ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第64話 カイウス・オルフェン

 

 

 

 地下礼拝堂の冷えた空気の中で、セレスティーネの白い裾が一歩だけ祈祷陣へ近づいた。

 小祭壇の女神像から落ちる乳白色の灯りが、淡金の髪と青いリボンを淡く照らす。上の礼拝堂でマリーへ頬ずりしていた時の無邪気な明るさは、もう彼女の顔に残っていない。

 

 

 それでも、たたえられた表情は、怒りではなかった。

 垂れた薄桜色の目は、俺の足元に置いた三つの袋、カイウスの硬い横顔、そしてマリーの表情を順に確かめている。

 友人として飛び込むのではなく、立会人として場を止める。

 そう決めたものの沈黙が、地下堂の光を少しだけ重くした。

 

 

「そこまでにしましょう」

 

 

 セレスティーネが、凛と告げた。

 声は荒げていない。けれど、誰も聞き流すことができない硬さがあった。

 

 

「ここは、断罪の場ではありません。確認の場です。そうでしょう、カイウス」

 

 

「……はい。セレスティーネ様」

 

 

 カイウスが短く目を伏せる。

 従順ではない。ただ、立会人の言葉を無視できないだけのように、俺の目に映る。

 そのふたりの噛み合わなさに、俺は思わず眉をひそめた。

 

 

 カイウスが用意した人物にしては、セレスティーネはあまりにもマリーに(くみ)しすぎている。

 話し合いによって解決する道もあるのではと、俺はわずかに期待した。

 

 

 セレスティーネが再度、マリーへ顔を向ける。

 叱責ではない。その目元が、傷口へ布を当てる前のようにやわらぐ。

 マリーの強ばっていた指先が、胸元でかすかにほどけていた。

 けれど、セレスティーネは近づかない。立会人として場を整える必要があるのだろう。

 

 

「モブさんも。場を試すような言い方は、あまり感心しません」

 

 

「失礼しました」

 

 

 セレスティーネは俺の足元に置かれた三つの袋をもう一度見る。

 それからカイウスへ視線を戻した。

 

 

「開かない。身につけない。足元へ置く。それで進めましょう。袋があるだけで滞るのなら、それはもう確認ではありません」

 

 

 カイウスの灰色の瞳が、ほんの一瞬だけ細くなる。

 だが、彼は反論しなかった。

 

 

「では、カイウス。確認を。まずは、マリー本人の口から聞きましょう」

 

 

「──セレスティーネ様。私は、見誤っておりました」

 

 

 カイウスが目を伏せる。小さく首を振った。

 片肩を覆うプレートが、祈祷陣の光を鈍く揺らして沈む。

 次に上がった灰色の瞳からは、さきほどまで残っていた迷いの揺れが消えていた。

 

 

「カイウス?」

 

 

「私は、あなたとマリー・バッドガールの友誼(ゆうぎ)の深さを見誤っておりました。まさか、あなたがそれほどまでにマリー・バッドガールに入れ込んでいたとは……。このままでは、あなたは彼女を守るでしょう。女神教の聖女候補としてではなく、友として。ままならぬものです」

 

 

 そう言いながらカイウスは腰の袋から、丸めた白い魔力紙を素早く取り出す。

 

 

「叱責は、(のち)ほど受けます」

 

 

 低いつぶやき。

 振り返ったセレスティーネから、カイウスは目を背けず、まっすぐ見返す。

 彼は魔力紙を胸の前で開いた。

 

 

 俺はその紙に見覚えがあった。魔道具店で販売している──魔法を封じ込めた紙、スクロール。

 この場でカイウスが発動するであろう魔法はただひとつ。

 

 

 セレスティーネを挟んだ位置では、俺が踏み込むよりも言葉を発するほうが早い。

 カイウスは灰色の魔力光をスクロールに通す。

 紙面の端に刻まれた小さな聖印まで、細い光が走った。

 

 

『〈光輝地帯(ラディアント・ゾーン)〉』

 

 

「カイウス!!」

 

 

 セレスティーネが叫ぶ。

 聖女候補として神前の狼藉(ろうぜき)(とが)めたのか。友人としてカイウスの暴走を止めようとしたのか。

 

 

 地下礼拝堂の床に、水面のような光の膜が走る。壁の聖素結晶が共鳴し、乳白色の輝きが一気に強まった。小祭壇の女神像の輪郭がぼやけ、空気に細かな光の粉が満ちていく。

 光は、小祭壇脇にある奥の冷暗薬草庫の手前まで広がった。

 

