ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
春シーズン第四週の四日目、早朝。
ギルド訓練所併設の宿舎内――角笛の音と共に、俺はベッドから跳ね起きた。
(──来やがったか!!)
薄明かりの中、考えるよりも先に枕元の魔法の携帯袋から着替えを取り出す。
深緑の外套をまとう。〈兎の盗賊の手袋〉を装着。〈貫く
アリスから買い戻した〈不動の跳躍する兎の足〉を履いて準備を終える。
バックルがひとつ、金属音を立てて締まった。
起床から二分経過。
木製の扉を開けて、一人部屋から俺は飛び出す。
廊下は冷え、木床に走る節が白く光る。遠くで怒鳴り声と走る足音、階下のダイニングからは煮立つ湯と革油の匂いが届いた。
隣の部屋の扉が開く。
アリス、マリー、ルールルーが冒険衣装で現れる。
視界を一瞬赤く染めて、三人のステータスが平常であることを俺は確認する。
「アリス、マリー、ルールルー。行けるか?」
「いつでもオーケー」
「万端です」
「眠い」
すぐさまアリスが首に指を添える。黄色の魔力光を走らせた。俺とルールルーも併せて首元に触れる。
赤と紫の魔力光が瞬く。
こめかみにわずかな痛み──通信魔法による回線が繋がった。
【こちら、遊撃班アリス。攻撃班シルヴェット、聞こえる?】
【──こちらシルヴェット。聞こえているよ】
【遊撃、準備完了。状況は?】
【運河北岸の第一農地帯、ジャイアントスパイダー五十匹。二十分で集落到達見込み。攻撃班はこれよりリヴィエ地下迷宮へ移動。作戦通り、防衛線の手薄を機動援護してくれ】
【遊撃、了解。健闘を祈る】
もう一度角笛。合図は二拍、集合は北の通りだ。
俺たちは手を下ろして、視線でうなずき合った。
「マリー。予定通り北側に移動するわ」
「はい。……みな様がうらやましいです。私も通信魔法を学びに行きたくなりました」
一人蚊帳の外であったマリーがごちる。
水色の眉を、彼女はひそめた。
「プラチナランク以上で学校から補助金が出る。後でもいいと思うぞ?」
「一年生で覚えているみな様はお金持ちか、魔術ギルド出身者。──納得です」
「そゆこと。急ごう」
俺たちは駆け足で外に向かう。
角笛の余韻がまだ梁に残っている気がした。
□
朝焼けが土ぼこりを瞬かせる。総勢百名の防衛班の背の向こう、水田の連なる北部灌漑地帯の畦道を、ジャイアントスパイダーが所狭しと駆ける。
早苗の列が風に伏し、用水の肩で光が砕けた。堰の角には白い泡が寄り、群れの移動で波面を震わせている。
犬ほどの体躯に灰黒の体毛、前脚の鉤爪が畦の草を裂き、溝の水面へ影が幾筋も走る。
さっと蜘蛛たちのステータスを俺は確認する。
赤染めの視界に、レベル1の文字が浮かび上がった。
「どうして畦道しか走らぬのでしょう?」
横に控えるマリーが不思議そうに疑問を口にする。
青の僧衣の裾に朝露がつき、首元の紫水晶が薄陽を弾いた。俺は手短に答えた。
