ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第54話 カーラとマリーのデート大作戦

 

 

 春シーズン第十週七日目、朝。

 上級冒険者学校の黒鉄(こくてつ)の校門を抜け、俺は学院前通りへ向かう坂を(くだ)った。薄墨色の偏光グラスの縁を指で押し上げる。快晴。石畳から跳ね返る朝の光がまぶしく、熱のこもった肌へ細い風が差し込んできた。

 

 

 学生向けの商店街へ入るころには、首筋にうっすら汗がにじんでいた。レンガ色のシャツのボタンをひとつ外し、袖をまくった腕を上げて時計を見る。

 時刻は九時少し前。集合にはまだ余裕がある。

 

 

「あ、あれって……」「わ、わぁ……」

 

 

 通りのあちこちで声が途切れた。

 息を呑む気配が背中にまとわりつく。視線は偏光グラスにも、開けた胸元にも、露出した腕にも刺さってきた。

 

 

 この長身で筋骨隆々の体だ。中途半端な変装が目立たないはずもない。

 

 

 背後から知り合い五人分の熱まで感じる。

 主と従者、銀髪と金髪、黒のとんがり帽子の存在がちらつく。

 まあいい。尾行だろうが見物だろうが、差し迫った問題に比べたら些末(さまつ)なことである。

 

 

(……今日一日、カーラとマリーのアプローチに耐えないといけないって、マジ?)

 

 

 朝、もしもの保険に三人分の弁当を作っている途中、俺は気づいてしまった。

 

 

 あ、弁当持参とか、めっちゃデートじゃんね?

 

 

 いままではチームのためと、仕事モードで接していたので平静だった。一度意識してしまってからはもう駄目。鍋に火を入れていても、包丁を握っていても、原作ゲームで見た外出イベントの一枚絵が脳裏をちらつく。

 

 

『モブくん……』『モブ様……』

 

 

 肉体的接触まで入ったら、だいぶきつい。たぶん俺の心は持たない。だが、マリーは俺と手をつなぎたがるだろうし、好感度を下げないためには拒否もできない。むしろこっちから手を取る必要すらある。

 

 

 こいつはヘビーだ。

 貞操帯くんと、右手人差し指にはめた魅了対策アクセサリ『闇花(やみばな)()』くんの奮戦に期待するしかない。

 

 

 しかも怖いのは、接触だけじゃない。

 視覚を襲う暴力──私服が俺を待っている。

 

 

 もしカーラとマリーが見たことのない新衣装で来たら危険だ。原作ファンの心臓に、未知の私服は特効なのだ。

 

 

 入学以来、ふたりとは街で何度か顔を合わせてきたが、原作で見たことのない服を着ていることが多かった。それもそう。ゲームでは衣装差分に限りがあっても、現実にそんな制限などない。

 

 

 ふたりとも「楽しませる」と息巻いているであろう本気の外出日。

 服装によっては、俺の防御を軽々と貫通してくる。

 せめて今日は見たことのある格好でいてくれと、俺は本気で願った。

 

 

 

 

 長く緩い坂を(くだ)り切ると、学院前通りの三叉路へ出た。

 朝の水撒きが残る石畳は、薄い陽を鈍く返している。写本屋の戸は半分だけ開き、学術カフェの前には、まだ湯気の浅い茶が並び始めたばかりである。

 

 

 三叉路には朝の人波が絶えなかった。制服姿の魔術ギルド研究員や開店支度の店員、写本屋へ出入りする人影、休みの朝をゆっくり歩く市民が入り混じる。学院前通りらしい、学術と商売と生活が溶け合う流れだ。

 

 

 三叉路中央の隙間からは、水路がちらりと見えた。案内人が立って漕ぐ小舟に、朝の観光客が揺られていく。

 水の王国の都市らしい眺めだ。水の王国の一都市だけあって、交易都市ミカでは水を用いた娯楽が盛んである。

 漏れ伝わってきた話では、カーラとマリーも水にまつわるデートプランを組んでいるらしかった。

 

 

 腕時計を見る。集合時間の十五分前。

 俺はカーラとマリーの姿を探す。

 

 

(えー、ふたりは? ……Oh)

 

 

 三叉路の一角、街灯の下にふたつの色が並んでいた。

 月白に群青、それに赤茶。

 その時点で、新衣装だとわかる。喉がひとつ鳴った。

 

 

 カーラとマリーの前を通り過ぎた若い男たちが、そろって歩調を乱した。背の高いふたりを見上げては息を呑んでいる。

 

