだなんて、私、知りませんでした」
「調べる手立てがほぼないからな。傾向をまとめて検証するか、ダンジョン産のレアアイテムを使うか、俺みたいな
「便利、でも危険」
ルールルーの発言に俺はうなずく。
〈第四の目〉の詳細を教えたのは、彼女らが原作ヒロインだからだ。
アリスの頭のネジが吹っ飛んでいるだけで、多くの特異な
「モブ様は、……その」
「ん?」
ようやくマリーの体の縁のピンクオーラが見えなくなった。
胸を撫でおろし、太ももから俺は指を放す。
きっと赤黒く変色していることだろう。回復ポーションの在庫のことを考え、俺はげんなりする。
卓上で指を組み、俺は彼女が言い終えるのを待った。
「私が何者かについても、モブ様は『視る』ことができるの、でしょうか……?」
俺は目を細める。
隣のルールルーも、ぴたりとトマトを食べる手を止める。
少しの時間、酒場の喧騒がすっと遠のいた気がした。
ヒロインアンケートのルールルーの隠れた人気に一番戸惑っているのは俺なんだよね