ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

40 / 91
第27話 揺れる心、カナメの弱音

 

 

 春シーズン第三週の四日目、夕方。

 俺はカナメと連れ添って、交易都市ミカの郊外──アルディノ運河の河川敷を訪れていた。

 

 

 水面は春めいた夕映えを映し、茜と藍がまだらに溶け合う。

 視界の端で、ダンジョン〈アルディノ坑洞〉へ向かう浮遊帆船の最終便が桟橋を離れた。

 浮遊石で船体が浮く。

 船尾の風晶ダクトファンから生じた風が推力を生んだ。勢いに乗ると、向かい風が帆面を撫で、受け流された風によって船影は加速。じぐざぐと切り返しを行いながら北空へ滑っていった。

 

 

『──嫌よ。女のままでいいじゃない。私は手伝わないわ』

 

 

「……」

 

 

 昼のアリスの言葉が不意によぎる。

 俺の傍らではカナメが袴の膝を折り、背筋を伸ばしている。

 お互い大岩の上で坐禅を組み、横並びで川面と対峙していた。

 

 

 俺も和国衣装に着替え済である。

 若草色の小袖を身に纏う。

 形から入れと、カナメには強く言われた。

 

 

 河畔は若草と湿った泥のにおいが入り混じる。

 俺は岩の上で、再び目を閉じた。

 胸奥の空気を、長く吐き出す。

 

 

 ──体術スキル〈瞑想〉。

 カナメから手ほどきを受け始めてまだ五日足らずだが、体内をめぐる魔力の流路は日ごとに澄み、雑念の(おり)が少しずつ沈殿していく。

 今は、川のせせらぎと心臓の鼓動が同じテンポで重なっていた。

 

 

「……呼気が一拍ぶん長くなったな。あと二、三度で形になるだろう」

 

 

 淡々とした声音はさざ波に溶けるほど柔らかい。

 片眼を開けてカナメのほうを見やると、藍色の虹彩が俺を見つめていた。

 

 

 俺は岩肌に手をつき、湿った冷気を掌に感じながら首を回す。

 

 

「次は意識を腹底に沈めるんだったか?」

 

 

「うむ。ひと口ぶん息をため──そのまま背骨を伝わせ、川底へ石を落とすように下ろすのだ」

 

 

「合点」

 

 

 俺は再び目を閉じ、肺を満たす。

 呼気とともに、茜色の空も浮遊帆船も遠ざかるのを、俺は感じ取った。

 

 

 

 

 瞑想を解いても、胸中に澄んだ静けさが残る。

 ふと脳裏をかすめるのは、昼に聞いたアリスの返答──彼女は、カナメの頼みをやんわり断った。

 

 

『あなたが男に戻ることに、そこまで執着する理由がわからないわ。不便でしょう?』

 

 

 そう言って、アリスは横に首を振った。

 

 

 俺は息を潜め、隣のカナメへ視線を滑らせる。

 西日に目を細めた。

 

 

 小袖の襟元から覗く喉が白く細い。

 横顔は凛としているが、長いまつげの影がわずかに震えた。

 澄んだ川風が銀のポニーテールを撫で、月の生まれかけた空へ一筋流れる。

 

 

「──モブよ、邪念が伝わっておるぞ」

 

 

「……そっちもな」

 

 

 カナメは目を見開いていた。

 渡しの舟が作り出す波紋をじっと見つめている。

 彼女もまた、昼のやり取りを思い起こしているのだろうか。

 

 

「昼のことが、気にかかるか?」

 

 

「……そうだな」

 

 

「なあ──」

 

 

「まったく! あやつも薄情な女よ。我のことを好いておるのならば、手を貸せというに。我が男に戻れば、我と婚儀を挙げられるではないか」

 

 

 カナメが目を伏せ、軽やかに言う。

 けれど語尾はわずかに揺れ、胸の奥で渦巻く複雑な感情が透けていた。

 

 

