ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第47話 戦う理由

 

 

「あなたとパーティを組むかどうか……? そんなの──」

 

 

「いや、違うんだアリス。そんな簡単な話じゃない」

 

 

 言い切って、俺はそっと首を横に振る。

 手のひらは黒い天板に置いたまま。木の肌はひんやりとして、なめらかな艶が指先に返る。天板にシャンデリアの光が映り込んだ。

 

 

 アリスの金の瞳がこちらを真っ直ぐ射抜く。

 まばたきが止まり、まつげの影が彼女の頬に落ちた。

 俺は視線をカーラへ移す。

 琥珀色の瞳が落ち着きなく揺れるのを確かめ、口を開く。

 

 

「カーラ。俺たちは前回の学外クエストで『淫魔族』の痕跡を見つけた。その件でギルド表彰も受けた。そこまでは知ってるな?」

 

 

「う、うん」

 

 

「俺たちが学外クエストで相手にした『闇の華』──やつは、意思のある魔物だった。やつは淫魔族の手によって生み出されたって情報を、俺はこの目で『視た』」

 

 

「!」

 

 

 俺はひと呼吸だけ置く。

 その間、カーラはふくらみのある胸元に右手を添えた。軽く拳を握り込み、彼女は喉を小さく上下させる。

 ゆっくり、俺は言葉を継ぐ。

 

 

「淫魔族の最近の動きを見て俺は感じた。近いうちに『淫魔王』が復活する可能性があると。三年後か十年後か、もっと近いかもしれない。伝承では、淫魔王は女性特効のスキルを持つ。淫魔王の前では、当代最高位の女性冒険者ですら無力化されたって話だ」

 

 

 視界の端で、カナメの俯いた横顔を俺は確認する。

 ためらいを押し込み、言葉を引き出す。天板に置いた手は、気づけば固く握られていた。

 

 

「初代・二代目ともに、〈女神の祝福〉の才能(タレント)を持つ英雄──ランズとダークが討ち倒した。英雄が現れるまでは、人々は怯えて暮らした。……初代淫魔王の時代、何が起きてどれほど続いたか、わかるか? カーラ」

 

 

 尋ねると、カーラの視線が泳ぐ。

 数拍おいて、途切れがちに彼女の口から答えがこぼれた。

 

 

「じゅ、授業で聞いた話だと、七百年前から六百年前の、百年。人類は、『魔大陸』に連れ去られて、奴隷に……だったはず」

 

 

「正解。大陸北方の『魔の島』を経由して転移できる『魔大陸』へ、人々はさらわれ続けた。初代淫魔王は好色で残忍──そう伝わっている。さらわれた者は玩具のようにもてあそばれた。ランズが討つまで、百年もの間」

 

 

 部屋の空気がひやりと沈む。

 マリーの手前に置かれたグラスから氷がひと粒だけ鳴る。

 

 

「ここまでは、前回クエストの時に聞いたような話ね。それで? あなたは……」

 

 

 ためらいがちに、アリスが声を上げる。

 聡明な彼女の脳裏には、ある可能性がよぎっているのだろう。

 小さくなる言葉尻に対し、俺ははっきりと補足する。

 

 

「俺が淫魔王を殺す」

 

 

 時が止まる。

 俺の鼓動の早打ちは、五人に聞こえてしまっているだろう。

 そう思うほどに、部屋は静まり返る。

 

 

 カナメも、アリスも、カーラも俺のことを食い入るように見つめる。

 彼女らの唇は震えている。必死に言葉を探しているように、俺には見えた。

 

 

 対照的に、マリーの動きは怖いほど静かだ。

 彼女はおそるおそる胸元で両手を組み、指の節を白くさせる。

 祈りを捧げ始める。彼女の水色のまなざしには、闇の中に光を見つけたかのような、輝きがあった。

 

 

 その傍らで、ルールルーが黒帽子のつばをつまむ。

 彼女は一拍だけ目を伏せ、再度紫水晶のような瞳をこちらへ投げかける。無言の同調が、彼女から伝わってきた。

 

 

「な、んで」

 

 

 アリスが声を絞り出す。

 俺はしっかと拳を握り、話を続ける。

 

 

「俺が、そうしたいからだ。俺は祝福持ちじゃない。けれど、俺は男だ。淫魔王を殺せる可能性を秘めている」

 

 

「バカげてるっ」

 

 

 アリスが足の長い椅子から降りた。

 俺に指を突き出して、彼女はまくしたてる。

 

 

「祝福を持たない男が、淫魔王を倒す? そんなの、できるわけがないっ。淫魔王を倒すために、ランズとダークはレベル10まで上げたっ。歴史上、ランズとダークを除く男の最高レベルは6だって知らないのっ? ──あなたにだって……っ」

 

 

「知ってるさ。そのうえで、俺もレベル10を目指す」

 

 

「そんなの……」

 

 

「無理じゃない。勝算はある。──俺はこの学校にいる間、ひたすらダンジョンを攻略する日々を過ごす。レベルを上げるには一番の近道だからな。各国の四元素ダンジョンだって攻略する。……そのクソみたいな日常に付き合ってくれる人間を、俺はいま、探している」