 

「きれ……」「いや、かわ……」

 

 

 飲み込もうとして飲み込み切れなかった声だけが、朝の風に散る。連れに肘で小突かれた連中は、慌てて視線を前へ戻していた。

 

 

 先に視線をさらったのはマリーだった。

 白布のオフショルダーのブラウス。白い袖はふくらみを持って手首で締まる。腰では群青の胴衣がきゅっと締まり、金ボタンが縦に並んでいる。そこから落ちるロングスカートは深い青を基調に、正面だけ少し明るい青が差し込まれていた。

 

 

 肩が出とるやないかい! 俺は奥歯を噛み締め、悲鳴を喉の奥へ押し込んだ。

 修道服の清楚さは残っているのに、輪郭はずっと艶やかだ。

 目のやり場に困る。困るのに、わずかに揺れた水色の髪が朝日を拾うたび、視線が勝手に吸い寄せられる。

 

 

 首に巻かれた〈才能封じの首輪〉の紫水晶が、白肌の上でひどく目を引いた。青いシスターヴェールを外した長い髪は、上だけ軽くまとめられ、波打つ毛先が胸元と背にやわらかくこぼれている。腰の細ベルトと小さなポーチ、茶革の細身ブーツが、清楚さの中に外出着らしい軽やかさを足していた。

 

 

 次に、カーラへ視線が滑る。

 生成り寄りのブラウスの上に、赤茶の短衣。胸元では山吹色のリボンがきちんと結ばれている。

 起伏のあるウエストからヒップのラインに沿うように濃茶の幅広い締め具が巻かれ、前には金具が縦に並んでいた。真面目な子が、今日のために頑張ってお出かけ着へ寄せてきた感じが強い。だからこそ、妙に刺さる。

 

 

 下は同じ赤茶の膝上(たけ)の半ズボンで、脚は黒のタイツがすらりと包んでいる。足元は折り返しのある編み上げブーツ。肩から斜めに掛けた小さな革鞄の紐が、白い胸元をすっと横切っていた。

 無造作なはずなのに、その紐がつくる陰影だけが妙に目を引く。本人はたぶん計算していないだろう。それが余計に危うく、俺の心の虎を駆り立てる。

 

 

 亜麻色の髪は後ろで丸くまとめられ、その根元に焦げ茶の大きなリボンが乗っている。さらに左右へ細い三つ編みが垂れ、頬の脇で揺れていた。

 

 

 髪を上げたことで印象がグッと変わる。

 俺、うなじが見える髪型に弱いんスよ……。足が止まり、動悸も止まりかける。

 

 

 お清楚なマリーに、真面目さの中へ可愛げを差してきたカーラ。

 方向性は違うのに、どちらも刺さる。

 俺の心臓はすでに爆発寸前であった。

 

 

「お、おはよう、ふたりとも。待ったか?」

 

 

 片手を上げながら近づく。もっと気の利いたほめ言葉を用意しておくべきだったが、いまの俺にそこまでの余裕はない。

 一歩、二歩と距離を詰めたところで、風に乗ってふたつの匂いがほどけた。マリーからは洗い立ての布と淡い花香油の匂い。カーラからは陽にあたった布地と革鞄の、素朴でやわらかい匂いが届いた。

 

 

 ふたりが同時に顔を上げる。

 次の瞬間、目を丸くして固まり、そろって鼻先を片手で押さえる。

 頬が朱に染まっている。熱を帯びた視線が、俺の偏光グラス、開けた胸元、袖をまくった腕へ順に突き刺さった。

 

 

「も、モブ様!?」

 

 

「お、お、おは……っ!?」

 

 

 あまりの挙動不審さに、かえって俺は冷静になる。

 なるほど。俺は俺で、カーラとマリーにはだいぶ攻めた格好に見えるらしい。

 

 

 俺は偏光グラスを持ち上げ、裸眼でふたりを見た。

 目の前で、ひゅっと息を呑む音が重なる。

 努めて冷静に、俺は言葉を紡いだ。

 

 

「ふたりとも似合ってるよ、すごく。ドキドキする」

 

 

 言った瞬間、マリーのまつ毛が細かく震えた。白い喉がこくりと上下し、全身に身震いが走っている。

 カーラに至っては肩ごと跳ねた。耳までしっかり赤い。

 

 

「も、モブ様のほうこそ……なんて情熱的な。とても、とてもお似合いですわ」

 

 

「すごく、すご……じゃ、なくてっ! あの、その、かっこいいです……」

 

