ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第32話 到着、リヴィエ村

 

 

 春シーズン第四週の一日目、午前。

 アリス所有の浮遊帆船の甲板から俺はリヴィエ村の船着場を見下ろした。

 

 

 浮遊帆船は見渡すかぎり他にない。

 アルディノ運河を行き来する小舟六隻が桟橋に着け、穀袋と樽を降ろしている。

 長尺の木材はいかだで岸に寄せ、曳船が位置を合わせていた。

 

 

 荷役人が手と足を止めて浮遊帆船を見上げている。

 それを横目に、アリスは船体を船着場の隅へ回頭させた。

 

 

 船体が宙で静止した。

 俺は足もとの桟橋めがけて、5メートルの高さからロープ片手に跳躍する。

 跳躍靴が衝撃を逃がす。

 静かに着地すると、桟橋が重みで震えた。

 俺を中心に水面が波を立てる。

 

 

 顔を上げて俺は堤防のほうを見やった。

 洗濯板を打つ音と子どもの笑い声が混じり合って聞こえる。

 それを背に、俺は桟橋脇の係船柱にロープを巻き付け始める。

 麻縄の毛羽が手のひらに刺さる。引いた腕に重みが残る。

 ようやくひと仕事を終え、俺は頭上に浮かぶ帆船に合図を送る。

 

 

「終わったぞー!」

 

 

 船尾のアリスが舵輪を片手で押さえ、もう一方の手で船体に魔力を通すのが見えた。

 アリスの左手が黄色く光る。船側の刻印が順に灯って船底の結晶が低く唸る。帆はすでに巻かれ、索具がわずかに震えて音を返した。

 

 

 徐々に高度を落とし、やがて、船体がアルディノ運河へと下りた。

 喫水がすっと沈み、川水が舷側を叩く。

 

 

(いかり)一本、落とします!」

 

 

 船首にいた緑髪のメイドのミナがウィンドラスのハンドルを回す。

 錨鎖(チェーン)舷側(げんそく)に沿って黒く滑り、着水。川に沈んでいった。

 

 

「固定、良し。お嬢様、それでは」

 

 

「ええ、ありがとうカミラ。お守りよろしくね。近場のメイド隊を呼んでおいたから、後で向かわせるわ。今日の連絡は、正午と夕方に魔導板帳でね」

 

 

「はっ」

 

 

 アリス・カナメ・マリー・ルールルーの面々が桟橋に降り立った。

 隣の桟橋の端で見ていた荷役人らに俺は手を振る。

 列の先頭に出て、四人の先導を始めた。

 

 

「やっと着きましたね」

 

 

「物珍しそうに見ておるな」

 

 

「そらそう。自家用船でこの村に来るやつなんていないしな」

 

 

「そうなの? 便利よ?」

 

 

「お金持ち」

 

 

 桟橋を渡る俺たちを、土手向こうからも何人かの子どもたち、付き添いの大人が眺めていた。

 俺の顔を認めたのか、そのうちの一人が喜色を浮かべて駆けて来る。

 藍の胸当て作業ズボンに亜麻色のシャツ。胸元で赤いひも飾りが揺れ、真鍮の丸ボタンが陽光を鈍く返す。

 

 

 二歳の女の子を抱えた俺の弟分──エステバン・デルヴァン。通称エッタ。

 冬以来に見る彼の姿は、心なしか大人びていた。

 やはり一児の父親ともなると成長いちじるしい。俺はうらやましく思う。

 抱えられた幼子は俺たちの帆船を不思議そうに指差していた。

 

 

 俺はその光景にまぶしさを覚え、目を細める。

 

 

「モブ兄さん! どうしてここに?」

 

 

「エッタ。元気してたか?」

 

 

 駆け寄る足音が桟橋に弾み、湿った木板が軽くしなる。

 エッタが被る藁の帽子が風に飛ばされかけ、俺は思わず手を伸ばした。

 指に触れた麦わらは日の光で温まっていて、縁に残る藁くずがさらりと落ちた。

 

 

 頭一つ小さい後輩の、赤茶色の髪に帽子を乗せてやる。

 その間に、抱えた幼子が俺に手を伸ばしてきて、緑の外套を引っ掴んできた。

 

 

 小さな指が布をきゅっとつまみ、袖の縫い目がわずかに引き寄せられる。

 俺はエッタの娘であるリオラに顔を近づけ、その緑色の目を覗き込んだ。

 水際の光を映した丸い瞳、父親譲りの赤茶の前髪、粉ミルクの甘い匂い。

 二歳児は手をばたつかせながら、舌ったらずな高い声をあげる。

 

