ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
-モブSide-
「があぁああッ!?」
マジックアイテム〈閃光弾〉が弾けた。
真昼の陽光さえかき消すほどの白い閃光が視界を塗りつぶす。
鼓膜を裂く破裂音が耳の奥で反響する。
反射的にまぶたを閉じると、黒い幾何学模様が網膜に焼き付いた。
巨兎──〈激怒の兎〉が金切り声を上げる。
捕らえかけていたカーラを、兎は勢いよく放り投げた。
耳をつんざき、腹の底まで音は響く。
俺は必死に広場の中央へ駆ける。
宙を舞うカーラはまだ息がある。視界を赤く染めステータスを『視る』と、かすかに生命の糸は繋がっていた。
鎧を着こんだカーラが、真っ逆さまに宙から落ちる。
さらに俺は地に足を押し込んだ。
間に合えと念じる。滑り込んで腕を差し出す。
──衝撃。
地面すれすれで受け止めることに成功する。
痛みと重さで、息が止まりかけた。両腕と腹筋が悲鳴を上げている。
水中から顔を上げたときのように、俺は必死に呼吸を再開する。
視力を一時的に失った兎が付近の地面を踏みしだく。
その音が、やけに大きく耳に届いた。
苦痛を食いしばり、俺は血で濡れたカーラの肩と頬を見やる。
青白い肌を見て、俺は唇を結ぶ。カーラを脇にどかした。
兎が近くで暴れ回るにも構わず、その場で俺はしゃがみ込んだ。
腰に結んだ魔法の携帯袋の口を開く。手を突っ込んだ。
べったりと貼り付く温かい血が指を汚す。
上級回復ポーションを取り出し、蓋を弾き飛ばす。
深紅の液体をカーラの口に注ぎ込んだ。
「死ぬなよ」
無意識の独白が俺の喉を震わせる。
その間に銀の流星が、俺の脇を駆け抜けた。
「モブっ! 急げっ!」
カナメが兎と俺の間に割り込む。
兎の横合いから、逆袈裟の一太刀を放った。
兎の腹から血飛沫が跳ねる。深手とはならず、兎はなお吠えた。
まだ視力は戻っていないよう。
闇雲に、兎は地面を爪で掘り起こし、怒り狂いながら辺りに土砂を振りまく。
「ちぃっ!」
カナメが後方へ跳ぶ。
その瞬間を逃さず、俺はカーラを抱えて木陰へ走った。
背後で乾いた破砕音。土塊が降り注ぎ、地肌を叩いている。
兎が投げつけたつぶてを前に、カナメは左の中指と人差し指を立てていた。
『──水弾!』
銀色の魔力光が灯る。カナメが組んだ印から、水塊が生じた。
水弾が襲い来るつぶてを飲み込み、地面に落ちる。水たまりが形成された。
その間に俺は木陰で膝をつき、カーラを横たえる。
ポーションだけでは出血が止まらない──呼吸が浅い。
遅れてやってきたマールとヒルダ、そしてマリンの姿を俺は視界の端に捉える。
いいタイミングだ。俺は大声で指示を飛ばした。
「ヒルダ! マール! この子を頼む! 俺は戻る!」
「ま、待って、この傷、私……っ」
「できるさ、頼む!」
「ううぅ……っ! わかりましたっ!」
「私も行くよっ! お、男の子に任せっぱなしなんて、女が廃るからねっ!」
「マールはあっちにいる二年生の救助を頼む! まだ息はある!」
「──えっ? あ、わ、わかったっ!」
俺の指差した方向には血だまりに倒れ伏す瀕死の二年生がいた。
視界を赤染めにしてみたところ相当にまずい。いますぐにでも回復が必要だ。
「ぜぇっ……! き、君たち、逃げない、と……! あとは、私が……っ!」
俺はマリンを見上げる。ドリアードの杖に全体重をかけ、マリンは呼吸を整えている。
俺は首を振る。
弓と毒薬を魔法の携帯袋から取り出す。毒薬を足元に落とし、紫の毒だまりを矢じりですくってから、俺は矢をつがえた。何本か、矢を毒だまりに浸けておく。
兎が首を振り、四つん這いになった途端、空気が震えた。