 俺は痺れた足を崩し、大岩を下りた。

 立ち上がって軽く伸びをすると、夕立ち前の湿り気が上衣にまとわり付く。

 見おろす位置に立つと、カナメの髪の銀が薄闇を孕み、川風と共にゆるく踊る。

 

 

「あの子は、女が好きだからな。男に戻っても、そうなるとはかぎらんぞ」

 

 

「……ふんっ」

 

 

 ひとつ吐き捨て、カナメもそっと坐禅を解いた。

 足袋で小石を踏み、腰を伸ばす仕草はどこまでも武人的で、宵の空に冴えた影を落とす。

 地に置いていた赤鞘と黒鞘の二振りを手早く拾い、腰帯へ収めると、(つば)が触れあって涼やかな澄音(ちょうおん)を奏でた。

 

 

 カナメが俺に向き合う。

 西日を背にし、俺のことをまっすぐと見やった。

 一歩踏み出してくる。

 手を伸ばしてもわずかに届かない距離で、彼女は止まった。

 

 

「モブよ。お前の目では、我の呪いはわからぬか?」

 

 

「……それは」

 

 

「まだ調べていない、というのならば調べてほしい。……手がかりがほしいのだ、頼む」

 

 

 宵の風が俺の体の火照りをさらう。

 原作知識にかまけて、俺は〈第四の目〉で彼女の呪いについて深く『視』ていない。

 ──ひょっとしたら、何かわかることがあるやもしれない。

 胸の奥がズキリ、と痛む。

 

 

「わかった。試しに深く『視て』みるよ」

 

 

「!! ──うむ、頼むぞ」

 

 

 俺は目をつむる。それから、目に魔力を通し、視界を赤に染めた。

 意識を研ぎ澄まし、カナメを『視る』。ステータスが浮かび上がった。

 

 

 

【名前:カナメ・ビゼン

 種族:人間

 性別:男→女

 年齢:17

 レベル:3

 経歴:

 女神暦1981年=第三十代和国将軍アヤメ・ビゼンと政務参与カズヒロのあいだに生まれる。次男。幼少の頃から(中略)。

 女神暦1998年=春シーズン第一週の二日目朝。呪い〈男神の気まぐれ〉を受け、性別変換(TS)(永続)を付与された。

 

 才能(タレント):〈女神の祝福〉

 状態:性別変換(TS)(永続)】

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 俺は目を見開いて、半歩後ずさりする。

 初めて見る単語を見て、唖然とする。

 〈男神の気まぐれ〉──おそらくは男神ゆかりの呪いということなのだろう。

 

 

 息を整える。

 今度は〈男神の気まぐれ〉について俺は意識を向け、深く『視よう』とする。

 そして──。

 

 

【名称:男神の気まぐれ

 説明:***モブの現在のレベルでは開示不能(レベル8要)***】

 

 

 初めて見る表記に、俺は言葉を失った。

 

 

 

 

【名称:性別変換(TS)(永続)

 説明:***モブの現在のレベルでは開示不能(レベル8要)***】

 

 

 こっちも一緒か──俺は視界を元に戻す。

 目をつむり、まぶたの上から眼球を揉んだ。

 脂汗が体温をうばっていく。

 

 

「も、モブ? 大丈夫か?」

 

 

「あ、ああ……。だい、じょうぶだ……」

 

 

 ひと呼吸つく。

 心臓は跳ね上がり、耳の裏まで脈打つ。

 一歩近寄ったカナメを、俺は手のひらを向けて制した。

 

 

「カナメ。実は──」

 

 

 俺は〈第四の目〉を介して『視た』ものをカナメに教える。

 カナメの呪いには男神が関与していそうなこと、それ以上の情報は秘密になって『視る』ことができなかったことを告げた。

 レベル制限があることはいったん伏せる。

 教えることで、彼女が重荷に感じることを、俺は嫌った。

 

 

 カナメには俺がレベル10を目指していることを伝えていない。

 唐突に告白したところで頭のおかしいやつ、ただの無謀な夢を見ている人間と評されるだけだ。

 伝え方を考える必要がある。

 

 

「だ、男神とやらが我を……!?」

 

 

