ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
春シーズン第二週の六日目、正午。
行政区南端の金具工房前から近くの戦功記念公園〈双翼広場〉へ移り、俺はリクルート業務を終えた。
それからマリーとルールルーを伴って、広場脇にある老舗大衆酒場〈
店の奥にある個室で、俺たちは盃を合わせる。
木のカップがカツンと触れて、乾いた音を立てた。
「いやー、さっきはありがとな。改めて言わせてくれ。さすがだったよ、マリー、ルールルー」
「いえ。ただ、差し出がましかったのではと……」
「ぜんぜん。かなり助かった。ああやって絡まれるのも久しぶりだったし、どう話を持ってこうか悩んでたんだ。ふたりが来てくれてうれしかったよ」
「そ、そうですか。それなら、よかったです」
「ぶい」
ルールルーが指を二本立てた。表情はまったく変わらないが、喜んでくれているらしい。
「そういや、ふたりは何か用事だったのか?」
「その、教会へ寄進に伺ったあと、職人外区まで布を買いに行くところでした。服の補修に使える端切れを探そうと思いまして」
「ルーは迷子もといマリーの道案内」
「る、ルー!」
マリーが頬を赤くして、隣へ顔を向けた。
「事実」
「いま言わなくったって!」
言い返してから、マリーがはっと俺を見る。目が合うと口をつぐみ、両手でカップを握った。
……迷子の話は、聞かなかったことにしよう。
この世界じゃ、針仕事は男に任せる女が多い。
原作でもマリーが裁縫する描写があったなと、俺は懐かしんだ。
「まあまあ。マリーは自分で繕えるのか。すごいな」
俺の言葉に、マリーが少し目を丸くする。
それからそっと息を吐き、カップを握る指を緩めた。
「え、ええ。ほつれや破れを直す程度ですけれど」
談話の最中、戸の外から「はいよ、スプラッシュフィッシュ焼きね!」と通る声が響く。
サイコロの転がる音に笑い声が重なった。
揚げ芋の匂いに、手元のリンゴ酒の甘い香りが混じる。
リンゴ酒をひと口含みながら、俺はさっきの一件を思い返す。
あのあと俺は冒険者たちの手を取って立たせ、彼女らの面子を潰さないよう話を運んだ。
『素晴らしい! うちの商会の手練れを相手にすごいじゃないか君たち。ぜひうちの商会で働いてみないか?』
『え、え?』
身分を明かしたあとは、公園で仕事の条件を詰めた。俺が見合いの世話もすると告げた途端、ふたり揃って身を乗り出してきたのが印象深い。
十五分そこらで話はまとまり、通信魔法で呼んでおいた商会の人間に引き渡した。別れ際には、ふたりとも騙されてないか不安気な表情を見せたものの、おおむね機嫌はよさそうに見えた。
「モブ様は、あの方々の望みを、その
「まあ、ある程度はね」
「ある程度?」
ルールルーが首を
「疲れるから深くは見てないよ。見たのは簡単な素性と所持金と
「なるほど。それで、お見合いを提案したんですね」
「そそ。稼げてるのに親戚や仲間から相手の紹介がないってことは、周囲との折り合いが悪い。冒険者以外の世渡りの仕方を誰も教えなかったんだろうな。だから世話を焼くと言った途端、飛びついた」
俺はカップを卓に下ろす。手元の小皿に乗った燻したアーモンドを口に放った。
それから、先ほど運ばれてきた木皿二つをふたりの前へわずかに押しやる。
どうぞと目線で合図。
塩をまぶした揚げ芋と、皮をむくと湯気が出るほどの熱を持ったトマト──火炎トマトのチーズ添え。酸味とチーズの濃厚さが混ざって、鼻に香りが立つ。
俺は今度は芋をつまみ、話を続けた。
「素行が問題なだけだったら、うちの商会である程度矯正できる。規則的な生活を続けさせて、問題を起こすたびにぶん殴っていれば、うちの商会で働ける人材になる。それでも駄目だったら放逐するだけだしな」
マリーが、芋へ伸ばしかけていた手を止めた。
少々言い方が乱暴だったか。俺はつまんだ芋を口に放り、飲み込んでから言葉を継ぐ。
「あとは
「そこまでお考えで」
「いつもやってる?」
「時たま。前は俺のレベルが低くてリスクが勝ってたから、信頼できる誰かがいる時だけやってたよ。今日は、そうだな。信頼できるふたりがいてくれてほんとによかった」
「そ、それほどでも」
頬に手を添えたマリーが、照れくさそうに笑う。
ちゃんと伝わったらしい。俺までうれしくなって、つい口元が緩む。
工房前でも、ここへ来てからも礼は言った。それでも、まだ言い足りない。
感謝は即座に
「いーや、ふたりはすごい」
威勢よく腰を浮かせ、片手を卓につく。もう片方の手でカップを掲げると、自然と声も大きくなった。
「通りがかっただけなのに、自らの用事を放って、ふたりは俺を助けてくれた。誰にでもできることじゃない。ましてや、相手は荒くれもの! マリーとルールルーの勇気とまごころに乾杯!」
「……っ」
「照れる」
ルールルーは無表情にうなずきながら、揚げ芋をまとめてつまみ上げた。
マリーと俺の分残す気ある?
