ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
第29話 学外実習選抜
春シーズン第三週の五日目、始業前。
灰雲が空いっぱいに広がる。窓ガラスには細い雨脚が斜めの線を描く。
吸い込む樹脂の香りにも、湿り気が混じった。
俺は自席からその雨模様を眺める。
手元の赤竜革の魔導板帳の表面を、気づけばなぞっていた。
鱗目の起伏が指腹に当たり、しっとり冷たい革が体温でわずかに温まる。
「……」
──背に軽い圧。
肩越しに振り向きかける。
カナメの指の腹が、俺の背にそっと触れていた。
カナメが小さく首を横に振る。銀のポニーテールが小刻みに振れる。
今度は青竜革の本を指先で示した。
声は出さず、唇だけが「こちらで」と形を作った。
また板帳でだ。
俺は素直に前を向き、赤竜革の帳に手のひらをかざした。
指先に赤い微光がともる──雨音が一瞬だけ遠のき、紙面の隅で細いルーンがくすぶる。
ページを開くと、白紙に藍色の文字が浮かび上がった。
【
俺はひと息つく。
新しい技術に触れて嬉しいのか、朝のあいさつまでカナメは板帳で返してくる。
実に微笑ましい行為だ。俺をキュン死させる気かな?
心臓が持たないのでぜひとも止めてほしい。
カナメの気が済むまで付き合おう──。俺は覚悟を決めた。
【飛びホッケの塩焼き四尾、根菜と菜の花スープ大盛り。水稔米を茶碗で四杯。そっちは?】
本に書き込むと同時に、教室の前方の戸が開かれた。
担任のメイリーナが眠たそうにあくびをする。
入口近くの席のエレナ・ヴェスターが鼻をつまんだところを見るに、二日酔いなのだろう。
魔導板帳を、腰に吊るした魔法の携帯袋にしまう。
背後から「むぅ」と小さな抗議が飛んでくるが、俺は聞かなかったことにして姿勢を正した。
いちいちかわいいなちくしょう!
親友で在り続ける──そんな決意を無自覚に揺さぶるカナメに、俺は抗議したくなる。
(ひょっとしたら、今日話が出るかもな……)
俺はメイリーナの口から、学外実習の話が出るのを待った。
原作なら、発表は各シーズンの第三週・第六週・第九週のいずれかの週の五日目。
選ばれた成績上位者は、翌週一週間ほどスタンピード発生予定の村に滞在し、予備隊を務める。
原作では、村でスタンピードが起きなくても特別報酬として経験値と名声が入った。
この世界でも同じ報酬が出るかはわからない。だが、村で戦えれば偉業値──経験値も戦利品も稼げる。
成長の機会を逃す手はない。
発表さえあれば、俺は選ばれる側だと踏んでいる。
二度の実習での狩猟成果、レベル3、日頃の授業態度。文句ないはずだ。
このクラスでの評価は上位どころか頂点の自負があった。
□
「来週、学外クエストの一環としてうちのクラスから何名かリヴィエ村に支援に行ってもらう。今年も成績優秀者を中心に選抜することになる」
メイリーナが腰に手を当て、胸を張って告げる。
声は後ろの席までくっきり届いた。
よしよし。運よくイベントは発生してくれたようだ。俺は安堵する。
教室中がにわかに沸き立つ。
何人かの視線が俺の肌を刺した。
まあ、俺とカナメは確実に選ばれるだろう。いやーすまんなみんな。少しのあいだ、遠出してきますわ。バイならじゃ。
最速で学外クエストに参加できることを俺は素直に喜んだ。
「では、発表する」
メイリーナが教卓に両手を置き、ぐっと前のめりになる。
赤いタンクトップの上に羽織った茶のジャケットがふわり揺れた。
「……カナメ・ビゼン、アリス・マーケッタ、マリー・バッドガール、ルールルー・プルン。以上だ!」
メイリーナがひと息で言い切る。
教室中の音が消える。
椅子の脚が床でひとつ鳴り、また静まった。
「……」
ん? 聞き間違えた?
俺は片手を挙げてメイリーナの注意を引く。
「どうしたアイカータ?」
「さっき成績優秀者を選抜メンバーに選ぶとおっしゃいましたよね? 俺は? 俺が一位ですよね?」
問いを投げた瞬間、メイリーナの肩が落ちた。
眉間に影が寄り、首が左右に動く。
額に手を添える。前かがみになりながら彼女は言った。
「あのなあ……。お前は男だろう? 責任の重い学外クエストのメンバーに選ばれるわけないだろう! 校外危険任務は女子優先! 男子は校内でサポート優先! 常識だ!!」
「あ゛?」
喉の奥で言葉が砕け、反発心だけが唇からこぼれ落ちた。
クラス内にどよめきが走る。近くで誰かが息を呑んだ。
「やっぱり男子だと……」「でもモブくんだよ」「学校側の決定だし」といった女子の囁きが縦横に走った。
挙げていた手を下ろし、机に置く。足から力が抜けた。膝の裏が熱くなり、手のひらが冷えた。
こういう世界だったなと、俺は改めて認識する。
原作で主人公がなんの障害もなく選ばれたほうが、実はおかしかったのかもしれない。
(って納得できるわけあるかぁ!? なに勝手に難易度上がってんだよ!? ……くっそ、なんかまだ選ばれる手立てあるか……?)
男は欲で弱る世界。
外の雨音が、俺に冷たくのしかかる。
原作主人公との扱いの違いを痛感し、俺は拳を固く握った。
教卓のメイリーナをにらむと、彼女は片眉を上げて返してくる。
彼女が青筋を立て、口を開きかけた瞬間。
「なぜです!?」
「なにゆえ!?」
前の席でレン、後ろでカナメが同時に立ち上がった。