海鷲は来る 〜リップシュタット戦役補遺〜   作:くコ:彡の本棚

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ACT 1

 四拠点への同時攻撃は上首尾に終わり、敵はシアルフィに対峙する足場の大半を喪失した。

 

 戦艦百隻あまりを連ねた突撃隊。重装甲に物を言わせて防空圏内に突っ込み、ミサイルの豪雨で軍港を焼き払う。密かに逃げ出されるのが常であったため、ここまで大規模な対地攻撃が成功したのは初めてのことだ。

 

 発進も許さず発着口を潰し、影も踏ませず撤収した。そのことが、敵の赫怒を呼び起こしたことは間違いない。一万にのぼる敵がシアルフィに押し寄せる前に、帰投できたのは重畳だった。昔から、見切りのつけ方だけは己の取り柄だったと、クルーガーは思う。

 

 包囲が狭まる前に、艦隊の半数を自ら率いて繰り出した。貴族連合の兵站拠点であるレンテンベルクに軍需物資が運び込まれており、それを狙うかのような動きである。

 退路を断とうと敵が輪を乱した瞬間に方向を転じて、突出した敵を射線に捉えた。要塞に残った味方も呼応し、たちまち十字砲火を形作る。輻輳する火線は業火の坩堝と化し、千隻近くの敵を鉄屑に変えて飲み込んだ。

 

「あれ以来纏まった打撃を与えられていないのが歯痒いな」

 

 やや狭まった視界に違和感を覚えながら、クルーガーは溜息を吐く。旗艦"ヴィスマール"が被弾した際に頭部を負傷し、包帯を巻いている。司令官、旗艦共にさしたる傷ではなく、味方に動揺が生じなかったのは幸いだった。

 

 態勢を改めた敵はシアルフィの前面を鉄輪の如く固め、千から二千隻による波状攻撃を仕掛けてくる。こちらも徹底した籠城策で応じた。入り組んだ構造となっている要塞の外郭に引き込み、死角から躍り出た艦隊と空戦隊による肉薄攻撃を叩きつけるのだ。爆炎に引き裂かれ、岩肌に叩きつけられた残骸は、殆どが敵のものである。

 

 しかし、日を追うごとに息が上がってくる。攻め寄せてくる敵の大半は、こちらの消耗と戦術の看破を目的とした、使い捨ての鉄砲玉であるらしい。督戦隊じみた動きをする艦に背中から撃たれ、自棄を起こしたように突っ込んでくる敵もいた。

 

 このままだと、消耗しきったところに敵主力の総攻撃を受けることとなろう。立て続けの出撃を強いられる単座式戦闘艇(ワルキューレ)の補修と補給も追いつかない。

 

「今日で一週間か……」

 

 一隻の駆逐艦が重大な使命を帯びてシアルフィを出てから、それだけ経っている。土地勘のあるヌーテン中尉によれば目標宙点まで二日、それから最短五日で討伐軍が来るだろうとのことだった。手筈通りであれば合流を果たしているだろう。

 

 艦隊をこちらに派遣してもらえるとして、来着はさらに一週間後というところだ。これは遅くなることがあっても、早くなることはあるまい。

 

「保たせられるものかな」

 

 否、保たせねばならない。要塞を守る力が尽きた時には、包囲の一角を突き破って遁走すると決めてはいるが、やはり敵の数を減らさないことにはどうしようもなかった。

 

「敵正面、および右翼。突出の気配あり」

 

 前に出ながら艦列を組み直す敵。先程までとの違いがはっきりと分かる。こちらの体力の翳りを目敏く捉え、本格的な攻勢に移らんとしているのだ。

 辺境の古びた要塞など求めはすまい。帝国の陰の支配者に刃向かった者を根切りにする、それだけのために。

 

「雷撃隊を出しますか、閣下」

 

