ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
春シーズン第十一週七日目、昼前。
小教会の受付で、俺はディアナ・フェルに〈魔法の携帯袋〉とダガーホルダーごと手渡して預け、礼拝堂の中に入った。
どうやらマリーたちは、いまは地下堂の清掃をしているとのこと。
ディアナの案内の下、俺は地下へつながる廊下へ向かった。
「あ~っ!」「モブだ!」「こ、こんにちは」
「おー。昨日ぶり!」
礼拝堂を通る途中、子どもたちがどたばたとこちらに走ってきて、俺を囲んだ。
夏も近いのか、生成り色の上着と半ズボンを子どもたちは身につける。質素ながらも小綺麗だった。寄進によって新調されたのか、擦り切れた箇所も少ない。
八人って多すぎるっス! 手持ちの飴ちゃんはあえなく在庫切れになった。
案内役のディアナに助けを求め、どうにか包囲を抜ける。
そのまま、礼拝堂右手側の廊下に出た。
廊下に入ってすぐ、地下へ続く階段口の手前を見て、俺は足を止める。
年長の男の子三人と、しゃがんで彼らと相対するカーラ、そしてそれを見守るルールルーとフィリアの姿を俺は見つけた。
□
「どうしたんです?」
「ん」
「モブさん、いいところに」
廊下の中央で立っているルールルーとフィリアに俺は声をかけた。
フィリアが、俺に軽く会釈をする。
白髪のまじった水色の長髪が、会釈に合わせてはらりと揺れた。
フィリアたちの視線の先には両手を広げ、必死に子どもたちをなだめようとしているカーラがいた。
男の子たちは壁際に並ばされている。彼らは目の前のカーラに対し、威嚇するようなまなざしを送っていた。
なにやら物々しい雰囲気である。
カーラが俺を見つける。
亜麻色のおさげが勢いよくはねた。今日は橙色のブラウスに緑地のロングスカートとお清楚な格好である。
心なしか、俺に向けられた瞳は潤んでいた。
「も、モブくぅん~っ」
しょうがないな~カーラちゃんは。
事情はよく分からんが俺は前に出て、カーラの隣にしゃがんだ。
男の子たちと目線を合わせることにする。
努めて穏やかな声で、俺は男の子たちに話しかけた。
「このお姉ちゃんに酷いことされたんか?」
「……うん」
「え!?」
「そりゃ、辛かったよな? なにをしようとしたんだ?」
「地下に入ろうとしたら止められた」
「そうなんだ。そんぐらい許せって話だよなぁ。どうして地下に?」
「……マリーおねーちゃんに会いに」
「え~……。ジャックたちだけで?」
真ん中の男の子──金髪のジャックが、こくりとうなずく。
「うん。……昨日の夜、フィリア先生が男子はマリーおねーちゃんに許可なく近づいちゃダメって言ったから、こっそり」
「そっか」
これまでもマリーは、男の子たちとは適切な距離を保ってきた俺は聞いている。
フィリアをはじめとした大人たちには、
接触を避けるために、必ず誰かにそばにいてもらったとも聞いていた。
マリーがジャックたちを嫌っているわけではない。話も聞くし、祈りにも付き合う。
ただ、男の子が勢いよく近づけば、必ず誰かが間に入る。それがジャックたちの疎外感を生んでいたのは間違いない。
(そういや昨日セレスティーネが、フィリアさんたちに事情話してたな)
昨日のカイウスの事件の後。
カイウスによってマリーが深く傷つけられた──そうセレスティーネは詳しい事情を伏せたまま、小教会側へ伝えていた。
それを受けてフィリアたちは、善意で「男性とはいま距離を置いたほうがいい」と判断し、ジャックたちに「許可なく近づいてはいけない」と言い聞かせたのだろう。
誰かが悪意で閉め出したわけではない。
それでもジャックたちからすれば、急に自分たちだけ扉を閉められたようなものだ。
隠しごとが憶測を呼び、変な方向にこじれてしまっている。
俺はジャックの金髪を撫でつける。
彼はまぶしげに俺を見上げ、それからまだ少し不満そうに唇をとがらせた。
隣の子たち──赤髪のグラム、青髪のライが順に声を上げる。
「このねーちゃん、マリーねーちゃんが男に触られたら倒れちゃうって! ──だからダメだって言ってきたんだ!」
「嘘つき!」
「そんな人見たことないもん!」
