海面を揺らす、かすかな重力波のうねり。
──まただ。最近は多い。
怪獣という存在が出現してから、太平洋のノイズは絶えない。
もっとも、この程度のゆらぎなら観測ノードが自動で処理してくれる。
問題なのはそこじゃない。
「ふむ、これは……重いな。」
わたしは海底の濃紺を見つめながら演算を加速させた。
明確にこちらに向かう物質がある。
少なくとも霧の艦艇ではない。
「怪獣、ね。」
声に出してみる。
こういうときに言葉があるのは悪くない。
無機質な演算ログよりも、ずっと人間的で、考えが整理しやすい。
そして何より
朝霧の戦闘記録――人類にカガチと呼ばれたあの存在のデータは既に解析済みだ。
あのときの熱量は確かに常識外れだったが、あれと同じとは限らない。
「どうせなら、もう少し派手なのが見たいな」
口角を上げつつそう呟いて、わたしは浮上角をとる。
重力子エンジンが低く唸り、黒い水を押しのける。
──距離七千。
「……ふむ。怪獣版のエビか?」
わたしは人の姿で、艦橋甲板に立ってそう言った。
海中であっても、メンタルモデルであれば容易いことだ。
目の前――深海の闇の向こうから、ソレが来る。
四本の脚。
前脚は湾曲したブレード、波を裂くたびに水流が閃光のように割れる。
シャコの複眼にも似た光学構造が、私を正確に捕らえていた。
「……人類のデータベースから見るにエビじゃなくシャコ、だね。」
紫外線から赤外線、偏光波まで。
おそらくこちらの人類から隠れるために用意した光学迷彩など、初見で見抜かれているだろう。
可視波の歪みすら計算に入れているとすれば、人間のレーダーより正確だ。
「さて、どう料理するか」
この海域には、まだ人類の監視はない。
誰にも見られないなら、少しくらい実験しても誰も文句は言わないだろう。
もしかすると、感謝さえもらえるかもしれない。
――第一射。
主砲二番、出力30。
量子波制御を最小に抑え、海面の撓みを利用して照準。
瞬間、海水が爆ぜ、光が走る。
だが、怪獣は早かった。
まるで弾かれた矢のように、体を斜めに跳ね上げ、爆心から抜け出す。
その移動速度、通常の水中推進ではあり得ない。
「…あれは、なんだ?」
観測データが示した。
体内圧縮液の噴出反応。
何かしらの化学的爆発で反動を得ている。
「フルバーストモード……?」
いや、あり得ない。
あれはわたしたちじゃない。
完全に生物的、化学反応推進だ。
それも体液を燃料にするという、恐ろしく非効率で大胆な構造。
「……うん。嫌いじゃないね、そういうの」
非効率。ロマンがある…と言えば自然と悪くないように聞こえるだろう。
私は軽く笑い、舵を切る。
圧力変化を利用して旋回、側面に出る。
同時に副砲群を開き、抑制射を開始する。
次の瞬間、爆ぜた。
直線的に、そして爆発的な移動でわたしの場所まで迫る。
クラインフィールドが
「解析――圧力衝撃波。ブレードの表面に高密度振動層……なるほど」
そんなことを口に出しながら、分析をする。
ブレードそのものが共振して、局所的に水圧を刃に変えている。
いわば振動刃だ。
「おもしろいじゃないか」
艦底から魚雷を放つ。
もちろん、侵食魚雷などではない。
霧の通常弾頭だ。
海中での横回転――水流で逸らす。
「兵器を学習している…?」
次弾装填。
全ての魚雷発射管が
海上に飛び出す。
朝日が水平線の下からわずかに顔を出す。
その光を受けて、
「きれいだな」
わたしは静かに海面へと艦を沈めた。
半身を焦がされ、海中に漂っている。
おそらく、再生でもしているのだろう。
人間のデータベースによれば、怪獣のオロチも驚くべき生命力と再生能力を持っているとのことだった。
このシャコのような怪獣もそうなのだろうとあたりをつけた。
◆
「映像、入ります。」
オペレーターの声が緊張でわずかに震える。
モニターに映し出されたのは、霧の切れ間に浮かび上がる黒鉄の巨影。
艦首には山城と判読できる刻印。
扶桑型戦艦――山城。
記録上は、1944年のレイテ沖で沈没。
だが、目の前にある艦は、まるで昨日進水したかのように滑らかで、塗装の剥がれひとつない。
「通信、開け。全周波数、全帯域で呼びかけろ。」
艦長はそう命じ、ヘッドセットをわずかに押さえた。
