人々がヌエのことに注視しているとき、アシハラは──
「おばさん、団子一つ!」
時代にそぐわない和風な装いで、奉仕していた。
それは決して遊んでいるわけではなく──。
「この団子なら食べていい?」
「ダメに決まってんだろう、バカじゃないのかい?」
遊んでいるわけではなく──。
「犬の散歩行ってくるね?」
「ちゃんと戻ってくるんだよ!」
「わかってるって!」
何をしているのだろうか。
この超戦艦は…
◇
犬を連れて
ランニングをする人。仕事に遅れたのかスール姿で駆ける人。
朝の道はたくさんの人で溢れていた。
散歩コースから見える海は、相変わらず青い。
ここまで来ると、波の音すら聞こえない。
…すごい、と思う。
人はわたしたちメンタルモデルとは違って、瞬時に連絡を取り合うことはできない。
だから、どんな例えば天変地異が起こせる怪獣が目覚めようと、事が起きた場所から離れたこの大地ではまだ知る人は少ない。
いや、見る限りじゃ少ないどころではなさそうだ。
「まあ、わたしも記憶の限りじゃ普通の人だったっぽいし。やっぱり、霧の艦隊そのものの性質なのかな。」
現在のわたしが人という存在と同じ存在だったということをうまく認識できていないのもそういうことなのかもしれない。
こういう性質を調べてくれる子は今の霧の艦隊にはいなさそうだしなと思いながらミクマからもらった情報を覗く。
「太陽フレアのMクラスに近い、かな?」
人類の電子機器を停止させたのもおそらくはこれの影響だろう。
ミクマがデリンジャー現象らしき現象を観測したのも、説明がつく。
「はて、どうやれば生物がこんな現象を出せるんだろうね。」
疑問は尽きないが、考えるのは後回しだ。
わたしは三隈に引き続き監視を命じつつ、最後に一つだけ、通信を送る。
『ミクマ、ある程度の戦闘行為を許可する。ただし、ヌエがどこまで霧の攻撃に対処できるか見るだけだよ。殺すのはなしの方針で。』
通信を終えた、その時。
いつの間にか、出発点である団子屋の前に戻ってきていた。
「あれ、もうこんなところか。タマ、ごめんもう終わっちゃった。」
犬のタマ……というかこれは犬の名前でいいのか?
などと思いつつ、タマを小屋に戻す。
「おつかれ。あんたは休憩でいいよ。ほら、団子さ。食べたかったんだろ?」
「ありがと、おばさん!」
それを見届けてから、わたしはテラス席に腰を下ろした。
……もう。
いつも、こんなのなんだから。
「久しぶり、でいいのかな。ムサシ、と。」
一息ついてから、気配のする方へ視線を向ける。
「ヤマト。」
そこには、姉妹艦である二人のメンタルモデルが立っていた。
◆
「これは推測にすぎませんが、ヌエは能力を使って浮遊することが可能です。」
そう述べたのは海洋生物学者マクダニエル博士だったか。
そして、その推測は的中した。
ヌエは海面を離れ、宙へと浮かび上がると、その巨体をゆっくりと傾け、イノワ共和国の首都、ミナミナ市へと進路を取った。
頼みの綱であるはずの通信は、ヌエが発する未知の量子群によって完全に遮断されている。
仮に連絡が取れ、援軍が到達したとしても、世界最高峰を誇るアメリカの航空戦力でさえ、容易く撃墜されるだろう。
事実、ヌエはすでに哨戒中だったアメリカ軍のP-8を複数機、撃墜している。
ミナミナ市への到達は、もはや時間の問題だった。
本来ならば、ヌエはゴブリンシャークのように突出した顎で
──そのはずだった。
一筋の光が、ヌエの巨体を貫いた。
しなやかで、なおかつ異様なまでに硬い皮膚構造が焼かれ、低い唸り声が空気を震わせる。
その音は、海上から市街地に至るまで、辺り一帯に響き渡った。
人々は息を呑み、同時に安堵の表情を浮かべる。
ビーム兵器を実戦配備できる国家など、現代には存在しない。
ならば、──。
「U.M.Fだ。」
誰が最初に呟いたのかは、分からない。
だがその言葉は、まるでウイルスのように瞬く間に広がり、人々の心に安寧をもたらした。
救いを求め、祈りを捧げる人々をよそに。
ヌエは攻撃をしてきたミクマを……外敵として認識した。
ミクマもそれを把握してか否か、砲塔がヌエに向けられる。
一射、二射と砲撃が次々にヌエを襲った。
◆
だが──。
ミクマの放った荷電粒子砲は、ヌエに届くことすらなかった。
それどころか、照射したはずのエネルギーが歪み、逆流していく。
