ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第49話 女神の祝福

 

 

「お邪魔する」

 

 

 寝室の扉をそっと閉めると、カナメは一歩だけ中へ入り、部屋の隅々を順に見渡した。感嘆の息が彼女の口から漏れる。私室で会話するのは、入学初日以来である。互いに身の上を語り合った晩のことを、俺はふと思い出す。

 

 

「悪いな、急に。戻って来てもらって」

 

 

「よい。大事な話があるのだろう? それにしても……」

 

 

 カナメの視線が左手に向く。

 書棚が二列、背の高い背表紙が色の帯をつくっている。

 棚から少し離れた場所にレンガ造りの小さな暖炉。その奥には、磨きこみの鏡が立て掛けてある。

 

 

「これがお前の新しい私室か。色々な本が置いてあるのだな」

 

 

 カナメが書棚に近寄って眺める。

 顔を突き出した拍子に、プリーツスカートの裾が持ち上がった。

 俺は小ぶりなお尻から目をそらしつつ、カナメの隣に足を運ぶ。

 

 

「全部、魔導板帳だぞそれ」

 

 

「なんとっ」

 

 

 カナメが上体を起こし、見開いたまなこを俺に見せる。

 俺は補足する。

 

 

「よくやり取りしている相手の魔導板帳を書棚に置いてるんだ。普段はよく、そこの机で返事を書いてるよ」

 

 

 俺はそう言って正面を見たまま、中央の二つの丸卓と座具に親指を向けた。

 縁取りの濃い赤い敷物の上に置かれた丸卓に、カナメとの連絡用の魔導板帳——赤竜革の魔導板帳が一つ横たわる。

 

 

「なるほどな……ふむ、ふむ」

 

 

 背後をちらと見た後、カナメは本棚をまた見やる。

 腕を組み、彼女はそっと顔を背けた。

 表情は見えないが、耳の先がほのかに色づいているのを、俺は見つけた。

 

 

 彼女は耳にかかった銀糸の髪を右手でそっと正す。

 深い群青のジャケットの袖ボタンが、シャンデリアの灯りを照り返した。

 胸元の同色の細いリボンも併せて揺れる。

 彼女の淀みのない所作を、俺はじっと見つめた。

 

 

 以前のカナメは学生服に着られている感があった。

 それがいまや、他の女子生徒とそん色なく制服を着こなしている。

 素足を出すことにも抵抗はなくなっているように、俺には見えた。

 

 

「……? どうした、モブ」

 

 

 視線に気づいたようで、カナメが俺を見返す。

 誤魔化すように、俺は頭をひと搔きした。

 

 

「いや、なんでもない。他に気になるものでも、あったか?」

 

 

「うむ。こちらの地図は……」

 

 

 カナメは話題を滑らかに替え、書棚の隣の壁を見やった。

 色褪せた魔力紙──大判の世界地図が貼られている。海は淡い濃淡で、山脈は脊梁(せきりょう)のように描かれ、細い墨の線が国境を走っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「これほどの大きさのものは、珍しいな」

 

 

「そうかもな。母さんへの贈り物の余りでさ。色合いが気に入ったから、譲ってもらった」

 

 

 カナメは近づいて、地図の端にある羅針図に指をかざす。

 深藍の瞳が、海のグラデーションから島影へ、さらに右の大陸の北部へと順にたどる。

 水の王国のある大陸の東。岩礁に囲われた島を、彼女は指差した。

 

 

「ここが、和国(わこく)だな。和国の地図では、この島を中央に据えて地図を描く。……場所が違えば、世界の見え方も変わるのだな」

 

 

「そらそうよ。風の王国、土の共和国だと左寄りの地図が売られてた」

 

 

「こちらの大陸に行ったことが?」

 

 

 カナメの視線が左の大陸に移る。

 左の大陸の北半分は風の王国、南半分は土の共和国。

 地図にはそれぞれの首都の部分に赤印を入れていた。

 

 

「母さんの付き添いで、四大国の首都は全部行ったことある。飯は土の共和国が一番思い出深いな。油っこい料理が多いから、カナメの口には合わん気もする」

 

 

「むむっ。我はそちらも楽しめる口だぞ?」

 

 

「ほんとか? 天ぷらとか唐揚げの比じゃないぞ?」

 

 

「な……!? あれより油っぽいのか!?」

 

 

「そうそう」

 

 