「結界魔法が普及してからは、水田には防護結界が張られるようになった。畦道は範囲外にしているから、害獣の通り道を固定化できるんだ」
「生活の知恵というわけですのね」
「いつかは村全体をとは思うけど。……来るぞ」
畦道を抜けて、土の舗装路にモンスターの群れが躍り出る。放射状にばらけて進軍した。
泥のはねが地面に斑点を描き、先頭から順に瞳に赤い光を宿した。
背の剛毛が逆立つ。
〈群衆補正〉──この世界のすべての魔物が保有するスキル。
範囲内の敵対する人間の数が五人を超えた時、魔物の能力はまとめて底上げされる。
古くから冒険者パーティの推奨人数構成が五人以下である大きな理由であった。
「群衆補正点灯! 脂ビン投擲!」
防衛班リーダー、〈銀盾〉ルシーヌの号令が轟く。
水浅葱の三つ編みが風になびいた。肩口の板金が陽を返し、盾面の紋章が一瞬白く光る。
簡易見張り台に立つ防衛班の旗がぱっと開き、赤白の合図が風を切った。
各々が握り締めていた魔道具を放り投げる。
モンスターとの間に築かれた廃材バリケードごしに、放物線を描く。
ガラスが砕ける音。
破裂と共に、粘性の高い〈オイル地形〉が形成される。飛沫に光がちらばり、土の舗装が黒く濡れた。
蜘蛛の先頭集団が脂地帯に差し掛かったことで、足を取られる。脚先が滑り、糸を吐いて体勢を立て直そうとしてさらに絡む。
「先行する脂にまみれた個体を足蹴に進んでますが、全体的に鈍くなりましたね」
マリーの感想を片耳に入れながら、俺は見張り台を見上げた。
旗手が旗を切り替える。ルシーヌの声が重なった。
「魔法隊、魔力弾斉射!! 後衛、どんどん脂を注ぎ込め!! 弓隊は迂回する個体を狙え!」
魔法隊の杖先に火花が走り、一本の杖先から三条から四条ほどの魔力光が放たれる。
二十人の斉射ともなると圧巻だ。
七色の光が交差して進み、傾斜の上に虹の筋が幾重にも重なる。蜘蛛の集団に向かい、無数の光が伸びていった。
魔力光が風を裂き、赤く光る眼を次々と潰していく。
だが〈群衆補正〉を得たモンスターはこれしきのことでは止まらない。
対峙する敵が多いほど連中はしぶとくなり、獲物をかみ砕く力も、地を駆ける速さも向上する。
「よしっ!! そのまま──」
ルシーヌの声が途中で途切れた。
蜘蛛型モンスター特有のスキルが発動するのを、俺は目の当たりにする。
蜘蛛たちの腹部がふくらみ、糸腺が一斉に開いた。
「シュゥゥゥーッ」
「!?」
「ガスパリーヌッ!?」
ルシーヌの悲痛な声が響いた。
前衛の二十人ほどが、バリケードの隙間を縫って伸びてきた蜘蛛糸に引っ張られている。
白い線が空を切り、盾の縁や槍の穂先、脛当てにぺたりと付着。糸はすぐさま太り、弦のように張ってきしむ。
〈槍使い〉ガスパリーヌをはじめ、彼女らは廃材バリケードに張り付けられた。板と板が引かれ合い、釘の頭が「ミシ…」と持ち上がる。
バリケードが悲鳴のような音を立てる。
このあとどうなるかなんて、誰にだって想像がついた。
蜘蛛たちの足元にある脂が淀み、群れの圧が前へ寄る。
俺はすかさず、ルールルーに声掛けする。
「ルー!
