ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
-カナメ Side-
階段を下りてすぐの、少しばかり開けた一室──地下通路手前の部屋。
ここが、我らの戦場だった。
「しっ!!」
灰髪の聖騎士が体をねじる。右腕を振り、我を柄で打ち付けようとする。
青く細い柄がしなる。我の頬を狙っている。
我は膝を曲げる。
髪をかすめ、青き短槍の柄は頭上を過ぎ去った。
地下通路の入口の壁に柄は叩きつけられる。鈍い音を返す。
好機。
左指で小太刀〈黒狐〉の鯉口は切ったまま。
跳ね返る穂先を背に、我は半歩詰める。
右手で刀の柄の根元を握り込む。青筋が手の甲に浮かんだ。
刀を引く。
銀の刃が鞘の内を走る。
「はぁあああああっ!!」
ビゼン流の
狙うは、槍の柄。
無力化してやる──!
「ッ!」
灰髪の聖騎士が目を見張る。すかさず自身の手もとへ視線を落とした。
我の狙いに勘づいたか! だが遅し!
銀線が糸を引く。
彼の者が、柄を持つ手を緩める。
我が刃はそのまま走る。かすかな抵抗空しく。刀は柄を両断した。
「むっ!?」
判断が早い。短槍が空に浮かぶ間にも、目前の聖騎士は左腕の小盾で、我を押し込んでくる。
鋭き
青絹の小袖のうちに
とっさにつま先に力を込める。
我が身を引くのと、盾が押し込まれるのは、同時であった。
「ぐぅっ!」
すんでのところでかわしきれず。
息が詰まった。鈍痛が胸に広がる。顔が歪む。
地面から浮いて、後方に体が流れた。
我は両脚を折りたたむ。勢いのまま、宙返りする。視界が急に
左手と左膝を、冷たき石床に立てる。
ルールルーの手前の位置まで、我は
カラン。
一室と地下通路を繋ぐ接続口の上に、真っ二つになった槍が落ちる。
「いまっ!」
「──ッ!」
灰髪の聖騎士が勝機を逃すまいと叫ぶ。
我の位置は、地下礼拝堂の扉まであと二歩ほど。
加えてしゃがんだまま。
灰髪の聖騎士が前線をあげんと、我めがけ、盾を構えて突っ込んでくる──。
地面の槍には見向きもしない。ただただ我、いや我の背後に続く地下通路を見据えている。
このままでは通路を守ることができぬ!
我は左手で太ももを叩く。急いで立ち上がらんとする。小太刀を持つ右手に力を込める。
その時、左隣から力ある言葉が届く。
『〈
紫色の光が肩口に差す。
我の前方に影が伸びた。正面の、聖騎士ふたりの目つきが瞬時に変わる。
ルールルーの杖先から、濁流にも等しい水が生じる。
接続口にたどり着いた、灰髪の聖騎士を巻き込む。
半身を包む水流の勢いに耐えきれず、灰髪の聖騎士は半歩、さらに一歩と押し戻される。
灰髪の聖騎士は、やがて亜麻色髪の施療騎士に後ろから支えられる。ようやく踏み止まった。
「ぐぅっ!?」
「くぅううっ!」
一秒か、二秒か。ルールルーの杖先の光が消える。
騎士ふたりの具足は水に塗れる。
両者の髪先から雫がしたたり、足元へ水たまりを広げていく。
「助かったぞ、ルー!」
「ん」
ルールルーが再び魔力光を灯す。暗めの通路に紫色の光があふれた。
相手を水浸しにしたなら、やることはひとつ。
ルールルーは雷を放つ準備に取り掛かっている。
「!? リディア!!」
「ええ!」
リディアと呼ばれた亜麻色髪の施療騎士が、すでに短槍を握っていた。灰髪の聖騎士を支える前から、取り出していたのか。あまりにも素早い準備に、我は
灰髪の聖騎士が短槍を受け取るや否や。
流れるように槍を手から放していた。