 

 

「!」

 

 

「みんなを呼んだ理由が、それだ。俺と共にダンジョン攻略したいという物好きだけ、この場に残ってほしい。──引き止めはしない。断固たる意志がなければ、きっと成し遂げられないだろうから」

 

 

 アリスは立ち尽くし、表情の置き場を失っていた。

 俺はそっと彼女に右手を伸ばし、褐色の首筋に巻かれたチョーカーへ触れる。革が体温を含んでいて、脈が薄く指先を叩いた。

 

 

 かつて俺が巻いたチョーカーをさする。

 今にも泣き出しそうな婚約者(かのじょ)に、俺は語り掛けた。

 

 

「アリス。君が入学前に思い描いてた学校生活とは、きっとかけ離れた生活になると思う。もしかしたら、卒業後もレベルを維持するため俺は戦い続ける。それでも、俺はやり遂げたい。……だから、こんな男のことなんて、忘れてくれ」

 

 

「……っ」

 

 

「すまない」

 

 

 謝意だけ残し、俺はチョーカーから指を離す。

 革紐から離れた指先に、アリスの息がかすかに触れた。

 

 

 他の四人にはなんのことか分からかったことだろう。けれどアリスには届いた。

 下唇に歯を立て、彼女は涙の代わりに視線で俺を射た。怒りとも、悲嘆ともつかない熱が、瞳の奥で揺れている。

 

 

「……どうしてなんだ? 君が、そこまですることなんて──」

 

 

 横合いからカーラが尋ねた。

 問いを受け、俺は視線を一度だけ落とす。天板に映った俺の瞳はどこか頼りない。息を整え、俺は天井のシャンデリアを仰いだ。

 光の向こうにある、広大な空に想いを馳せながら、俺は言った。

 

 

「みんなは、この世界は好きか?」

 

 

「え……?」

 

 

 カーラの返答を待たず、言葉が勝手に前へ出る。

 異世界で育ってからずっと抱いていた感情を、俺は吐き出した。

 

 

「俺は、好きなんだ。ミカが、リヴィエ村が──俺を取り巻くいまの世界が、大好きなんだ。母さん、二人の父さん、姉妹兄弟たち、祖父母、友だち、近所のみんな。俺を鍛え、育ててくれた人たちのことが、愛しくてたまらない」

 

 

 生前やりこんだゲームと似た世界に、何の因果か転生して。

 この、人の死が軽い世界でやっていけるか不安な中、母や周りの人々が生き方と仕事の仕方を俺に教えてくれた。

 俺が生き延びてこれたのは、自身の才覚と原作知識もあったが、多くは母をはじめとした家族と地域社会の人々の教えのおかげだった。

 

 

 いまでは実家の商売に貢献し、多くの人から尊敬を受けることができている。

 生前よりもはるかに濃密で、充実した人生を送っている。

 いつの間にか、俺は元の世界よりこの世界のほうが好きだと感じるようになってしまっていた。

 

 

「俺の手で百年の不幸を防ぐことができるかもしれない。なら、俺は戦うよ。俺を愛してくれる人たちには、笑顔でいてほしいんだ。──俺が苦労するのは構わない。それ以上の多くの幸せを、俺はすでに受け取った」

 

 

 言いながら、俺は卓の向こうの五つの表情を順に拾う。

 言葉は出てこない。椅子のきしみも、衣擦れもなく、天板に置かれた食器だけが光を吸って静まっている。

 

 

 俺は身を半歩ひねる。みんなの前から去ろうとした。

 右目で五人を見やり、俺は続ける。

 

 

「……一時間後に戻る。その間に、俺と同じ覚悟を背負うか決めてくれ。答えがどうであっても、みんなとは変わらず大切な学友だ。不安が少しでもよぎるなら、遠慮はいらない。席を立ってくれ。──それじゃ」

 

 

 アリスは視線を逸らさない。細い肩を硬くして、金の虹彩に怒りと戸惑いの縞を走らせる。

 カーラは膝の上で指をほどき、杯の縁にそっと触れて温度を確かめている。掌が微かに震え、爪がガラスを引っかく直前で止めるのが見えた。

 

 

 カナメは湯呑を包む両手に力を込める。伏せたまつげの影が、彼女の頬で揺れる。

 マリーは胸の前で指を重ね、祈りの形を作ったまま。

 ルールルーは帽子のつばに触れもせず、紫の眼でただまっすぐ測る。まぶたが一度、深く上下する。それは言葉より確かな了解に見えた。

 

 

 息を整え、五人から俺は視線を外す。

 正直、全員に残ってほしい。けれど、それを口にするのは俺は違うと思った。

 床の敷物が足音を吸う。扉までの距離がやけに長い。さっきまで温かった手のひらに、ひんやりした汗がにじむ。

 

 

 いったい、何人が残るだろうか?

 胸の裏側で問う声を押し込み、ノブに指をかける。真鍮の冷たさが皮膚を縮め、金具が小さく鳴った。

 振り返らない。今は答えよりも、答えを委ねるこの一歩のほうが大事だと、俺は自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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