ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第33話 カナメの不調

 

 

 春シーズン第四週の三日目、午前。

 俺たちがリヴィエ村に滞在してから二日が経っていた。

 

 

「──どういうことなんだい!?」

 

 

 ギルド訓練所の会議室で怒号が鳴り渡った。

 窓の(さん)は開け放たれ、室内は日差しだけで十分明るい。外の水車がとん、と回る音が微かに届く。

 壁の地図には色糸のピンが刺さっている──赤糸は避難導線、青糸は防衛班の配置だ。

 長机の上には依頼票の束と印章、冷めかけの木製のカップが並んでいた。

 

 

 俺たち学外実習班は壁に横並びで立つ。カナメの不在だけが、列の温度を下げている。

 黒髪の女性──ベルティーヌが、冒険者ギルド責任者であるシルヴェットに詰め寄って声を上げるのを、直立不動のまま見守る。

 

 

 現リヴィエ村領主(村長兼務)・女爵(バロネス)ベルティーヌ・ヴェルディル。

 深緑の片マントに銀糸の段畑紋。日焼けした褐色肌と切れ長の琥珀眼。恰幅はよく、白髪混じりの髪は後ろで縄編みにまとめている。

 顔に刻まれた皴は深い。しみもまばらに浮かぶ。

 彼女の拳が長机の縁を叩き、並んだ羽根ペンが跳ねた。

 

 

 ヴェルディル女爵は領主と村政の長を兼ね、徴税・用水・治安を総覧する。

 彼女の後ろには三人の女性──用水組頭と副百姓代、そして書記が控えていた。

 組頭は赤い避難線に指を置き、百姓代は封蝋の名簿箱に手を添え、書記は印章筒を開いていた。

 

 

 シルヴェットが両手を軽く突き出す。

 ベルティーヌをなだめようとする。

 

 

「……ヴェルディルさん、緊急事態なんです。今朝、港町セレナで突発のスタンピードが発生したと報告がありました。──ギルドは移送予定だった()()()()※1を、やむなくセレナで使いました」

 

 

「もとはこっちで使う予定だっただろう!? いきなり言われて、はいそうですかってなるわけないだろう!」

 

 

 部屋の空気が重くなる。

 窓辺の地図が風でかすかに揺れ、蝋のしみが光った。

 

 

「大陸の玄関口である港町セレナを優先する意義は大きいのです。そもそも、これは水の王国──ミケール公の要請ですよ?」

 

 

「な……」

 

 

 公爵の名を出した瞬間、ベルティーヌは言葉を失う。

 港町セレナ、交易都市ミカ、そしてリヴィエ村を含むミケール地方を治める領主。

 自身の上司にあたる人物の方針に、ベルティーヌが逆らえるはずもなかった。

 

 

 シルヴェットがそんな彼女を慰めるかのように補足する。

 

 

「かといって、冒険者ギルドがリヴィエ村をないがしろにしているわけでは、決してありません。二千名規模の集落に、プラチナランク冒険者が常駐しているのは珍しいことです。私たちが赴任してからの七年間、スタンピードの二波までかかったことはありましたか?」

 

 

「……それは」

 

 

「ないはずです。生体模型を使わない時も、我々は全て第一波と第二波の間に、ヌシを討伐して止めてきた。ヴェルディルさん、安心してください。今回も同じ結果に終わらせますよ」

 

 

 ベルティーヌの肩がひとつ上下し、握った拳がゆっくり開いた。

 外では子どもの笑い声が遠のき、風が紙束の端をめくった。

 

 

「──いざとなった時に備えて、私のほうで囮役※2を選定しておくよ。それでいいだろう?」

 

 

「……ええ。頼みます」

 

 

 そう言い残して、ベルティーヌたちは会議室を出ていった。

 閉められたドアの音は、心なしか大きかった。木枠が震え、壁の地図がかさりと鳴る。

 

 

 言葉の重みに、俺は片眉を下げる。

 スタンピードは、ダンジョンが養分となる人間を捕らえるための機能だ。

 モンスターたちは、熟成した魂やレベルの低い人間、そして搾取効率の高い男性を積極的に狙う。

 囮に名前が乗る人間のことを想うと、とうに擦り切れたはずの前世の道徳観が、俺の胸を締め付けた。名簿の上で数字に変わる知り合いの顔が、次々と頭に浮かんでしまう。

 

 

 学外クエストを通じ、上級冒険者学校の生徒はこうした現場の運用を、体で覚える。

 

 

 俺は横目で仲間の顔を確かめた。

 アリスは赤外套の裾を指で整え、瞳を細めて気を引き締めている。

 マリーは青のシスターヴェールの端をそっと摘み、眉をわずかにしかめる。

 ルールルーだけは無表情のまま、紫水のまなこに地図の線を映し、学校への報告用の板帳に一行だけ書き足していた。

 

 

「やれやれ……。次から次へと、問題が起こるなあ」

 

 

 シルヴェットがこめかみを押さえ、長机の縁へ尻を預ける。

 漆黒のポニーテールが机に影を落とした。

 