 

 マリーは口元へ拳を寄せ、ひとつ軽く咳払いをした。無理やり呼吸を整えたのだろう。白い耳たぶの下で、結界印を刻んだ金のイヤリングが揺れる。

 カーラはカーラで、まだ視線をさまよわせたまま、反対の手で肘を押さえていた。

 

 

「ほめてもらえてうれしいよ。ちょっと待たせたか?」

 

 

「い、いえ! そんな待っておりませんので、ご安心を! ねえ、カーラ様?」

 

 

「うぇ!? そ、そう! 私たちもさっき来たばっかりなんだ! 全然待ってなんかないから!」

 

 

「そっか、それならよかった」

 

 

 明らかに嘘だろうが、そこは口に出さない。

 俺は偏光グラスを下ろし、ふたりへ手のひらを向けた。

 

 

「それじゃ、行こうか。さて、今日はどんな進行で?」

 

 

「で、では、始めは私が案内します」

 

 

 マリーが一歩前へ出た。心なしか、いつもの控えめな歩幅より半足ぶんだけ大きい。

 

 

「ああ。よろしく、マリー」

 

 

 やはり、カーラもマリーも、それぞれ個別にデートプランを考えてきたようだった。

 順番に、俺を楽しませに来ている。

 当初の目的忘れてないか?

 俺はひと息吐く。マリーに導かれるまま、交易都市ミカの城壁内へ歩き出した。

 

 

 

◆□◆

 

 

 

 マリーの案は、デートスポットである王女の泉で願い水を分け合ったあと、そのまま旅籠(はたご)〈王女の泉亭〉の日帰り湯殿へ入るというものだった。

 

 

「え? 風呂?」

 

 

「あ、あのその……。モブ様は湯浴みがお好きと、人づてにうかがってましたので……」

 

 

「ああ、毎日入るぐらいには。いいねいいね。ここに来るのは、ほんと久しぶりだなあ。和国風で、露天風呂もあって気持ちがいいんだ」

 

 

 アリスの入れ知恵と俺は推測する。

 その情報をマリーは真正面で受け止めたらしい。

 嫌いじゃない。嫌いじゃないが、初回の三人外出で切る札としてはだいぶ攻めている。そう思いながらも、せっかく予約までしてくれた好意を折ることはできず、俺たちはそのまま湯を借りた。

 

 

 湯そのものはよかった。露天は足を伸ばして浸かれる広さがあり、縁へ背を預ければ、それだけで全身の張りがするするとほどけていく。肩の力は抜けたし、日ごろのダンジョン攻略の疲れもやわらいだ。

 上がってからの楽しみもあった。マリーとカーラの体に吸い付いた浴衣など、眼福としかいいようがない。

 

 

 問題は段取りのほうで、湯上がりの休憩スペースで薬湯と薄菓子まで出されたころには、カーラの視線が何度も窓の外の陽へ向けられていた。

 

 

「カーラ? どうした?」

 

 

「うぇ!? な、なんでもない! だ、大丈夫……」

 

 

 マリーが〈王女の泉亭〉に案内した時から、カーラは終始うつむき加減であった。

 後半の前提が崩れたのだろうと察する。

 そのせいか、旅籠(はたご)を出たあと、カーラは自分の番を引っ込めようとした。

 

 

「わ、私はその、実はなにも考えてなくて……あはは……。す、すまない! そうだ、まだ早いけど、食事はどうかな? 行きたいところが──」

 

 

「ちょい待ち」

 

 

「──っ」

 

 

「んで、ほんとのところは?」

 

 

「あの、その……」

 

 

 カーラの目が泳ぐ。

 俺は手のひらを彼女に向け、促した。

 

 

「せっかく考えてきてくれたんだろ? 変えなくてもいい。そこに行こう」

 

 

「で、でも。体を洗ったばかりだから……。汗をかくと、思うし……」

 

 

「大丈夫だって。ちょうど、湯上がりに少し体を冷ましたかったところだよ。マリーもいいよな?」

 

 

「……は、はい」

 

 

 今度はマリーが青ざめる番だった。

 勝負ごとならしてやったりだろうが、今日は親睦を深めるための外出である。カーラの計画を崩してしまったことを、マリーもちゃんと気にしているようだった。

 

 

「で、もともとどこに行く気だったんだ?」

 

 

「あの、その、貸し舟屋さんに行って、川下りでも……って。モブくん、体動かすの好きって、前言ってたの思い出して……」

 

 