「こちらTaPs、哨戒機P-1。識別信号を確認した。応答願う――戦艦山城、応答を願う。」
呼びかけが幾度も繰り返される。
しかし、応答はない。
音もなく、山城はただ海面に浮かんでいる。
「電磁干渉、上昇しています。通常のスペクトラムじゃ説明できません」
「値は?」
「U.M.F干渉場に似た波形です」
やはり、霧の一隻。
人類が直接、ここまで接近できたのは初めてだった。
これまでの記録はすべて哨戒機や衛星による遠距離観測。
だが今回は違う。
人類が通信を開き、初めて対話のチャンスを掴もうとしている。
「山城、応答を。こちら敵意はない。繰り返す、こちらTaPs哨戒群――」
「応答は……なし、か。沈黙というのは、時に最大の威圧だな。」
上層部の意向は「可能なら対話せよ」。
だが、そもそも相手が人間と同じ概念を持っている保証などどこにもない。
その瞬間、艦体が微かに動いた。
艦橋部の装甲が軋み、海面が一気に波立つ。
が、発砲の兆候はない。
ただ、まるで何かを探すように主砲が水平線をゆっくりと回転した。
「動いた……!?」
「攻撃か!?」
「いや、違う!」
大和令和は息を呑んだ。
その動きには敵意が感じられない。
風が変わった。
どこからともなく低周波の唸りが届く。
――いや、違う。これは風じゃない。
「水中反応、急速接近!」
オペレーターの叫びが艦橋に響いた。
「距離、2,000……1,500……波形が異常です、怪獣です!」
大和令和は窓越しに海を見た。
霧が裂け、黒い何かが浮上してくる。
歪な輪郭、ねじれた装甲のような皮膚――
「ヒルコ……!」
大和令和が深海で発見した捕食型生命体。
動機も知能も不明、人間の艦艇を襲う存在。
その口が、まさに近くのミサイル巡洋艦に向けて開かれようとしていた。
「全艦、退避――!」
艦長の声がスピーカーを通じて響く。
次の瞬間、海面が弾け飛び、巡洋艦の一隻が傾いた。
爆炎と水柱が混ざり、警報が乱れる。
「山城の反応は!?」
「依然として静止――いえ、艦体温度、上昇しています!」
ヒルコ。
近海での行方不明艦事件にしばしば関与が疑われていた未知海洋捕食体。
今、その実体が初めて視認された。
「あたご、回避――!」
叫びと同時に、海面が爆ぜた。
水柱が立ち、ミサイル艦の艦首が大きく傾ぐ。
そして、通信が途絶した。
海霧が揺れた。
波の向こうで、山城がわずかに姿勢を変える。
その巨体が向けられた先は、沈みかけた巡洋艦。
「……まさか、応戦を……?」
誰かの声が漏れる。
大和令和は、答えられなかった。
彼の目には、確かに山城の艦橋に一瞬――青白い光が灯ったのが見えた。
ヒルコの咆哮が辺りいっぱいに広がり、ヒルコは海中へと潜っていく。
風が、再び吹き始めた。
霧が濃くなり、山城の艦影を覆い隠していく。
否──潜っている。
水上艦が…潜水をしているのだ。
大和令和は、ただその光景を見つめていた
◇
周囲のモニターには、太平洋上・北緯34度東経146度の海域からの衛星映像や哨戒機からのライブフィードが映し出されている。光学カメラ、赤外線、音響解析ログ、などが次々と更新され、緊張感が室内を支配していた。
「まず、概要を整理します。」
防衛大臣が起立し、タブレットを操作しながら報告を始めた。
「昨日深夜、哨戒機P-3Cが旧日本海軍戦艦型の艦影を海上で捉えました。刻印および艦型より、扶桑型戦艦『山城』と推定されます。沈没記録は1944年レイテ沖となっており、本艦が生存していた可能性が浮上しました。」
「通信を試みましたが応答はありませんでした。他の艦艇同様、U.M.Fの電磁干渉波形と一致するフィールド反応が同艦周辺で観測されており、通常の艦艇とは明らかに異質と判断されます」
星山銀河総理が少し前傾でテーブル越しに資料を眺める。
「…水上艦が潜ったなどという報告もありますね? 映像? 本当ですか?」
防衛大臣が頷き、画面を切り替えた。そこには、海面から浮上する山城の艦体と、海面が裂けて艦がゆっくり沈み始める様が捉えられていた。
音声解析ログでは海中推進と思われる低周波が検出されている。
「はい。陸自、海自両方のセンサーで海中推進の可能性が指摘されています。」
官房長官が眉をしかめて声を上げた。
