ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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モブの休日④ 春シーズン第二週 週末

 

「私が何者かについても、モブ様は『視る』ことができるの、でしょうか……?」

 

 

「……」

 

 

 マリーもルールルーも、息を呑んで俺を見る。

 無意識に視線が左下へ落ちた。指先が卓の縁を探り、木のささくれに触れる。

 どう答えたものかと、考えを巡らせた。

 

 

 マリー・バッドガールにルールルー・プルン。

 王都の同じ孤児院で育ち、似た境遇を背負った二人。

 

 

 聖女の道を歩む途中に、自身の忌まわしき血に気づき、出生の秘密を追うことにしたマリー。

 超級ダンジョン〈逆さ魔導塔〉で目覚めた、さまよう魔法生物ルールルー。自分が創られた意味を知るため、彼女は〈逆さ魔導塔〉の深層へ向かおうとしている。

 

 

 二人とも、自分が何者かであるかを探している。

 教えるのは簡単だ。

 だが、そんな単純な話でもない。

 

 

「マリー、ルールルー」

 

 

 背筋を伸ばし、俺は二人を正面から見据える。

 名を呼ぶと、二人とも小さく喉を鳴らして息を整えた。

 微かに前のめりになる。

 

 

 俺が言葉を継ごうとした矢先――戸がこん、と叩かれ、勢いよく開いた。

 

 

「――おう、お待たせ! こちら、アルディナ運河で釣りたてのヤマメを使ったマリネと、土の共和国から仕入れた〈黄金人参〉のポタージュだよ! 精がつくよ~、モブとお友達ら!」

 

 

「……ありがとう」

 

 

 丸刈りの給仕が、太い指でトレーから卓へ料理を移していく。

 川魚の酸が鼻をつき、温かいポタージュから甘い香りが立つ。

 給仕は親指を立て、エプロンを翻しながら帰っていった。

 礼を言って、俺は彼を見送った。

 

 

 張りつめていた空気が、一気に緩む。

 ざっくばらんで温かい雰囲気が売りの店だ――秘密の話をするには向いていないと、俺は反省する。 

 

 

 マリーもルールルーもどこかうらめしそうに戸の向こうを見ている。

 俺は息を整え、同じ方向に視線を向けたまま言った。

 

 

「こんなところで話すほど、軽いもんじゃあないってことかな」

 

 

「そ、それは……?」

 

 

「俺は、二人の出生の秘密も知ってる。だがそれは、俺の口から話すもんでもないと思う」

 

 

「――!」

 

 

「……」

 

 

 マリーの指が胸の前で組まれ、ぎゅっと力が入る。肩が一度、上下した。

 ルールルーは表情を変えない。けれど、視線が落ち、帽子のつばを親指でそっと押し直す。

 

 

「俺の口から事実を告げたところで、すぐに飲み込むことは難しいよ、きっと。むしろ腹落ちしないかもしれない。急いでるってわけでもないなら、別の手段で知ったほうがいい。ゆっくり知ることで、自分の中で消化しやすくなると思う」

 

 

 できるだけ柔らかい調子で締める。

 言い終えると、互いの呼吸だけが聞こえる隙間が生まれた。

 マリーとルールルーが俺の意図を飲み込む時間が続く。

 俺は表情を和らげて、彼女らの答えを待った。

 

 

「……そうですね。モブ様の、言うとおりです」

 

 

 マリーの肩が小さく震える。ひと呼吸して目を上げた。

 その水色のまなざしには、淡い光が宿っている。

 指の腹を胸に当て、彼女は小さくうなずく。

 

 

「今日、お話をうかがえただけでも、マリーは幸福でした。これ以上は、高望みというもの。私の手で、自分が何者かを探し出しますわ。それに……」

 

 

「?」

 

 

「モブ様が事実を知っていながら、私たちを遠ざけない。それだけでいま、救われた心地になっています。私の正体というのも、そこまで悪くないものだと知れて、よかったです」

 

 

