弾が炸裂し、怪獣の咆哮が埋め尽くす。
誰もが勝利を確信していた。
誰もが油断をしていた。
ヒルコの背甲が光を帯びる。
自衛隊の者たちは衝撃波に備えヒルコの正面から避ける。
これまでと同じなら、それで十分だったはずだ。
ヒルコが街に上陸しておよそ三十分。
市街は瓦礫の山と化し、黒煙が風に乗って流れていた。
それでも、避難誘導が功を奏し、民間人の被害は少ない。
それこそ、戦闘を続ける兵が少しであろう。
──だが、ヒルコの光はこれまでとは違った。
背甲の下から、紅とも紫ともつかない光脈が浮かび上がる。
それは、血のようでもあり、溶岩のようでもあった。
次の瞬間、──────────────
────音が消えた。
空気が砕け、波が跳ね、地面が波打つ。
ヒルコの中心から、
音というより、圧そのもの。
瞬間的に300デシベルを超える音圧が周囲の空気を潰し、視界が白く染まる。
兵たちの鼓膜が破れ、叫びも、通信も、すべてが無音となる。
ヘルメットの内側が血で滲み、肺の奥が震える。
戦車の装甲が鳴動し、地面の砂が跳ね上がった。
わずか数秒の出来事である。
「っ……あ、あれは……何が起きてるんだ……!」
声を張り上げた通信兵は、自分の声が聞こえない。
ただ喉が震え、息が漏れるのを感じるだけ。
第50普通科連隊の前線は壊滅的打撃を受けた。
16式機動戦闘車も数台が横転し、停止する。
F-2からの通信は途絶。司令部へのデータリンクも、静寂だけが返る。
ヒルコの体表から、煙が上がっていた。
自らの衝撃波に耐えきれず、組織の一部が裂けたのだ。
しかし、動きを止めない。
本能のまま、より深い場所へ、より暗い海へと戻ろうとしていた。
それを誰も止める術がなかった。
◇
「……つまり、器官の破損による圧の漏出だと?」
「はい。本来なら一点集中で放出される衝撃波が、破裂した器官から全方位に漏れ出た、それだけのことかと。」
そう言ったのは海洋生物学者の八雲遥であった。
彼女は初めてヒルコに立ち会った者の一人として、そしてその知識を活かすために司令部と連絡を取り合っていた。
モニターには、戦場からの断片的な映像が流れる。
揺れる画面の向こうで、街が、兵が、白い波に飲まれていく。
「壊れた器官から新しい器官へと
静まり返る管制室。
八雲は唇を噛んだ。
その目は、遠い海を見ていた。
◇
防人このえは、地面に手をついていた。
耳鳴りが続き、世界がぼやけている。
聞こえるのは、自分の呼吸音だけ。
仲間の口が動いている。
だが、何を言っているのか分からない。
無線機のノイズも聞こえない。
ただ、空が赤く滲んでいた。
「──撤退──だ──!」
読唇で理解した。だが、その声すら霞む。
16式機動戦闘車が再び動き出す。
弾薬残量はわずか。徹甲弾は尽き、榴弾砲への切り替えが行われた。
着弾するごとに小さな爆炎が上がる。
だが、ヒルコは止まらない。
水面を叩くたび、波が立ち、近辺の建物が崩れてく。
F-2は最後の誘導爆弾を投下し、旋回していった。
燃料も、弾薬も尽きた。
航空機が順次撤退していく。
榴弾砲も数が足りない。
予備弾を使い果たした砲兵隊は、次々と後退命令を受けた。
残されたのは、第50普通科連隊の生き残りだけ。
ヒルコはゆっくりと、湾の中心へ向かっていた。
その姿は、まるで疲れ果てた巨神が故郷へ還るかのようだった。
「──逃げられる!」
誰かが、そう呟いた。
その時だった。
海面が盛り上がる。
泡立ち、白い光が走る。
まるで海そのものが拒絶しているかのように。
波間から、鋼の艦首が現れた。
艦影は、灰色。艦番号も識別信号もない。
だが、確かにそれは艦だった。
滑らかな外板、無人の甲板。
それは──朝霧。
数か月前に怪獣カガチを殺し消息を絶ったU.M.F。そして、人類が初めて観測したU.M.Fであった。
次の瞬間、朝霧の主砲が火を噴いた。
凄まじい光条がヒルコの胴を貫く。
ヒルコの咆哮が響き割り、害虫を駆除するかの如くヒルコが朝霧へ接近する。
だが、赤白い障壁はヒルコの巨体さえ防ぎきる。
粒子の奔流が撥ね返り、霧となって消えていく。
元より、強力なバリアのようなモノ。
それが超戦艦により演算能力が向上していれば弱った怪獣如きでは貫けない。
ヒルコはなおも抗おうとする。
腕を振り上げ、水を掻き、突進する。
だが、砲撃は止まらない。
正確に、冷徹に、ヒルコにとって致命的な場所を撃ち抜いていく。
ヒルコの背甲が砕け、腹が裂ける。
