ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第38話 カナメと闇の華(カナメSide)

 

 

-カナメSide-

 

 

 我──カナメ・ビゼンは、まどろみの中にいた。

 背に触れるのは冷えた岩の感触。掌に砂粒が貼りつき、衣が湿りを含んで重い。ほどけた髪も雫に浸っていた。

 頭上は高い。鍾乳の雫が一滴ずつ石床に点を打つ。その音が遠くへほどけ、(ほら)の腹に低く反響した。

 

 

 甘ったるい香りが鼻をつく。

 視界が揺れる。天蓋の闇を覗く合間に、我は声を聞く。

 耳の奥で鳴る囁きは、風でも水でもない。

 岩脈に潜む低い唸りに似て、胸骨の内側をくすぶらせる。

 

 

《主よ……。主よ……》

 

 

 まただ。左腕にいつの間にか刻まれていた紋様がうずいた。

 左薬指の根を頭に、墨を流したような線が皮膚の上で蠢く。まるで蛇のようだった。

 

 

 声がするたびに紋様は痛みを発し、我の身体に熱を生み出す。

 喉が乾く。舌に血の味。闇の中心で、誰もいないのに目だけが我を見ている──そんな錯覚が、肩口へ重みとなってのしかかった。

 

 

【ねえ、起きてよ】

 

 

「……?」

 

 

 暗がりで赤い光点が灯る。

 どうやら気のせいでなかったようだ。

 瞳のようなものが我に近寄り、うっすらとその姿を現す。洞窟の微かな鉱光を受け、輪郭だけが水面の反射のように揺らめいた。

 

 

 かすむ景色の中、我はようよう言葉を発した。

 

 

「誰、だ……」

 

 

【あ、起きた】

 

 

 少年のような声が脳内にこだまする。(つた)の髪、白目のない黒い眼球を持つ青い肌の人型が、鼻先に湿土の匂いを残して覗き込んだ。

 

 

 ──嗚呼、そうか。

 我は思い起こす。モブの親戚の家で療養する中、地中よりいでし蔦が我を捕らえたのを。

 床板を割って伸びた蔦が我が胴を絡め取った。愛刀は手から零れ、我は地の穴へと吸い込まれていった。その続きが、今この暗い広間へ繋がっているのだと、理解した。

 

 

【お父様の波動を、君から感じる。……君も、僕のお仲間なんでしょ?】

 

 

「……?」

 

 

 両腕を支えに、寒気で震える身体を起こす。

 寝巻の布が石肌に擦れ、汗の冷たさが背へ吸い付いた。

 連れ去られたというのに拘束もなく、両手足を自由に動かすことができた。指を開けば、洞窟の湿りが糸を引く。

 

 

 ふと重い首をめぐらせ、奥の青白い魔晄に目を留める。

 それを見て、心根(こころね)がいっそう冷たくなったのを感じた。

 

 

 青いつぼみから顔だけ出す、眠りし幼子の姿。

 我を看ていたエステバンの娘。連れ去られる直前、勝手に部屋に入ってきた娘──リオラがそこにいた。赤茶色の髪が、まるで花弁の一つのように錯覚してしまう。

 

 

 目を瞑り、泣きつかれたのか、リオラは息苦しそうに表情を歪めていた。つぼみの表面には霜の花めいた結晶が点々とつき、吐息が触れるたび微かに消えてはまた生まれる。

 

 

【ああ、あれ? 持ち運ぶのが楽だったから、ついでに持って来たんだ。ダンジョンの養分にするの、僕初めてだからさ。色々試してみようかなって】

 

 

「貴様……!!」

 

 

 喉の奥で声が裂けた。

 体に行き渡っていた倦怠感も今は忘れてしまう。

 指先が勝手に拳を作る。寝巻の袖口がきしみ、左の紋様がまたうずいた。

 

 

《主よ……。いけませぬ。どうか、(せつ)をお──くだされ……》

 

 

 我を呼ぶものは誰だ!? それどころではないというのに!