 

 熱はない。

 なのに、肌の表面だけを薄い刃でなぞられるような圧があった。

 

 

「なにをしているのです!」

 

 

「御覧なさい、セレスティーネ様。私が暴きたかったものが、それ(・・)です」

 

 

「!?」

 

 

「っ……!」

 

 

 マリーが膝を折りかけた。

 カーラが咄嗟(とっさ)に肩を支える。

 

 

「マリー!」

 

 

 カーラの呼びかけに、マリーは答えない。

 マリーは胸元の首輪を押さえ、息を詰めていた。

 白い頬から血の気が引いていく。水色の瞳が潤み、額に汗が浮かぶ。膝をつかないよう必死に踏ん張っているのが、見ていて分かった。

 薄青の施療布ケープの裾が、光の中で震える。

 

 

 レベル3の光属性地形魔法、〈光輝地帯(ラディアント・ゾーン)〉。

 隠密を潰し、闇属性に寄ったものを弱らせる。淫魔やアンデッド系には、立っているだけできつい地形だ。

 

 

「古来、聖騎士とエクソシストは〈光輝地帯〉の上で、淫魔との戦いを制してきました。魔に通ずるものは、この輝きに焼かれ、力を削がれる。どうやら、私の予測は当たっていたようだ。マリー・バッドガール、やはりあなたは──」

 

 

 カイウスが前に出る。セレスティーネに並んだ。

 柄に手をかけ、騎士剣を抜く。

 

 

「淫魔だ」

 

 

 低く、なのに通る音。

 声だけ聞けば、教本を読み上げているようだった。

 

 

「……やめてください」

 

 

 カーラの声が漏れた。

 それは抗議というより、悲鳴に近かった。

 

 

「あなたもまた、淫魔に魅入られてしまった被害者ですね。離れなさい。淫魔は等しく滅しなければならない」

 

 

 カイウスが冷たく返す。

 カイウスの隣に立つ、セレスティーネの唇から色が消えていた。

 伸びかけた右手が、胸元の手前で止まる。薄桜色の瞳だけが、マリーを追っていた。

 

 

「マリー……」

 

 

「セレス、私は……」

 

 

 マリーは何かを言おうとして、言葉を飲み込んだ。

 否定できない。

 そういう顔だった。

 

 

 剣を抜かれた以上、確認の場は終わった。

 俺は自分の〈魔法の携帯袋〉を拾い上げる。手早く腰にくくりつけた。

 その指先で、外套の影に小さな赤い魔力光を灯す。

 

 

 通信魔法。声にはしない。

 アリスと商会人員へ「交渉決裂。事態急変。礼拝堂突入。交戦禁止」と短く送る。

 返答は待たない。

 一歩、前へ出る。

 光の膜が足元で揺れた。

 

 

「それで?」

 

 

 カイウスが俺へ向き直る。

 

 

「それで、何が確定したんですか」

 

 

「……モブ・アイカータ」

 

 

「〈光輝地帯〉は、相手の素性を暴くための魔法じゃない。本人の体質や才能(タレント)によって、反応した事例もある。昔、あんたたち女神教徒が男神教狩りと称して無辜(むこ)の人間を処刑した件と一緒だ」

 

 

 事前準備していた言葉を放つ。

 自分でも驚くほど、声は冷えていた。

 袋から俺は固有品ダガー〈貫く火烏(ひう)の爪〉を取り出す。

 祈祷陣のあいだに立った。

 

 

 カイウスは剣を下ろさず、俺に切っ先を向ける。

 俺もまた、カイウスに呼応してダガーを構えた。

 両刃が、乳白色の光を返す。

 

 

「カーラ、マリーを連れて離れてくれ。……セレスティーネさん、あんたはこれでいいのか?」

 

 

「……セレスティーネ様、あなたも女神教の聖女候補。何をなすべきかは、おわかりでしょう。階上のふたりも、定めた時刻になれば下へ来る手筈です」

 

 

「……っ」

 

 

 俺は右手でダガーを構えたまま、左手の指先だけを外套の内側へ沈める。

 小さな赤い魔力光を、もう一度だけ灯した。

 ルールルーへ指示を飛ばす。地下に来る前、すれ違いざまに〈第四の目〉で見た聖騎士たちの情報も併せて送った。

 階上の聖騎士ふたり。定刻で下りる。レベル5とレベル4。足止め頼む。

 通信を終えた時には、左手側にいたカーラがマリーを抱えて立ち上がっていた。

 

 

 カイウスが踏み込む。

 祈祷陣をひと息で越える。凶刃がカーラに伸びた。

 俺はダガーの腹で、振り下ろされたそれを受け止める。

 

 

 ギィン……!

