ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
大きな足跡の主を追う前に、俺は別の獣臭を拾った。
まずは指定された戦闘回数を満たせる相手。欲を出すのは、そのあとでいい。
□
遭遇する魔物を三度片付け、さらに俺たちは森をさまよう。
茂みの前で俺たちは立ち止まった。
四回目の接敵。俺は右腕を四十五度に折り曲げたまま掲げる。
俺の合図を見て、後方のメンバーの顔に緊張が走った。
息を潜めた俺たちはゆっくりと草むらから顔を出した。
距離四十メートルほど。
分かれ道のあたりで、二頭のさすらいウルフが食事中であった。
組み敷いた臆病兎らに噛みつき、削いだ肉をさすらいウルフが咀嚼している。
ああやって、ダンジョン内では魔物の共食いが発生することがある。
倒した側は経験値を得てレベルが上がるので要注意。そう、俺たちは本日午前の座学で念押しされていた。
臆病兎の体が消え去ると共に、ウルフたちの体が黄金色に発光する。
レベルアップの光。
どうやら恐れていた事態に鉢合わせたらしい。
俺はマリンに視線を向ける。
数秒ほど顎先に指を当てた後、マリンは手のひらをさすらいウルフたちに向けて差し出した。
GOサインが下りる。俺を含むパーティーメンバー全員でうなずいた。
サムズアップするマリンを置いて、俺たちはじっくりと距離を詰めた。
距離三十。
途中、ナイフで進行方向の枝を切り取って通路を作る。もう片方の手で短弓を握る。
俺は隠密状態を維持し、先頭をしゃがみながら進んだ。
俺の背後にはぴったりとカナメが付く。後衛職二人は五メートルばかり離れて付いてくる。
距離二十五。
足元の草が風を受け、揺らめいている。
その場で身づくろいするさすらいウルフを、俺はにらみつけた。
俺はウルフたちのステータスを確認する。
『警戒度二十 状態:休息』
視界を戻す。こめかみから
風下であることが味方して、いまだ隠密状態は維持できている。
ウルフたちのレベルは3。現在のヒットポイントは満タン。
俺は意を決する。
魔法の携帯袋からひとつ、マジックアイテムを取り出した。
スライムの薄皮を水で膨らませた袋──そいつを手のひらに乗せる。軽く握った。狙いをつけて、思い切り宙に投げつけた。
マジックアイテム〈水風船〉が、放物線を描く。
音もなく、ウルフたちの間に落ちた。
「!?」
〈水風船〉が弾ける。
落下点を中心に展開し、ウルフたちの体が濡れた。
連中の視線が草むらに隠れた俺に向けられる。
おっけい! すかさず、俺は声を発した。
「雷!」
後衛のマールは、俺の意図を瞬時に汲み取ってくれたようだった。
〈風すさぶ樫の杖〉をとっくに構え、前に突き出している。
緑色の魔力光が、樫の杖の先端に灯った。
『〈
三条の稲光がウルフたちに迫る。
ウルフたちは身を捻って回避行動に移るも、雷の速さからは逃れられなかった。
濡れた身体には雷属性の攻撃がよく通る。
二頭のウルフが呻き声を上げた。
水たまりに青白い火花が走る。
その上にいたウルフの一頭が四肢を崩して硬直する。
念のためウルフのステータスを再確認したところ、きっかり『状態異常:スタン』になっていた。
「右スタン! 左狙い! 足元、帯電だまり注意!」
「承知!」
指示と共に、カナメが前に飛び出す。抜き身の刀片手に突貫していた。
俺は俺ですぐさま弓を構え、足止め用の矢を射った。
飛んだ矢はカナメを追い越し、駆けてきた左側のウルフの後ろ足に刺さる。
ビンゴ。ウルフの喉笛から高い声が上がる。足負傷状態になった。
その足じゃもう回避はできまい。
跳躍し、大上段に構えたカナメの一撃を、ウルフはその身に受けた。
一刀両断。
俺は流れる銀髪を目で追う。
カナメの着地ざまに、鮮血とともにウルフは粒子となって、消え去った。
カナメと俺が構え直している間、もう一頭のウルフの元に後衛二人の魔法が届く。
『──〈
『〈
まばゆい光が視界を覆った。雷と聖なる光がウルフに収束する。
瞬く間に、帯電だまりの上で煙を吐く死体が転がった。
死体は数瞬もすると粒子となって立ち消える。
帯電だまりの上に、いくらかのドロップ品が散らばった。
「よし」
ダンジョンでの四回目の戦闘もなんなくこなし、俺はひと息ついた。
やはりこの手にかぎる。こういった地形変化や状態変化を使った攻撃は、原作の重要なシステムでもあった。
帯電が消えたのを確認してから、俺はドロップ品を拾おうとする。びちゃびちゃになった獣肉をつまむ途中、上機嫌で近寄ってくるヒルダとマールの姿を俺は見つけた。
「や、やったね、モブくん」
「ま、これぐらいトーゼンだよね♪」
女神教の蒼き僧衣を着たヒルダがメイスを携え、こてんと首を傾ける。
一方黒の魔法使い用のローブを着たマールは、先ほど渡した杖を手の内でゆっくり転がしている。
俺はドロップ品を拾う手を止める。水たまりに波紋が走る。
しゃがんだまま、俺はふたりを見上げた。
「やっぱりみんな強いな。この学校に入学してるだけあるよ」
「まあねー」
「そ、それほどでも」
「でも、モブっちもすっごいよ!」
「?」
モブっち? 俺のこと?
