ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第7話 特殊徘徊魔物との死闘

 

 

 

-モブSide-

 

 

 

 

「があぁああッ!?」

 

 

 マジックアイテム〈閃光弾〉が弾けた。

 真昼の陽光さえかき消すほどの白い閃光が視界を塗りつぶす。

 鼓膜を裂く破裂音が耳の奥で反響する。

 反射的にまぶたを閉じると、黒い幾何学模様が網膜に焼き付いた。

 

 

 巨兎――〈激怒の兎〉が金切り声を上げる。

 捕らえかけていたカーラを勢いよく放り投げた。

 

 

 耳をつんざき腹の底まで響く音をかき分け、俺は広場の中央に走る。

 宙を舞うカーラはまだ息がある。『視る』と、微かな生命の糸が繋がっていた。

 

 

 滑り込んで腕を差し出す。

 ――衝撃。

 地面すれすれで受け止めることに成功する。

 息が止まりかけた。水中から顔を上げたときのように、俺は必死に呼吸を再開する。

 

 

 血で濡れたカーラの肩と頬を見やる。

 兎が草を踏みしだく音が、やけに大きく響く。

 

 

 俺は唇を結び、魔法の携帯袋に手を突っ込んだ。

 べったりと貼り付く温かい血が指を汚す。

 上級ポーションを取り出し、蓋を弾き飛ばして深紅の液体をカーラの胸元へ浴びせる。

 

 

「死ぬなよ」

 

 

 無意識の独白が喉を震わせる。

 

 

「モブっ! 急げっ!」

 

 

 カナメが兎と俺の間に割り込み、逆袈裟の一太刀を放つ。

 血飛沫が跳ねる。だが骨は断ち切れず、兎はなお吠えた。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

 カナメが後方へ跳ぶ。

 その瞬間を逃さず、俺はカーラを抱えて木陰へ走った。

 背後で乾いた破砕音。土塊が降り注ぎ、地肌を叩いている。

 

 

 兎が投げつけたつぶてを前に、カナメは左の中指と人差し指を立てた。

 

 

『――水弾!』 

 

 

 水塊でつぶてを止める?

 俺は驚く。

 カナメの指先から水弾が飛び、兎の足元で弾けた。

 

 

 泥と水飛沫。

 勢いを失ったつぶては地面に水とともに落ち、カナメと兎の間に水たまりができた。

 

 

 俺は膝をつき、カーラを横たえる。

 ポーションだけでは出血が止まらない――呼吸が浅い。

 

 

 遅れてやってきたマールとヒルダ、そしてマリンの姿を俺は視界の端に捉える。

 

 

「ヒルダ! マール! この子を頼む! 俺は戻る!」

 

 

「ま、待って、この傷、私……っ」

 

 

「できるさ、頼む!」

 

 

「ううぅ……っ! わかりましたっ!」

 

 

「私も行くよっ! お、男の子に任せっぱなしなんて、女が廃るからねっ!」

 

 

「マールは反対側にいる二年生の救助を頼む! まだ息はある!」

 

 

「――えっ? あ、わ、わかったっ!」

 

 

 俺の指差した方向には血だまりに倒れ伏す瀕死の二年生がいた。

 彼女はカーラの前にやられたのだろう。

 

 

「ぜぇっ……! き、君たち、逃げない、と……! あとは、私が……っ!」

 

 

 ドリアードの杖に全体重をかけてマリンは呼吸を整えている。

 息絶え絶えのマリンに向かって、俺は首を振る。

 弓と毒薬を魔法の携帯袋から取り出して、矢をつがえた。

 

 

 兎が首を振り、四つん這いになった途端、空気が震えた。

 喉奥から噴き出す咆哮。

 草原が波打ち、真昼の空気が唸る。

 

 

 これが、これが特殊徘徊魔物なのか。

 殺意にあふれたまなこは深紅に輝き、巨岩を容易くえぐる爪は、足元の土に傷跡を残す。

 

 

 挑む者を後悔させる“恐怖の象徴”が迫る。

 

 

 膝が震えそうになる。

 マールもヒルダも顔色を変え、手を止めてしまった。

 

 

「かぁつっ!!!!」

 

 