 口元に指先を添え、マリーはくすりと笑う。

 『魅了』にかかったわけでもないのに、俺の鼓動は跳ねる。

 思わず上体を引く。

 照れを隠すように、俺は後ろ髪をかいた。

 

 

「え~と、ルーはどうする? いま、聞きたいか?」

 

 

 俺が問うと、ルールルーは首を横に振った。

 とんがり帽子の縁をつまみながら、彼女は答える。

 

 

「感情値、否定。ルーも一緒。教えてもらわなくても大丈夫。ただ、ルーが困ったら手伝って。力がついたら、行きたい場所があるから」

 

 

「もちろん。手伝わせてもらうよ」

 

 

「ありがと、モブ」

 

 

 そういうと、ルールルーは帽子から手を離し、俺の手に重ねた。

 そのままにぎにぎと俺の手を揉み始める。

 ひんやりとして冷たい。適度な指圧が気持ちよく、肩から息が抜ける。

 

 

「る、ルールルーさん?」

 

 

「お礼。ディーはこうすると男の人は喜ぶって言ってた。あまりよく覚えてないけど、ディーも、喜んでた。たぶん」

 

 

「ちょ、ちょっとルー!」

 

 

 ルールルーは俺とマリーの視線をまったく意に介さず、両手で俺の手をぶにぶにし続ける。

 やっば、ちょー柔らけえ――じゃなくて。

 隣のマリーを一度見てみてほしい。頬まで真っ赤にし、口元を押さえている。

 

 

 いい加減体温が上がってきた。

 俺は慌てて咳払いする。

 

 

「ん゛っ! あの、ルールルーさん? そろそろ――」

 

 

「マリーも、どう?」

 

 

「る、ルー、なに言って!?」

 

 

 こ、こいつそれが狙いか!?

 俺はルールルーの厚き友情に怒りを覚える。

 マリーは一拍だけ俺と目を合わせ、すぐに俺たちの手元へ視線を戻す。

 しどろもどろに、彼女はルールルーをとがめた。

 

 

「あのね、ルー。男性は、親しくない女性に体を触られるのを、嫌がるの。それに、わ、私が、さ、触ったら……」

 

 

「モブは、嫌?」

 

 

 首をこてん。紫の大きな瞳が俺を覗き込む。

 俺は脊髄反射で回答する。

 

 

「まさか。むしろ、その、うれしいよ」

 

 

(こ、こんのボケェ~~~~っ!? 嫌いじゃあねぇけどよ!! うれしいのは本心だけどよ!! てめえさっきのやりとり見てねえのか、ああんっ!?)

 

 

 内心の絶叫を押し殺し、笑みで誤魔化す。

 またマリーの誘惑に耐えないといけないと思うと、脂汗が背中に浮き出た。

 

 

 マリーのほうをちら見すると、彼女はごくりと喉を鳴らしていた。

 もはやこれまで。

 俺は好感度上昇と暴発のリスクを瞬時に(はかり)にかける。

 

 

 腹を決める。

 空いてる手を、俺はマリーに差し出した。

 

 

「よ、よ、よよよろしいのですか?」

 

 

「ん? マリーさえ、よければ」

 

 

「は、はひっ」

 

 

 マリーのシスター服が椅子の縁でかすかに擦れた。紫水晶のきらめきが視界の端でまた小さく跳ねる。

 彼女は背筋を正し、両手をそっと前へ。

 ためらいがちに、俺の手の上へ重ねる。

 

 

「あ……♡」

 

 

 ピンクオーラ再び。

 漏れた吐息が俺の耳朶(じだ)をいじめ抜く。持ってくれよ俺の理性。

 俺は二人にバレない程度に舌を噛みながら、マリー様の御手の温かさを堪能する。

 

 

 にぎ、にぎ。

 まるで実在を確かめるかのように、マリー様は指先で俺の手のひらをたどる。肩がわずかに震え、水色の波がかった髪もふわりと揺れた。

 

 

「観測値、興奮?」

 

 

 ルールルーが無邪気に首を傾げる。

 三分ほど、俺の両手は二人の手に包まれ続ける。

 その間ずっと、俺は血を味わう羽目になった。

 