 

「モフ! モフ!」

 

 

「リオラ、元気してたか~?」

 

 

「りっちゃん、お兄ちゃんだよ。モブ兄ちゃん!」

 

 

 エッタが頬を上気させて笑う。

 川風が俺たちの間を抜け、赤いひも飾りをもう一度揺らした。

 

 

「あら、かわいらしいわね♪」

 

 

「モブ様、そちらのお方は?」

 

 

 横合いから青のシスターヴェールをなびかせて、マリーが口を挟む。

 光沢のある青布が日を弾き、首元の紫水晶が小さく瞬く。

 

 

「ああ、二人は……」

 

 

 俺はエッタとリオラに手のひらを向けつつ、振り向いてパーティメンバーに紹介した。

 背後でルールルーが帽子のつばを押さえ、カナメは腕を組んで様子をうかがう。

 アリスは外套の裾をつまみ、にこりと会釈する。

 

 

「エステバン・デルヴァンと娘のリオラ。エステバンは、俺の従姉妹の旦那だ。ちょっと前までその従姉妹と俺とエッタでパーティを組んで、村のダンジョンに潜ってた仲なんだ。こう見えてもこいつ、カナメとアリスと同い年。──エッタ、この人たちは学校のクラスメートで、今パーティを組んでる人たちだ」

 

 

 カナメとアリスと同い年と告げた瞬間、マリーが目を見開いた。

 都市部では、結婚は二十代前半が一般的で、晩婚化も進んでいるせいだろうか。王都出身かつ女神教国で修行していたマリーにはなじみがないかもしれない。

 十五歳で結婚・出産というライフモデルを目前にし、彼女は心底驚いている様子だった。

 

 

「えっ。じゃあ、ミカの冒険者学校から来る予備要員って」

 

 

「そう。俺たち。少しの間、この村で世話になるよ」

 

 

「ほんと!? モブ兄さんがいるなら心強いよ! なんだ、モブ兄さんが来るならシル姉も言ってくれればよかったのに」

 

 

「伝わってなかったのか?」

 

 

「うん。でも、モブ兄さんが来てくれてうれしいよ。ここじゃなんだし、ほら、ギルド訓練所まで一緒に行こう」

 

 

「農作業はいいのか? サボりか?」

 

 

「……モブ兄さんを案内するって話なら、ミドリーもお義母さんも許してくれるよ! たぶん」

 

 

「おいおい」

 

 

「あはは……。じゃあ行こう! みなさんも、よろしくお願いします!」

 

 

 エッタが軽く会釈すると、リオラも真似をしてぺこりと頭を下げた。

 土手の上で見ていた子どもたちがわっと散り、先回りするように小道を駆けていく。

 

 

 俺たちは桟橋を渡り、土手の石段を上って村の通りへ出た。

 日を受けた白壁がまぶしく、木戸の影には猫が丸まっていた。

 

 

 俺たちは行く先々で声を掛けられながら、リヴィエ村内のギルド訓練所にたどり着いた。

 エッタは訓練所内の事務所まで俺たちを見送ると、そのまま農作業をしにデルヴァン家のある村の南側に帰っていった。

 

 

 

 

 事務所の会議室内に俺たちは通された。

 ドアをくぐったとき、入口の鈴が鳴り、靴底についた泥が床に薄く広がった。

 白壁に立てかけられたボードに、依頼票がびっしり貼られている。鉱石採集、荷物配達、人探し、護衛、作物収穫手伝いといった依頼がいまは多いようである。

 

 

 木製の長テーブルに俺たちは座る。

 マリー、ルールルー、アリス、カナメ、俺の順に並び、正面に座るリヴィエ村付きの冒険者の五人と対峙する。

 全員の視線が真ん中に集まり、空気が締まる。

 

 

「君たちが今回の応援と聞いてるよ。──私はシルヴェット。プラチナランクでレベル4の弓使い。村では冒険者ギルドの代表、そしてスタンピードが起きた際は攻撃班リーダーを務めている。それで……」

 

 

 漆黒髪のポニーテールに鴉羽マント。深紅のアイシャドウと鋭い鷲鼻の射撃隊長が右手を開いた。

 指先の分厚いたこが矢筈(やはず)を掴んできた年季を物語り、甲の古傷が白く走る。

 開いた手のひらを軽く伏せ、彼女は周囲の四人へ視線を巡らせた。

 

