ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
いったい自分が何者なのか。〈第四の目〉で、どう視えているのか──。
マリーの問いが、卓の上へ重く落ちた。
マリーは息を詰め、ルールルーもつまんだトマトを皿へ戻して俺を見る。
俺は無意識に視線を左下へ落とした。指先が卓の縁を探り、木のささくれに触れる。
どう答えたものかと、考えを巡らせた。
マリー・バッドガールにルールルー・プルン。
王都の同じ孤児院で育ち、似た境遇を背負ったふたり。
聖女の道を歩む途中に、自身の忌まわしき血に気づき、出生の秘密を追うことになったマリー。
超級ダンジョン〈逆さ魔導塔〉で目覚めた、さまよう魔法生物ルールルー。自分が創られた意味を知るため、彼女は〈逆さ魔導塔〉の深層へ向かおうとしている。
ふたりとも、自分が何者であるかを探している。
教えるのは簡単だ。
だが、そんな単純な話でもない。
「マリー、ルールルー」
背筋を伸ばし、俺はふたりを正面から見据える。
名を呼ぶと、ふたりとも小さく喉を鳴らして息を整えた。
かすかに前のめりになる。
俺が言葉を継ごうとした矢先──戸がこん、と叩かれ、勢いよく開いた。
「──おう、お待たせ! こちら、アルディナ運河で釣りたてのヤマメを使ったマリネと、土の共和国から仕入れた〈黄金人参〉のポタージュだよ! 精がつくよ~、モブとお友達ら!」
「……ありがとう」
丸刈りの給仕が、太い指でトレーから卓へ料理を移していく。
川魚の酸が鼻をつき、温かいポタージュから甘い香りが立つ。
給仕は親指を立て、エプロンを翻しながら帰っていった。
礼を言って、俺は彼を見送った。
張りつめていた空気が、一気に緩む。
ざっくばらんで温かい雰囲気が売りの店だ──秘密の話をするには向いていないと、俺は反省する。
マリーもルールルーもどこかうらめしそうに戸の向こうを見ている。
俺は息を整え、同じ方向に視線を向けたまま言った。
「──こんなところで話すほど、軽いもんじゃあないってことかな」
「そ、それは……?」
「俺は、ふたりの出生の秘密も知ってる。だがそれは、俺の口から話すもんでもないと思う」
「──!」
「……」
ふたりが正面を向く。
マリーの指は胸の前で組まれ、ぎゅっと力が入った。肩が一度、上下する。
ルールルーは表情を変えない。けれど、視線が落ち、帽子のつばを親指でそっと押し直した。
俺もふたりを真っ直ぐ見据え、話を続けた。
「ふたりの秘密は、しかるべきとき、しかるべき相手から知ることが大事だと、俺は思ってる。……俺が話せば、何があったかはわかる。でも、どうしてそうしたのかって、その相手に直接聞きたいこともあると思う。俺の言葉だけで、自分が何者なのかを決めつけてほしくないんだ。──だから、いまここで俺から答えを渡すのは、違うと思ってる」
できるだけ柔らかい調子で締める。
言い終えると、互いの呼吸だけが聞こえる隙間が生まれた。
マリーとルールルーは黙って俺の意図を飲み込んでいる。
俺は表情を
やがてマリーが、ゆっくりと口を開いた。
「……そうですね。モブ様の、言うとおりです」
マリーの肩がわずかに震える。ひと呼吸して目を上げた。
その水色のまなざしには、淡い光が宿っている。
指の腹を胸に当て、彼女は小さくうなずく。
「今日、お話をうかがえただけでも、マリーは幸福でした。これ以上は、高望みというもの。私の手で、自分が何者かを探し続けます。それに……」
「?」
「モブ様が事実を知っていながら、私たちを遠ざけない。それだけでいま、救われた心地になっています。いままでは漠然と、恐ろしい結果ばかり思い描いておりましたが……自分の正体を知る勇気が、少しだけ湧きました」
口元に指先を添え、マリーはくすりと笑う。
『魅了』にかかったわけでもないのに、俺の鼓動は跳ねる。
思わず上体を引く。
照れを隠すように、俺は後ろ髪をかいた。
「え~と、ルーはどうする? いま、聞きたいか?」
俺が問うと、ルールルーは首を横に振った。
とんがり帽子の縁をつまみながら、彼女は答える。
「感情値、否定。ルーも一緒。教えてもらわなくても大丈夫。ただ、ルーが困ったら手伝って。力がついたら、行きたい場所があるから」
「もちろん。手伝わせてもらうよ」
「ありがと、モブ」
そういうと、ルールルーは帽子から手を離し、俺の手に重ねた。
そのままにぎにぎと俺の手を揉み始める。
ひんやりとして冷たい。適度な指圧が気持ちよく、肩から息が抜けていった。
「る、ルールルーさん?」
「お礼。ディーはこうすると男の人は喜ぶって言ってた。あまりよく思い出せないけど、たぶん」
「ちょ、ちょっとルー!」
ルールルーは俺とマリーの視線をまったく意に介さず、両手で俺の手をぶにぶにし続ける。
やっば、ちょー柔らけえ──じゃなくて。
隣のマリーを一度見てみてほしい。頬まで真っ赤にし、口元を押さえている。
いい加減体温が上がってきた。
俺は慌てて咳払いする。
「ん゛っ! あの、ルールルーさん? そろそろ──」
「マリーも、どう?」
「る、ルー、なに言って!?」
こ、こいつそれが狙いか!?
