ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第35話 スタンピード①

 

 

 春シーズン第四週の四日目、早朝。

 ギルド訓練所併設の宿舎内――角笛の音と共に、俺はベッドから跳ね起きた。

 

 

(──来やがったか!!)

 

 

 薄明かりの中、考えるよりも先に枕元の魔法の携帯袋から着替えを取り出す。

 深緑の外套をまとう。〈兎の盗賊の手袋〉を装着。〈貫く火烏(ひう)の爪〉をダガーホルダーごと指で引いて、バックルとの結びつきを確かめる。

 アリスから買い戻した〈不動の跳躍する兎の足〉を履いて準備を終える。

 バックルがひとつ、金属音を立てて締まった。

 

 

 起床から二分経過。

 木製の扉を開けて、一人部屋から俺は飛び出す。

 廊下は冷え、木床に走る節が白く光る。遠くで怒鳴り声と走る足音、階下のダイニングからは煮立つ湯と革油の匂いが届いた。

 

 

 隣の部屋の扉が開く。

 アリス、マリー、ルールルーが冒険衣装で現れる。

 視界を一瞬赤く染めて、三人のステータスが平常であることを俺は確認する。

 

 

「アリス、マリー、ルールルー。行けるか?」

 

 

「いつでもオーケー」

 

 

「万端です」

 

 

「眠い」

 

 

 すぐさまアリスが首に指を添える。黄色の魔力光を走らせた。俺とルールルーも併せて首元に触れる。

 赤と紫の魔力光が瞬く。

 こめかみにわずかな痛み──通信魔法による回線が繋がった。

 

 

【こちら、遊撃班アリス。攻撃班シルヴェット、聞こえる?】

 

 

【──こちらシルヴェット。聞こえているよ】

 

 

【遊撃、準備完了。状況は?】

 

 

【運河北岸の第一農地帯、ジャイアントスパイダー五十匹。二十分で集落到達見込み。攻撃班はこれよりリヴィエ地下迷宮へ移動。作戦通り、防衛線の手薄を機動援護してくれ】

 

 

【遊撃、了解。健闘を祈る】

 

 

 もう一度角笛。合図は二拍、集合は北の通りだ。

 俺たちは手を下ろして、視線でうなずき合った。

 

 

「マリー。予定通り北側に移動するわ」

 

 

「はい。……みな様がうらやましいです。私も通信魔法を学びに行きたくなりました」

 

 

 一人蚊帳の外であったマリーがごちる。

 水色の眉を、彼女はひそめた。

 

 

「プラチナランク以上で学校から補助金が出る。後でもいいと思うぞ?」

 

 

「一年生で覚えているみな様はお金持ちか、魔術ギルド出身者。──納得です」

 

 

「そゆこと。急ごう」

 

 

 俺たちは駆け足で外に向かう。

 角笛の余韻がまだ梁に残っている気がした。

 

 

 

 

 朝焼けが土ぼこりを瞬かせる。総勢百名の防衛班の背の向こう、水田の連なる北部灌漑地帯の畦道を、ジャイアントスパイダーが所狭しと駆ける。

 早苗の列が風に伏し、用水の肩で光が砕けた。堰の角には白い泡が寄り、群れの移動で波面を震わせている。

 

 

 犬ほどの体躯に灰黒の体毛、前脚の鉤爪が畦の草を裂き、溝の水面へ影が幾筋も走る。

 

 

 さっと蜘蛛たちのステータスを俺は確認する。

 赤染めの視界に、レベル1の文字が浮かび上がった。

 

 

「どうして畦道しか走らぬのでしょう?」

 

 

 横に控えるマリーが不思議そうに疑問を口にする。

 青の僧衣の裾に朝露がつき、首元の紫水晶が薄陽を弾いた。俺は手短に答えた。

 

 

「結界魔法が普及してからは、水田には防護結界が張られるようになった。畦道は範囲外にしているから、害獣の通り道を固定化できるんだ」

 

 

「生活の知恵というわけですのね」

 

 

「いつかは村全体をとは思うけど。……来るぞ」

 

 

 畦道を抜けて、土の舗装路にモンスターの群れが躍り出る。放射状にばらけて進軍した。

 泥のはねが地面に斑点を描き、先頭から順に瞳に赤い光を宿した。

 背の剛毛が逆立つ。

 

 

 〈群衆補正〉──この世界のすべての魔物が保有するスキル。

 範囲内の敵対する人間の数が五人を超えた時、魔物の能力はまとめて底上げされる。

 古くから冒険者パーティの推奨人数構成が五人以下である大きな理由であった。

 