 

「……申し訳ないです」

 

 

「いや、モブ。彼女のは、若い女なら誰でも起きることだ。──それこそ、備えてくれていた学校側に感謝だね」

 

 

 穏やかな声が木壁に吸い込まれ、薄曇りの光が斜めに差す。

 窓の向こうから子どもたちの笑い声が届き、室内の空気がゆっくりほどけていった。

 

 

「様子を見に行ってあげたらどうだい? ──デルヴァン家でいま、看病してもらってるんだろう? ギルドの代わりに、ありがたいかぎりだね」

 

 

「はい。そうします」

 

 

「午後の避難訓練には、遅れないように。今日のは専業・兼業冒険者併せて七十名参加予定だから」

 

 

 俺は背筋を正したまま頭を下げる。床板の節が足裏に固い。

 今朝がた体調を崩したカナメを想い、俺は下唇を噛んだ。

 

 

 

◆□◆

 

 

 

 リヴィエ村中央広場脇のギルド訓練所を出て、中央通りを南へ三筋。

 アルディノ運河を見晴らすことができる、丘の上に建つデルヴァン家の屋敷を、俺たちは訪れた。

 

 

「具合はどうだ、カナメ?」

 

 

「……モブ、か」

 

 

 カナメは客室の一室で、木製のベッドに白地の毛布をかけられ、横になっていた。

 客間は東向き、格子窓から白い光が斜めに差す。

 額に乗せられた布から、湯気が立っている。

 ベッド脇の卓の洗い桶には氷晶石が沈めてあり、縁に霜が噛んでいた。

 

 

 俺たちはベッドを取り囲むように立つ。

 向かい側のマリーがカナメの手を取り、脈を数える。

 アリスは布を絞って首筋へ置き替え、ルールルーは報告用の板帳に時刻を一行記す。彼女の指先から、紫の魔力光がわずかにきらめいた。

 

 

 俺もまた、視界を赤く染め、カナメのステータスを確認する。

 

 

【体温38.8、状態:出血・呪熱】

 

 

 ──カナメは今朝、初の生理を迎えた。

 昨晩から心ここにあらずといった様子で、関節の熱痛も訴えていたのを、俺は思い出す。

 

 

 朝方、ギルド訓練所付きの宿舎の一室に訪ねたとき。

 俺が扉を開けると、ちょうどアリスが鼻をひくつかせて、寝巻の裾ごしにカナメの腰まわりのにおいを確かめていた。

 

 

『カナメ、……血のにおいが。失礼するわ』

 

 

『──っ、なぁ!?』

 

 

 アリスがカナメの寝巻をその場で下ろしたのを見て、俺は急いで扉を閉めた。

 ちったぁ男の目気にしろや!! 俺は唐突なラッキースケベに心臓が飛び出そうになった。

 

 

 そのあと、ふんどしに血がへばりついているのを確認し、女性陣はカナメの医務室送りを決めた。

 医務室で、脈を診ながらマリーが言った言葉を俺は思い出す。

 

 

『熱もあります。……それに、見たことがない紋様が、腕に』

 

 

 カナメの左腕。白魚のような肌の上に、黒き蛇のような刺青が走っている。光に当たって鱗のような艶を見せ、脈に合わせてうねって見えた。

 

 

 入学時点ではなかったはずの紋様。

 ステータスに出た『呪熱』。

 生理だけでは説明が難しい症状に、カナメはいま苦しめられている。

 

 

【名称:呪熱

 説明:***モブの現在のレベルでは開示不能(レベル8要)***】

 

 

 〈第四の目〉で『呪熱』を確認した結果、また非開示の情報だった。

 これも男神がかかわる事象なのだろうか。

 この世界で生きてきて初めて出くわした状態異常に、俺はどうすればよいかわからずにいる。

 シーツの端を押さえた手だけが強張っていた。

 マリーとアリスの看護を、ただ見つめる。

 

 

「我は、死ぬのか──」

 

 

 うつろな目でカナメは天井を見上げる。

 アリスは布を静かに絞り、指の腹でカナメの首筋の汗を払った。湿った布を軽く押さえ、アリスは笑ってみせる。

 

 

「ただの生理よ、大げさね」

 

 

「……今まで、女子たちがなぜ月に一度苦しんでいるかわからなんだが、やっとわかった。まさか、このような目に遭っておるとは──」

 

 

「そうよ。女には、女の苦しみがあるってこと。……けどここまでひどいのは、見たことがないわね」

 

 

 アリスが顎に指を立てながら首をかしげる。

 

 

「モブ様が言うには、呪いの熱……だとか。男から女に変じた呪いが、問題となってるのでしょうか?」

 

 

「不明」

 

 

「──しかし、いつまでも寝ているわけにも……」

 

 

 カナメが無理に上体を起こそうと試みる。

 頬を上気させ、顔をしかめているのを見て、俺は一歩前に出た。

 彼女の肩を片手で押さえつける。

 

 