 

 

 金属音が、地下礼拝堂の石壁を打った。

 短い火花が散り、足元の光の膜に赤い反射が走る。鍔迫り合いの重みが手首を沈ませ、ブーツの底が祈祷陣の縁でわずかに滑った。

 

 

 祈りのために描かれた円が、いまは俺とカーラたちを分ける境界になっている。

 カイウスの立ち位置は、ちょうど入り口を塞ぐ形。

 部屋を出ようとすると剣先が届く位置だ。

 

 

「カーラ、部屋の奥に!」

 

 

「ッ」

 

 

 合図とともに、カーラたちが地下礼拝堂の奥にある冷暗薬草庫へ向かう。

 カイウスは入口を塞ぐ位置を捨てられない。

 マリーの荒い息と、薄青の施療布ケープが擦れる音が、金属音の余韻に混じった。

 

 

 俺は刃を押し返す。

 ダガーの腹がきしみ、〈貫く火烏の爪〉の熱が手のひらへ薄く返った。床を覆う光の膜が波打ち、散った粉光が外套の裾へまとわりつく。

 

 

 小祭壇の聖水瓶がかすかに震え、水面に乳白色の光が細かく割れる。

 女神像の影は、強まった輝きの中で壁へ長く伸びていた。断罪の場ではないはずの地下堂が、ひと呼吸ごとに戦場の形へ変わっていく。

 

 

「セレスティーネ様! 逃してはなりません!」

 

 

「……わかり、ました」

 

 

「セレスティーネ、あんたはマリーの──ッ!?」

 

 

 カイウスが左手を放す。

 振りかぶって俺を殴りつけようとしている。

 

 

「させません」

 

 

 低い声とともに、カイウスの拳が空を切る。

 俺の体は半歩分、冷暗薬草庫から離れた。

 カイウスが剣を振りかぶる。

 俺は勢いよく振り下ろされたそれを身をよじってかわす。

 短い隙に、セレスティーネが俺たちの横をすり抜けて奥へ走っていった。

 

 

 俺の言葉はセレスティーネに響いただろうか。

 響いたことを、俺は期待する。

 

 

「追わないのですね」

 

 

「……」

 

 

 にらみ合ったまま、カイウスに問いかけられる。

 静かな問いだった。

 俺が背を向けた瞬間に斬るつもりだったのだろう。

 祈祷陣の円の中、カイウスが立ち位置を変える。今度は小祭壇と奥の冷暗薬草庫を背にした。

 

 

「追ったら、あんたに後ろから斬られるからな」

 

 

「さて、どうでしょうな」

 

 

 カイウスは否定しなかった。

 俺はダガーの柄を握り直し、口の端を少しだけ上げる。

 ダガーを持った右手を突き出した。

 

 

「まあ、よかったよ。あんたが連れてきたのがセレスティーネさんで。まだ俺たちにも芽がある」

 

 

 カイウスの灰色の瞳が、細くなる。

 心なしか、カイウスの髪が逆立ったように見えた。

 

 

「あの人はきっと、心変わりする」

 

 

「ありえませんな」

 

 

 即答だった。

 怒りではない。信心深い教徒が、祈りの文言を間違いないと確かめるような、乾いた確信。

 

 

「聖女を目指すものの責務と誇りを、彼女は決して忘れぬでしょう」

 

 

「どうかな。あんたも一緒に上で見ただろう? マリーが慕われる姿を。シスターが、子供たちが、マリーをどう見ていたか。それを、セレスティーネさんがどう受け取ったかを」

 

 

 俺は刃を下げないまま、言葉だけを投げる。

 カイウスの口元から、わずかな笑みが消えた。

 

 

「セレスティーネさんが道義を重んじるなら、話を聞くよ。あんたと違ってな。あんたが恐れている対話は、必ず起こる」

 

 

 剣先が、ほんの一寸だけ沈む。

 それでも灰色の瞳だけは、俺から逸れなかった。

 

 