俺は笑って、ふたりのカップに自分のカップを近づけた。
再度の乾杯。
マリーはまだ恥じらっているのか、顔を伏せながらカップを両手で持ち上げている。
その際、彼女は距離感を誤ったのか、俺の持つカップをすかした。
カップを持つ指先同士が、ほんの一瞬だけ触れる。
「──あ」
非常にまずい。
マリー・バッドガールが原作どおりの能力持ちなら、男の俺がうかつに触れていい相手じゃない。
俺はとっさに気を引き締めた。……そのつもりだった。
「~~っ!? も、申し訳ありません、モブ様!」
天上の声音が
マリー様の輪郭がうっすら桃色に染まり、その周りにハートが浮かんでは消える。俺はつい、その姿に見入った。
やはりそうだ。──状態異常『魅了』になりかけている。
奥歯を噛み締め、俺はカップを引き戻して腰を下ろす。必死に平静を装った。
「──ん、ああ。大丈夫かマリー。すまんすまん」
「っ」
マリー様は御自身の指先を見下ろし、俺へ視線を戻された。
カップを胸元に抱えたまま、恐る恐る口を開く。
「大丈夫、なのですか?」
「ああ、特には」
「……私の『力』も、モブ様はご存じですよね?」
「知ってる。俺はマリーと同じレベルだから、完全に魅了される前に抵抗できる」
一部嘘である。完全に飲まれずに済むだけで、頭を甘く痺れさせる余波まで消えるわけじゃない。
「──!」
マリー様は木のカップをそっと置いた。
次いで、御自身の顔を手で覆う。かわいい。美しい。天女か。
彼女が手のひらで隠したものが、涙か笑顔かを確かめたくなる。
──って違うわボケ!!
俺は卓の下へ片手を下ろし、太ももをつねり上げた。
痛いかわいい痛い!
リンゴ酒で喉を湿らせ、どうにか息を整える。
(やばいやばいやばい、想像以上だコレ! 耐性、耐性防具はどこだ!?)
〈才能封じの首輪〉で抑えていても、指先が触れただけでこれだ。マリーのレベルが上がれば、抵抗はもっと難しくなる。
魅了耐性装備は希少で、店売りも少ないうえにデメリット持ちだ。それでも、急いで探すしかない。
「マリー、大丈夫?」
ルールルーが、顔を覆ったままのマリーをのぞき込む。
「ええ……。うれ、しくて……」
マリーがゆっくり手を下ろした。潤んだ水色の瞳が俺を捉える。その下で、口元はほころんでいた。
彼女の首元──〈才能封じの首輪〉から垂れた紫水晶が、胸の上で揺れる。
止めろマリー、その顔は俺に利く。
俺は太ももをつねる力を一層強めた。
「……モブ様、私の力をお教えいただきありがとうございます。触れても理性を失わず、怖がらずにいてくださる方がいるなんて、私、思ってもみませんでした」
「そっか。それなら、よかったよ」
俺はカップを置いた。マリーは目元を拭い、小さくうなずく。
自分から使う
「自分の
「便利、でも危険」
ルールルーの発言に俺はうなずく。
特異な
俺がふたりに〈第四の目〉を明かしたのは、原作ヒロインなら信用できると踏んだからだ。今日の一件で、その判断にも自信が持てた。
「モブ様は、……その」
「ん?」
ようやくマリーの体の縁のピンクオーラが見えなくなった。
胸を撫でおろし、太ももから俺は指を放す。
きっと赤黒く変色していることだろう。回復ポーションの在庫のことを考え、俺はげんなりする。
卓上で指を組み、俺は彼女が言い終えるのを待った。
「私が何者かについても、モブ様は『視る』ことができるの、でしょうか……?」
俺は目を細める。
隣のルールルーも、ぴたりとトマトを食べる手を止める。
少しの時間、酒場の喧騒がすっと遠のいた気がした。
ヒロインアンケートのルールルーの隠れた人気に一番戸惑っているのは俺なんだよね