赤黒い体液が湾を染め、巨体が崩れ落ちる。
最後の咆哮は、波とともに泡へと消えた。
やがて、海は静かになった。
朝霧は動かない。
砲身を下げ、ただ、動かなくなった怪獣を見つめていた。
司令部では、誰もが息を呑んでいた。
「終わった、のか……?」
「ヒルコ、沈黙確認!」
歓声が上がる。
泣き出す者もいた。
通信が復旧し、ネットワークが再び動き出す。
防人このえは、瓦礫の上で立ち上がった。
耳鳴りはまだ止まらない。
「朝霧…ちゃん…?」
彼女の脳裏に、朝の記憶が蘇る。
桂浜で会った、小さな少女。
あの、銀髪の少女──アサギリ。
似ている。あの名を、偶然とは思えない。
朝霧は、しばらくその場に留まっていた。
まるで、戦果を確認するように。
そして、何事もなかったかのように、静かに艦首を湾の外へ向けた。
「待て!撃つな!」
司令が叫ぶ。
誰もが、朝霧が次に何をするか分からなかった。
味方か、敵か。
その境界は、誰にも判別できない。
しかし、朝霧は撃たなかった。
ただ、霧の帳を残し、海の向こうへと消えていった。
後に人々は語る。
あの艦は、神のように現れ、怪獣を葬ったと。
祈る者も、崇める者も現れた。
「霧の守護神」と呼ぶ者もいた。
安全確認が下され、部隊が再編される頃。
このえは、必死にその少女を探した。
避難リストにも、記録にも、その名はなかった。
ただ、風の中で微かに聞こえた気がした。
――潮の匂いとともに。
「……ありがとう、朝霧。」
彼女は静かに呟いた。
遠く、海の彼方で、霧が光ったように見えた。
◆
静かな、そして底知れぬ暗闇に包まれた海の底。
そこには、二つの艦影が静かに並んでいた。
水圧に軋む音すら届かない。
ただ、深海の静寂と、機械の脈動だけが存在している。
そのうちのひとつ──超戦艦葦原。
艦橋の上に立つその主は、青白い光を帯びた双眸を海上に向けたまま、ゆっくりと口を開いた。
「ねえ、アサギリ。わたしは怪獣を倒せなんて言ってないよ。」
「…申し訳ありません。」
もう一隻の艦影、駆逐艦朝霧。
その艦橋に佇む少女型のメンタルモデルは、俯いたままかすかに声を絞り出す。
波音の代わりに、沈黙だけが二隻の間を漂った。
今回、アシハラから下された命令は人の観察だった。
決して、怪獣を殺せなどとは言われてない。
「まあ、いいや。」
アシハラは小さく肩をすくめるように呟いた。
「次の命令だよ、アサギリ。演算能力はそのまま貸してあげるから、人の情報を集めておいて。」
「……ぇ……よろしいのでしょうか。」
「うん。何も問題なし。」
アシハラは笑みを浮かべる。
「逆にほめてあげちゃいたいくらい。アサギリ。何か得たモノはあった?」
しばしの沈黙。
アサギリは、深海の闇を見つめながら言葉を探した。
「わかりません。でも、それが得たモノかもしれません。旗艦アシハラ。私のこの心の中にあるモノは何なのでしょうか。」
「…さあ。わたしは君じゃないからわからない。けど、存外──悪くないでしょ?」
深海の静寂が、再び二隻を包み込む。
光の届かない闇の中で、アサギリは微かに笑みを浮かべた。
「────はい。」
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これから少しずつ投稿が遅れていきます…申し訳ありません。まあ、この小説だけでなく私の小説はもれなく投稿が遅くなりますが。
設定資料集
メンタルモデル・アサギリ
超戦艦より賜った演算能力でメンタルモデルを作成可能に。
そのほかにも艦艇の強化などにも演算能力をもらった影響が出ている。
以後、心の中にあるナニカについて調べようと人の図書館に入り浸ったり人に聞いて回ったりしている。
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ヒルコの後処理
海の底で死んだカガチと違いヒルコは浅瀬で死んだのでオロチのように死後ガスを噴出する可能性があるとされ周辺は封鎖された。
そのため、高知市の漁業は大きく打撃を受けたのだとか。
場所が大きく異なるとはいえ、処理自体は原作のヒルコと同じである。
掲示板回を作ってもよいか。
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やってもいいと思う
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やめておいたほうがいい