ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
【モブ、ルールルー。私は、防衛班と足並みをそろえて向かうわ。先行して】
【了解】
【ん】
アリスとの通信に答えるや否や、ルールルーが杖をかざした。
杖頭の宝玉が淡く脈打つ。
次の瞬間、目の前の景色が歪み、足裏から地面の感触が消えた。
身体が宙に浮き、見えていた風景が一変する。
俺は着地に備えて膝を緩めた。だが、足が地面に届くより早く、視界が再び歪む。
ようやく景色が定まると、跳躍靴の底が硬い土を踏んだ。膝を曲げ、着地の衝撃を受け止める。
二回の空間跳躍を経て、俺たちはリヴィエ村中央広場に降り立っていた。
「うわっ!?」
すぐそばにいた村人が肩を跳ねさせ、半歩あとずさった。
宿屋の女将、顔なじみだ。彼女の握っていた槍の穂先が揺れる。
「も、モブくん!?」
今度は同世代の女子の声。彼女は、俺の顔を確かめるように身を乗り出した。
その声につられ、周囲の者たちもこちらを向く。
木組みの時計台を目印に、俺は辺りを見回す。
右にギルド訓練所、左に礼拝堂と集会所。見慣れた十字路だ。
時計台の風見鶏がきい、と回る。
その下で、顔見知りの人々が俺たちを囲んでいた。軽装のまま、手には剣や盾、槍を構えている。
「状況! 非戦闘員の屋内誘導は?」
声を張り上げると、村長家の双子が前へ出た。
青い僧衣のミレーヌと、丸眼鏡のノエル。背後にはミドリーの姉のリアやマリア婆さんたち、デルヴァン家の面々もいる。
「モブくん」
ミレーヌが村の状況を伝えてくれる。
「避難は済んでる。各々の家か、近くの施設に入ってもらったよ。川辺では別動隊とマーケッタ商会のメイドさんたちが戦ってる。でも、スライムは地下水路にも入り込んでるみたい。私たちは地上に出てきたのを潰して回ってる。いまのところ、大きな被害は出てないよ」
「ありがとう」
俺が一礼すると、ミレーヌが微笑を返す。その隣で、双子の妹ノエルが何か言いたげに俺を見ていた。目が合うと、彼女は頬を染めながら、唇を尖らせる。
俺は首を傾げた。気にはなるが、いまは地下の群れが先だ。
俺は視界を赤く染め、広場の四隅にある集水枡から、その下を通る
もう一段深く、『視』ようとする。
俺は
風景が赤黒く変わる。一拍──流れ込む情報に耐えきれず、俺は目を閉じた。
鼻から血が
「モブ様っ!?」
マリーがかがみ、俺の背に手を伸ばす。俺は片手を上げて制した。
(異界と違って、
拾えた像が薄れる前に、伝えなければ。
喉がひりつく。俺はかすれた声を絞り出した。
「暗渠に群れ。村長宅・デルヴァン家・広場下──各十前後、計三十。それと一か所、正体不明魔物」
「……!」
目に刺さった像を頭の中で並べ直す。
スライムの溜まりは三つ。いま『視た』暗渠の約三十匹に、アリスが報せた川辺の三十匹を合わせて、六十匹ほど。
さらにひとつ。
デルヴァン家の脇には、スライムとは別の魔物がいる。そこまでは『視えた』。
俺はルールルーの手を借りて立ち上がる。
ここにいる戦闘員は五十名。残りの五十名は川辺でメイド隊とともに戦っている。
段畑模様の肩章をつけたヴェルディルの女衆に、デルヴァンの働き手。レベル3が数名、レベル2が大勢。スライム相手なら、二手に分けられる。
彼女らの顔がこちらを向くのを待って、俺は声を張った。
「ミレーヌたち──みんなは村長宅と広場に二手に分かれて警戒。二十五人ずつで、地上に出てきたスライムを確実に潰してくれ。……俺たちは正体不明のモンスターがいる、デルヴァン家に向かう」
「う、うちに正体不明?」
列の奥で、リアの赤茶のポニーテールが揺れた。彼女は屋敷の方角へ顔を向ける。
彼女の耳へ届くよう、俺は腹から声を押し出した。
「ミレーヌ! ノエル! 防衛班が戻ってきたらデルヴァン家に援護をよこしてくれ! それまでは俺たちで守る!」
双子が同時に顎を引く。
俺は肩越しにルールルーと目を合わせた。彼女の帽子のつばがわずかに上がる。
まだ震える足を踏ん張り、俺はルールルーの肩を借りたまま跳躍の合図を送る。