「おー、いいね。デートの定番だ。じゃあ〈七枚羽〉か? 湯上がりに風へ当たるのもいいもんだ。家帰ったらまた入ればいいし。じゃあ、案内頼む」

 

 

 カーラの用意していたデートプランは、水車河岸街の大水車〈七枚羽〉から出る貸し舟を使った遊びだった。みんなで協力してアルディノ運河の下流に向かって進む、実に本日の趣旨に沿った遊びである。

 

 

 舟の上の時間は、思っていたより穏やかだった。

 白く光るアルディノ運河。木と粉と水の匂い。湯上がりの熱を冷ます風。

 ゆるやかな河の流れに乗り、俺たちは下流へ向かって舟を進める。

 

 

 カーラとマリーは後ろでオールをひとつずつ握り、俺は前でオールふたつを舵取り代わりにさばく。たまに力がずれて舟がくるりと回るたび、三人分の焦りと笑い声が水面へ散った。

 

 

「マリーさん! 力入れすぎ……!!」

 

 

「す、すいません! きゃぁっ!?」

 

 

「だあっはっはっ、やっべ~! ふたりともその調子、その調子ぃっ!」

 

 

 他の舟に比べれば、俺たちの進みはだいぶのろかったが、他の誰よりも楽しんでいた気もする。

 

 

 そして最後に、一度だけ見事にひっくり返った。

 マリーが力を入れすぎた拍子に舟は転覆し、俺たちはそろってびしょ濡れになった。笑うしかないやつである。

 その際、貞操帯をつけていた俺は必死の形相で舟にしがみついた。旅籠(はたご)で外しときゃよかったと、俺は少しばかり後悔した。

 

 

 

◆□◆

 

 

 

「あ~笑った、笑った……」

 

 

「ほんっとうに、申し訳ありません……」

 

 

「こ、こちらこそ、合わせられなくて、すまなかった……」

 

 

 俺たちは舟を河岸へ寄せ、濡れたまま河川敷に腰を下ろしていた。

 拾い集めた枯れ枝へ火を移し、立ちのぼる熱に手をかざす。湯殿で温まったはずの身体は、さっきの転覆でまたすっかり冷えていた。

 

 

 俺は火から手を離し、濡れた袖口を軽くつまんだ。水はもう滴るほどではないが、布地はまだ重い。

 このまま食事どころへ入れば、椅子も床も確実に湿るだろう。昼時の店へ三人して転がり込む格好ではなかった。

 

 

「貸し舟屋に返すまでには時間がある。とりあえず、しばらく休憩するか。ふたりには確認したいこともあるし」

 

 

「は、はい。なんでしょう?」

 

 

「確認?」

 

 

 マリーが炎から視線を外す。

 カーラも同じように俺の顔を見つめる。

 

 

「ああ。今日はどうだった? 自分たちの立てた計画通り、上手く進んだか?」

 

 

「……」

 

 

「そ、その……」

 

 

 ふたりとも表情がぎこちない。

 居住まいを正して、俺のほうへ向いた。

 どちらも正座みたいな座り方になった。叱られる前の生徒そのもので、少しだけ笑いそうになる。

 だが、ここで茶化すのは違う。

 

 

「先に言っとくけど、すっごい楽しめたからな? ふたりと遊べて、よかった。湯殿は気持ちよかったし、疲れも取れた。舟もめちゃくちゃ笑った。今日の外出そのものは、ほんとに楽しかった」

 

 

 マリーがはっと顔を上げ、カーラの頬もわずかに緩む。

 

 

「その上で確認。ふたりは今日、思い通り進めれてたか?」

 

 

 短い沈黙。

 アルディノ運河を渡る風が、濡れた裾をひやりと撫でていった。

 マリーがしおしおと肩を落とす。

 隣のカーラも耳を伏せる犬みたいに目を逸らした。

 

 

 ためらいがちに、マリーは言葉を紡ぎ出した。

 

 

「……私は、ダメでした。モブ様を(いや)そうと、喜ばせようとばかり考えて、後のことを考えていなかったです。始めから湯浴みなんて悪手でした。……カーラ様は、三人で楽しもうと、していたのに。私のせいで──」

 

 

「ち、違うぞ!」

 

 

 (さえぎ)るや否や、カーラが顔を赤くする。

 なにやら自分で発した声に戸惑っている様子。

 俺は微笑ましくなり、黙ってカーラの次の言葉を待つ。

 

 

 半立ちになり、身振り手振りを交えながらカーラは続けた。

 