「――っ!?」

 

 

 物おじせず、カナメが咆哮を上げる。

 刀を正眼に構えた彼女が、兎に――いや、俺たちパーティメンバーに向かって言ってのけた。

 

 

「恐れるな! 我は、幼きみぎりより(くらい)高き姉に挑み、幾度となく勝利を引いてきた! 同胞(はらから)よ! 兎恐れるに足りず! 我を信じよ! 我は和国将軍家次男! 我は――!」

 

 

 一拍、カナメは呼気を飲み込んだ。

 

 

 カナメの口上を無視して、兎が飛びかかる。

 巨体が浅い弧を描く。

 彼女は組み伏せられる前に、垂直に跳び上がる。

 眼下の兎に向かい、彼女は言い放った。

 

 

「我は、カナメ・ビゼンなり!!」

 

 

 高く掲げた刀が陽を照り返す。

 入れ替わりで着地した兎を狙う。

 振り下ろされた一線は、白銀の稲妻となった。

 

 

 

 

 カナメの上段斬りは兎の片耳を切り落とし、肩口を深く抉った。――抉っただけであった。

 

 

 銀刃は骨を割りきれず、肉に噛み込んだまま止まる。

 

 

 巨大な頭が鈍い音を立ててめぐり、赤い瞳がぎろりとめくれた。

 

 

「カナメッ! 離れろ!」

 

 

 呼ぶより速く、カナメは柄を放す。

 刹那、兎の鉄槌めいた右腕が空を裂き、残像だけを残して彼女の影を薙いだ。

 

 

 藍の小袖が破れて銀糸の帷子が露わになり、朱が一筋走る。

 しかし刃は抜けない。兎の肉が刀身を咥え込んで離さなかった。

 

 

「~~っ!?」

 

 

 カナメは獲物をすんでのところで手放す。

 〈激怒の兎〉は刀を左肩に食い込ませたまま、右手を振るった。

 

 

 研ぎ澄まされた一撃は、カナメの腹を薙ぐ。

 カナメは後方に受け身を取り、腹を押さえながらうずくまった。

 藍の小袖が裂かれ、帷子を破り、腹部からわずかに血が流れていた。

 

 

 俺は歯噛みする。

 反射で弓を引き絞り、毒箭(どくせん)を二本連射する。

 一本は兎の胴の傷口に食い込む。

 もう一本は右腿を跳ねて外れた。

 

 

 兎が、矢を抜こうともせず怒声を上げる。

 肩に突き立ったままの刀身が、不気味に震えた。

 

 

 兎の巨躯がわずかに膨らむ。

 肩から首筋へ走る筋繊維が縄のように盛り上がり、銀の刀身を締め上げた。

 

 

 キィィイイ――金属とも筋肉ともつかぬ悲鳴。

 刃が弓なりにしなり、はじけた。

 

 

「馬鹿なっ!?」

 

 

「そんなん、ありかよ――」

 

 

 乾いた破砕音と同時に、刀身は根元から折れ、光の破片を撒き散らして飛んだ。

 血と鉄片が混ざって地を叩き、肩肉の奥に残った欠片だけが脈打つ傷口でなお銀光を放っている。

 

 

「オォオオオオッ!!」

 

 

『――来たれ、石の双壁(ツインゴーレム)!』

 

 

 マリンが叫ぶ。

 二体の岩人形が俺の目前に隆起した。

 両腕を広げる兎に向かって、岩人形たちは突進する。

 

 

 巨大な爪が三条走る。

 岩人形に亀裂。

 一体の右腕が砕け散った。

 石つぶての嵐が吹き付け、俺とマリンを襲った。

 

 

「ぐぅっ!」

 

 

 俺は顔を腕で覆う。何個か細かな礫が腕と腹を直撃し、顔を歪めた。

 隣に立つマリンがうなり声を上げる。

 目立った外傷はないものの、紫のローブの端々が汚れていた。 

 

 

 俺の心臓は信じられない速度で鼓動を刻む。

 死神が距離三メートル内にいることを、俺は実感する。

 俺は死を強く意識し始めた。

 

 

