ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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幕間15:リヴィエ村のその後(複数Side)

 

-エステバンSide-

 

 

 モブ兄さんを乗せた浮遊帆船が、ゆっくり高度を上げていく。

 桟橋の旗が風に鳴り、帆布が白く光った。次いで船体はぐんと身軽になり、舷側の影だけを残して空へ抜けた。

 

 

 村に出入りするいつもの船とは違う。

 地表の起伏に沿って滑るのではなく、アリスさんの船はまるで空路を選ぶように真上へ昇る。

 さながら『飛行船』──その光景に、住民たちは口々に声を上げた。

 

 

 舷の手すりに身を乗り出すモブ兄さんたちが、こちらへ手を振る。その姿が徐々に小さくなっていく。

 モブ兄さんと目が合う。僕は帽子を胸に当て、何度も深くうなずく。彼が右(こぶし)を突き上げて応じたのを見て、僕は胸を熱くする。

 やがて帆船は一筋の光になり、空の高みで音だけが遅れて消えた。

 

 

 一瞬の静けさが、過去の声を呼び戻す。

 モブ兄さんと初めて出会った時の記憶のことを、思い出した。

 

 

『──エッタ! 来てくれたんだな!』

 

 

『え、え? は、はいっ』

 

 

『一緒にダンジョン潜ってくれるんだって? いや~会えてうれしいよ。周りからエッタのことは聞いててさ! 会えるの楽しみにしてたんだ。……ああ、すまんすまん。俺は、モブ。モブ・アイカータ。ちょっと前からこの村の冒険者ギルドで世話になってる。よろしくな!』

 

 

 初対面なのに、まるで長い間過ごした友達のようにモブ兄さんは接してくれた。

 青空の向こうに、懐かしき日々が映り込んだ気がして、僕は目を細める。

 

 

『──レベルアップおめでと~! いやぁ、めでてぇ! ほらエッタ! 俺のおごりだ、じゃんじゃん頼め! おん? ったくよー、おめーらもしゃーねーからおごったるわい、感謝せい!』

 

 

 僕がレベルアップした際も、モブ兄さんは自分のことのように喜んでいた。

 自分がレベル1のままだというのに、一切の妬みもなく。

 

 

『エッタ! ミドリー! 蜘蛛二匹が通路先に潜んでる! 警戒な!』

 

 

『なに? ミドリーのことが気になる? ほほぉ~、お互いに……いやなんでもない。いいかエッタ、ミドリーはなあ……』

 

 

 それでいて、モブ兄さんは僕を導く光であり続けた。

 僕は手のひらをひさしにして、去り行く船の影を追い続けた。

 

 

「エッタ、行こう。もう休まなきゃ。まだ力入らないんでしょ?」

 

 

「……うん」

 

 

 返事は喉の奥でほどけるように消え、湿った風に紛れた。周囲の見送りの人々は帰り、最後に残ったのは僕たち。

 隣のミドリーが僕の腰に手を回す。指だこの固さが伝わった。手のひらの温かさが、薄い布越しにゆっくり広がる。

 

 

「ぱぁぱ」

 

 

「りっちゃん、ミドリー、行こうか」

 

 

 抱えられたリオラの緑色の瞳と視線が合う。

 僕は微笑みを返した。

 

 

 僕は、船影の消えた川面から目を外し、二人に身を寄せる。

 杖を砂利に立てると、乾いた土が靴底からぱらぱらこぼれた。足取りは重いのに、背筋だけは不思議とまっすぐ伸びる。

 

 

 朝方のやり取りが、ふくらはぎの筋までしゃんとさせる。

 モブ兄さんの声が、僕の背中を後押ししてくれた。

 

 

『──ミドリー。エッタのことを好きでいたいなら、たまにはダンジョン行かせたほうがいいぞ? こいつは、今もパーティの盾でいたいんだよ。趣味や生活習慣変えさせるとさ、性格も変わる。夫婦円満のコツは命がかかってようが互いの趣味を尊重することって、母さんも言ってたぞ』

 

 

『……う。セ、セリア伯母様が?』

 

 

『そう。まあ、死んでほしくないのはわかるけど、過保護にしても腐るだけだ。エッタ!』

 

 

『は、はい!』

 

 

餞別(せんべつ)だ。昨日、盾壊れただろ? ダンジョンでちょうど拾ってきたから、やるよ。……あんま無理するな。死なない程度にな?』

 