考えるいとまもなく、マールが前のめりになった。
「その、レベル1だけど、なんかもう安心感ある! スカウト職として優秀って噂も、ほんとうだったね! 何でも知ってるって感じ!」
「そりゃよかった。うれしいよ」
「早くレベル上がるといーねー、モブっち。モブっちとなら今後も、く、組んでいいよ! ──なんちゃって!」
顔を赤くするマール。頬に手を当てたせいで、胸元が強調されている。
いかん。肩を剥きだしにしたデザインの上着のせいで、小ぶりな危険物がぺろんと覗きそうになっている。
俺は必死に意識を反らしつつ、言葉を返した。
「ほんと!? ありがとー、また頼むよ。……さ、あと一回だし、最後まで頑張ろうぜ」
「おおー!」
「お、おおー」
ふたりに向かって、俺は笑顔を見せる。
急いで足元のドロップ品を魔法の携帯袋に入れ、その場を離れることにした。心臓に悪い。
もう一体のドロップ品を集めていたカナメのもとに、そそくさと向かう。
「ふふっ」
カナメの元に着く。
俺の顔を見かけるやいなや、彼女は得意げに腕を組み出した。
「……どうした?」
「なに、やっとお前のすごさを知ったのだなと思ってな。我は手を握った時から知っておったぞ?」
「……あんがと」
後方腕組みファンガールのようなことを言われ、俺は頬をひとかきする。
「で、我はどうだった? モブよ」
「……想像以上の腕前だった。研鑽の跡が見えたよ。身の切り返しも上手いし、一撃の威力が高い。まさに、理想的な攻撃手だ」
カナメに問われ、俺は即答する。
回答に満足してくれたようで、彼女は高笑いを始める。
「んっふっふっふっ! そうだろう、そうだろう! これからも我を頼るとよいぞ?」
「わかった、わかった」
カナメからドロップ品を受け取り、俺はうなずきを返す。
途中、自分の手のひらに視線を落とし、俺はレベルアップまでの残り数値を見た。
四戦の中で、さすらいウルフレベル3と対峙したのは二回目であった。
そのせいもあって、経験値は微増。
この世界での経験値取得の仕組みに、俺はいまさらながら頭を悩ませていた。
原作でも強敵を倒すか、ダンジョンを踏破するか、メインクエスト・サブクエストをクリアすることが主だった経験値の取得方法だった。
同じモンスターを狩り続けても、レベルアップすることはできない。
「ん? どうした、モブ?」
「いや、大したことじゃない」
最後の獲物に何を選ぶか。雑魚狩りでは足りない。
リスクを取るなら、
そうこう考えているうちに、遠目で観察していたマリンが、俺に近寄ってきた。
マリンの深い黒の瞳が俺のことを見つめる。
俺を推し量るような光が、瞳の中にたたえられていた。
「……すっかり、リーダーにおさまってるね、君。スカウト職だから、かな?」
「どうでしょうね」
マリンの問いに、俺ははにかんで答える。
「謙遜は嫌味になるよ? 君の働きはレベル1のブロンズランクのスカウトじゃない。どうやったら、その域になれるか……今度、ぜひ調べさせて――っ!?」
背筋に悪寒が走る。急いで俺は口元に指を立てた。
マリンに音を立てないように懇願する。
すぐに俺はパーティメンバーを誘導し、木の陰に移動させた。
俺の警戒網に引っかかった存在を見て、かがんだマリンも冷や汗をかいていた。
(いた……!
三メートル級の巨体が肩で風を切り、二足で歩く。
レベル5の魔物──〈激怒の兎〉。
ずんぐりとした足腰が前に進むたび、微細な振動が地面に伝わった。
〈激怒の兎〉の口周りには、おびただしい量の赤黒い血が付着している。
喰らったのは人か、はたまた同ダンジョンの魔物か。
近くで身を縮めるマールとヒルダの、激しい心拍音が俺の耳にも届いた。
原作では、どのダンジョンにもああいった攻略レベルからかけ離れた特殊な魔物が配置されている。
〈激怒の兎〉とのニアミスは、チュートリアル中に発生するイベントだ。ダンジョンに特殊徘徊魔物がいることをプレイヤーに教え、戦わないことも大事だと教える。
一方で、原作最初のバッドイベントの引き金でもあった。