 

「ゆ、湯浴み、私もすごく、楽しめた! あんな大きくて立派なお風呂、初めてだったし感動した! 体も芯からあったまって、疲れも取れて、あの、その、とにかくすっごくよかった!」

 

 

「カーラ様……」

 

 

「その、私だって……モブくんに、楽しんでもらおうって思ってただけなんだ。マリーさんのことまで考えてたわけじゃない。結果的にみんなで楽しめただけだ……。マリーさんが何をするかなんて、私、深く考えてなかった」

 

 

 どちらも、自分の非だけを拾おうとしている。

 それはそれで真面目だが、たぶん核心が半歩ずれていた。

 

 

「最初から競わず、互いに意見をすり合わせておけばよかったな。そうしたら、川遊びしてから風呂って流れにもできたし」

 

 

「す、すみません……」

 

 

「ご、ごめん……」

 

 

「相談しなかった理由は……聞かないでおくよ」

 

 

 カーラとマリーが縮こまる。

 ふたりの口から理由を引き出したところで、さらに傷口をえぐるだけだろう。

 

 

 この世界の女子の生態から察するに、俺にいいところを見せようとしたというところか。

 競争社会に生きる者同士、競う選択肢を取ったのは自然なのかもしれない。

 

 

 湿っぽい空気を嫌って、俺はパンと手を打つ。

 ふたりが目をぱちくりするのを眺めながら、俺は言葉を続けた。

 

 

「まあ、思い通りには進まなかったけど、当初の目的は、ふたりとも達成できたみたいだな。前以上に、仲良くなれた」

 

 

 前と違い、カーラとマリーは肩が触れ合うぐらいには座ることができている。

 俺は微笑む。

 

 

「マリー。今日一緒にいて、カーラのことどう感じた?」

 

 

 今日の一連の体験を通して、カーラに対するマリーの警戒心がほぐれたのではないかと俺は期待する。

 

 

 マリーが隣のカーラに視線を差し向ける。

 水色の瞳に奥底を覗かれ、カーラの瞳が細かく揺れ動くも、やがて落ち着いた。

 顔を赤らめ、唇をキッと結びながらカーラはマリーの返答を待つ。

 

 

 ゆっくりとマリーは両手を差し出す。カーラのももに置かれた拳を、マリーは包み込んだ。

 

 

「そうですね──。より、仲良くしていきたいお方、と。そう思いました」

 

 

「あ、あ、ありがとう?」

 

 

「あの……。これからは、親しみを込めてカーラ、と呼ばせていただいても? 私のことはマリーと気軽にお呼びください」

 

 

「もちろんだ! ……ま、マリー。その、あの、これからもよろしく頼む」

 

 

「ふふ。ありがとうございます、カーラ」

 

 

 互いの胸の前でふたりは手を握り返す。マリーのほうも耳の先に赤みが差していた。

 その光景を見て、俺はうんうんと腕を組んでうなずく。

 

 

 マリーが自ら秘密を共有するかどうかは、あとは彼女の判断に任せたい。

 カーラがパーティに融け込む計画は進み、俺は満足だった。

 

 

 仕事モード終わり。俺は〈魔法の携帯袋〉から大きめの弁当を取り出す。目の前に置いた。

 

 

 朝のうちに詰めておいた包みを三つ、河岸の板の上へ並べる。

 〈魔法の携帯袋〉の中では時の進みが緩い。包みはまだ朝の空気を少し残していた。

 ずしりと板に乗せられたそれを見て、ふたりは目を丸くする。

 まだ中身を察してないらしい。

 

 

「も、モブ様、そちらは?」

 

 

「もしもの時のために、弁当持って来たんだ。腹減ったろ? 一緒に食べようぜ」

 

 

「お、お、お弁当~っ!? い、い、いいのか!?」

 

 

 それぞれに包みを手渡す。

 カーラもマリーも赤らんだまま、勢いよく手もとと俺に視線を行き来させる。

 そうまじまじと見ないでほしい。こっちも頬が火照り始める。

 

 

「それ、昨日の晩ご飯の残りだから。全然、全然気にしなくていいぞ? 手間、かかんなかったし」

 

 

 なに言ってんだ俺? 変にごまかしてしまい、なおさら頬が熱くなった。

 ふたりから顔を逸らし、別の方角を見る。

 自分の包みを開いて俺はもくもくと食事を始めた。

 うん、塩気のきいたおにぎりはやっぱ最高だな。

 

 