 副官の進言は、クルーガー自身も考え始めていたことだった。宙雷艇数十隻を抽出して編成した重火力部隊。敵の本営を叩くために温存していた虎の子の戦力を、投入すると決めた。後に脱出するとなれば、足の遅い艦艇は捨てていかざるを得ない。出し惜しみこそ忌むべきであろう。

 

「奥深くに敵を引き込み、雷撃隊で叩く。出るぞ!私自ら指揮を取る」

 

 発着口を飛び出した"ヴィスマール"に、雷撃隊が列をなして付き従う。被弾し、帰投してくる味方と幾度もすれ違った。損傷部から炎と煙が噴き出す艦、砲口がひしゃげた艦、舷側が丸ごと削ぎ落とされた艦もいる。自分の決断に従ったがための損害だった。

 

 詫びはせぬ。己を責めぬ。今は。自分について来てくれた皆に報いる術は何か、弁えているつもりだ。

 

「空間の歪みを観測」

 

 電測員の一言が艦橋に谺する。

 

「ワープ・アウト反応、艦隊規模です」

「何処からだ」

 

 要塞の後方、八時方向の宙点だった。外部監視モニターが作動してその様を映し出す。確かに、ワープを終えた艦艇が現次空間に飛び出す時に点る、光の群れが画面を覆っている。

 

「敵が回り込んだのか?」

 

 言いつつも違うと気づいている。敵は嵩にかかるどころか、突然現れた何かに当惑しているのが明らかだった。

 次元の壁を突き破って現れる艦隊。快速艦艇が大半を占めていた。直進する巡洋艦の側面を駆逐艦が固める手際は、迅速と沈着が高い次元で融合していると分かる。

 

「ワープ直後にここまでの陣を……」

 

 唖然とする副官の言葉はクルーガーの代弁だった。整然とワープに移り、ワープを終えれば素早く陣を整える。艦隊運用の手腕を測るうえで重要な指標だが、現れた艦隊のそれは最高に近い水準と言えよう。もし、敵がワープ直後の隙を狙おうとしても、逆に撃砕されることは疑いない。

 

 クルーガーは気づいた。所属不明の艦隊を、自分が味方と認識していることに。だが、そうではないか。今の帝国において、これほどの練度を誇るのは……。

 鮮烈な赤が、目に飛び込んできた。

 

「識別信号あり。戦艦"バルバロッサ"」

 

 ────────

 

 自分が何故ここにいることを許されるのか。最早そんなことはどうでもいい。マティアスはただ、激しく移り変わる景色に圧倒されていた。

 

 戦艦"バルバロッサ"の艦橋。赤い海鷲の見る世界。側面から要塞を窺う敵の無防備な横腹に、中性子ビームの怒涛が吸い込まれてゆく。駆逐艦が各々に満載されたミサイルを投げ放ち、敵の散開を妨げているのは周到と言う他ない。鋼鉄の壁に穿たれた大穴に、"バルバロッサ"率いる艦隊は頭から突っ込んだ。

 

 炎上する戦艦、へし折れる巡洋艦。瞬きする間に消え去ってゆく影に目もくれず、突撃は続く。要塞正面に攻め寄せる敵勢、数で言えばこちらの四倍は超えているだろう。

 

 幾重にも連なる艦列は断崖のようにも見えたが、その外壁がぼろぼろと崩れ始めた。見える。艦の装甲をすり抜け、顔を引き攣らせた敵が仰反るのが見える。混戦を切り裂く真紅の軌跡に恐れをなし、敵の一部が背を向け始めた。

 

 生じた間隙を狙い澄まして砲火が殺到し、亀裂はたちまち断層と化した。艦首を何処に向けるべきかすら分からない敵を捉え、縮地もかくやの速度で艦隊が肉薄する。主砲も使えない相対距離で見舞う、短距離ミサイルの乱打。立て続けの近接ビーム砲の閃きが、装甲を抉り飛ばして内部を焼き払った。擦れ違いざま、喉笛を掻き切るようにだ。

 

"バルバロッサ"率いる縦列が駆け抜ける度、爆炎の花が連なり、艦は残骸と化す。俯瞰すれば、その様は何と表されるだろう。天地を断ち割る流星か、荒れ狂う竜巻か。

 