 

 左に、鉄鎚を携えた司祭帽のブリジット。

 その隣に、灰銀ショートの斧使いカルダーラ。

 右に、雷文様の蒼ローブの術士オレリアンヌ。

 末席に、細身の青年サポーター──シリル。

 

 

 サポーターを除いて全員がプラチナランクのレベル4。年も二十代後半で、実力・経験のどちらも備わっている。

 長い間、リヴィエ村のダンジョン管理を担ってきた冒険者ギルド所属パーティの一角であった。

 

 

「防衛班の主力は今日、〈リヴィエ地下迷宮〉で採集指揮に回っているから、後であいさつさせるよ。君たちのランクやレベル・役割は送られてきた書類で知っているが、簡単に自己紹介を頼む」

 

 

「はい。それでは……」

 

 

 代表のアリスがうなずく。アリスから順々に自己紹介を始めた。

 

 

 マーケッタという姓を聞いた瞬間、対面の五人の顔つきがしまった。

 この国に暮らす人間で、マーケッタの名を知らないものはさすがにいない。

 

 

 カナメの番でも、彼女の装いから和国の人間と勘づき、五人は顔を見合わせた。

 まじまじと彼女の一挙手一投足を見つめていた。

 

 

 そして最後に俺の番。

 

 

「モブ・アイカータです。今回はサポーターとして来ました。よろしくお願いします」

 

 

「ああ、よろしく。──サポーター、ね。事前の書類には書いてなかったけど、モブ、ランクとレベルはあがったのかい?」

 

 

 シルヴェットが穏やかな声音で尋ねてくる。

 気さくさが言葉の影に潜んでいた。

 弓手袋を外した指が木卓の節を軽く叩き、金のピアスが小さく揺れる。

 

 

 サポーターの扱い酷くない? ちゃんとした書類ぐらい送れよと、俺は内心で愚痴る。

 素直に答えることにした。

 

 

「シルバーランクで、レベル3に」

 

 

「3!? シルバー!?」

 

 

 シルヴェットが目を大きく見開いた。

 木卓がわずかに震え、窓辺の器がことりと鳴った。

 驚いたのは彼女だけではない。周囲の三人も同様だった。

 「まぁじか!?」「前までレベル1だったよね」「うん」と各々が思い思いのことを口に出す。

 

 

 ただ一人、末席のシリルだけは、びくりと肩を揺らし、視線を落としていた。

 白いエプロンの紐を指でねじり、彼が淡緑の瞳を卓面に沈めているのが、俺の視界の端に入る。

 

 

「立派になって。それでも、サポーターなんだね。もったいない」

 

 

「先生、ありがとう。サポーターでもやれることはあるので、大丈夫」

 

 

 弓の師シルヴェットの言葉に俺は謝辞を返す。

 今回学外クエストに参加する意義を、俺は胸中で並べ直した。

 

 

 荷物持ち、携行品の記録、誘導、救護、現地交渉──自発的に戦うことができなくても刻める実績はある。

 そして、サポーターは原則戦闘行為は不可だが、抜け道はある。

 

 

「もし滞在中にスタンピードが発生したら、俺たちで村を守るよ」

 

 

「はは、頼もしいね。時期的にはそろそろだと思う。今週の観測で、ダンジョンの魔素濃度が閾値(しきいち)を超えた。一応、今回は水の王国から生体模型※1の支給があるって話だから、そちらを囮にした作戦前提になる。全員、私の指示に従って動いてほしい。頼んだよ?」

 

 

「了解です」

 

 

 原作では、初回の学外クエスト中に必ずスタンピードが発生するようになっていた。

 見込みでは第四週の三日目・四日目あたりに、〈リヴィエ地下迷宮〉から人をさらいにモンスターが現れる。

 

 

 ──来るとわかっているならばいくらでもやりようはある。

 設定資料集のスタンピードの項目を俺は必死に思い返す。

 

 

 村への侵入経路は二本。

 〈リヴィエ地下迷宮〉から現れる捕獲役は、スライム種と蜘蛛種が中心。

 持ち込んだ道具は──足りる。

 

 

 拳に力が入る。やるべき手は揃っている。あとは、やるだけだった。

 

 

 

 

─────────────────

〈用語解説〉

 

 ※1 生体模型=人間の死体から皮をはいで作った模型。知能の低い魔物は精巧に作られた模型を人間と誤認することから、古くからスタンピード対策として活用されてきた。

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