「ああ。神が関与する呪いってことは強力だろう。校長が呪いを解けなかった理由もいまならわかるよ」

 

 

「そう、だな。和国でも大霊である黒毛震狐様ゆかりの呪いは強力と聞く。男神の呪いもそのようなものなのだろう。黒毛震狐様の呪いについては、同じ大霊の金毛白狐様が解呪したと和国の昔語りにあるが、男神は……」

 

 

「男神アラオン※1にも、対となる存在がいる。女神エアラ※2なら、あるいは」

 

 

 呪いを解除するには女神エアラを頼るのが一番の近道だと、俺は感じた。

 淫魔王復活の兆しがある以上、女神エアラはカナメに協力してくれる可能性は高い。

 だが、と一方で俺は思う。

 

 

(男神が呪った結果、カナメが女体化した……? 原作ではモブ・アイカータが身代わりになったけど、どうやったんだ……? 同じ部屋にいただけだったはずだ……。俺が、何かを見落としてるのか……?)

 

 

 なぜこの世界では呪いは成功したのか。

 原作で主人公の女体化に失敗をしても、その後に男神の介入はなかった。原作では男神起因の呪いじゃない?

 この世界では何かが起きた結果、男神が〈女神の祝福〉持ちの存在を知り、介入したのか?

 淫魔族を勝たせ、男神の主目的である『定期的な人口の整理』を遂げるために。

 

 

(……俺、なのか?)

 

 

 原作との決定的な違い。

 モブ・アイカータの中に巣くう転生者の俺の存在。

 そのことが起因していないかと、俺は勘繰ってしまう。

 完全にモブ・アイカータの生涯をトレースして生きてきたとは言いづらい。

 なにがしかの落ち度があって男神の介入を許したのではないかと、俺は疑う。

 

 

(わからない……。もしそうであるなら、俺は……)

 

 

 原作の始まりがそうであったからと思考停止していたが、考えれば考えるほどわからなくなる。

 あのカナメが呪われた現場──男子寮の一室に手がかりが残されているのか、確かめるべきだろうか。

 

 

「ふふっ……神の、呪いか……」

 

 

「……カナメ?」

 

 

 俺ははっとして、カナメに視線を向ける。

 自嘲のような声を彼女は上げた。

 柄に触れた指先をわずかに強ばらせ、彼女は視線を落としている。

 

 

「何ゆえ、我は呪われたのだろうな。神に見放され……。これが天命だと、言うのか……? 神と(まみ)えることが、容易だとは到底思えぬ……」

 

 

「……それは」

 

 

「モブよ、お前は──」

 

 

 カナメが顔を上げる。

 俺を見上げる瞳には、黄昏色を映した憂いがたゆたっている。

 濃い藍の虹彩が光を孕み、川面へ落ちた夕映えと溶け合った。

 澄んだ声が、水鏡を震わせる。

 

 

「……お前は、我に男に戻ってほしいか?」

 

 

 川下から湿った風が吹き上がり、俺たちの間の草をそっと撫でた。

 言葉が出ない。頭ではどう答えるのが最善かを探すのに、胸はただ熱い。

 

 

 呼吸が止まる。

 心臓がひときわ深く鳴り、喉の奥に熱い拍動がせり上がる。

 カナメの弱音のような問いを聞き、俺は息継ぎを忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

〈用語解説〉

 

※1 男神アラオン=

 男神教で崇拝される神。創造神二柱のうちの一柱。

 月の化身。死の領域を管理する。

 中庸と挑戦を重んじる。

 この世界のダンジョンシステムや魂の循環システムを確立した。

 時折下界に正体を隠して現れては人々に干渉する。

 

 

※2 女神エアラ=

 女神教で崇拝される神。創造神二柱のうちの一柱。

 太陽の化身。生命を司る存在。

 性差をなくすために才能(タレント)システムと〈女神の呪い〉を導入。

 聖素濃度100パーセントの神級ダンジョン〈天界〉で永い時を過ごす。

 穢れを嫌うため、アラオンと違い下界に直接出向くことはない。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。