 

「群衆補正点灯! 脂ビン投擲!」

 

 

 防衛班リーダー、〈銀盾〉ルシーヌの号令が轟く。

 水浅葱の三つ編みが風になびいた。肩口の板金が陽を返し、盾面の紋章が一瞬白く光る。

 簡易見張り台に立つ防衛班の旗がぱっと開き、赤白の合図が風を切った。

 

 

 各々が握り締めていた魔道具を放り投げる。

 モンスターとの間に築かれた廃材バリケードごしに、放物線を描く。

 ガラスが砕ける音。

 破裂と共に、粘性の高い〈オイル地形〉が形成される。飛沫に光がちらばり、土の舗装が黒く濡れた。

 

 

 蜘蛛の先頭集団が脂地帯に差し掛かったことで、足を取られる。脚先が滑り、糸を吐いて体勢を立て直そうとしてさらに絡む。

 

 

「先行する脂にまみれた個体を足蹴に進んでますが、全体的に鈍くなりましたね」

 

 

 マリーの感想を片耳に入れながら、俺は見張り台を見上げた。

 旗手が旗を切り替える。ルシーヌの声が重なった。

 

 

「魔法隊、魔力弾斉射!! 後衛、どんどん脂を注ぎ込め!! 弓隊は迂回する個体を狙え!」

 

 

 魔法隊の杖先に火花が走り、一本の杖先から三条から四条ほどの魔力光が放たれる。

 二十人の斉射ともなると圧巻だ。

 七色の光が交差して進み、傾斜の上に虹の筋が幾重にも重なる。蜘蛛の集団に向かい、無数の光が伸びていった。

 魔力光が風を裂き、赤く光る眼を次々と潰していく。

 

 

 だが〈群衆補正〉を得たモンスターはこれしきのことでは止まらない。

 対峙する敵が多いほど連中はしぶとくなり、獲物をかみ砕く力も、地を駆ける速さも向上する。

 

 

「よしっ!! そのまま──」

 

 

 ルシーヌの声が途中で途切れた。

 蜘蛛型モンスター特有のスキルが発動するのを、俺は目の当たりにする。

 蜘蛛たちの腹部がふくらみ、糸腺が一斉に開いた。

 

 

「シュゥゥゥーッ」

 

 

「!?」

 

 

「ガスパリーヌッ!?」

 

 

 ルシーヌの悲痛な声が響いた。

 前衛の二十人ほどが、バリケードの隙間を縫って伸びてきた蜘蛛糸に引っ張られている。

 

 

 白い線が空を切り、盾の縁や槍の穂先、脛当てにぺたりと付着。糸はすぐさま太り、弦のように張ってきしむ。

 〈槍使い〉ガスパリーヌをはじめ、彼女らは廃材バリケードに張り付けられた。板と板が引かれ合い、釘の頭が「ミシ…」と持ち上がる。

 

 

 バリケードが悲鳴のような音を立てる。

 このあとどうなるかなんて、誰にだって想像がついた。

 蜘蛛たちの足元にある脂が淀み、群れの圧が前へ寄る。

 

 

 俺はすかさず、ルールルーに声掛けする。

 

 

「ルー! 焼尽爆裂(インシナレート)!」

 

 

「いいの?」

 

 

「やれ!」

 

 

 ルールルーはとんがり帽子のつばを左手で持ち上げ、もう一方の手で杖を掲げた。

 紫色の魔力光が杖先から瞬く。空気が乾き、脂の匂いが鋭くなる。

 

 

 張り付いたものたちの圧力でバリケードが決壊しかける寸前、蜘蛛たちの足元から業火があがった。

 

 

 瞬く間に一帯の空気が熱を帯びる。〈オイル地形〉に引火し、火は一斉に燃え広がる。

 黒い毛が一気に縮れ、糸の膜がぱちぱちと音を立てて弾けた。

 火舌が地を走り、白い膜が灰の雪へ変わる。

 

 

「焼尽爆裂!? だ、誰が……っ」

 

 

 ルシーヌが辺りを見回し、盾の縁に映る炎が彼女の頬を赤く染めた。

 その間に、蜘蛛糸は火によって途切れ、ガスパリーヌたちをはじめ、引き寄せられていた者たちは地面に落ちた。

 鎧の金具が一斉に鳴る。縛りを失ったバリケードはたわみを戻し、釘が深く座り直した。

 

 

「焼尽爆裂で、脂に立て続けに引火──。遊撃班じゃなかったら『勝手な真似するな』って責任を問われていたところね」

 