「いいの?」
「やれ!」
ルールルーはとんがり帽子のつばを左手で持ち上げ、もう一方の手で杖を掲げた。
紫色の魔力光が杖先から瞬く。空気が乾き、脂の匂いが鋭くなる。
張り付いたものたちの圧力でバリケードが決壊しかける寸前、蜘蛛たちの足元から業火があがった。
瞬く間に一帯の空気が熱を帯びる。〈オイル地形〉に引火し、火は一斉に燃え広がる。
黒い毛が一気に縮れ、糸の膜がぱちぱちと音を立てて弾けた。
火舌が地を走り、白い膜が灰の雪へ変わる。
「焼尽爆裂!? だ、誰が……っ」
ルシーヌが辺りを見回し、盾の縁に映る炎が彼女の頬を赤く染めた。
その間に、蜘蛛糸は火によって途切れ、ガスパリーヌたちをはじめ、引き寄せられていた者たちは地面に落ちた。
鎧の金具が一斉に鳴る。縛りを失ったバリケードはたわみを戻し、釘が深く座り直した。
「焼尽爆裂で、脂に立て続けに引火──。遊撃班じゃなかったら『勝手な真似するな』って責任を問われていたところね」
アリスの言葉に俺はうなずいて返す。
レベル2火属性魔法で範囲火災を引き起こしたことで、足止めに使っていた脂は全焼。煤まみれの黒い煙が立ち昇る結果となった。
もう少し対応が遅れていたら、前衛の面々は糸に引き寄せられた上、火あぶりになっていたことだろう。
「巧遅より拙速。独自の裁量をもらっておいてよかったよ。──アリス、これを」
「オーケー」
袋から取り出した矢をアリスに十本手渡す。
見向きもせず、彼女は矢をロングボウにつがえては、まとめ撃ちを始めた。
レベル3弓術スキル〈
指先の動きは流れのように途切れず、弦がくぐもった音を小刻みに重ねる。
延焼から逃れた左翼の蜘蛛十匹ほど目掛け、属性矢〈土の矢〉が飛翔する。
一本が地面に着弾。
黄土の魔法印がきらめき、周囲に黒い脂をまき散らした。粘り気を帯びた膜が蜘蛛の脚を絡め取る。
十匹全部に脂が付着する。アリスが放った残りの矢は火柱と彼らの間に、脂の架け橋を作った。黒い帯が地上に走り、ところどころに溜まりとなって艶を持つ。
もしも彼らの表情が人間と近しかったら──きっと青ざめていた。
火はすぐさま燃え移り、十匹の蜘蛛の表面をあぶった。剛毛が縮れ、節の隙間から白煙が漏れる。
焦げた体毛と油の匂いが一帯に広がる。
「す、すご。属性矢、高いのに」
「さすが上級冒険者学校生、惜しみない……」
周囲で足を止めていた村民が声を上げる。
一通り矢を打ち終えると、アリスは髪をかきあげた。
俺はすぐさま大きな声を張る。
集まった防衛班──村民や出稼ぎの冒険者たちに向かい、言い放った。
「心配するな!! 俺たち遊撃班が援護する!! 防衛班、今のうちに立て直しを!!」
離れた位置にいたルシーヌとガスパリーヌは大きくうなずいた。
ルシーヌの合図とともに、見張り台の紅白の旗が切り替わる。赤が高く、白が低く──隊列の影が一斉に動いた。
「弓隊、魔法隊! 正面と左翼掃討! 前衛部隊、そのまま右翼に集中! 一匹も行かせるな!!」
ルシーヌの声が戦場に行き届く。
反対側ではバリケードに十匹ほどの蜘蛛が群がっていた。
飛び越そうとする個体の腹を、複数人が寄ってたかって刃で突き立てる。
「駄目だ、逃げられる!?」
誰かの甲高い声。
バリケードを飛び越して、飛翔する蜘蛛の姿を遠目で見る。
「ルー! マリー!」
俺の呼応と共にルールルーは焼尽爆裂の維持を止めた。
杖先が微かに光る。
〈
視界が目まぐるしく切り替わる。
空間の濁流の中へ放り込まれる。耳奥で風切り音がうなり、腹がふわりと浮く。
浮遊する感覚。宙に飛び出したことに俺は気づく。
場所は防衛隊の背後五十メートルほどか。
眼下に、抜け出した三匹の蜘蛛の姿があった。舗装路の土が跳ね、周囲の草に白い糸が筋を描く。
「
降下するルールルーに向かい、俺は追加で指示を出す。
ルールルーが短く顎を引く。
帽子を押さえながら杖をかざし、光を灯した。