「いいから、休んどけ。こういうときのための組織だ。誰かが欠けても、他の人間が穴を埋めるようになっている。休むのも仕事の内だぞ?」

 

 

「モブ……」

 

 

「──定期的に、魔導板帳に連絡するよ。返事はいい。とにかく、ゆっくりな?」

 

 

 俺はそう言って、カナメの肩まで毛布を掛けてやった。

 枕元に置いてあった青竜革の魔導板帳を、ぽんと手の甲ではたく。

 

 

 小さな風がカーテンの裾をめくる。

 氷桶の縁がぱき、と鳴り、部屋の白い光が少しだけやわらいだ。

 

 

 

 

 女性陣に看病を任せ、俺は一人デルヴァン家の廊下へ出た。

 白く塗られた木壁に梁が走り、節の大きい松板の床はよく磨かれて艶がある。

 窓の木枠に掛かったリネンのカーテン越しに冷たい光が差し、廊下のラグが足裏にやわらかい。

 

 

 客間の前で待っていたエステバンとミドリー夫妻、そして当主のエステルに、俺は頭を下げた。

 

 

「世話をかけます」

 

 

「いいっていいって。デルヴァンは、あんたと本家にはずいぶん世話になってるんだ。困った時はお互い様だろう?」

 

 

 エステル・デルヴァン。背は俺よりひとつ分低く、濃茶の短髪を革紐で束ねている。

 白い肌にそばかすと頬傷。

 作業を切り上げてきたのか、厚手の作業つなぎに革の前掛けのままだ。

 手には木工ナイフの痕、袖には粉じんが白く載っている。

 

 

「うん。気にしないでよ、モブ兄」

 

 

 娘のミドリーが青黒のボブを揺らして言う。

 金縁眼鏡が窓からの光を淡く跳ね返した。リネン生地の群青色のチュニックと足元まで覆う、丈の長いスカートを身に着ける。

 

 

 二年前まで、ミドリーは小柄な体に軽装防具を合わせ、大剣を振るっていた。

 その姿を思い出し、俺は思わず笑みをこぼした。

 

 

「ど、どうしたん、モブ兄?」

 

 

「いや、あの大剣ぶん回してたミドリーも、いまじゃ一児の母かってさ」

 

 

「あの、って何よう。まだ現役冒険者よ、あたし。午後の訓練にも参加するもん。……兼業だし、モブ兄にはいつの間にかレベル抜かれてたけど」

 

 

 ミドリーが頬をぷくりとふくらませる。

 あどけなさの残る従姉妹を見て、俺はもう一度笑った。

 

 

「ま、鍛えてますから」

 

 

「レベル3の男なんて、私ミカのギルド支部でしか見たことないよ。大したもんだ。まあ、けど私としてはあんたの子どもも早く見たいけどねぇ」

 

 

 エステルが俺の肩に手を置く。節の太い手は温かく、羊毛の袖が軽く擦れた。

 俺は苦笑で返す。

 

 

「学校卒業したらかな」

 

 

「そう? あたいの知り合いにゃあ学生結婚とかしてた連中わんさかいたけどね」

 

 

「――義母さん! そろそろ時間だよ? 食堂にみんな、集まってる」

 

 

 横合いからエステバンが口を挟む。十八人家族のデルヴァン家では、家族全員が食堂ホールに集まって食事をとるのがしきたりだ。

 

 

「もうそんな時間かい? じゃあ、モブ。あんたもお仲間連れて来なよ? 和国の子の分は、あとで部屋に運ばせるよ」

 

 

「ありがとう。それじゃ……」

 

 

 エステルたちが背を向けて廊下を歩き出す。

 客間へ戻ろうとした俺の腕を、誰かがそっと引き留めた。

 

 

 振り返ると、焦げ茶の瞳をまっすぐ向けたエステバンが立っている。

 肩から下げた革の道具袋が揺れ、金具が小さく鳴った。

 

 

「……モブ兄さん。その、相談があるんだ」

 

 

 低い声。

 廊下の向こう、エステルとミドリーの背が角に消える。

 さっきまでにぎやかだった食堂のざわめきが、一拍だけ遠のいた気がした。

 

 

 

 

 

─────────────────

〈用語解説〉

 ※1 生体模型=人間の死体から皮をはいで作った模型。知能の低い魔物は精巧に作られた模型を人間と誤認することから、古くからスタンピード対策として活用されてきた。

 

 

 ※2 囮役=

  この世界では男性が務めることが多い。

  スタンピードやダンジョン内の特定捕獲モンスターにさらわれた人間は、精気を搾取され続け、ダンジョンの養分となる。男性は経験値取得効率が高いため魔物たちから狙われやすい。成人ゲーム時代の設定の名残り。

 

  ヌシを討伐してスタンピードを解消した後、捕まった人々の救助クエストが発行されるのが通例。

  救出が遅れると、中には搾取中毒になるものもいる。

  搾取中毒者はダンジョンに心を囚われ、人目に隠れてわざと捕まりに行く。

  再び刺激を求めて。

 

 

 

 

 

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