ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第6話 運命を変える者

 

 

 

 俺たちは木陰で息を潜め続け、〈激怒の兎〉を無事やり過ごした。

 強烈な血臭と獣臭が混じったにおいが流れてくる。

 振動は遠ざかったものの、兎が歩いた後は血痕が残り、近づくのをためらわせる光景だった。

 

 

 しゃがんでいたマリンが胸を撫で下ろした。

 

 

「……ふう。危なかったね」

 

 

「あ、あれってなんですか?」

 

 

 ヒルダがマリンに尋ねる。

 

 

「──特殊徘徊魔物、〈激怒の兎〉。レベル5のモンスターだね」

 

 

「5!?」

 

 

「そ、そんな強いのがいるんですか?」

 

 

 マールとヒルダの顔が青ざめる。

 ふたりとも自分の肩を抱いて、身を竦ませながらマリンの話を聞いている。

 

 

 俺はちらとカナメの顔を見る。

 神妙な顔つきで、特に動じた様子もなく、カナメは耳を澄ませていた。

 

 

「うん。あれはダンジョンのヌシと同じか、それ以上に強いよ。普通に戦って勝てる相手じゃない。むしろ……逃げることだけが正解。いい?」

 

 

「は、はい。気をつけます」

 

 

「定期的に湧くからね。多分この授業が終わったら三年生でパーティーを組んで、討伐にかかると思う」

 

 

 ヒルダがうなずく(かたわ)ら、俺はひとり考えていた。

 原作ではこの後、偶然進路に居合わせた同じクラスの人間が引率の二年生と共に喰われる。

 

 

 主人公は帰還後にその事実を知り、冒険者という生業の無情さを学ぶ。

 なんならこのイベントによってヒロイン候補も確率で退場することがあった。

 

 

 また、場合によっては主人公パーティーが〈激怒の兎〉と鉢合わせる。

 主人公以外が全滅し、ヒロインの一人が目の前で喰われる、胸糞の悪いイベントとなっていた。

 初回プレイでパーティー全滅イベントに出くわした時、俺は半日寝込んだことを思い出す。

 

 

 俺は目を細める。

 兎の進行方向を見やった。

 原作通り進むなら、視線の先にいる、いずれかのパーティーが全滅の目に遭う。

 

 

(……原作主人公が女体化したいま、原作通り進むとは限らない。だから、誰かが必ず死ぬということもないはず、だ)

 

 

 リスクを承知で兎に挑むかどうか。

 三年後ラスボスに挑むのならば、リスクは取ったほうがいい。

 ──俺はかぶりを振った。

 

 

(低レベルでの〈激怒の兎〉の攻略は可能だ……。だが、パーティーメンバーの誰かが死なないとは限らない。むしろ、死ぬ可能性のほうが高いだろう)

 

 

 迷いが生じる。巻き込むべきかどうか。

 早鐘を打つ心臓が、俺にゲームと現実の違いを突きつけてくる。

 俺は歯を食いしばると共に、拳をきつく握りしめた。

 

 

「それにしても……周期が短くなってる? ……確かにこの前……」

 

 

「マリン殿、急がなくてもよろしいので?」

 

 

 小声で考えを巡らせるマリンに、カナメが尋ねる。

 マリンはうなずくと、反対方向の小径(こみち)へと杖を差し向けた。

 

 

「もう早めに帰還したほうがいいかもね。道中で簡単な魔物を倒してさ。ちゃんと生きて帰るのも、冒険者の仕事のひとつだよ?」

 

 

「で、でも、あれ、放っておいていいんですか? あれと遭遇する人たちがいたら……」

 

 

「甘く見ないほうがいいよ。あれは、君たちの敵う相手じゃない。レベル5に到達した上級生パーティーが挑むような相手だから──」

 

 

 心配するヒルダに対し、マリンが釘を刺そうとするその時。

 耳をつんざく悲鳴が上がった。

 

 

 

 

 俺は自問する。

 悲鳴を聞いたからといって、危機に飛び込んでいいのか、と。

 

 

 俺は自問する。

 見過ごすのが、いちばん正しい判断じゃないのか、と。

 俺の目標のために、仲間を危険に巻き込んでしまうのは間違っているんじゃないか、と。

 

 

 悲鳴を聞いた瞬間、マリンが走り出した。

 命大事にと口にしていた監督生が、迷わず危険の中心へ向かう。

 

 

 カナメも同じだった。

 銀の髪を揺らし、俺の横を駆け抜ける。

 俺だけが、一歩遅れていた。

 たまらず俺は呼び止める。

 

 

「カナメ、()せ! いまのは……っ!」

 

 

「──このカナメ・ビゼンを、信じられぬか!?」

 

 

「──っ」

 

 

 あいつはほんとうに自分が何をしに行こうとしているのか、わかっているのか?