 土の共和国の食文化は、和国とは対極的だ。ピザにバーガーにホットドッグ、バターを小麦粉でまぶして砂糖で揚げた料理など、油をふんだんに使った料理が多かった。

 

 

「ま、前から思っていたが、お前は和国の料理や文化によく通じておるな。……好き、なのか」

 

 

 カナメが俺の顔を下から覗き込む。

 深藍の瞳の奥に、期待を込めた光がたたえられている。

 気恥ずかしさを誤魔化すように俺は頬を掻く。

 素直に首を縦に振った。

 

 

「飯も文化も、他国じゃ一番好きだよ。子どもの頃から、米と納豆と味噌汁が俺の主食だった」

 

 

「おおっ!! 納豆も好むのか!?」

 

 

 カナメが目を輝かせる。

 納豆のひと言は強烈だったようだ。この世界では、和国出身者以外で納豆を好きという人間は両手で数えたほうが早い気もする。

 交易都市ミカでも輸入量は少なく、俺は購入のためにわざわざ和国と隣接するガボイル地方に行くこともある。

 

 

「そうかそうか、モブは納豆も……」

 

 

「なんだかんだ和国にはまだ行ってないから、今度行くときは楽しみだよ」

 

 

「む? も、もしや」

 

 

「もちろん、和国のダンジョンにも行くつもりだぞ?」

 

 

「おおっ!」

 

 

 俺の指が島へ指し示すと、カナメの目がぱっと明るくなる。

 一歩寄り、地図の稜線をなぞって彼女は早口になった。

 

 

「霊峰〈瑞霊山〉──我はここを遊び場にして育った。瑞霊神社から異界へ踏み込めば、双塔の五重塔と天守が並び立つ。和国将軍の座に就く者はみな、天守最上『白金の(やしろ)』にて金毛白狐(こんもうしろぎつね)様の試練を受けると聞く」

 

 

「流石に詳しいな。行ったら、案内よろしくな」

 

 

「うむっ! 大船に乗ったつもりで任せよ。……和国も行くのか。ますます胸が踊るぞ。みなとなら、我も金毛白狐様に拝謁(はいえつ)叶うやもしれん」

 

 

 カナメは一歩下がり、部屋全体をもう一度見渡した。

 俺は先に中央の丸卓の一つに腰を掛ける。

 それにならって、彼女も俺の正面に着席する。背筋を伸ばし、膝の上に緩く固めた拳を置いた。卓に片肘を掛け半身を向ける俺とは対照的なたたずまいだった。

 

 

「本当は、ご飯の一つでもごちそうしたいところだが、本題いいか?」

 

 

「……うむ。モブよ、お前は魔導板帳にあらかじめ連絡をよこしたな。『今夜二人きりで話がしたい』──始めは、告白でもされるのではないかと思い、身構えたぞ?」

 

 

 からかうような声音を上げる。

 そっちがその気ならと、俺は先週からかったネタでカナメを攻撃する。

 

 

「魔導板帳に、間違って『好きだ』と書いてよこしたやつじゃあるまいし」

 

 

「わーっ!?」

 

 

 いい反応だ。カナメは頬を赤に染め、俺に抗議する。

 

 

「あ、あれは意図しておらぬと言っただろう! 何度もからかいおって! ……わ、我もあの時は熱と向き合っているさなかで、夢中であった」

 

 

 そう言ってカナメは咳ばらいをした。

 じっと覗いてくる深藍の瞳に促され、俺は居直す。

 正面に向いて、彼女の目と向き合った。

 俺をからかう色は消え、彼女は俺の一挙手一投足を図ろうとする。

 

 

『……お前は、我に男に戻ってほしいか?』

 

 

 リヴィエ村に向かう前の週──あの時以来の本気の話し合い。

 今夜も前と同じ、いや前以上のことを探り合う。

 早打つ鼓動が彼女に聞こえないことを、俺は祈った。

 

 

 

 

「カナメに聞きたいことが二つある。だから、今夜もう一度来てもらった」

 

 

 丸卓を挟んで向かい合う。

 俺は組んだ指を天板へそっと置いた。木目のひやりとした感触が手の側面に流れ、汗がうすく冷える。

 窓の外から、草が擦れたような小さな音が届いたが、すぐに部屋は静けさに沈んだ。

 

 

 カナメは背筋を立て、深藍の瞳でこちらを真っ直ぐに測る。

 銀髪が肩でほどけ、微かな香油の匂いが漂った。

 