 

『兄さん……』

 

 

『あ~もうっ。ダンジョン行くなら、私もついてく! あんたが心配ってわけじゃないんだからね! ──死んだら呪ってやるんだから!』

 

 

『き、気を付けます』

 

 

『はは。仲良くな、二人とも──』

 

 

 思い出すだけで、手のひらに新しい盾の重みがよみがえる。

 革の匂い、金具の冷たさ、縁をなぞった指先に残る滑らかさ。

 僕の歩幅がひとつ、大きくなる。風が草を()き、川面の匂いに若草の青さが混じった。

 

 

 ふとミドリーと目が合う。

 緑の瞳がまっすぐ僕を覗きこみ、濡れたまつ毛が光を一本ずつ抱え込む。

 腰に回る腕の圧がわずかに強まり、体温が布越しに滲みてくる。

 僕はうなずき、彼女の肩へ自分の肩をそっと重ねた。

 

 

 最後に肩越しに、交易都市ミカへ続く空を見やる。

 村を、僕を、娘を救ってくれた英雄に、改めて感謝の気持ちを送った──。

 

 

 

◆□◆

 

 

-シルヴェットSide-

 

 

「つまらないことをしたね、シリル」

 

 

 ギルド訓練所の一室で、私はつぶやいた。

 窓のない部屋に、火晶石ランタンの橙がじわりと広がる。ガラスの奥で火がじり、と音を立て、粗い漆喰(しっくい)の壁に濃淡の帯を投げかけた。

 

 

 影は、五つ。

 僧侶ブリジット、斧使いカルダーラ、術士オレリアンヌ、そして私──四人の立ち姿が壁に揺れる。

 もうひとつは椅子に縛られた男、シリル・ヴェルディルの影だ。

 縄は上腕の位置で食い込み、結び目が呼吸に合わせて微かに上下する。

 

 

 灯りは乾いた熱で頬を炙り、鼻先には油と鉄と血の臭いが滞る。

 ドアの隙間から、祭りの喧騒と外の訓練場の掛け声が、布越しのようにくぐもって届く。

 

 

 私は椅子の背に手を置き、樫の冷たさと汗ばむ手のひらの温度差を確かめる。

 ランタンの火がぱちりと弾け、舞い上がった塵が金色の魚影のように光の中を泳いだ。

 ブリジットのロザリオが小さく胸元で揺れ、灯りを照り返す。

 カルダーラが血の付着した拳骨に息を吹きかけて擦るのを、私は視界の端で捉えた。

 机の向こうで、オレリアンヌが袖口を指で整える。視線だけで彼女は温度を測っているようだった。

 

 

 視線を下ろすと、うなだれていたシリルが、ゆっくりと顔を上げるのを見つけた。

 片頬は腫れ、鼻筋から落ちた血が上唇を濡らして震える。喉の奥で空気が擦れ、言葉にならない息を漏らしている。ランタンの(だいだい)が、その瞳に淡く揺れる。

 

 

「君がモブに対抗心を燃やしていたことは知っていたよ。──まさか学校への報告を改ざんしようとするとはね。カルダーラたちを待機させておいて正解だった」

 

 

「そのせいで、見送りには行けませんでしたがね」

 

 

 カルダーラがため息とともに肩をすくめる。

 私はシリルの斜め前へ回り込んだ。椅子の背がきしむ。黒の前髪を無造作にわしづかみした。

 彼の顔を引き起こす。

 怯えた淡緑の瞳が、火の色を映して揺れる。私はその視線を逃がさない。

 

 

「学校に、どんな報告を上げるつもりだった? 言わないと、カルダーラたちがかわいそうだよ。見送りにも行けず、こんなつまらない仕事に付き合わせているんだ。──せめて、話のネタくらいは提供してくれないかい?」

 

 

 厚い戸板が微かに震え、ランタンの炎が短く揺れる。

 シリルの喉がからりと鳴った。乾いた唇が割れ目から血をにじませ、言葉の形を探して小刻みに震える。

 

 

「あ、あいつ、規則を破って! サポーターのくせに前に出て、戦って……!」

 

 

 思った以上──いや、以下か。期待をさらに下回る浅い言葉だった。

 彼の中では、モブはスタンピードのさなかに武器を取って戦ったことになっているらしい。自己防衛のために、認知まで歪めたか。

 