視界が再び、歪み始めた。
□
デルヴァン家屋敷前。
白壁と木組みの外壁に朝の光が一様に差し込み、軒下の干し網が風にかすかにふくらむ。
鶏の一声、牛の鼻を鳴らす音が耳に届いた。
俺は庭を見回す。鍬が立て掛けられた塀の影、空になった桶、吊るし籠。生活の道具はそこにあるのに、人の気配だけが抜け落ちている。
こめかみの痛みをこらえ、視界を赤く染める。今度は世界そのものへ意識を広げず、目の前の門と、それに続く柵や塀を『視た』。
開け放たれた門から柵、塀へと、魔物除けの結界がつながっている。
だが、地中や排水路までは覆えていない。暗渠からなら、スライムはこの下を通り抜けられそうだ。
隣に立つふたりに伝える。
「ルー、マリー。魔物除けの結界魔法が張られている。緊急時用に張ったみたいだ」
「ええ。寒気で産毛が逆立ってます」
「私は悪寒」
「転移で入る。やってくれ」
「うん」
ルールルーが杖を少し掲げ、帽子のつばを指で持ち上げる。
転移先は、屋敷の玄関を入ったところだった。
背後の玄関扉の内板がびりと震えた。
左右から叫び声。
片や食堂の広間、片や客室の並ぶ廊下。
俺は右手側を向く。カナメがいるはずの客室の方角。
廊下の先──客室のドア板が裂け、こちら側へせり出した。
木屑が
木屑の向こうに、見覚えのある体があった。
俺は息を呑む。
ひしゃげたドア板に、エッタが縫い留められている。
樹液とも血ともつかぬ湿った臭いが鼻に刺さる。
ひゅう、とエッタの喉が細い音を漏らした。
客室の奥から伸びた、腕のような太さの
「……エッタ」
呼びかけに、エッタの瞳がわずかに動いた。
俺と目が合う。苦痛にこわばっていた目元が、ほんの少しだけ緩んだ。
俺は息を詰めた。その目から、視線を外せない。
エッタが握っていた鉄の盾が、指先からこぼれる。
床を打つ鈍い金属音が、廊下に鳴り渡った。
「──エッタァッ!!」
裂けるような声が廊下を駆け抜ける。
戦闘行為禁止の言いつけを、俺は忘れる。
ホルダーから火属性ダガーを抜く。刃が鈍い閃光を吐いた。
熱くなっても決して自身を見失うな──。
母の教えに、俺は奥歯を噛み締めて踏みとどまった。
視界を赤に染め、エッタと彼を貫く蔦に意識を絞る。〈第四の目〉が蔦に映す種族名は『闇の華』。
その蔦が客室の奥へ引き戻され、腹から抜けた。支えを失ったエッタが、割れたドア板を擦って床へ崩れる。
俺はエッタの状態を『視た』。傷は深い。だが、まだ助けられる。
食堂のほうでも、野太い声に子どもたちの叫びが重なる。助けが要るのは、エッタだけじゃない。
「……ルー、反対側に救助に向かってくれ。マリーはエッタに回復魔法を。まだ間に合う」
ルールルーが短くうなずき、杖をかざして食堂側へ跳躍した。
マリーの視線が、俺の握るダガーに落ちる。
「モブ様は……?」
「俺は部屋の中を見る。エッタを頼む」
エッタの唇が動く。声にならない。
俺は割れた戸口へ駆け出した。マリーが並走する。
マリーがエッタの傍らに膝をつき、手のひらをかざす。
俺は割れた戸口の脇から、客室の奥をうかがった。蔦の主──『闇の華』を探す。
「……!?」
カナメが眠っていたベッドの脇に、大穴が空いていた。
地竜が掘り返したかのように地面は抉れ、床板が斜めに崩れている。
大穴の側には、カナメの愛刀二振りと、リオラがよく家で抱えていた人形。
人形の縫い目のほつれから綿が少しのぞき、赤いリボンが床の上で心許なく揺れた。
大穴から湿り気が吹き上がり、土の匂いが部屋をじわじわ満たしていく。
穴の縁には爪痕のような削れと、黒い花粉めいた粉が点々と残っている。
掛け布には、つい先ほどまで誰かがいたような皺が寄っていた。
寝台の縁に銀色の髪が数本貼り付き、枕のくぼみがまだ戻らない。枕もとの青竜革の魔導板帳のページが、空しくめくられた。
「カナメ、リオラ……!?」
外から、鐘の音が届いた。
一、二、三。
梁を伝った響きが、窓ガラスを震わせる。攻撃班がヌシを討伐した合図。
ふたりのいない部屋に、スタンピードの終息を報せる鐘が響いていた。