 縫うように敵中を遊弋していた艦隊が、直角を描きながら方向を転じた。右方へ転回する視界に三半規管が悲鳴を上げる中、その先にあるものを見て思わず声が出た。反攻を期して一箇所に集められた砲艦数百隻の群れ。

 見えていたのか、敵味方が入り混じる混沌の戦場で。

 

 間合いの詰め方は尋常なものではなかった。一度瞬きをしたかと思えば、すでに砲艦は目の前にいるのだ。狙いを看破されて凍りつく敵に降り注ぐ白銀の驟雨。磁力砲弾は装甲を貫き通して敵の懐で炸裂し、飛び交う破片の嵐が蝟集しかけた敵を蜂の巣にした。

 

 爆炎の照り返しで戦場が朱に染まったと見えたその時、要塞前面で煌めきが連鎖する。算を乱すという表現が相応しい様子で、敵が逃げ崩れてきた。港湾から突出した雷撃艇が、がら空きの背中にミサイルの牙を突き立てる、その光だった。

 

「少将がやった」

 

 誰かがぽつりと呟いた。"トリエルⅡ"は与えられた使命を完遂し、シアルフィ駐留艦隊も戦場で面目を施したのだ。晴れがましさが滲むのも無理はない。

 

 玄関口から叩き出された部隊が逃げ込んだことにより、敵の恐慌は臨界に達した。"バルバロッサ"麾下の艦隊が戦場に現れてから二時間しか経過していないのだが、損害は三千隻に届こうとしている。敵はそのことに未だ気づいていない。しかし、自分達が勝利と最も遠い所にいることは気づいているだろう。

 

 堤に罅が走るように敵が散り始める。罅は亀裂となり、崩落となり、やがて開けた星空が見えた。

 

「駐留艦隊旗艦"ヴィスマール"より、通信が入っております」

 

 艦橋のメイン・スクリーンに、敬礼を施すクルーガー少将が現れた。負傷しているようだ。一週間戦い抜いた疲れがあるだろうに、それを微塵も感じさせない佇まいである。ただ、当然ではあるが、自分が送り出した者達が画面の奥にいることに驚いている様子だった。

 

『シアルフィ駐留艦隊司令官、クルーガーであります。この度、閣下御自らの救援、感謝の言葉もございません』

 

 艦橋の中央にある男が応じた。

 

「ただ今の勝利は偏に、一歩も引かず戦線を維持し続けた貴方がたの武勲です。どうか真の辺境平定をもって、敬意を形で表させていただきたい」

 

 心に沁み渡ってくるような労りに満ちた声音は、演じようと僅かでも思えば出せないものだった。もし、この声を演技で出しきる人間がいれば、そいつは全宇宙に冠絶する大名優に違いない。

 

 男の声を、初めて聞いたような錯覚に囚われた。戦いの最中は鋭く指示を繰り出し、二千隻の艦隊を手足の如く操っていたのだ。闘志の横溢したその声と、今耳にした温厚な声色を結びつけられない。

 

 それでも、確かなことだ。天の遣いと地獄の使者を、この男は一つきりの魂に宿している。その切替わりが声に現れる。二面性、とは言うまい。確固たる一つの芯とでも言うべきものは、状況如何で無限の表情を見せるものなのだろう。

 

 ジークフリード・キルヒアイスという人は、そういう男だった。

 

 ────────

 

 予想よりも遥かに早く討伐軍と合流を果たした"トリエルⅡ"は、小型艦艇用の工作艦に導かれた。

 

「直撃弾もらっておいてスイング・バイたあ、大した無茶をしやがる。運がいいよ、お前ら」

 

 熟練らしき整備士が軽口を叩く傍らでは、危地を潜り抜けた"トリエルⅡ"がドックに横たわっている。中にいては分からなかったが、内部構造にまで破壊が及ぶ被弾箇所はかなり痛々しい。