ステータスを見ると〈状態異常:暗闇〉は解けている。
喉奥から噴き出す咆哮。
草原が波打ち、真昼の空気が音で歪む。
「ガァアアアアアアアアアッ!!」
矢をつがえた指が震える。落としかける。心臓が止まりそうだった。
これが、これが特殊徘徊魔物なのか。
殺意にあふれたまなこは深紅に輝き、巨岩を容易くえぐる爪は、足元の土に傷跡を残す。
挑む者を後悔させる恐怖の象徴が俺たちに迫る。
膝が震える。
マールもヒルダも顔色を変え、手を止めてしまった。
「かぁつっ!!!!」
「──っ!?」
兎の真正面。刀を正眼に構えたカナメが咆哮を上げる。
彼女は兎に──いや、俺たちパーティメンバーに向かって言ってのけた。
「恐れるな! 我は、幼きみぎりより
カナメの口上を無視して、兎が飛びかかる。
巨体が浅い弧を描く。押しつぶす気だ。
彼女は組み伏せられる前に、垂直に跳び上がる。
眼下の兎に向かい、彼女は言い放った。
「我は、カナメ・ビゼンなり!!」
高く掲げた刀が陽を照り返す。
入れ替わりで着地した兎を狙う。
振り下ろされた一線は、白銀の稲妻となった。
□
カナメの上段斬りは兎の片耳を切り落とし、肩口を深く抉った。
──抉っただけであった。
銀刃は骨を割りきれず、肉に噛み込んだまま止まる。
兎の顔がゆっくりと横向き、赤い瞳がぎろりとカナメを射貫く。
「カナメッ! 離れろ!」
呼ぶより速く、カナメは柄を放す。
刹那、兎の鉄槌めいた右腕が空を裂いた。
「~~っ!?」
研ぎ澄まされた一撃は、カナメの腹を薙ぐ。
カナメは後方に受け身を取り、腹を押さえながらうずくまった。
藍の小袖が破れて銀糸の
俺は歯噛みする。
反射で弓を引き絞り、
一本は兎の腹の傷口と刀の隙間に食い込む。
もう一本は右腿を跳ねて、地面に落ちた。固い──。皮の薄いところ狙う必要がある。
兎が、刀も矢も抜こうともせず怒声を上げる。
肩に突き立ったままの刀身が、不気味に震えた。
兎の巨躯がわずかに膨らむ。
肩から首筋へ走る筋繊維が縄のように盛り上がり、銀の刀身を締め上げた。
キィィイイ──金属とも筋肉ともつかぬ悲鳴。
刃が弓なりにしなり、はじけた。
「馬鹿なっ!?」
「そんなん、ありかよ──」
乾いた破砕音と同時に、刀身は根元から折れる。
光の破片を撒き散らして飛んだ。
脈打つ腹の傷口に、矢だけがなお残っている。
「オォオオオオッ!!」
『──来たれ、
兎が襲い掛からんとする前に、マリンが立ち塞がる。
杖を前に突き出しながら、マリンが叫んだ。
橙色の魔力光が杖先に灯り、ものの数瞬で二体の岩人形が俺の目前に隆起する。
両腕を広げる兎に向かって、岩人形たちが突進を始めた。
兎が振りかぶる。巨大な爪が岩に食い込んだ。
岩人形に三条の亀裂。
一体の右腕が砕け散った。
石つぶての嵐が吹き付け、後ろにいた俺とマリンを襲った。
「ぐぅっ!」
俺は顔を腕で覆う。何個か細かなつぶてが腕と腹を直撃した。顔を歪める。
隣に立つマリンも、痛みからかうなり声を上げる。
目立った外傷はないものの、紫のローブの端々が汚れていた。
俺の心臓は信じられない速度で鼓動を刻む。
死神が距離三メートル内にいることを、俺は実感する。
俺は死を強く意識し始めた。
俺と〈激怒の兎〉。
力量の違いから、俺の攻撃は当たっても怯むこともない。
一方で、俺の防御は紙のように切り裂かれ、耐え切ることもできない。
普通に戦えば、蹂躙される。
──だが、もう布石は打った。
あとは……。
俺は兎の腹に刺さったままの矢をちらと見た。
姿勢を正す。
よどみない動きで魔法の携帯袋の口を開く。手を突っ込んだ。