気づけば、彼女の腕は振り抜かれ、散った雫が壁を打っていた。
我の目でも追うのが難しいほど、洗練された動きだった。
こちらが本業か。
急ぎ小太刀を斜めに振り上げるも、槍を止めることはできず。
そのままルールルーの胸に、突き刺さった。
「ルー!?」
「……ッ」
横目で追う。小柄な体が、槍の勢いに押されて扉近くまで吹き飛ぶ。
ルールルーの体から、血は噴き出ていない。
代わりに胸元の服と肌が、槍の周りでぐにゃりと歪む。
半透明の紫が一瞬だけ滲み、すぐに人の肌の色へ戻ろうとする。
白い煙が上がっている。
穂先が、ルールルーの体表を焼いている。
聖の気が帯びているせいか。ルールルーの無表情が歪む。
杖先に灯る魔力光は霧散──しない。
倒れ込みながらも、ルールルーは杖を離さない。槍は体に刺さったまま。
なのに力ある言葉を、なお
「なんだとぉっ!?」
我の背後から、驚愕に満ちた灰髪の聖騎士の声が届く。
おそらくは、術師の魔法を阻害するための投擲だったのだ。
ひるまずに、槍が刺さったまま行動を続けるなど、思いもよらなかったのだろう。
太い
『〈
「セリューぅうううううううッッッ!!!!」
稲妻の向かう先を、我は目で追う。
施療騎士のリディアが、灰髪の聖騎士を突き飛ばしていた。
と同時に、リディアの手から、乾いた白砂を詰めた瓶が投げられる。セリューと呼ばれた女の足元へ転がった。
リディア自身は稲妻の射線に入ったまま。
紫の光が、リディアの体を貫く。
ビクンッ。
リディアの背が反る。
濡れた石床を紫電が
祈祷衣の裾と鎖帷子の継ぎ目で白い火花が弾ける。
悲鳴は出ない。
喉も、胸も、指先までもがひと息に硬直する。
噛み合った歯だけがガチリと鳴る。
焦げた布と、熱せられた金属の臭いがした。
リディアの膝が落ちる。
それでも、彼女の手だけはセリューの方へ伸びていた。
「り、リディアッ!?」
「砂、を……」
リディアが指で示すは、セリューの足元。
乾いた白砂を詰めた瓶。
おそらくは、水濡れを解除するための魔道具と我は推測する。
灰髪の聖騎士セリューがこちらをうかがいながら、濡れた鎖帷子には触れず、リディアの肩布をつかんだ。
セリューの目が一瞬だけルールルーへ飛ぶ。
倒れたままであることを確認したのか、セリューはリディアをもう片方の手でつかむ。
ばち、と小さな火花が散る。
セリューの指が一瞬こわばる。
それでも力は緩まない。
濡れた床から、セリューはリディアの体を引き剥がす。
我はその隙に、ルールルーを
槍を受けたまま倒れ込んだルールルー。いまも我の後背で、身動きせずに天を仰ぐ。白煙はいまだ上る。
我はすぐに近寄った。
槍を引き抜く。そのままルールルーの脇に置く。
灰髪の聖騎士セリューを片目の端に映しながら、ルールルーに問うた。
「ルー、具合は?」
「……行動不能。肉体維持難度上昇。休憩要」
「合点!」
地下通路を照らすは、天井に埋め込まれた聖素結晶の淡い光と、ばちばちと帯電する魔力の水たまり。
我は正面に向きなおる。
右手で小太刀の柄を握り込む。
帯電だまりを避け、我は前へ進んだ。
残るは灰髪の聖騎士セリューのみ。
白砂を具足と肩にまぶし、リディアの剣を手にした彼女が、一室の中に立っていた。
我から見て、部屋の右手側の位置だ。我が来るのを待ち構えている。
その顔には憤怒が満ち、射殺さんばかりの気迫を
部屋と通路の接続口の一歩手前で、我は歩みを止める。
刀を、正眼に構える。