「ならばあなたをすぐに退け、セレスティーネ様の元に向かおうとしましょう。(じき)に、聖騎士たちも降りてくる。あなたたちに勝ち目はない」

 

 

「応援は来ないよ。俺の仲間たちが、必ず食い止めるからな」

 

 

 カイウスの眉間に、深いしわが刻まれた。

 剣の切っ先が、俺の喉元から半歩だけ下がる。油断ではない。俺の言葉の裏を測るための、短い間だった。

 

 

「すでにこの地下に味方を忍ばせてましたかな? ほんとうに、あの手この手を使い、マリー・バッドガールを守ろうとする……。見上げた執念です。が、無意味な抵抗です。聖騎士のふたりは、私よりも手練れ。たかが学生が(かな)う相手ではない」

 

 

「知ってるよ。それでも、だ」

 

 

 短く返すと、カイウスの眉が小さく動いた。

 俺はダガーの柄を握り直す。汗で湿った手のひらに、火烏の熱が薄く戻った。

 

 

 カイウスは沈黙を、強がりとは受け取らなかったらしい。

 灰色の目が細められる。

 

 

「……なぜ、そこまでして彼女を守る?」

 

 

直向(ひたむ)きな人間が、好きなもんでね」

 

 

 軽口で返す。

 昨晩の、仲間たちの前で泣いたマリーの顔が、俺の脳裏を過ぎる──。

 

 

 マリーは、自分が引き起こした事故から、目を背けなかった。

 責任を感じ、匿名の仕送りを続け、彼女なりに罪を償おうとした。

 

 

 マリーは、自分が受けてきた(ほどこ)しに深く感謝し、今度はそれを、同じ境遇にある子どもたちへ返していた。

 ダンジョンで得た食材や物資を小教会へ持ち帰り、子どもたちが少しでも健やかに育つよう、彼女は支え続けていた。

 

 

 マリーは祈ることを止めなかった。祈りを手放せば、癒しの力まで失ってしまうかもしれない。そう震えながら、女神に祈りを捧げていた。

 自分のためだけじゃない。仲間のため、誰かのため。

 女神に見放されていることに気が付かずとも、彼女は直向きに祈り続けた。

 

 

 俺は、報いたい。

 血に翻弄されながらも、多くのものに見放されながらも懸命に生きるマリーを、俺は助けてやりたかった。

 ダガーの柄が、手の中で熱を帯びる。

 祈祷陣の光が足元で波打った。

 

 

「カイウス・オルフェン──」

 

 

 俺は一歩も引かず、カイウスの灰色の目を見据える。

 

 

「あんたは、マリーの日々の祈りも、贖罪も、寄進も、全部なかったことにするのか? 彼女が淫魔だとしても、彼女がやってきたことは、積み重ねてきたものは、本物だ。彼女が傷つけたものもいる。だが、彼女を慕い、救われたものもいる」

 

 

「……姿を隠し、人々を欺いて得た信頼に、何の意味がありましょうか」

 

 

 一瞬のためらい。

 カイウスの声は、また一段低くなった。

 

 

「魔に生きるものは、生きながらに人々を害する。決して生きてはならぬ存在だ。魔に連なるものから祈りを捧げられては、女神もお苦しみになるでしょう。ならば私は、その苦痛を取り除かねばならない。そしてマリー・バッドガールによって傷つけられたものたちを、救わなければならない。──あなたを含めて」

 

 

「そうかい」

 

 

 胸の奥で、燃え盛るものがある。

 怒りではない。

 もっと熱く、もっと激しいものだ。

 

 

「なら、俺はあんたを止めるだけだ」

 

 

「あなたにできますかな? 力の差は、昨日思い知らせたばかりだ」

 

 

「ぬかせ」

 

 

 じりと俺は歩を進める。飛びかかる隙を見計らった。

 応じて、カイウスが剣を構え直す。

 乳白色の光が、片肩の装甲を鈍く照らした。

 

 

「いざ──」

 

 

 

 

 

◆□◆

 

 

 

 

 

-カナメ Side-

 

 

 我は地下通路の中央に立っていた。

 足は肩幅。左手は刀の鞘。

 薄暗い通路の向こう、地下礼拝堂の扉からは祈祷陣の光がにじんでいる。

 隣には、通気口から戻ってきたルールルーが、いつもの無表情で控えていた。

 とんがり帽子のつばの下、紫の瞳が光を照り返している。

 