「ギッ!?」
蜘蛛たちの足元にぬかるみが生まれ、彼らの足をからめとる。
俺は進行を食い止めたことに安堵する。
液状と化した地面の傍らに着地した。土が鈍く沈み、靴裏がじわり沈む。
蜘蛛たちが体をよじらせ、こちらにお尻を向ける。
反撃の体勢──。
白糸が腹部から勢いよく噴き出した。空気を裂く細い笛の音が鳴る。
「モブ様ッ、ルー!」
「──ッ!?」
横合いから押し出される。俺は尻もちをついた。
マリー様に触れられたことで〈魅了〉が発動しかける。
舌を噛んで、俺はどうにか正気を保とうとした。
すぐさま顔を上げて、俺はマリー様のほうを見る。
糸に両腕と胴体を拘束されたマリー様がいた。
腰のホルダーのダガーを俺は抜こうとする。
「ふんっ!」
だが、それよりも早く。
マリーさ……は両腕を持ち上げて、粘性の高い糸を引きちぎっていた。
関節が鳴り、青い僧衣の袖が波打つ。
蜘蛛が俺だったら、顎を外していたことだろう。どれだけ力が強いんだと。
拘束から逃れたマリーはそのまま足元に落ちたとげ付きメイスを拾う。
泥沼に浸かった一匹に向かい、叩きつけた。
ぐしゃり。
〈群衆補正〉の光はまだ目に灯ったままだったが、マリーは蜘蛛をたった一撃で絶命せしめた。
泥がはね、紫水晶の首飾りが小さく揺れる。僧衣には糸の名残が白く筋を引く。
彼女はそのまま二匹目、三匹目と、淡々と標的を押しつぶしていく。
緑の液体にまみれたメイスの先端を、地面に下ろした。
「取りこぼしは、防げましたね」
「あ、ああ。ありがとう、マリー」
「ふふっ。ご存じのように、力には自信がございますので」
「まるでトロール」
「……ル~?」
知っているのと実際に見るのとは違うと言いたかったが、俺は内心に秘めた。
遠目で俺は戦線を確認する。
防衛班はバリケード前後で、残りの蜘蛛を叩き落とし、離脱防止に成功しているようだった。
残りの火災に見舞われた蜘蛛たちも掃討されたのか、黒煙に紛れて赤い粒子が立ち昇っていくのを見つける。
第一波の北側の防衛は上手くいったようだった。
そう俺が一息つくと、こめかみにずきりと痛みが走った。
【モブ、ルールルー。聞こえる? 村側のメイド隊から連絡が入った】
アリスからの通信。
心なしか、声音から焦りを感じる。
【──聞こえてる。もしかして】
【川辺からスライムたちが現れたわ。三十匹ほど。今、メイド隊が戦闘に参加している】
眉間にしわが寄る。俺はマリーとルールルーと顔を見合わせ、静かにうなずいた。
風が一段冷え、足元の草の先端で小さな雫が揺れた。
遠く、村の中央広場から鈍い鐘の音が響いた。
◆□◆
-??? Side-
「──……お父様?」
紐がほどけるように、ゆっくりと花弁が開いた。
その怪物は眠りから覚める。
足下の花びらの筋に、青白い光が脈打つ。膝から下は
怪物は自身の青い指先・胸・腹を眺め、さらに動かせる部位があることに気づく。
根と髪。
地中に埋まりし根と、
根は土を掘り、髪はさまよい、近くの天井を穿つ。
どこまでも伸びるそれらはやがて、
その空間が〈異界〉そのものだということに、怪物は気が付かなかった。
だが、彼は奇しくも接続することができた。
〈異界〉そのものの記憶に触れた彼は、自身を産み落とした存在を知る。
「そうか、そういうことだったんだ……。僕とは、ダンジョンとは、ヌシとは、こんな単純なことだったのか……」
怪物は、男神が自身の力の根源であることを知るとともに、〈異界〉から徐々に力を得る。
吸い上げた魔素が根を、蔦を太くする。
深緑の
「まだだ。まだ全然、足りない。ダンジョンそのものを取り込まなきゃ……。今のヌシは、邪魔だ──」
彼はとりかかる。
手始めにダンジョンの乗っ取りを。
男神の波動に近いものを探し、仲間に組み込むことを。
そして、
「待っていてね、お父様」
怪物の声が、洞穴に鳴り響いた。