「ありゃ。」
クラインフィールドがミクマの船体を覆う。
「やり方、かえるかね~。」
次の瞬間、甲板のハッチが次々と開く。
そこに収められていたのは、魚雷群。
水中対応を前提としつつ、実質的にはミサイルと呼んでも差し支えないそれらが、浮遊するヌエめがけて射出されていく。
しかし――。
それらは、人類の兵器と同じ末路を辿った。
軌道が逸れ、虚しく海中へと落下していく。
「マジかー。」
ミクマは思わず、目を見開いた。
霧の兵器は、人類のそれとは次元が違う。
それであっても、通じないのかと。
「量子関係は…大丈夫っぽいね~。」
あくまで冷静に。
そもそも今回の任務は、ヌエの排除ではない。
アシハラから与えられた命令は、あくまでヌエが、どこまで霧の艦隊と戦闘として成立する存在なのか、その調査である。
ここで倒す必要はない。
侵食魚雷や超重力砲の使用は、万が一のためにも控えるべきだろう。
爆発音は魚雷が堕ちたであろう地点からでヌエからちっともしやしない。
下手をすれば、正面からやり合えば霧の艦艇ですら喰われかねない。
そんな可能性を、ミクマは内心で認識しつつ、対抗策を練っていく。
魚雷の誘導方法の変更。
レーザー兵器の射出。
だが、どれも結果は変わりなく煙にあてられた蚊のように落下するか、霧散し、消えていくだけ。
「お、お、お?」
一方で、ヌエも何もしないわけではなかった。
攻撃をされて、怒らないはずがなかったのだ。
しかし、だ。
ヌエが放つ力。
後遺症すら残る、致命的な代物だ。
だが、メンタルモデルに影響が出ることはなかった。
強いて言うなら……。
「うるいさな、これ。」
複雑そうな顔をしながらミクマは呟いた。
ノイズ、だろうか。
思考、演算するのには邪魔だが、あくまでそれだけである。
「そちらさんはもう有効打ない感じ~?」
ただの生物ならミクマもやられていたかもしれない。
だが、あいにくと霧の艦隊はただの生物などではない。
どちらも打つ手なし。
そう感じたのか否か。
捕食者としての本能か。
それとも別の理由か。
ヌエは──
──逃げた。
「おっし。役割終わり~。人さんは大喜び。あたしも大喜び。」
にししっと笑いながら、島を見る。
そこには感謝を述べる人々。
そして――。
きっちりと。
ばっちりと。
ミクマを捉えているカメラが、存在していた。
「………………あっ、まずいわ~。」
逃げるように飛沫を上げ海中へと潜る。
アシハラの緩さはミクマもよく知っている。
だが、メンタルモデルが見られたというのはそれなりの失態だ。
怒られるかなと委縮しながら、ミクマはどうするか思案する。
そもそも、メンタルモデルを表に出さないのは霧の艦隊が人類とコミュニケーションがとれる存在とバレないためである。
将来的に明かすことになれど、今はその時ではないという
「ダイジョブかな?」
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設定資料集
量子波
クオンタムビームとも呼ばれる。射程距離はヌエが飛翔時の影響範囲は5~8km。頭にある触手から放たれる集中砲火が70~100kmに及ぶ。怪獣自衛隊では電子機器を停止させ戦闘機や航空機、ミサイルなどを墜落させている。
ヌエ
全長300mの怪獣。
未知の量子群による浮遊が可能であり、それを波として操る能力を持つ。細かい詳細は不明である。
また、電磁波なども同時に観測され、電子機器に障害をもたらす。
ヒルコのように学習能力が高いという面もあり、本作では描写していないものの、怪獣自衛隊原作では一度受けた攻撃には対応しようとする。
本作の場合ならば、荷電粒子砲などはともかく、魚雷群を初見で堕とすことができたのは人類の兵器に対応した結果、同じように対応したから。
人類の描写もっとほしい?
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欲しいです!
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もっと、霧の面々の方が増えてほしい。
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どちらでもいい。