 

「問え。逃げぬ」

 

 

 一拍、俺は息を整える。

 舌の上でつっかえていた言葉を、そっと押し出した。

 

 

「左腕にあった紋様。前、自分であれが男神の力の一端──女体化したことと関係がありそうって、言ってたよな? そのことについてまず、知っていることを教えてほしい。気になってたけど、改まって聞く機会がなかった」

 

 

 リヴィエ村でカナメを襲った謎の呪熱。

 不可思議な蛇のような文様がカナメの左腕に刻まれ、騒動の終わりには呪熱と共に消えていた。

 あの時のカナメは、どこか別の誰かの言葉を借りて話しているように見えた。俺の知らない得体のしれない存在が干渉しているのか? 手始めに、そこを明らかにしたい。──不安の種を潰すためにも。

 

 

「むう……その、何と言うべきか……」

 

 

 俺が問うと共に、カナメの視線がわずかに宙を泳ぐ。

 リヴィエから戻って以降、彼女がときおり何かと会話しているように見える瞬間があった。胸の奥で警鐘が鳴り、眉間が自然に寄る。

 

 

「カナメ」

 

 

 彼女の口はつぐんだまま。

 俺は決めていたやり方を選ぶ。自分の目尻を指で示し、確認を取る。

 

 

「少し、目で『視る』。いいか?」

 

 

 短い沈黙。彼女は右下へ視線を落とし、それからまっすぐこちらを見返す。

 灯りが深藍の瞳に差し、銀のまつ毛が影を落としていた。

 

 

「っ。わ、わかった。おそらく大丈夫であろう、うむ」

 

 

 カナメを〈第四の目〉で『視る』のも久方ぶりであった。

 リヴィエの一件で倒れて以来、無意識に避けていた気もする。

 

 

 俺は深呼吸し、視点を絞る。

 眼窩の奥に力を寄せると、世界が一段静まった。

 視界の縁がじわりと紅ににじむ。

 

 

 ──久しぶりに見た彼女の体には、黒き物体がまとわりついていた。

 

 

「!?!!!??」

 

 

 俺は思わず腰を浮かせる。

 気づいた時にはナイフを求めて、懐の内ポケットに手を突っ込んでいた。

 

 

「モ、モブ?」

 

 

 蛇、蛇だ。

 黒い蛇がカナメの首から肩、左の二の腕へ、縄のように巻き付いている。

 蛇が鎌首をゆっくりもたげる。

 背には等間隔の白い斑が連なり、割れ目のような瞳がこちらを正面から捉えた。

 

 

《主、どうやらこの御仁、拙のことを見れるようです》

 

 

 女性の声が、俺の頭の内側で鳴った。直接、思考に触れる調子だ。空気は震えないのに、言葉だけが脳に落ちる。

 カナメが一瞬だけ蛇へ目を走らせ、すぐに俺の表情を探る。

 

 

「お、お前こやつを見れるのか?」

 

 

「……見れる。それに声も聞こえた」

 

 

「な……!」

 

 

《むむむ。声も聞こえるとは、(せつ)も予想外です》

 

 

 艶のある声音が、落ち着き払って続く。

 紅の縁取りの中で、俺は意識の焦点をさらに狭め、蛇そのものへ視線を落とす。

 ぬらりとした黒の表層に、薄い文字列のような情報が浮き沈みする。

 

 

【名前:黒蛇(こくだ)

 種族:呪霊〈女神の祝福+男神の気まぐれ〉

 性別:女

 年齢:0

 レベル:8

 経歴:

  女神暦1998年=春シーズン第四週の三日目朝に誕生。

  呪い〈男神の気まぐれ〉に〈女神の祝福〉が抵抗した結果生まれた精神生命体。

 秘密:***モブの現在のレベルでは開示不能(レベル8要)***】

 

 

 卒倒しかける。

 あまりに濃度の高い情報に触れて、脳がショートしそうになった。

 膝から力が抜け、俺は椅子ごと後ろに倒れこむ。

 背中から落ちた衝撃でむせる。天井の照明を見上げる羽目になった。

 

 

「モ、モブ!?」

 

 

 カナメが身を乗り出す。銀髪が肩から流れ、香油の微香が近づいた。

 蛇は彼女の首に絡んだまま、こちらへ小さくうなずく──ように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

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