「こ、これが、昨日の晩ご飯?」

 

 

「ずいぶんと、種類が……」

 

 

 横目でちらと見る。カーラとマリーはお互いの弁当の中身を見比べていた。

 

 

 カーラへ渡した包みには、揚げ芋団子、黒胡椒を利かせた挽肉コロッケ、短めの腸詰め、塩気の強い芋粉ビスケットがぎっしり収まっていた。

 土の共和国の屋台をそのまま小箱に押し込んだみたいな中身だ。

 

 

 マリーの箱は、蜂蜜だれの小肉団子、甘口の卵焼き、果実蜜でやわらかく煮た根菜、白パン。別包みの小さな硝子瓶には、まだひんやりした牛乳プリンまで入っている。

 

 

「ああ、昨日の残り。めっちゃ豪勢だったよ、うん」

 

 

「──わざわざありがとう、モブくん」

 

 

 不意打ちみたいな言葉に、俺の耳がぴくりと動いた。

 顔を傾けると、弁当を膝に置き、胸元に手を添えるカーラの姿があった。

 彼女もまた、包みを見下ろしたまま頬を赤くしている。

 そして、意を決したように顔を上げた。

 

 

「あの、その、いつものダンジョン用とは違って、今日の私たちのために用意してくれたんだと思うと、すごくうれしい……。ありがたく、いただくよ。『女神の恵みに感謝を』」

 

 

「私もです」

 

 

 カーラの言葉を受けるように、マリーも小さくうなずいた。

 包みを胸元へ引き寄せる指先はおとなしいのに、水色の瞳だけは驚くほどまっすぐだった。

 

 

「あなたが私たちのためを想って作ってくれたこと、見ただけで伝わってきましたわ。それが、このうえなくうれしいです。──ほんとうにありがとうございます、モブ様。『女神の恵みに感謝を』」

 

 

 ふたりが指を組んで食事の前の祈りを捧げる。

 パーティ内で女神に祈りを捧げるのはカーラとマリーだけ。

 終えると、ふたりは顔を見合わせた。

 先に視線を逸らさなかったのは、今回はどちらでもなかった。少しだけ笑って、少しだけうなずき合う。

 

 

 まだ全部が噛み合ったわけではない。

 けれど、もうふたりのあいだでは、気まずい同席はなくなるだろう。

 

 

「おいひぃ……!」

 

 

「ああ、女神様……! 今日という日に感謝を……!!」

 

 

 幸せそうにご飯を頬ばるふたりを、俺は横目で見る。

 深呼吸をひとつ入れる。

 緩んでしまりのない顔を見られないよう、背けたまま俺はおかずを口に入れた。

 

 

 

◆□◆

 

 

 

-??? Side-

 

 

 交易都市ミカ城壁外南東、聖堂外苑の巡礼宿〈白虹館〉の一室。

 男は窓辺によって窓を閉める。

 窓を閉めてもなお、水路を渡る風の気配が薄く帳を揺らしていた。

 

 

 男は机を見下ろす。

 机の上には、地方広報組合版の新聞と、聖印で封じられた照会記録が並んでいる。

 聖女候補の春の査察巡礼、受け入れ実務、交通規制、施療受付、寄進窓口……。

 その中から、()じ紐の細い報告書を男は手に取る。

 封を切り、そこに記された名を男は無言で追った。

 

 

 マリー・バッドガール。

 

 

 蒼の神父服の上から白いストールが胸へ落ちる。

 片肩だけを守る聖騎士の肩当てが、灯りを鈍く返した。

 報告書の紙面には、女神教国への寄進と仕送りの照合、小教会〈聖滴の庵〉への出入り記録といった、乾いた実務記録が整然と並んでいた。

 

 

 男の指が同封の紙の一行目で止まる。半年前、女神教国で起きた事件の概要だ。

 被害教徒複数名のレベル低下。全員が対象を擁護。対象に欲情し、自己で発散したと証言。被害男子教徒に精神汚染の疑い、継続観察。

 

 

「……被害者がかばう、か」

 

 

 低い声が、誰に聞かせるでもなく落ちる。

 温厚な神父の顔に浮かんだのは、憐れみではなく、長く湿った警戒だった。

 

 

「『女神の導きに感謝を』。──淫魔とかかわるものに、鉄槌を」

 

 

 男は報告書を閉じる。擦れた肩当てが小さく鳴った。

 灯りが一つ消える。

 春の交易都市ミカに、灰色の影が静かに差し込もうとしていた。

 

 

 

 

 

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