岩人形が兎の足止めをしているうちに、やるべきことを果たそうとする。
黒い球体を手に取る。俺は取り出したそれを、勢いよく地面に叩きつけた。
〈暗闇の雲〉。周囲五メートルに黒い雲を展開するマジックアイテム。
範囲内にいる間、対象の生物は視界不良となり、相手を捉えることが困難になる。
展開後、俺は隣のマリンの手を取り、素早く移動した。
暗闇の範囲を抜け、カナメの位置へ。
次の展開に備える。
「も、モブくん、カナメちゃん、下がってて! もう十分! あとは私が時間を稼ぐ!」
膝がしらに手を乗せ、肩で息をするマリンが悲痛な声をあげる。
俺は再度、首を横に振った。
「お気持ちは嬉しいですが、俺はまだいますよ」
「──邪魔だって言ってるんだよ! 君たちを巻き込んだのは不本意なんだ! いまなら逃げ切れる!」
「──前衛もなしに、戦線の維持はできません。残ります。役に立てます。いまさらでしょう。乗り掛かった舟だ、最後までやりますよ」
マリンがいくら実力者で、レベルの高い冒険者といえども、兎相手にひとりで戦うには厳しい。
もうひとりの二年生の救助が終わるまでマリンは戦い続けることだろう。
ひとり残したマリンの暗い未来など、俺は想像したくなかった。
「こんの……っ!」
「勝算は、あるみたいだな?」
カナメの手のひらは銀色の魔力光をまとっていた。
腹を抑え、自己回復に専念している。
俺の発言から、自信を読み取ったのか。カナメが問いかけてくる。
俺は素直にうなずいて返した。
「ああ。──貴重な毒を仕込んだ」
視界を暗闇の雲で封じる前、兎の瞳孔が針の点のように縮んでいたのを、俺は思い起こす。
俺が先ほど兎に喰らわした矢には、学校の隠し宝箱から入手したレアアイテム〈エキドナの毒〉が塗布されていた。
原作ゲーム内の毒薬でも効力が高い一品。
毎ターン最大体力の一割を削る状態異常〈猛毒〉を付与できる。
夜から朝にかけてレアアイテムを探し回った甲斐はあった。
今後も役に立つ虎の子のアイテムを消費したことに、俺はなんら後悔も抱かなかった。
「相手は猛毒状態。現在体力半分。目標は、毒で削り切り。時間稼ぎ、頼めるか?」
「──無論。我を誰だと?」
光属性魔法による治癒を終えたカナメは、腰の小太刀に手をかけた。
互いに目配せし、俺たちはうなずきあう。
「先輩、援護頼みます」
「~~っ! わかったよ! 指示は君に任せたから! 君なら、できるでしょ!?」
マリンの大胆な提案を聞き、俺は目を見開いた。
俺の持つ特異な目の有用さを、マリンは先の戦闘で感じ取ったのだろうか。
「──はいっ」
俺はすかさず返事をする。
迷いはなかった。全幅の信頼を寄せられて、俺は奮起する。
相手はレベル5の特殊徘徊魔物。生きるか死ぬかの瀬戸際──。
俺はまぶたに手をかざし『奥の手』を準備する。
目の奥に力を入れる。頭に割れるような鋭い痛みが走った。
震える指先を、俺はまぶたから放す。
モブ・アイカータが持つ
いまの俺で、何秒耐えることができるか。
限界を越えたらぶっ倒れる。
──だが、やるしかない。
視界のふちが真っ赤に染まる。
ありとあらゆる文字列と数値が痛みと共に、俺の脳内に流れ込む。表示は目まぐるしく、視界の中で変動していく。
割れるような頭痛に、俺は歯を食いしばった。
暗闇の中で岩人形が足止めを果たしているのがはっきり見える。
まるで時の淀みが遅くなったよう。
中で暴れる兎の一挙手一投足までも、俺の目は正確に捉える。流れ込む文字列と数値をもとに、次の動きを予測し続ける──。
岩人形の破片と思しき石つぶてが闇の外に排出された。最後の人形が力尽きる。
風圧が暗闇を割く。
飛び出してきた兎を、俺たちは迎え撃った。