ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
春シーズン第四週の一日目、朝。
アリス所有の最新式浮遊帆船の上で、俺たち学外実習班は思い思いにくつろぐ。
カナメは体の火照りを冷ますと言って船首に立っている。
アリスは船体後部の舵輪の前。俺とマリー、ルールルーは後部甲板に備えられたベンチで向かい合って座る。
船は交易都市ミカの南──キャラバン通りの
距離七十キロメートル先にあるリヴィエ村へ向け、船体が風を切って進む。
精霊樹の甲板は朝露で蜂蜜色に濡れ、木目の溝に白い光が細くたまる。
俺は背もたれから身を乗り出し、天を見上げた。
頭上に備え付けられた赤地の布が日差しを遮る。
鷲紋の赤帆が風を掴み、はためくたび、
船首からふたりのメイドが歩いてくる。
濃紺のエプロンに動きやすい作業ズボン、腰には工具袋──青髪ショートのメイド長のカミラが点検表に手をかざし、魔力を走らせる。
緑髪ツインテールのメイドのミナは甲板縁の
「~~♪」
船尾のアリスは、左右に並ぶ舵輪のうち右側を鼻歌まじりに操っていた。
彼女が舵輪を軽く流すだけで、船首は素直に応える。
緑髪のメイドが
「お嬢様、風位二度右。結界は良好でございます」
青髪メイド長はアリスの背にある風圧結晶の基台を軽く叩き、緑の脈動を確かめる。
板帳に記しながら、彼女はアリスに伝える。
「記録、巡航高度一定」
ポール先端の風圧結晶が淡く緑光を吐く様は、どこか幻想的だ。
ここは異世界だ、とあらためて感じる。
アリスの赤外套はささやかに揺れるだけ。
風圧結晶に刻まれた〈結界魔法〉がコックピット周りに薄膜を張り、外の風圧を斜めに滑らせて甲板上の空気を静めていた。
「あと三十分ほどでこの船旅も終わると思うと、寂しいような……」
「観測値、流麗」
俺の前に座るマリーとルールルーが感想をこぼした。
シスターヴェールからはみ出した、波がかった水色の髪がふわりと揺れる。
片頬に手を添えて、マリーは背もたれ越しに流れる景色を見つめていた。
ルールルーもマリーに倣い、風景を紫水の瞳に収めようと身を乗り出す。
「ふたりは浮遊帆船は初めて?」
「ルーは一度も。ずっと王都の魔術ギルドにいたし、移動は徒歩と、〈
「私は一度だけ。昔、女神教国に聖女候補として招かれた際に、王都からの直行便に乗ったことがあります。ただ、その時はもっと地面に沿っていたような……」
マリーが人差し指を立て、小首を傾げる。
それもそうだろう、と俺は返す。
「この船、改造してるからな。ふつう、こんな高度出ないよ」
「まあ!」
「納得」
「高さもそうだし、速度もアホみたいに出る。一昨日乗せてもらった時は、とんでもない目に遭った。身の危険を感じたよ」
週末のアリスとカナメとの暴走操船デートを俺は思い出す。
ふたりに何があったかを、俺は身振り手振りで説明した。
〈結界魔法〉を切って、時速二百キロ超で夜空を駆けたこと。
甲板を吹きすさぶ風を浴び続け、歯茎がむき出しになったこと。
急旋回をしたせいで体が泳ぎ、甲板から飛び出しそうになったことなどを伝えた。
まるで前世のジェットコースターのよう。久方ぶりに俺は胃が浮く感触を味わった。
あの夜は安全装置がないせいで、死と隣り合わせだった。
マジでふざけんなよ、アリス? 俺とカナメだからって気軽に
本当に嫌だったが、ビビりと思われるのが
「楽しそう」
「なんとも、恐ろしい体験を……。モブ様がご無事でよかったです。も、もし本日同じことがあれば、その時は私が……」
頬を両手で挟み、マリーが伏し目がちに俺を見る。
私が? 俺の想像する言葉が続くなら、それは危険な未来な気がした。
俺は恐怖する。
いまは貞操帯を履いていないため、マリーの手に頼らずに乗り越えるしかないだろう。
「──騒がしいな、我の居ぬ間にどうした?」
そうこうしていると、背後からカナメの声が聞こえてきた。
船首から戻ってきたようだ。サイドデッキから現れたカナメの草履が板を軽く叩く。腰の二刀の柄頭が小さく触れ合う音を立てた。
俺は肩越しにカナメの藍色の瞳を見上げる。
ふと、選抜のあとにカナメがメイリーナへの怒りをぶちまけていたのを、俺は思い出す。
『あんの眼帯女~~~~ッ!! お前を不当に低く見おって……! そのうえ、
『そういえば、
それと、一昨日の船上では、また別の意味で騒がしかった。
『おお! なんたる見晴らし、なんたる速さか!! まるで風になった気分ぞ!!』
『む……! アリス、お前は操舵で忙しいであろう。我がモブの体調を見よう! お前はそこにおっていいぞ!』
先週末の様子と比べると、口調こそいつも通りだが、少し声に張りがない。
俺は座ったまま体を向け直し、カナメの顔をあらためて見上げた。
「一昨日のことをみんなに教えてたんだ。……もういいのか具合は? きついようだったら、『視る』ぞ?」
「うむっ。耳先がやや火照るものの、いまのところ問題ない。困った時は頼らせてもらいたいが、いまはそこまでではないな。風に当たったら、少しは落ち着いたぞ。夜の景色もよかったが、昼の景色もまた、よいものだな。そう言えばアリスよ、一昨日のように速度は出さぬのか?」
「今日は安全優先! あれ、気に入ってくれた?」
「うむ!
カナメの期待に、俺は口を挟む。
「確かにな、それなら途中までは早く行けそうだ。けど、和国に渡るには出国審査があるから、最後は正規の便を使ったほうがいいな」
「む。そうなのか? ……そう言えば、和国から船で来た時は、港で手続きしたな」
原作で改造浮遊帆船による他国への移動が解禁されるのは、物語の終盤だった。
冒険者ギルドの認定があれば入出国審査を省略できるが、最低でもレベル7は必要だ。まだ先の話になる。
早く世界各地へレアアイテム漁りに出かけたいものだ。マリー対策の魅了耐性装備も手に入れたい。
そんなことを考えながら、俺は流れる景色へ目を戻した。
遠く河の向こうに田園風景が広がっている。
川風が土と若い麦の匂いを運ぶ。遠い昔の記憶を呼び起こした。
親戚の家の軒先で、弟分が奏でていたギターの和音。
懐かしいリヴィエ村の輪郭を、俺はじっと見つめた。
冒険者ギルドの計測では、近日中に村で大規模襲撃──スタンピードが発生する恐れがあるという。
はたして、世話になった村民たちを無事に守ることはできるだろうか?
サポーターで参戦する自分にどこまでできるかと、俺は不安を覚える。
(なすべきことをなす。──守るために必要となった時、規則を理由にためらうなよ、俺)
破れば即時帰還と停学、冒険者ギルド出禁の可能性。
それでも、大事なものを守るために武器を抜く覚悟はできている。
前回実習で手に入れた固有品の短剣、〈貫く
腰の鞘に指を添わせると、熱が伝わってきた。