 

「そうかい」

 

 

 私は前髪を引いて顔を上げさせ、ついでに後頭部を押さえ込む。

 樫の机に、彼の額を叩きつけた。

 

 

「いぎぃっ!!?」

 

 

「ひゅう」

 

 

 カルダーラが感心したように口笛を鳴らす。

 音を立てて机が割れる。木目の粉が光の中へ舞い上がった。

 オレリアンヌは裾を払って一歩退く。

 ブリジッドは物憂げに、胸元を押さえてはこちらに近寄った。私は視線でそれを制す。

 

 

「あ、あああああっ……!」

 

 

 椅子が傾いた後、元の位置に戻った。

 シリルの喉から掠れた悲鳴。

 額を伝う血が割れた板のささくれに落ち、暗いしみを広げていく。

 ランタンの炎がその赤をゆらめかせ、彼の肩が細かく震えた。

 

 

「──聞け、シリル」

 

 

 私は机の残骸を避けてシリルの前に立つ。彼の視線を正面から受け止める。

 間を置いて、ゆっくりと言葉を落とした。

 

 

「本日をもって君は冒険者ギルドから除名となる。『冒険者ギルド七大鉄則』の第五条〈我らは仲間を守る〉、第七条〈我らは誇りを守る〉。これを、君は踏みにじった。ギルドの者はみな同胞。冒険者は己の名に泥を塗らない。──水の王国の王立冒険者学校に行ってから、忘れたのかい?」

 

 

「うぁあ……」

 

 

 廊下の奥から、複数の靴音が速さを揃えて近づいてくる。

 次の瞬間、金具が唸り、扉が勢いよく押し開かれた。

 

 

 外の明かりが一気に流れ込み、室内の影が押しやられる。

 先頭に立つのは、深緑の片マントに銀糸で段畑の紋を刺した女性──現リヴィエ村領主のベルティーヌ・ヴェルディルその人。

 息を荒げたまま、彼女は敷居で足を止めた。

 背後にはヴェルディル家の従者が三人。胸当てと留め具が小さく触れ合い、律動のような金属音が続く。

 

 

 新しく差し込んだ光でランタンの炎が色を変える。

 私は目の端で明滅を測りながら、入ってきた一団を見据えた。

 

 

「し、シリル……!」

 

 

 ベルティーヌが声をあげる。

 名を呼ぶ音は割れて、部屋の空気が一段重くなる。

 

 

「か、かあさんっ、た、助け──」

 

 

 縛られた椅子でシリルがもがく。喉が擦れて、言葉の先が途切れた。

 床に落ちた血が薄い筋をつくり、扉から吹き込む風で細く揺れる。

 ベルティーヌの視線がそれを追い、次に私たち四人をひとりずつ確かめる。最後に、シリルの顔に釘づけになった。

 

 

「──ちょうどよかった。引き取りに来られたようで。彼、書類の偽造をやらかしまして。先ほど、除名処分にしました」

 

 

「……っ!」

 

 

 短い吸気。ベルティーヌの喉奥で鳴った音が、部屋の静けさに刺さる。

 彼女は気圧されたのか、一歩後ずさりした。

 

 

「してない、母さん、僕は──やって──」

 

 

 なお言い訳に逃げる舌の動きに、私の腹の底は冷える。

 

 

「あ、あんたら、私の息子にこんなことをして……! ただじゃ──!」

 

 

 そして、身内を擁護する言葉を耳にして、血は逆流した。

 

 

「ただじゃ?」

 

 

 私の気配に応じて、三人が自然に間合いを整えた。

 カルダーラは柄頭に指を添えて半歩ずれる。オレリアンヌは袖口を捌き、指先で印を組む準備。ブリジットはロザリオを握り、肩を落として重心を下げていた。

 

 

 部屋に殺気が満ちる。

 金具がかすかに鳴り、空気の温度が一段下がった。

 

 

「どうするというんです? 私たちはギルドの規定に沿って、彼の処分を決めただけだ。私たちを王国法に則って裁きたい? ──無駄だ。ヴェルディルさん、単純な話だが、冒険者ギルドを各国の法で裁くには力が足りない。スタンピード対応の指揮したのは誰だ? 水の王国の役人か? ギルド訓練所で文字を教わったことのない人間は、この村にどれだけいる?」

 

 