「う、嘘じゃないっ」
「しょーこ見せろよ、しょーこ!」
い、言い訳が雑い。俺はカーラにジト目を送った。カーラは緑地のロングスカートの裾を握り締め、目を忙しなく動かしている。俺の視線にも気づいていない。挙動不審も相まって、カーラの言い分は子どもたちに嘘だと看破されてしまっていた。
ちらと俺はフィリアを見やる。彼女は自分の額に手を当て、大きく息を吐いていた。
彼女がキレて説教を始める前に、俺は手を打つことにした。
「わーった、わーった! ……マリー! 聞いてるんだろ? ちょっと来てくれ!」
「……!」
俺は右手側に向かって大声を上げる。
ほどなく、うつむいたマリーが階段口の角から顔を出した。
目と鼻の先にマリーが現れたことに、ジャックたちは驚く。
「ま、マリーおねーちゃん!」
「……その」
ジャックたちが身じろぐ。短く、マリーは弱弱しい声を発する。
水色の髪がカーテンになり、マリーの表情は見えない。
俺は立ち上がる。彼女に大股で近づいては、勢いよく抱きしめた。
「~~~~っ!!?!?!!?」
両腕の中のマリーの体が跳ねる。
目をかっぴらいては、俺の突然の行動に声を失っていた。
マリーの顔は、みるみるうちに真っ赤に染めあげられていく。
──ぐあああああああああっ!!!!!? やわらっけぇええええええええっ!!!
俺の視界はピンクに浸される。桃の香りがふわりと鼻をつき、目はマリーの麗しい
豊満な胸が形を変えて俺の胸板にすいつく。俺の息子も形を変えた。ガッデム。
背中に回した手のひらが熱を拾う。まるで暖炉だ。布越しにも、マリーの体温の上昇を感じ取ることができた。
いまさら手を握ったところで気を失うマリーではない。
抱き着くことで、彼女の感情をパンクさせてみせる──。そう俺は決意して、状態異常:魅了そして息子の暴発に抗うことにした。持ってくれよ俺の体ァ! 折角レベルアップしたのにこんなんで下げたくねぇぞァ!
見下ろしているだけで、唇に唇を合わせたくなる。
俺はめいっぱい舌を噛む。血の味が口いっぱいに広がった。
「……きゅう」
ややもして、腕の中のマリーから力が抜けていった。
□
小教会の裏庭。
日はすっかり高くなり、小教会の建屋の影が俺たち四人を包む。
裏庭に備えつけられた木製のベンチに、俺、マリー、カーラ、ルールルーは腰を落ち着けていた。
庭の奥に映る白い塀は昼の光を受けてまぶしい。足元の石畳だけが建屋の影でひんやりしていた。
庭の端には薬草鉢が並び、ハッカに似た青い匂いが、水路からくる湿った風に混じっている。
すっかり夏めいた陽気を冷ますように、隣に座るルールルーが〈
「あ゛~すずしい……」
「ん」
「……」
氷のつぶてが一周するたび、俺の体のほてりが冷めていく。
ルールルーの隣に座るマリーの水色の髪先も、それに合わせてかすかに揺れていた。
マリーは顔を手で覆っている。指の隙間から、赤くなった耳だけが見えた。
よっぽど恥ずかしかったのか。
端に座るカーラが、そんなマリーの肩にそっと手を置いてなだめている。橙色のブラウスの袖口が、手首の動きに合わせて小さく揺れた。
「す、すまない。私が変なことを言ったばっかりに……。す、すっごいうらやましかったけど……」
「ううん、それはいいの。……その」
ようやくマリーは両手を下げる。
その様子を眺めながら、俺はフィリアから譲ってもらった体力回復ポーションを飲み干した。
口元を拭ってから、俺は言った。
「今回はとりあえず納得はしてくれたみたいけど、またなにかあったらどうなるかわからんぞ?」
マリーが倒れた後。
俺はジャックたちから総攻撃を受けた。
「マリーねーちゃんになにすんだお前!!」とか言いながら、俺はすねを蹴られた。
頑張って証拠を見せてやったってのに。
俺は内心でごちる。
「はい……。これからはもう、あまりこちらに来ない方がいいのでしょうね……。いままでも、無理なお願いをしていたのだと、悟りました……」
男の子を避けながら小教会で奉仕する──。
現場にかける負担や事故の可能性を考慮すると、とてもじゃないが継続を勧めることはできない。
「寄進や仕送りはまだ続けるんだろ?」