 俺と〈激怒の兎〉。

 力量の違いから、俺の攻撃はあたっても怯むこともない。

 一方で、俺の防御は紙のように切り裂かれ、耐え切ることもできない。

 普通に戦えば、蹂躙される。

 

 

(――だが、もう布石は打った。あとは……)

 

 

 俺は兎の胴に刺さった矢をちらと見た。

 姿勢を正す。

 よどみない動きで携帯袋に俺は手を突っ込む。

 岩人形が兎の足止めをしているうちにやるべきことを果たす。

 しゃがみ込んで、俺は取り出したマジックアイテムを地面に叩きつけた。

 

 

 〈暗闇の雲〉。周囲五メートルに黒い雲を展開するマジックアイテム。

 範囲内にいる間、対象の生物は視界不良となり、相手を捉えることが困難になる。

 

 

 展開後、俺はマリンの手を取り、素早く駆け抜けた。

 暗闇の範囲を抜け、カナメの位置へ。

 次の展開に備える。

 

 

「も、モブくん、カナメちゃん、下がってて! もう十分! あとは私が時間を稼ぐ!」

 

 

 膝がしらに手を乗せ、肩で息をするマリンが悲痛な声をあげる。

 俺は再度、首を横に振った。 

 

 

「お気持ちは嬉しいですが、俺はまだいますよ」

 

 

「――邪魔だって言ってるんだよ! 君たちを巻き込んだのは不本意なんだ! 今なら逃げ切れる!」

 

 

「――前衛もなしに、戦線の維持はできません。残ります。役に立てます。今さらでしょう。乗り掛かった舟だ、最後までやりますよ」

 

 

 マリンがいくら実力者で、レベルの高い冒険者といえども、兎相手に一人で戦うには厳しい。

 もう一人の二年生の救助が終わるまでマリンは戦い続けることだろう。

 一人残したマリンの暗い未来など、俺は想像したくなかった。

 

 

「こんの……っ!」

 

 

「勝算は、あるみたいだな?」

 

 

「ああ。――貴重な毒を仕込んだ」

 

 

 カナメの手のひらは白き光をまとっていた。

 腹を抑え、自己回復に専念するカナメに、俺はうなずいて返した。

 兎の瞳孔が針の点のように縮んでいたのを、俺は思い起こす。

 

 

 俺が先ほど兎に喰らわした矢には学校の隠し宝箱から入手したレアアイテム〈エキドナの毒〉が塗布されていた。

 

 

 ゲーム内の毒薬でも効力が高い一品で、原作では毎ターン最大体力の一割を削る状態異常〈猛毒〉を付与することができた。

 

 

 夜から朝にかけて学内のレアアイテムを回収しに回った甲斐はあった。

 今後も役に立つ虎の子のアイテムを消費したことに、俺はなんら後悔も抱かなかった。

 

 

「相手は猛毒状態。現在体力半分。目標は、状態異常の維持。行けるか?」

 

 

「――無論。我を誰だと?」

 

 

 光魔法による治癒を終えたカナメは、小太刀に手をかけた。

 互いに目配せし、俺たちはうなずきあう。

 

 

「先輩、援護頼みます」

 

 

「~~っ! わかったよ! 指示は君に任せたから! 君なら、できるでしょ!?」

 

 

 マリンの大胆な提案を聞き、俺は目を見開いた。

 俺の持つ特異な目の有用さを、マリンは先の戦闘で感じ取ったのだろうか。

 

 

「――はいっ」

 

 

 俺はすかさず返事をする。

 迷いはなかった。全幅の信頼を寄せられて、俺は奮起した。

 

 

 俺はまぶたに手をかざす。

 『奥の手』を準備する。

 準備を終えるとともに、頭に割れるような鋭い痛みが走った。

 震える指先を、俺はまぶたから放す。

 

 

 ――視界のふちが真っ赤に染まった。

 

 

 ありとあらゆる情報が俺の脳内に流れ込む。

 暗闇の中で岩人形が足止めを果たしている。

 激突音が鳴るにつれ、岩人形の破片と思しき石つぶてが闇の外に排出された。

 中での戦闘の激しさを物語る。

 

 

 暗闇が割れる。

 風圧。飛び出してきた兎を、俺たちは迎え撃った。

 

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