「つい数週間前の朝霧といい最近話題の幽霊船といい本当に沈没から80年近くの艦が動くのなら、技術的にも…あるいは…なんらかの意図を持った存在ということになります。…幽霊艦という話では済まされませんね」
総理が軽く息を吐き、手元の資料を整えた。
「怪獣出現、オロチ、カガチ…我が国はこれまでも想定外に対応してきました。しかし…この状況は異質です。戦艦が、我々の領海で、いまだかつてない存在として現れたということを、国民にどう説明すべきか。」
防衛大臣が応じる。
「怪獣に対しては対応マニュアルがありますが、艦艇、つまり人工構造物による意図的な動き、となれば、防衛・外交・科学すべての視点から考え直す必要があります。TaPsを中心に、関係各国との情報共有・監視網強化を直ちに実施します。」
星山総理が静かに視線を上げた。
「報道機関にはどう対応しますか? 国民の不安が一気に高まるのは明らかです。SNSではすでに幽霊艦隊、旧帝艦の帰還といった投稿が既にトレンド入りしていると聞きます。」
官房長官が画面を切り替え、SNSのスクリーン映像を提示。多数の投稿や映像が世界中に拡散されていた。
「はい、総理。映像流出によって世界中で憶測が飛び交っています。静観を続けるわけにはいきません。」
総理は少し眉を寄せて言った。
「ましてや、水上艦が潜ったなどと…そんな報告を国のトップが公式に認めるわけにはいかない。しかし、事実を隠蔽すれば信頼を失う、か。」
「まずは監視態勢を強化します。同時に通信チャネルを開設、山城およびU.M.Fへのコンタクトを試みます。可能性として…あくまで可能性ですが、対話が成功すれば、敵対的意図を持たない存在として扱えるかもしれません。」
情報分析部長が付け加えた。
「ただし、応答がないまま怪獣の現場と同時間帯でリンクしているとなれば、…対話どころか戦闘回避の指示を出さなければならないかもしれません。」
総理は黙って数秒間考えた。
そして、決断の声を上げた。
「よし、決定します。『対話試行・非致撃条件』を基本方針としつつ、巡洋艦などを退避体制に移行させる。もし状況が悪化すれば、実力行使を含む全対応体制へ即移行。TaPsには国際共有チームとの合同司令所設置を指示します。」
席上、誰も反対意見を述べなかった。
怪獣という存在を前に、国として未知艦を迎え入れる対応が始まろうとしていた。
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蒼き鋼のアルペジオのメンタルモデル云々はまだ先送りにさせていただきます。
何日後かにアンケート結果をもとにし、この先を書いていきたいと思います。
まだまだ、未熟な身ではございますが、応援よろしくお願いします。
設定集的なヤツ
U.M.F
TaPsが幽霊艦もとい、霧の艦隊を命名したもの。
◇
怪獣…名称 ミヅチ
体長 約150mほど
体重 11万トン
構造と防御性能
多層甲殻タンパク質と炭酸カルシウム結晶の複合装甲。
また、十分な栄養さえあれば、半日で腕を再生できる。
眼についてはシャコ型複眼。紫外線~赤外線+偏光まで識別できる
前脚はブレード状になっており湾曲した刃状肢。構造的にはカマキリ+イカの触腕に近い。
内部には筋肉の代わりに高弾性繊維組織を有し、収縮速度は人間筋肉の約40倍。
特殊能力:酸化性発火液
内部で酸化剤と発火液を混合し、後方へ噴射。短時間で数百m単位の移動可能。
推進角度の微調整が難しく、都市や海峡などの狭所では制御困難。
ただし、直線で突進された場合の破壊力はかなりのもの。
備考
再生には大量の有機エネルギーを要するため、捕食活動後の休眠時間が存在する。
モチーフ生物はメダカハネカクシとシャコ。
蒼き鋼のアルペジオ本編に出るメンタルモデルを出すかどうか
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出す
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出さない
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戦艦系は欲しい
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重巡系は欲しい