 半歩踏み出すと、ベルティーヌたちは同じだけ後ろへ退く。

 彼女は顔を引きつらせ、制止の手を差し出した。廊下の明かりが袖口の刺繍を白く浮かせ、敷居のところで影が二重に折れる。

 

 

「『冒険者ギルド七大鉄則』の第一条〈我らは生命(いのち)を守る〉、第二条〈我らは中立を守る〉、第三条〈我らは秩序を守る〉。──我々は統治しない。だが、ダンジョンの脅威から人類を守り、人類の繁栄のために活動する。我々が優先するのはギルドの規律。お飾りの地方代官の力なき権威で、我々を動かせると思わないことだ」

 

 

「……っ!」

 

 

「理解したなら、この子を連れて帰るといい。──なんなら、目の前で処分してあげてもいいですよ? 王立冒険者学校卒の出戻りの上、ギルドを除名された男だ。そちらでも扱いに困るでしょう?」

 

 

 言い終えると同時に、風が扉の隙間を抜けた。

 誰も動かないまま、部屋の静けさだけが重く積もっていく。

 

 

 

◆□◆

 

 

 

「結局、連れ帰りましたね、連中。甘いところもあるようで」

 

 

 静まった扉をじっと見据えたまま、カルダーラがぼそりと言う。

 私は箒で割れた板切れを寄せ集め、ちりとりにすくい込む。削れた樫の匂いが鼻に立ち、足裏で細い木屑がこり、と鳴った。

 

 

「それはそれで、悪くないでしょ。腐った枝を抱えた木は、いずれ勝手に枯れる。見守るだけでいい」

 

 

 オレリアンヌがカルダーラに言い返した。

 膝をつき、彼女は大きめの破片を袋へ落とす。

 

 

「あーあ。顔は好みだったのに」

 

 

 ブリジットが濡らした布を机の残りに滑らせながら、ため息まじりに愚痴る。

 私は思わず笑ってしまった。

 

 

「今後のつき合いはやめときなよ」

 

 

「べ、別に。手なんて出さないって。みんなの視線が怖いもの」

 

 

「王立冒険者学校へ行く前は、まだ可愛げあったんだけどなあ」

 

 

 カルダーラが肩を回しながらこぼす。

 オレリアンヌも「ね」と短く同意した。

 

 

「ほんとそれ。嫉妬だけで、あそこまでやる?」

 

 

「──昔から周りにモブと比べ続けられたからね。みんなが勝手にシリルに期待して、失望した。シリルは自分を高く見積りすぎてたんだろうね。女爵(バロネス)の息子で王立冒険者学校卒をしきりに自慢していた。かたや相手は上級冒険者学校生で有名商家の息子。レベル3だし、男子なのに指揮を執り成果をあげた。そんなの間近に見たら……」

 

 

「残酷ですね。あんなのと比べられたら、そりゃ狂っちゃうか」

 

 

 私の言葉にオレリアンヌが手を止めた。

 拭き跡の水光を、彼女はしばらく見つめていた。

 

 

 私は立ち上がり、腰に手を当てる。

 三人に声をかけた。

 

 

「さ、片付け終わったら、私たちも祭りに参加しようか。みんな今日は非番だろう? 見送りに参加できなかった三人とその家族には、私からいいものをあげよう」

 

 

「さっすが隊長」

 

 

「太っ腹」

 

 

「誰がお腹出てるって?」

 

 

「言ってない言ってない! 隊長、腹筋バキバキじゃないですか!」

 

 

 軽口に笑いがこぼれ、張りつめていた空気がほどける。

 戸の隙間から午後の光が帯になって差し込み、埃が静かに上下した。

 遠くの通りから太鼓の拍がいくつか運ばれ、外の匂い──焼いた魔物肉と香草酒の甘い香り──がほのかに流れ込む。

 

 

 最後の木屑を袋に落とし、私は箒の柄を立ててひと息ついた。

 廊下の向こう、祭りのざわめきが次の仕事を急かしているようだった。

 

 

 

 

 





1年目春 学外実習編お読みいただきありがとうございました!

カナメの女体化の謎やマリー、ルールルーの秘密を中心に描いた章となりました。
本章を通じて、主要キャラたちの関係性の変化を楽しんでいただけているなら幸いです。

次の章はモブの目的をヒロインたちに明かす章となります。
引き続きお楽しみください。



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感想やここスキについては今後の展開の参考にしたいと思います。
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