 自信満々に走り抜ける銀の流星を見て、俺は胸元を強く握りしめる。

 彼女の啖呵を聞いて、胸の奥が熱くなった。

 

 

(なんだか、やらない言い訳ばかりを探しているな──)

 

 

 元より兎を狩るために準備してきたのはどこの誰だったか。

 俺は自分のことを、鼻で笑う。

 

 

 地面を蹴りつける。

 土が掘り起こされて草が舞った。

 前を行くふたりに、俺は追いつこうとする。

 

 

 一瞬後方を見たカナメと視線が合う。

 彼女の口元が、緩んだような気がした。

 

 

 

 

◆□◆

 

 

 

-カーラSide-

 

 

 

 カーラ・ソードマンの体は、岩壁に叩きつけられ、ずるりと滑り落ちた。

 

 

 カーラはもはや背中がどこにくっついているのかもわからなかった。

 カーラの右瞼は血で塞がり、息もままならない。

 呼吸に血液が混じっているのを、カーラは感じる。口からあふれ出る血を拭うこともかなわず、カーラは〈激怒の兎〉が近づく様を呆然と眺めていた。

 

 

 カーラは指先一つ動かすことができなかった。

 

 

 打ち下ろしの一撃はかろうじていなしたが、返しの突き上げをまともに受け、カーラはここにいる。

 

 

 たったの一撃だった。

 カーラが青春を捧げて育んだ矜持(きょうじ)は、利き腕と円盾が砕けたのと同時に容易く砕かれた。

 

 

 時の歩みが遅いと、カーラは感じる。

 カーラは次々と思い出す。自分たちを逃がそうとした引率の二年生、パーティを組んだ無口なスカウトの女子、後衛の男子ふたり……。

 

 

 パーティメンバーは、無事逃げることができたのだろうか。

 自分は、いいところを見せることはできただろうか。

 そう自問しては、カーラは自身を慰めた。

 

 

 獣に持ち上げられて、カーラの体は宙に浮く。

 よだれにまみれた、大きく開いた口を他人事のようにぼうっと眺める。

 

 

(……いいところ、なかった、かな)

 

 

 不意に去来する想いが、カーラの胸中を突き上げる。

 視界はぼやけた。

 カーラの目尻から溢れ出たものは、止めどなく流れ続ける。

 

 

(生きたい、な)

 

 

 獣の影がカーラを覆う。

 生暖かい吐息が、カーラの肌をなぞった。

 

 

 

 

 

 カーラは薄れゆく意識の中、足元になにかが転がり落ちた音を聞いた。

 

 

 それは音を発した。

 それは、まばゆい光を発した。

 それは、空気に伝播(でんぱ)して、体に振動を与えた。

 

 

 閃光の中、何者かが戦場に踊り出る。

 何も見えないはずなのに、安堵感のある、大きな存在をカーラは感じる。

 

 

 誰かが、助けに来てくれたの──?

 死に瀕した自分が見せた儚い錯覚なのかもしれない、とカーラは思った。

 

 

 〈激怒の兎〉の掴む力が弱まった。

 刹那、カーラの体が宙を舞う。

 

 

「があぁああッ!?」

 

 

 風を切り、いまにも地面に落ちかける瞬間、何かがカーラを受け止めた。

 肩に感じる厚い腕。

 包むような温かな気配。

 低く優し気な声がカーラの耳に届く。

 

 

(……君は──?)

 

 

 カーラの意識は、そこで闇に沈んだ。

 カーラの目に最後に映ったのは、瞳に赤い光を宿した、同じクラスの見知った青年の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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