応じて、灰髪の聖騎士セリューは盾を前に突き出す。右手の剣は、体で隠す。
互いの足元には、紫色の帯電だまりが残る。
ひと息で跳びかかることができる距離。
この帯電だまりが魔力切れや時間経過で、消えるのを待つこともできる。
「そちらのものを連れて
我は待つことを選択する。
右の壁の前で横たわった施療騎士リディアを示し、
ぎらついた視線は、それでも我から外れなかった。
セリューが吠える。
「──我々は女神教の盾! セレスティーネ様を救い出せずして、何が聖騎士か!? そこを通してもらうぞ、異端者ども!!」
「ならばよし。こちらも
怒りを抱くはこちらも同じ。
熱を帯びた我の頬を、地下の冷涼な空気がさらう。
我の技量不足が、ルールルーを行動不能に陥らせた。
お婆様であれば、母上であれば、あの飛来する槍を斬って落とすことはできたであろう。
己の未熟を恥じる。
悔しみを燃やす。全身の毛が逆立ち、全霊が目の前の敵の隙を探り続ける。
灰髪の聖騎士セリューの顎先から、水とも汗ともつかぬ雫がしたたり落ちる。
まばたきもせず、セリューは我の動きを見ている。
強いものの動きだ。恐れず、焦らず、入念に機をうかがっている。
先に動き出したほうが負けだと、そう思わせる凄みがある。
息が止まるかのごとき時間。
来るか、来ないか。来るか、来るか、いや、来ないか。
心の臓の音が、どくりどくりと、耳の裏まで響いてくる。
さあ、来い──。
カツン。
その時、階段の上から足音が降りてきた。
ひとりではない。
石段を踏む硬い音が、規則正しく重なる。
灰髪の聖騎士セリューの視線は、我から外れなかった。
だが、盾の角度がわずかに階段側へ流れる。
倒れたリディアを庇うためか。右足が半歩だけ、外へ開いた。
いざ。
我は通路口の左手側の壁石を蹴る。
濡れた床と帯電だまりを越え、身体が宙へ
身をひねりながら、宙で半身を返す。視界が巡り、乱れる。
蒼き瞳を見開いたセリューの顔が、一瞬だけ我の目に映った。
「ッ!」
セリューが盾を引く。下段からそのまま剣を振り上げた。
なめらかな動き。
怒りに呑まれてなお、技は乱れていない。
紙一重。
ほんの、紙一重であった。
斜めに斬り上げられた剣の腹を、我は草履の縁でなぞる。
乗るのではない。
刃に逆らわず、刃を足場に、身を流す。
ビゼン流──〈木の葉〉。
視界が反転した。
空中で、我の身体が木の葉のようにひらりと返る。
刃が流れ、体が泳いだセリューを我は見下ろす。
右手に握り込んだ小太刀を、我は内側に持ち上げる。
刹那。
小太刀〈黒狐〉の峰が、セリューの顎先を跳ねる。
鈍い音が響いた。
「が……ッ」
セリューの膝が崩れる。
白砂にまみれた靴が、濡れた石床を滑った。
なおも踏み止まろうと、盾を持った側の腕が、支えを探してさまよう。
蒼い瞳が宙にいる我を追い続ける。
敵意か、使命か、あるいはただの執念か。
だが、体はもう追いつかない。
床に転がる。
その頬が、紫電の残る水面を叩く。
ばちり、と火花が散った。
灰髪の聖騎士の身体が一度だけ大きく跳ねる。
指から剣が零れ、石床に鳴った。
階段前に、我は着地する。
しゃがみ込んで、すかさず階上に顔を向けた。
踊り場にいたのは、よく見知った顔であった。
親指を立てて不敵に笑うアリスを、我は見つめる。
赤ケープの下、細身の体を壁際に寄せたまま、彼女は金髪をかき上げていた。
先ほどの足音は──。我は納得する。
アリスに向けて、我も親指を立てて返した。