 呼びかける声を無視し、我は立ち上がった。

 足裏に粗い砂利が噛み、鈍く痛む。

 

 

【どうしたの? 君も、お父様の子なんでしょ? 今もひしひしと波動を感じるよ?】

 

 

「その、お父様というのはなんだ……!? 貴様、何者だ!?」

 

 

 宙に浮かぶ人型の異形をにらみつける。

 蔦の髪がうねり、上半身は裸体。樹液の薄匂いが漂い、青い皮は洞の光を吸って燐のような艶を帯びる。

 腰から下は、太い青色の(つる)と一体化していた。蔓は洞の奥に鎮座する瑠璃の大花へと続く。

 

 

 その花は花弁が一枚きり──朝顔のように開いた花の中央には蔓の先端と同じ容姿の異形が座している。花弁の脈を青白い光が走り、呼吸のたびに明滅した。漂う粉末の粒が光を拾い、周囲の空間を淡く輝かせる。

 

 

 花の異形が、蔓を引き寄せる。

 先端に付いていた人型は布を巻き戻すように形を解き、一筋の先端部へ戻っていく。

 

 

 遠くから蒼花の異形が我を見下ろす。

 ぬめりを帯びた視線が肌に貼りつく。目を細めては、異形は我をまじまじと観察している。花びらがゆっくり収縮し、内壁の脈光が波のように走った。

 

 

【お父様は、お父様だよ。淫魔様の父、魔物とダンジョンの父──男神アラオン。僕は闇の華。……君からは、お父様の波動を感じるのに、仲間じゃないの? 淫魔様の仲間だと思って、呼び寄せたのに。人間に紛れて、工作してたんじゃないの?】

 

 

 声が脳裏で反響する。

 また男神か。この身を女に変えた元凶と思しき存在を耳にし、腹を立てる。

 いらだちと気怠さを振り払うように、我は手を払った。

 

 

「違う! 我はカナメ・ビゼン! 貴様の仲間などでは断じてない! 貴様、何が目的だ!?」

 

 

【そっか。違うんだ。……もう一人のほうだったかな? 簡単そうなほうを選んだけど、甘かったみたい。まあいいや、それじゃあ──】

 

 

 素足が振動を捉える。

 とっさに後ろへ退く。かかとが砂礫を踏み、痛みで唇を結んだ。

 

 

 心臓が跳ねる。眼前で、岩肌を突き破る蔓を見た。 

 石床が乾いた裂音をあげ、青い筋が生きものの舌のように飛び出す。空気がひと刹那だけ吸い込まれた。動き出しが遅かったら、捕まっていた──。

 

 

【死んでもらおうかな?】

 

 

 我は左手首を握りながら異形の目をにらみつける。

 腕の紋が焼きごての印のようにうずき、脈が洞の振動と同じ拍を刻んだ。

 

 

 前方二十歩ほど先に異形、その足元に囚われの幼子。

 我は肩越しに、背面の脱出口──細い坑道を確認する。

 

 

 武器(えもの)はなく、頼れるのは五体のみ。

 分は悪い。正面から戦うべきでないと、経験が告げる。

 なんとしてでも、捕らえられた幼子を救い、この場を脱せねば──。

 

 

 我は右手を突き出す。

 藍色の魔力光が灯った。指先に薄い膜が張るような圧、掌の中央で星の粒がはぜる。

 迫りくる二本の蔓に向かって、我は魔力を解き放とうとする。

 

 

「炎の──ッ!?」

 

 

 ずきり。

 針を刺すような痛みが頭蓋を貫いた。左腕の紋様が脈打ち、焼けるような辛苦が我を責め立てる。皮膚の下を熱い蟻が行列で駆けた。

 火の弾を呼び出すはずだった魔力光は、弾けて霧散する。手のひらに残った光がひゅうと細く抜け、岩の冷気だけが戻る。

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 

 とっさに身をよじるも、我の腕ほどの蔓が腹を打った。

 打たれた場所の布がはじける。苦痛で顔が歪んだ。

 勢いそのまま、我は転がり、岩肌の固さをその身に噛みしめる。背に石英の角が当たり、口の中に鉄の味が広がった。

 

 

 洞の入り口付近まで転がる。

 天井の水滴が頬へ落ち、焦点がにじむ。

 暗い広間に、単弁の大花の脈光だけが心臓の裏側を叩くように灯った。

 

 

《主よ……。(せつ)をお──くだされ……。拙を……》

 

 

 なぜ邪魔立てする? 何が我を縛る?

 お前は何だ?