俺は愕然とする。ルールルーの厚き友情に怒りを覚えた。
マリーは一拍だけ俺と目を合わせ、すぐに俺たちの手元へ視線を戻す。
しどろもどろに、彼女はルールルーをとがめた。
「あのね、ルー。男性は、親しくない女性に体を触られるのを、嫌がるの。それに、わ、私が、さ、触ったら……」
「モブは、嫌?」
首をこてん。紫の大きな瞳が俺を覗き込む。
俺は脊髄反射で回答した。
「まさか。むしろ、その、うれしいよ」
半分嘘である。
内心不安でどっきどきだ。
(こ、こんのボケェ~~~~っ!? 嫌いじゃあねぇけどよ!! 気になる異性に触られるとうれしいのは本心だけどよ!! てめえさっきのやりとり見てねえのか、ああんっ!?)
胸のうちの絶叫を押し殺し、俺は笑って誤魔化す。
またマリーの誘惑に耐えないといけないと思うと、脂汗が背中に浮き出た。
マリーのほうをちら見する。
彼女がごくりと喉を鳴らすのを、俺は目撃してしまった。思わず、頭を抱えそうになる。
さっき触れた指先は事故だった。けれど今度は、マリーが自分から手を伸ばそうとしている。
その願いを拒むことと、暴発のリスクを瞬時に俺は
──比べるまでもない。
腹を決める。
空いてる手を、俺はマリーに差し出した。
「よ、よ、よよよろしいのですか?」
「ん? マリーさえ、よければ」
「は、はひっ」
マリーのシスター服が椅子の縁でかすかに擦れた。紫水晶のきらめきが視界の端でまた小さく跳ねる。
彼女は背筋を正し、両手をそっと前へ。
ためらいがちに、俺の手の上へ重ねる。
「あ……♡」
ピンクオーラ再び。
漏れた吐息が俺の
俺はふたりにバレない程度に舌を噛みながら、マリー様の御手の温かさを堪能する。
にぎ、にぎ。
まるで実在を確かめるかのように、マリー様は指先で俺の手のひらをたどる。肩がわずかに震え、水色の波がかった髪もふわりと揺れた。
「観測値、興奮?」
ルールルーが無邪気に首を傾げる。
しばらく、俺の両手はふたりの手に包まれ続ける。
その間ずっと、俺は血を味わう羽目になった。
□
春シーズン第二週の六日目、正午過ぎ。
食事を終え、店先へ出る。春の冷気が頬を撫で、さっきまでの火照りをすっと冷ましていく。
「あの、その……今日は本当にありがとうございました。まるで夢心地で……」
「いいって。俺も楽しかったし、飯までご馳走になった。礼を言うのはこっち。また一緒に来よう」
「ええ、ぜひ!」
「感情値、期待」
別れ際、マリーは満面の笑みで手を振った。
俺も大きく手を振って応じる。すると、マリーはさらに勢いよく振り始めた。微笑ましい。
ルールルーもその隣で、とんがり帽子を片手で押さえながら、胸の前で小さく手を振っている。
俺は手を下ろす。ふたりに背を向けて目的の地へ歩き出した。
(よく耐えた俺……。まじであぶねーところだった)
途中、口の端から血が漏れる。俺は親指でそっと拭った。
腰に結んだ魔法の携帯袋から回復ポーションを取る。赤色の液体を飲み干した。
手を握られて以降、俺は料理を楽しむ暇はなかった。口の中で全てがブラッドソース和えとなり、鉄の味を味わい続けた。
一方で、マリーとルールルーの好感度は急上昇。
個別シナリオも進み、大いに満足できる成果となった。
ふたりの個別シナリオは戦闘も多く、偉業値──経験値の稼ぎどころでもある。俺とて、何の見返りも期待せずにやせ我慢していたわけではない。
(──マリーは原作でも最上位の性能だったな。前衛も後衛も範囲回復もこなす、万能ユニットだった)
マリーは性能が高い代わり、男性が接触すれば『魅了』判定が起きるというとんでもないデメリットがあった。それは原作主人公でも例外でない。
そしてマリーには敵対イベントも存在した。敵対したマリーは俺がセーブデータごとやり直す羽目になったほど、強かった記憶がある。
(そのデメリットがあっても、マリーの助力はほしいとこだな……。設定や事情を知ってるせいで、ほうっておけないってのもあるけど……。お気に入りのキャラだったし……)
今回も判定そのものは起きた。俺はマリーと同じレベルだったから踏みとどまったが、甘い余波だけでこの有り様だ。
それでも、デメリットに対処できれば、これほど心強い味方はいない。
そんなことを考えているうちに、目的地に着く。
行政区の南端──公水監査局の向かい、〈シルバーリム金具工房〉の前に俺は再び立った。
意を決してドアノブへ手をかけ、押し開ける。
金具が軽く鳴った。
「はい、いらっしゃい」
「すみません。男用の貞操帯を、作りたくて──」
行動速度を落とさずに済む魅了対策が見つかるまでの、暫定策。
俺は念のため、〈男の貞操帯〉(魅了耐性+15パーセント、行動速度-5、敏捷-1、魅力-3)を発注することにした。
朝は鼻で笑った代物だ。夢精対策にはならないし、行動速度低下もある。
だが、マリーの近くに居続けるなら、そのうち使う機会は訪れるだろう。
対策せずに、マリーの隣で自分の意思を奪われるような無様をさらすよりは断然ましだと、俺は思った。
短章 1年目春 モブの休日編お読みいただきありがとうございました!
露出が低かったマリーとルールルーにスポットライトをあてた章となりました。
本章を通じて、主要キャラたちの関係性の変化を楽しんでいただけているなら幸いです。
次の章はカナメ回となります。
引き続きお楽しみください。
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