 

 アリスの言葉に俺はうなずいて返す。

 レベル2火属性魔法で範囲火災を引き起こしたことで、足止めに使っていた脂は全焼。煤まみれの黒い煙が立ち昇る結果となった。

 もう少し対応が遅れていたら、前衛の面々は糸に引き寄せられた上、火あぶりになっていたことだろう。

 

 

「巧遅より拙速。独自の裁量をもらっておいてよかったよ。──アリス、これを」

 

 

「オーケー」

 

 

 袋から取り出した矢をアリスに十本手渡す。

 見向きもせず、彼女は矢をロングボウにつがえては、まとめ撃ちを始めた。

 レベル3弓術スキル〈連続撃ち(アロー・スプレー)〉──。

 指先の動きは流れのように途切れず、弦がくぐもった音を小刻みに重ねる。

 

 

 延焼から逃れた左翼の蜘蛛十匹ほど目掛け、属性矢〈土の矢〉が飛翔する。

 一本が地面に着弾。

 黄土の魔法印がきらめき、周囲に黒い脂をまき散らした。粘り気を帯びた膜が蜘蛛の脚を絡め取る。

 

 

 十匹全部に脂が付着する。アリスが放った残りの矢は火柱と彼らの間に、脂の架け橋を作った。黒い帯が地上に走り、ところどころに溜まりとなって艶を持つ。

 

 

 もしも彼らの表情が人間と近しかったら──きっと青ざめていた。

 火はすぐさま燃え移り、十匹の蜘蛛の表面をあぶった。剛毛が縮れ、節の隙間から白煙が漏れる。

 焦げた体毛と油の匂いが一帯に広がる。

 

 

「す、すご。属性矢、高いのに」

 

 

「さすが上級冒険者学校生、惜しみない……」

 

 

 周囲で足を止めていた村民が声を上げる。

 一通り矢を打ち終えると、アリスは髪をかきあげた。

 

 

 俺はすぐさま大きな声を張る。

 集まった防衛班──村民や出稼ぎの冒険者たちに向かい、言い放った。

 

 

「心配するな!! 俺たち遊撃班が援護する!! 防衛班、今のうちに立て直しを!!」

 

 

 離れた位置にいたルシーヌとガスパリーヌは大きくうなずいた。

 ルシーヌの合図とともに、見張り台の紅白の旗が切り替わる。赤が高く、白が低く──隊列の影が一斉に動いた。

 

 

「弓隊、魔法隊! 正面と左翼掃討! 前衛部隊、そのまま右翼に集中! 一匹も行かせるな!!」

 

 

 ルシーヌの声が戦場に行き届く。

 反対側ではバリケードに十匹ほどの蜘蛛が群がっていた。

 飛び越そうとする個体の腹を、複数人が寄ってたかって刃で突き立てる。

 

 

「駄目だ、逃げられる!?」

 

 

 誰かの甲高い声。

 バリケードを飛び越して、飛翔する蜘蛛の姿を遠目で見る。

 

 

「ルー! マリー!」

 

 

 俺の呼応と共にルールルーは焼尽爆裂の維持を止めた。

 杖先が微かに光る。

 〈中転移(ミドルテレポート)〉が発動した。

 

 

 視界が目まぐるしく切り替わる。

 空間の濁流の中へ放り込まれる。耳奥で風切り音がうなり、腹がふわりと浮く。

 

 

 浮遊する感覚。宙に飛び出したことに俺は気づく。

 場所は防衛隊の背後五十メートルほどか。

 眼下に、抜け出した三匹の蜘蛛の姿があった。舗装路の土が跳ね、周囲の草に白い糸が筋を描く。

 

 

泥濘生成(マッド・フィールド)を!」

 

 

 降下するルールルーに向かい、俺は追加で指示を出す。

 ルールルーが短く顎を引く。

 帽子を押さえながら杖をかざし、光を灯した。

 

 

「ギッ!?」

 

 

 蜘蛛たちの足元にぬかるみが生まれ、彼らの足をからめとる。

 俺は進行を食い止めたことに安堵する。

 液状と化した地面の傍らに着地した。土が鈍く沈み、靴裏がじわり沈む。

 

 

 蜘蛛たちが体をよじらせ、こちらにお尻を向ける。

 反撃の体勢──。

 白糸が腹部から勢いよく噴き出した。空気を裂く細い笛の音が鳴る。

 

 

「モブ様ッ、ルー!」

 

 

「──ッ!?」

 

 