 

 

 

 春シーズン第二週の六日目、正午過ぎ。

 食事を終え、店先へ出る。春の冷気が頬を撫で、さっきまでの火照りをすっと冷ましていく。

 

 

「あの、その……今日は本当にありがとうございました。まるで夢心地で……」

 

 

「いいって。俺も楽しかったし、飯までご馳走になった。礼を言うのはこっち。また一緒に来よう」

 

 

「ええ、ぜひ!」

 

 

「感情値、期待」

 

 

 別れ際、マリーとルールルーが俺に手を振る。

 マリーは満面の笑顔。会計のときも何度か自分の手を見てはにやけていた。

 ルールルーも心なしか、楽しげである。とんがり帽子を片手で押さえ、胸の前で小さく手を振る。

 

 

 俺が大きく振り返すと、マリーも速度を合わせて振り返す。微笑ましい。

 俺は手を下ろす。二人に背を向け、目的の地へ歩き出した。

 

 

(よく耐えた俺……。まじであぶねーところだった)

 

 

 途中、口の端から血が漏れる。俺は親指でそっと拭う。

 腰に結んだ魔法の携帯袋から赤い回復ポーションを取り、飲み干した。

 手を握られて以降、俺は料理を楽しむ暇はなかった。口の中で全部ブラッドソース和えとなり、鉄の味しかしなかった。

 

 

 一方で、マリーとルールルーの好感度は急上昇。

 個別シナリオも進展と、大いに満足できる成果となった。二人の個別シナリオは戦闘も多く、偉業値=経験値の稼ぎどころでもある。

 俺とて、何の見返りも期待せずにやせ我慢しているわけではない。

 

 

(――マリーは原作でも最上位の性能だったな)

 

 

 歩きながら、ゲーム内の彼女を思い出す。

 主要キャラ中、もっとも高いステータス。前衛から後衛まで幅広くこなし、範囲回復も可能な万能ユニット。

 

 

 なら必須構成か――と、プレイ初期の俺も思った。

 だが現実は違った。

 

 

 マリーと同パーティの男性(主人公含む)は、戦闘中に彼女と接触すると『魅了』判定を行う。その判定に失敗すると、そのキャラは一定ターン操作不能となる。

 

 

 さらにシナリオ進行次第で、一時的に敵対イベントが発生。そこでの彼女は驚くほど強く、強制敗北イベントかと錯覚するほどであった。

 当時の俺はセーブデータを一つしか作っておらず、彼女にどうしても勝てず最初からやり直した――苦い記憶だ。

 

 

 マリーと組むには『魅了』耐性を盛るか、彼女より高レベルであることが必須となる。また、彼女を避けての移動といった操作の煩雑さや、敵対イベントと相まって、扱いづらいキャラと見なされがちだった。

 

 

 だが、扱うことができるのならばこれほど心強い味方はいない。

 これからのダンジョン攻略の主軸となる存在。

 『編成はマリー+ルールルー+好みでOK(汎用ユニット可)』と言い切るプレイヤーさえいた。

 

 

 そんなことを考えているうちに、目的地に着く。

 行政区の南端――公水監査局の向かい、〈シルバーリム金具工房〉の前に俺は再び立った。

 

 

 意を決してドアノブへ手をかけ、押し開ける。

 金具が軽く鳴った。

 

 

「はい、いらっしゃい」

 

 

「すみません。男用の貞操帯を、作りたくて――」

 

 

 対マリー用の耐性装備が見つかるまでの、暫定策。

 俺は念のため、〈男の貞操帯〉(魅了耐性+15パーセント、行動速度-5、敏捷-1、魅力-3、暴発耐性+30パーセント)を発注することにした。

 

 

 

 

 

 

 




短章 1年目春 モブの休日編お読みいただきありがとうございました!

露出が低かったマリーとルールルーにスポットライトをあてた章となりました。
本章を通じて、主要キャラたちの関係性の変化を楽しんでいただけているなら幸いです。

次の章は学外でのクエスト話となります。
引き続きお楽しみください。



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