ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
メイリーナの手のひらが教卓を打つ。
教室のざわめきを裂いた。
窓ガラスがびりと震え、教卓の縁でチョークの粉が跳ねる。
成績優秀者でも、男だから学外実習には連れていけない──。その決定に声を上げたカナメとレンを、メイリーナはにらみつける。充血した眼が細くなり、乱れた赤髪は獅子のたてがみのように逆立って見えた。
メイリーナが教壇を降り、ゆっくりこちらへ歩む。
口角を上げているところを見るに、彼女はこの状況を楽しんでいる。
なんつー教師だと、俺は肩をすくめる。だが嫌いではない。
メイリーナが、床板を強く踏んだ。
スライム製の靴底が湿り気を含んだ音を鳴らした。一歩ごと近づいてくる。
俺は椅子を引いて立ち上がった。闘争に備える。
一歩踏み出し、高鳴る心拍と共に、メイリーナを待ち構えた。
肩を怒らせたメイリーナが、俺たち三人の前で足を止める。
ワインとサラマンダー火酒の匂いが、ぬるい吐息に乗って届く。
隣の席のベル・ブルーウィングが青ざめた顔で椅子と机を引く。
ほかのクラスメートも息を詰め、目だけがこちらへ集まっていた。
「学校の決定が不服か、貴様ら?」
俺を中心にメイリーナの視線が左右に流れた。
カナメが一歩、前へ出る。雪白の肌に、燃えるような赤みが浮かび上がっていた。
「目が節穴かと。とても正気の判断とは思いませぬ」
「誰に対して──」
カナメはその言葉を払いのけるように、胸の前で手を振った。
胸を張り、メイリーナへ詰め寄る。
「モブはこの場の誰よりも戦果を上げております! 成績最優秀者を語るならば、我を除けばこのモブ・アイカータ以外におりますまい! ご再考を──」
言葉の尾を、抜き身のナイフがさらった。
ヒュ、と空気が裂ける。
メイリーナがジャケットの内ホルダーから抜き放ったナイフが、カナメの喉下でぴたりと止まった。
(速い──)
俺は目を見開く。
ここは冒険者学校だ。教師の武装は日常──誰も驚かない。
ただ、刃が出た瞬間、誰の指も追いつかなかった。レベル6の前衛職の技量に、俺たちは圧倒される。
レンの手が机の縁を掴む。指が白くなるほど力を込めていた。
カナメは藍の瞳を逸らさない。カナメの喉元を、汗がひと筋伝っていく。
「舐めるなよ田舎者、知ったふうな口を利いて」
「〜〜無礼者っ!」
カナメが前へ出かけた瞬間、メイリーナが手首をわずかに返した。
刃がカナメの顎先をかすめ、紅い血がつうっと伝う。
「無礼者はどっちだバカが!? この上級冒険者学校は冒険者ギルドの管轄だ! 四大国を凌ぐ組織なのをその身に刻んでやろうか!? 小国の王子ごときが調子に乗るんじゃない!」
ナイフを突きつけたまま、メイリーナは吠える。
細身の刃が天井灯の白を返した。
「貴様、また……っ!」
カナメが青筋を立て、メイリーナをにらみつける。
そんなカナメを援護するように、レンは机の縁を掴んだまま、横合いから言葉を挟んだ。
「──メイリーナ先生。校規には『男子が学外クエストに帯同不可』とはない。であるなら、選抜も公平に……」
メイリーナが今度はレンに射殺さんばかりのまなざしを向ける。
カナメの喉元にナイフを据えたまま、俺たち三人へ怒声を浴びせた。
「元男子のお前も男子のお前らも、言わなきゃわからないか? 学外クエストは校内の用意されたクエストとは違う! 責任が伴う、栄誉ある任務なんだ! そんな現場で、レベルが下がる可能性がある男の評価なんて低いに決まっているだろう! レベルを下げ、弱くなった穴を誰が埋めるんだ!? それを公平に選抜? 馬鹿も休み休み言え!」
レベルが下がる可能性──その音が鼓膜で鈍く跳ね、俺の下っ腹は冷える。
指先が机の角を探り、無意識に力がこもる。
誰かが小さく息を呑む音。
隣を見やると、クラスメートの女子が胸元をぎゅっと押さえていた。
「そ、それで言うなら女子も……」
レンの言葉に、メイリーナが声を荒げた。
「はぁ!? 女子も、が何だ!? 何が言いたい、リーダ! はっきり言ってみろ、ああ!?」
レンの肩がびくりと跳ねる。詰問から逃れるように、レンの視線は落ちた。
言いたいことは分かる。個人差はあるが、生理で休まなければならない女子もいる。
その点では男子のほうが稼働率は高い、とレンは言いたかったのだろう。
だが、この社会は女子を中心に回る。いまここで女子も休むと言っても、どうにもならない。
結局は、男子が戦力として頼りにならないという過去の実績が問題なのだから。
レベル6の二十七歳女戦士と、レベル2の十五歳の男性魔術師。