「はい。……そこは、曲げません」
マリーがまっすぐ前を向く。
カイウスとの約束事を、彼女は忘れていない。
なら手助けが必要だろうと、俺が思った矢先。
端に座っていたカーラが勢いよく立ち上がった。
「わ、私が代わりに手続きをする」
「……カーラ?」
座りながら、マリーがカーラを見上げる。小さく声をこぼした。
対するカーラは胸の前で拳を軽く握る。俺たちの方を向いた。
琥珀色の瞳が、強くきらめいているのを、俺は見つける。
「マリー、私に手伝いをさせてくれ。あの、その、……マリーの力になりたいんだ、私は。大事な、友だちだから。……その、ここは、マリーの心の寄りどころなんでしょ? なら私は、それを守る、盾になりたい」
「──」
「だめ、かな?」
「いえ……。──ほんとうに、ありがとう、カーラ」
マリーが胸の前で指を組む。青の修道服の胸元で、祈りの形になった指が小さく震えていた。
カーラは照れ臭そうに頭をかいた。さっきまで強くきらめいていた琥珀色の瞳が、今度は行き場をなくして泳いでいる。
「そ、そうと決まれば手続きについて話を聞いてくるっ」
緑地のロングスカートをはためかせながらカーラが駆け出した。
革のブーツが砂埃を巻き上げるのを、俺は微笑ましく眺める。
「カーラ……」
自身の胸元に手を添えながら、マリーは感慨深げな声を上げる。
その様子を見て、俺は胸を温かくする。
次にカーラとマリーと一緒に遊ぶことがあったなら──今度はきっと、ふたりで協力してデートプランを練るだろう。
そう、俺は確信する。
ふと、ルールルーの杖先で、氷のつぶてが霧散する。
ルールルーもベンチを立つ。
学校指定の制服のプリーツスカートを払ってから、彼女は前に出た。
「どうした、ルー?」
俺の問いかけに、ルールルーはしれと答えた。
「カーラの様子を見て来る。別に、昨日マリーが自室でモブとふたりきりになりたいと口ずさんでいたこととは無関係」
「る、ルーっ!!」
「それじゃ」
マリーがむせ、それから小さく非難の声を上げた。
ルールルーは気にした様子もなく、杖先に紫色の魔力光をともす。
一瞬、空間が薄く波打った。
次の瞬間には、彼女の姿だけがこつぜんと消えていた。
残されたマリーが、顔を赤くしたまま俺の方を見る。
互いに目が合った。
ルールルーが座っていた分だけ、ベンチに妙な余白ができていた。
俺はその余白を埋めるように、マリーの隣へ座り直した。
□
座り直したはいいものの、会話はすぐには出てこなかった。
水路の音が、やけにはっきり聞こえる。
さっきまで氷のつぶてが回っていた空気は、少しずつ暑さを取り戻しつつある。ルールルーが置いていったひと言が、ベンチの上にまだ残っている気がした。
マリーが膝の上で指を組み直し、ほどいて、また組んだ。
俺も何か言おうとして、結局、薬草鉢の方へ視線を逃がす。
逃げた視線の先で、薬草の葉が揺れている。
俺はふと思い出したように、さっきの薬草茶屋の話を切り出した。
「さっき、薬草茶屋でセレスティーネさんを見て来たよ」
「セレスを?」
マリーが眉根をあげる。
いぶかしむように、質問をしてきた。
「……うまく、働けてましたか、あの子?」
「それなりに。ドジっぽいところもあったけど、接客業はかなり向いていると思う」
「よかった。昔からあわてんぼなところがありましたから、心配だったんです。……私も後で顔を出してみようと思います」
「それがいいよ。めちゃくちゃ並んでいるから、覚悟はした方がいいかもな」
「ですよね……。教国に居た頃も、信徒の方たちにはかなり人気でしたから。うなずけます」
「ああ。……それで、セレスティーネさんが言ってたよ。『マリーをよろしくお願いします』って」
「あら」
「他にも、自分が聖女になって、女神教を少しでもよい方向へ持っていきたいって。教えから取りこぼされた人たちを、見捨てたくないとも言ってた」
「セレスが……。そうですか──」
天を見上げるマリーの横顔を俺は見る。
水色の瞳が、澄み切った青空を映していた。
「モブ様。私は」
そう言ってマリーは、自身の首、黒革の首輪から吊るされた紫水晶を握り締めた。
マリーが深く息を吸う。