 横合いから押し出される。俺は尻もちをついた。

 マリー様に触れられたことで〈魅了〉が発動しかける。

 舌を噛んで、俺はどうにか正気を保とうとした。

 

 

 すぐさま顔を上げて、俺はマリー様のほうを見る。

 糸に両腕と胴体を拘束されたマリー様がいた。

 腰のホルダーのダガーを俺は抜こうとする。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 だが、それよりも早く。

 マリーさ……は両腕を持ち上げて、粘性の高い糸を引きちぎっていた。

 関節が鳴り、青い僧衣の袖が波打つ。

 

 

 蜘蛛が俺だったら、顎を外していたことだろう。どれだけ力が強いんだと。

 拘束から逃れたマリーはそのまま足元に落ちたとげ付きメイスを拾う。

 泥沼に浸かった一匹に向かい、叩きつけた。

 

 

 ぐしゃり。

 

 

 〈群衆補正〉の光はまだ目に灯ったままだったが、マリーは蜘蛛をたった一撃で絶命せしめた。

 泥がはね、紫水晶の首飾りが小さく揺れる。僧衣には糸の名残が白く筋を引く。

 彼女はそのまま二匹目、三匹目と、淡々と標的を押しつぶしていく。

 緑の液体にまみれたメイスの先端を、地面に下ろした。

 

 

「取りこぼしは、防げましたね」

 

 

「あ、ああ。ありがとう、マリー」

 

 

「ふふっ。ご存じのように、力には自信がございますので」

 

 

「まるでトロール」

 

 

「……ル~?」

 

 

 知っているのと実際に見るのとは違うと言いたかったが、俺は内心に秘めた。

 

 

 遠目で俺は戦線を確認する。

 防衛班はバリケード前後で、残りの蜘蛛を叩き落とし、離脱防止に成功しているようだった。

 残りの火災に見舞われた蜘蛛たちも掃討されたのか、黒煙に紛れて赤い粒子が立ち昇っていくのを見つける。

 

 

 第一波の北側の防衛は上手くいったようだった。

 そう俺が一息つくと、こめかみにずきりと痛みが走った。

 

 

【モブ、ルールルー。聞こえる? 村側のメイド隊から連絡が入った】

 

 

 アリスからの通信。

 心なしか、声音から焦りを感じる。

 

 

【──聞こえてる。もしかして】

 

 

【川辺からスライムたちが現れたわ。三十匹ほど。今、メイド隊が戦闘に参加している】

 

 

 眉間にしわが寄る。俺はマリーとルールルーと顔を見合わせ、静かにうなずいた。

 風が一段冷え、足元の草の先端で小さな雫が揺れた。

 遠く、村の中央広場から鈍い鐘の音が響いた。

 

 

 

 

 

 

◆□◆

 

 

 

-??? Side-

 

 

「──……お父様?」

 

 

 紐がほどけるように、ゆっくりと花弁が開いた。

 その怪物は眠りから覚める。

 

 

 足下の花びらの筋に、青白い光が脈打つ。膝から下は子房(しぼう)と一体化している。

 怪物は自身の青い指先・胸・腹を眺め、さらに動かせる部位があることに気づく。

 

 

 根と髪。

 地中に埋まりし根と、(つた)のような髪を、怪物は指先のように動かしてみる。

 根は土を掘り、髪はさまよい、近くの天井を穿つ。

 

 

 どこまでも伸びるそれらはやがて、()()と繋がった。

 その空間が〈異界〉そのものだということに、怪物は気が付かなかった。

 だが、彼は奇しくも接続することができた。

 〈異界〉そのものの記憶に触れた彼は、自身を産み落とした存在を知る。

 

 

「そうか、そういうことだったんだ……。僕とは、ダンジョンとは、ヌシとは、こんな単純なことだったのか……」

 

 

 怪物は、男神が自身の力の根源であることを知るとともに、〈異界〉から徐々に力を得る。

 吸い上げた魔素が根を、蔦を太くする。

 深緑の(つる)が絨毯のごとく、地面を覆っていった。

 

 

「まだだ。まだ全然、足りない。ダンジョンそのものを取り込まなきゃ……。今のヌシは、邪魔だ──」

 

 

 彼はとりかかる。

 手始めにダンジョンの乗っ取りを。

 男神の波動に近いものを探し、仲間に組み込むことを。

 そして、創造主(おや)に知らせるため、近くのリヴィエ村を滅ぼすことを。

 

 

「待っていてね、お父様」

 

 

 怪物の声が、洞穴に鳴り響いた。

 

 

 

 

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