 

 我の頭の中に、黒蛇(こくだ)の声が届く。

 我が祝福と呪いからいでし霊体は、いまは礼拝堂に潜み、モブたちの様子をうかがっている。

 

 

(あるじ)、交戦が再開しました》

 

 

「!?」

 

 

 胸の奥が、どくんと跳ねた。

 我は反射的に刀の鞘を握り込む。

 

 

 我は目をつむり、意識を沈めた。

 (つね)よりモブの様子を確かめるために、行っていること。手順に迷いはない。

 胸の奥に冷たい墨を一滴落とされたような感覚が広がる。

 まぶたの裏に、もうひとつのまばたきが重なった。

 

 

 視界が低く沈む。

 石床の目地が目の前を走り、祈祷陣の乳白色の光が、水面越しの月明かりのように歪んで見えた。

 音は遅れて届く。剣戟(けんげき)も、息づかいも、分厚い壁の向こうからではなく、黒蛇の細い体を震わせて我の内側へ伝わってくる。

 

 

 光がまぶしい。

 〈光輝地帯〉の圧が黒蛇の鱗をなぞり、そのざらつきまで我の皮膚に触れる。

 次の瞬間、モブの肩口を、カイウス・オルフェンの騎士剣がかすめた。

 

 

「ッ!」

 

 

 我は目を見開く。視界も聴覚も触覚も元に戻る。知らず知らずのうち、刀の鞘をさらに強く握り締めていた。

 助太刀に向かわんとしたところ、隣のルールルーに声を掛けられる。

 

 

「カナメ。上の階二名、動きあり」

 

 

「っ、わかった」

 

 

 モブの指示は聖騎士ふたりの足止め。

 我は息吹を行い、気を引き締め直す。

 

 

 女神教国に名高い、聖騎士たちとこれより相対する。モブいわく、我らより位の高きものもいると言う。

 楽しみでもあり、不安でもある。

 我はモブにかけられし言葉を思い出す。

 

 

『カナメ。マリーの件で、女神教国との関係はまず間違いなくこじれる。女体化の呪いを解くのに、女神に頼る道のほうは遠のくと思う。……すまん』

 

 

 我らは先んじて前に出る。

 通路を進み、礼拝堂の扉の前に立った。

 扉の内から剣戟(けんげき)の音が響く。

 決して負けられぬ戦いに身を置く男に、我は内心で応援を送る。

 

 

 ──モブよ。苦しむ友を救うためならば、男に戻る道が遠のこうと構わぬ。

 必ず勝て。お前なら、きっとできる。

 

 

 階段の上。

 女神教国の聖騎士ふたりが、こちらへ向かってくる足音がした。

 鉄靴が石段を打つたびに、地下通路の空気が重くなる。

 ひとつは迷いのない前衛の足音。

 もうひとつは、半歩遅れて周囲を測る、軽く速い足音。

 

 

 先に姿を見せたのは、短い鉄灰髪の女騎士だった。

 額の古傷、白銀の鎖帷子、青縁の外套。

 腰の剣に手は添えているが、まだ抜いてはいない。

 その半歩後ろ、亜麻色の髪を束ねた施療騎士が、携行薬箱を腰に下げて続く。

 

 

 モブから送られていた情報と一致する。

 レベル5の聖騎士。

 レベル4の施療騎士。

 どちらも、こちらを侮る目はしていなかった。

 

 

「地下礼拝堂で非常事態が発生しました。道を開けなさい」

 

 

 先頭の女騎士が告げる。

 声は静かだが、石段の幅いっぱいに圧が広がった。

 

 

「──断る」

 

 

 我は一歩前へ出る。

 視界の端で、ルールルーの杖先が紫に灯った。

 

 

「話し合いがまだ終わっておらぬ(ゆえ)。お引き取り願おう」

 

 

「これは聖騎士団の職務です。妨害すれば、あなた方も保護拘束の対象となります」

 

 

「我が友らを、保護という名で縛りに行くものを通す道理はない。──行くぞ、ルー!」

 

 

「……ん!」

 

 

 灰髪の女騎士の目が、わずかに鋭くなる。

 背後の施療騎士が、手元の聖印具に指をかける。

 

 

 ルールルーの放つ紫の魔力光が階段を薄く染める。

 我は鯉口を切り、灰髪の聖騎士へ真正面から踏み込んだ。

 

 

 

 

 

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