ためらいがちに、彼女は言った。
「あの事件を起こして以来、私はずっと、誰かに迷惑をかけて生きてきたと思います。現場にいた男性教徒たちを傷つけ、優しかったカイウス様を変え、教国を去ったことで親友のセレスにも心配をかけた」
「……うん」
「小教会の方々にも隠しごとをして、今回の騒ぎに巻き込んでしまいました。先ほどの件もそうです。私がいるだけで、余計な問題が増えていく。……こんな私なんて、いなくなったほうがいいのではないかと、何度も思いました」
紫水晶を握る力が強まる。
俺が否定するより先に、マリーは首を横に振った。
「私がいなければ、幸せでいた人たちがいた。そう考えてしまい、どこかに消えてしまうか、ずっと思い悩んでいました。……でも今回のカイウス様の件を経て、少しだけ心変わりしました」
マリーは紫水晶から手を離す。
俺の方へ体を向け、胸の前で指を組み直した。
その顔が、今度はまっすぐ俺へ向く。
「私はあなたと、仲間たちのそばにずっといたいと思います」
風が、裏庭の薬草鉢をかすかに揺らした。
マリーの決意が俺の胸を打つ。
かすかに細めたまなこを、俺はマリーに差し向けた。
マリーは小さく息を吐く。
泣きそうな顔ではあったけれど、目は逸らさなかった。
「みんなは、呪われた血を引く私をかばうために、手を尽くしてくれた。女神の寵愛がなくても私が癒せることも示してくれた。それが、私にとってなによりも温かい光となった。──この恩は、私の生涯を費やしても返せるものではないと思っています。……モブ様」
胸の前で組まれた指に、少しだけ力がこもる。
女神に祈る時とよく似た形だった。
けれど、その水色の瞳は天ではなく、俺だけを見ている。
「これからも私は、女神教との関わりは続けます。ですが、いままでよりも距離は置くことにします。──私はあなたに尽くしたい。仲間たちのために尽くしたい。私を私のままで受け入れてくれたあなたたちのために、生きたいのです」
静かな宣誓だった。
薄く開いた唇から、息がひとつこぼれる。
マリーの中で、祈りの向かう先が少しずつ俺たちの方へ傾いているのを、俺は知る。
心臓が鼓動を打つ。嬉しくもあり、危うさもある想いを肌に感じ、頬に汗がひと筋垂れた。
「どんなこともお申し付けください。どんなこともやります、やり遂げます。だから……」
マリーは祈りの形を崩さなかった。
そのまま、俺へ向けて微笑む。
「──最期までずっと、おそばにいさせてくださいね、
水路の音が、ふいに遠くなる。
裏庭を抜ける風だけが、薬草の葉を揺らしていた。
俺は頭をかく。言い表せぬ圧力を言葉の節々に感じ、なんだか喉が渇いてきた。
……一瞬、マリーの瞳から
マリーは胸の前で指を組んだまま、静かに微笑んでいる。
俺は彼女のその宣誓に、小さくうなずいて見せた。
◆□◆
春シーズン第十一週七日目、夜。
自室の机でメモ用の魔導板帳を広げている途中、俺はゆっくりと腕を伸ばした。背筋も伸ばす。
いつもの来訪者──黒蛇に語り掛けるため、俺は〈第四の目〉を開いている。
肩から顔を出す彼女に話しかけた。
《今宵も難しいお顔をしていますな、御仁》
「まあな」
黒蛇がしれっと俺の頬をなめる。びっくりした。感触はないがなんかむずがゆい。
俺はみじろぎしつつも、手もとの魔導板帳へ視線を落とした。
1 前衛・中衛・後衛間の連携練度
2 カナメの成長速度
3 マリーの負荷(回復役不足)
4 カーラがパーティーに融け込むには
赤い魔力光を灯す。課題であった「前衛・中衛・後衛間の連携練度」「カーラがパーティーに融け込むには」の欄の右に済をつけた。
そして俺は新たな課題として「俺の職業変更(前衛)」「男神教の簡易調査」を付け加える。
黒蛇は、俺の肩の上で細い舌を出し、追加した二つの文字をじっと見つめ続けていた。
これにて第二部第一章完結になります。
幕間話をいくらか続けてから、第二部第二章を開始するつもりですのでしばらくお待ちください。
高評価や作品のお気に入り追加、これまで読んでみての感想やここスキを頂けると、今後の執筆の大きな励みになりますのでぜひ。
感想やここスキについては今後の展開の参考にしたいと思います。