 ──右腕を杖に、我は起き上がろうとする。

 

 

「ぐぅうう……!」

 

 

 女子になってから訪れた、わけのわからぬ事象。

 生理とは異なると他の者たちは口を揃えて言ったが実際はどうだ?

 呪いめいた苦しみのために、死がすぐ近くにまで訪れている。

 

 

 我が死ぬ? このカナメ・ビゼンが?

 将軍になるという大望を果たせず、この異国の地で朽ちるというのか。

 洞の空気は浅く、息を吸うたび胸の奥で痛みが走った。

 

 

 母アヤメ。父カズヒロ。姉ユキノ。

 兄ショウマ。妹サクラ。

 各々の顔が走馬灯のように脳裏をよぎっていく。

 

 

 せめて幼子だけでもと、我は土を噛む。

 死にゆくが定めであるならば、生きた証を残さんと己を奮い立たせる。

 何も果たせず死ぬのだけは、御免であった──。

 

 

 地面に影が差す。

 瞬時に身体を捻って、我は後ろを見る。

 

 

「くっ……!?」

 

 

 背後に迫る影に、我は気が付かなかった。

 我の背丈ほどある紫色のスライムが、我を見下ろしていた。

 半透明の、弾力のある膜の中に、ひし形の物体が浮いている。表層が緩く脈動し、洞の光を赤紫色に屈折させた。

 スライムの頭と思しき場所に乗せられたとんがり帽子に、どこか懐かしさを覚える。

 

 

 いつ頃からいたのか?

 突然の敵の増援に、いよいよ自身の終幕を感じ取る。

 我を捕食せんと、スライムが身を寄せる。接触寸前、膜の皮が舌を出す水飴のように伸びた。

 我が動くよりも早く、スライムは我に覆いかぶさった。

 

 

(ぐぅっ……!?)

 

 

 スライムの体内に閉じ込められる。

 息ができない。我は溺れ始める。濡れた砂の中に埋められた気分だ。指先を動かすことも、ままならない。

 紫色に染まる視界。我は天を見る。

 

 

(すまぬ、アリス、マリー、ルールルー……)

 

 

 我は仲間たちの顔を思い浮かべる。

 短いながらも彼らのおかげで、楽しいひと時を過ごすことができた。

 

 

(モブ……)

 

 

 隣に立ち続けると我に告げた男の横顔が、胸中に現れる。

 彼に失望されるのではと思うと、とたんに涙がにじみ出す。

 何も果たせない自分に、嫌気が差した。

 

 

【……スライム?】

 

 

 脳裏に再び闇の華の声が響く。

 奴にとっても想定外のことだったのか。

 二本の蔓は行き場所を求め、スライムの周りを揺れ動いている。

 

 

【まあいいや、君の取り込んだもの、吐き出してよ】

 

 

 スライムの膜と蔓が触れる。その拍子に、内から外へと泡がいくつもはじけた。

 我がおぼろげにその光景を眺めていると、唐突に視界がめぐった。

 

 

(──この感覚は!?)

 

 

 濁流の中へ放り出されたかのように色彩が泡立つ。かつて〈中転移(ミドルテレポート)〉で運ばれた時に味わった感覚そのものだった。

 

 

 一回、二回と風景が切り替わる。

 通路、洞穴と目まぐるしく変化した。

 最終的に洞穴に落ち着く。

 広々とした空間。水場があり、淡い光苔が洞を照らしている。

 

 

「ごほっ!?」

 

 

 我は岩肌の上に放り出される。

 唇が外気に触れ、すぐさま呼吸を求めた。

 喉を抑えながら我は膝を折る。胸郭がきしみ、寝巻の紐が骨ばった肩を締め付ける。

 

 

「──カナメ、無事?」

 

 

「お、お前は……!?」

 

 

 我は目を見開く。見上げると、とんがり帽子を被った紫色のスライムが形を変えるところだった。

 人型になり、半透明の紫の肌に色味が差す。弾力のある肌が衣服を形成していく。

 瞬く間に見慣れた姿──黒マントと学校指定の制服姿に変わった。

 

 

 ルールルー──我の仲間が眼前で小首をかしげている。

 彼女は帽子を被りなおす。

 彼女が腰の携帯袋から取り出した杖の先端に、柔らかな光が宿る。

 洞の冷気がひと呼吸ぶんだけ和らいだ気がした。

 

 

 

 

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