ホロウ・アース。
地球空洞説──そう呼ばれるものは、長らく荒唐無稽な学説のひとつとして扱われてきた。
だが、いまその言葉が再び研究会議の議題に上がっている。
「──つまり、そこが穴ということですか。」
八雲遥の隣で、大和令和が低く呟いた。
彼がその名を耳にしたのは、ヒルコ観測の以前にも一度あった。違うのはそれが今、正式な議題として持ち出されたことだった。
「ええ。」
八雲は端末を操作し、スクリーンに映像を切り替える。
「この層の深度はおよそ一万三千メートル。地殻の厚みを考えれば、本来存在するはずのない空隙です。」
「それが……怪獣の出現源だと?」
怪獣疫学センター長・吉村賢治が眉を寄せる。
「現時点では、可能性の一つに過ぎません。」
八雲の声はあくまで冷静だった。
「オロチ、カガチ、ヒルコ──いずれの出現も、太平洋プレート境界に沿っています。生態的な連鎖を考えるなら、彼らは中間捕食者にあたる存在。ならば、さらに上位の捕食者がいる可能性も否定できません。」
「地球の内側にもうひとつの環境があるというなら、怪獣はその生態系から流れ出てきた、そういうことかね。」
「夢物語のように聞こえるな。」
「だが、現実にあのオロチを含め存在した。……そして、もう一つの艦も。」
場の空気がわずかに変わる。
誰もが思い出していた──湾で怪獣を葬り、霧とともに消えた灰色の艦。
吉村が資料をめくりながら言う。
「U.M.F──未確認機動艦体。旧海軍艦艇に酷似した外見を持ち、怪獣を攻撃する謎の兵器。どこの国も、あのような艦は保有どころか計画すら存在しない。……私はあれを狩りを行う未知の文明の兵器だと考えています。」
「私は、あれが狩りをしていたとは思いません。」
そう口にしたのは八雲であった。
「行動の規則性も、捕食行動の痕跡もない。あれは怪獣に干渉したが、その後すぐに撤退した。むしろ監視しているようにも見えました。」
「監視……?」
吉村が言葉を反芻する。
「なら、誰が誰のために?」
「それが分かれば苦労はしません。」
八雲は淡々と答え、机上の資料を閉じた。
「ですが、知ってほしいのは怪獣という存在が、我々が思っているよりもずっと古い地球の住人かもしれないということです。」
沈黙が流れる。
海図の上を、蛍光灯の明かりが白く照らしていた。
令和は腕を組み、ゆっくりと目を閉じた。
「……なら、あれは帰ってきたんじゃなく、押し出されたのかもしれませんね。」
「押し出された?」
「内部の環境で何か異変が起きた。棲み処を追われた中間捕食者たちが、外に溢れ出している。」
令和の声は低く、どこか確信めいていた。
「それを、U.M.Fが止めようとしている──そう考えれば、説明はつきます。」
「どうだか。」
U.M.F研究委員会会長である沢村竹人が、口を挟んだ。
「そもそもU.M.Fが何故旧型艦の見た目をしているのかなども説明がつかん。私としては民間人が言うような宇宙から飛来した機械が沈没した戦艦たちを再利用したなどという方が信憑性があると思っている。U.M.Fが怪獣を止めているならなんのためにという話題は尽きない。」
沢村の言葉に、会議室の空気がざらついた。
誰もが、答えのない議論に疲れ始めているようだった。
八雲は視線を端末に落とし、小さく息を吐く。
「宇宙起源説、ですか。……確かに、それも完全には否定できませんね。」
「だろう? 現に、あの構造体は我々の造船技術では説明できん。」
沢村は指先で机を叩きながら続けた。
「放射線、金属成分、動力機関。どれを取っても未知の領域だ。もし空洞の奥に何かがあるというなら、それが地球内部か、あるいは外から来たのか──我々には区別すらつかんのだよ。」
吉村が眼鏡を押し上げた。
「ですが、現実的に考えてください。あれが宇宙から来たというなら、何故いまになって現れた? 何故、怪獣の出現と同時期に?」
沢村は肩をすくめる。
「さあな。だが、人類史の尺度で語るには、千年単位の眠りから目覚めた存在かもしれん。」
「それならばなおさら、我々が口を出す領域ではない。」
八雲が制止するように言った。
「私たちは理解しようとしている段階です。決めつけも、神話化も早すぎます。」
沢村は不満げに眉をしかめたが、それ以上は言わなかった。
◆
アサギリを街に送り出してすぐ、わたしは海の中をゆっくりと航行していた。
わたしは穴の調査に来ていた。
ここで言う穴というのは人類のデータベースではホロウ・アースと呼ばれるモノだ。
「わーお…。」
思わず、そう口に出す。
穴の内部、その壁面をよじ登る巨大な甲殻類。
海流に乗って外へ出てくるダイオウイカの比ではない、桁違いのサイズのイカがゆっくりと漂っていた。
「やっぱり、こういうものは実際に見てみるに限るね。」
超戦艦としてのコアが低く唸りをあげ、内部で機器が自動稼働を始める。
今回、穴を調査するにあたり、わたし自身──超戦艦を
「アクティブ探査ユニット、起動。」
これはそのうちの一つだ。
といっても要は、小型探査ユニットであり、わたしの手となり足となる代物だ。
超戦艦ならもともと高性能な索敵能力を持っているが、このユニットは切り離して使える使い捨て艦載機のようなものだ。
わたし本体を危険域に晒さず、先行して穴の内部を探らせるための装備だった。
数基のユニットが光のない深淵へ滑り込んでいく。
──深く、深く。
外界の物音は減り、静けさが重く積む。
光はない。
稀に光っているように見えるのは鮟鱇か何かなのだろう。
しかし、ヒルコやカガチなどの100mは越えた存在は確認できない。
『…うーん、何あれ?』
探査ユニットの視界に、異様な影が映った。
穴の壁面に引っかかるようにして、何かの残骸が止まっている。
『これは…駆逐艦。』
間違いなく霧の艦艇だ。
だが──問題はそこではなかった。
問題なのは
クラインフィールドごと。
穿たれたというより、飽和させられ、力づくで食い破られた跡。
つまり、この穴の内部には霧の艦艇すら瞬時に無力化できる存在がいたということだ。
ユニットとのリンクを一度切断し、わたしは穴の外側、海底近くまで後退して考え込む。
未知というのは、恐ろしい。
超戦艦であるわたしでも、単艦では勝てない相手がいるかもしれない。
これまでなんやかんやで霧の艦艇は怪獣と渡り合えていた。
どこかで油断していたのだろう。
しかし、戦術ネットワークにはあの沈没した駆逐艦の記録は一切残っていない。
つまり──記録する間もなく喰われたという可能性もある。
「ま、いいか。とりあえず、他の旗艦には知らせておこう。」
超戦艦がやられるなんてありえないと手を振りつつ、わたしは戦術ネットワークへ再アクセスする。
一覧に表示された名を見て、思わず声が漏れた。
「レパルス? ……そっか、日本の艦だけじゃないんだよね。」
忘れてたと言いながら、これはチャンスであることを再確認する。
わたしは舵を切り、航路を変更した。
「いざ、イギリスへ!」
軽やかに宣言しながら、超戦艦の機関部がゆっくりと加速を始めた。
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設定資料集
大和令和
TaPsの指揮官の一人であり、怪獣自衛隊のもう一人の主人公。
本作では地味に、第三話「深い深海にて」で登場している。
海からの不思議な声を聞く能力を持つと言う。
掲示板回を作ってもよいか。
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やってもいいと思う
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やめておいたほうがいい