その腕力差は、レンを恐慌状態に陥らせるには十分だった。
食い下がっていたレンの目に、涙がにじみ始めた。
レンの言う通り、帯同そのものは禁止じゃない。ならば、戦闘要員の枠にこだわらなければ──。
俺は一歩踏み込む。メイリーナへ左手を突き出し、レンの前に身を滑らせた。
「なんだ、アイカータ……!?」
突き出した左手を、俺は下ろさなかった。
(母さんよりはぬるいが、なかなかの圧だな……)
レンが怖気づくのも無理はない。実際、怖い。
母の圧を日常で浴びていたから、まだ耐えることができる。
俺はメイリーナを無言で見下ろした。
赤い片目が、俺をにらみ返す。数秒、互いに口を開かなかった。
眼帯の革が動き、片目が鋭く細まる。
「貴様も──」
「サポーターとしての帯同なら、構いませんよね?」
押し黙っていた教室に、どよめきが走る。
女子たちが顔を見合わせるのが、メイリーナの肩越しに見えた。
メイリーナが片眉を上げる。
カナメの喉元に突きつけていた刃先が、紙一枚ぶんだけ下がる。
すぐには怒声が返ってこない。俺は意を決し、言葉を継いだ。
□
サポーター──冒険者パーティの補助要員。
冒険者ギルドにパーティを登録する際は、近いレベル同士で組むのが原則だ。ただし、サポーターならレベル差があっても帯同を認められる。
中級ダンジョンを主な稼ぎ場とする冒険者の間では、女子四人に男子ひとりをサポーターとして加える編成が広く採用されている。
平均レベル5以下のパーティなら、火力が落ちる不利よりも、士気が上がる利点のほうが大きくなりやすいと評価されていた。
「男子サポーターは、冒険者ギルドも有用だと評価しています。炊事・洗濯・荷物持ち・記録・士気管理と幅広い職務を担うことで、他メンバーの能力を一段と引き出すことができる」
「……お前の言う通り、サポーターであれば認めてやらんでもない。男子の本来の役割だしな。だが──」
メイリーナがカナメの喉元からナイフを引き、目を細める。
カナメは顎先の血を指で拭い、唇を結んだまま俺を見ていた。
まずは実習に参加する道を確保する──。俺はメイリーナに向き直り、間を置かずに言葉を継いだ。
「今回の実習先のリヴィエ村はミカの近郊──俺が前の冬まで通っていた場所です。村の冒険者ギルド職員や、常駐する冒険者たちとも面識があります。現地での雑務や交渉事は、任せてください」
「ほう……」
メイリーナはそれ以上答えず、刃の腹を指先でなぞった。
教室のざわめきが、少しずつ収まっていく。
やがてその指が止まる。
メイリーナの口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。
「──わかった。そこまで言うのであれば、サポーターとしてお前を加えよう。くれぐれも前に出て、戦闘に参加するなんて思いあがるんじゃないぞ? 勝手な真似をしたらどうなるか、知っているな?」
「はい。規則違反時は即時帰還・停学・冒険者ギルド出入り停止……理解しています」
「ならば構わん。……アイカータ。お前をリヴィエ村派遣実習のサポーターとして正式に任用する!」
「はいっ! 頑張ります!」
メイリーナがホルダーにナイフを収め、ジャケットの金具が小さく鳴る。
教壇へ戻る足音が室内に響く。
張り上げた声とは裏腹に、胸には強い焦りがあった。
握った拳はほどけず、噛みしめた下唇から血の味がにじむ。
(サポーターは攻撃行動禁止……。めんどくさいことになったな……)
教室のあちこちで、安堵の息が漏れた。
親交の深い者たちから向けられた憐憫の視線。そして、カナメ、レン、シモンの伸ばしかけた手の気配を、俺は一身に感じ取った。
メイリーナが語ったことはあながち間違いでない。
組織運営にあたり、男女の性差を考慮したうえで合理的に判断することの意義を、俺は商家の息子として重々承知していた。
暴を用いて決まりを守らせようとした手口も理解できる。効率を考えればそのほうがいい。母から、何度も教えられた教訓だ。
わかっている。けれども、大人しく従い続ける気はなかった。
俺を外しておくほうが損だと、学校側に思わせなければならない。
黒板の「学外実習」の字へ、俺は目を戻す。
サポーターで学外実習に参加し続けるのは非効率が過ぎる。戦闘で稼ぐ機会を封じられては、俺の目指す速さでレベルを上げられない。
戦闘要員として認められるためには、世間を押し黙らせる実力と実績が必要となる。
──圧倒的な偉(威)を示すほかない。
それを、この学外実習を通じて、なんとか満たすことができれば……。
一限目の鐘が、やけに腹に響く。
雨粒がさらに強くガラスを叩いた。