 

「それで、いつ頃出られるんだ?」

「各部を分解(ばら)してざっと一月」

「そこまで待つゆとりはない」

「こっちも子供じみた我儘を聞く気はないね。こいつ、最後にオーバーホールしてやったのは何時だい」

 

 言い訳にしかならないが、断続的な襲撃に見舞われる辺境での本格整備は困難なことだった。戦闘そのものは問題なく行えるだけの手入れをしていても、小さからぬ損害を被った時、隠れていたものが露わになるようにトラブルが続発する。諭すように言って聞かされた。

 

「合流を果たしたと味方に伝えたい。一日も早く戻りたいんだよ」

「俺達と一緒に来ればいいだろう」

「助けてもらっておいて失礼きわまりないと分かってるが、出立が何時か気が気でないんだ」

「多分、閣下がお教えくださるさ」

 

 ヴェルナーが呼びに来たのはその時である。討伐軍別働隊の総指揮官が、自分達との面会を求めているという報せと共に。

 

 ────────

 

 大きい人だった。

 

 190cmというから、マティアスより頭一つ分は大きい。しかし、体格から連想されるむくつけな顔はなく、飾り気のない笑みを浮かべる赤毛の青年がそこにはいた。

 

「ジークフリード・キルヒアイスと申します」

 

 階級の違いすぎる相手に先に名乗らせてしまった。慌てる。舌を滑らせて返事を返すマティアスを嗤うでもなく、キルヒアイスは微笑を浮かべて

聞いていた。

 マティアスと同じく、平民の出という。だが、静かに笑みを湛える振る舞いには、そこらの貴族よりも貴種の風があるようにすら思える。

 

 艦隊旗艦"バルバロッサ"。シミュレーション設備のある会議室に、シアルフィ脱出を実行した主だった士官が集められている。目の前の青年に対する視線は、畏怖に近いものに満ちていた。カストロプ公爵の乱を十日で鎮圧し、アムリッツァ星域の会戦では敵に引導を渡す大任を完遂した男。それが眼前に立っているのだ。

 

「ヌーテン中尉。辺境宙域の地勢的条件には通暁しているとのことでしたね」

「はっ。な、何なりと」

「万単位の艦隊同士が衝突するのに適した戦場を、教えていただきたいのですが」

 

 その問いかけに得心がいった訳ではないが、上官命令である。幸い、然程頭の回転を要さず答えは見えた。

 

「キフォイザー星域で、ほぼ間違いないかと」

「キフォイザー星域」

 

 確かめるようにキルヒアイスが言うと、卓に備わる投影システムが、宙空に星図を浮かび上がらせた。キフォイザーは辺境において珍しい開豁宙域であり、艦隊と艦隊がぶつかり合う大会戦の舞台となり得るだろう。近傍には、門閥貴族の一大拠点であるガルミッシュ要塞も存在している。

 

 キルヒアイスには何やら期するところがあるらしい。ただ、それがシアルフィの救援に繋がるものかどうかは分からぬ。確かめたい。しかし、上官への節度を失する訳にはいかなかった。

 

「案じられるな」

 

 心の内を見透かされた、というより、心に直接語りかけられたような気がした。

 

「救いを求めて諦めず抗い抜く戦友を、私は、ローエングラム侯は決して見捨てない。二千五百隻の快速艦隊を先陣として、我が艦隊を急行させましょう。編成に些かの時を要しますが」

「恐れながら、出立の期日は?」

「明日の正午」

 

 一座はしんとなった。それを望んでいた"トリエルⅡ"の面々でさえ、ここまで事態が速く、大きく動くとは想像だにしていない。たった一言。明瞭にして簡潔な一言でもって、皆の不安を吹き払ってみせた。合流できるだろうと元々予想されていた日時に、帰還することさえ叶うかもしれない。

 

 それから、シアルフィの戦力や物資の備蓄状況、敵の位置関係等についての質疑が、キルヒアイスと他の士官達との間で交わされた。決して豊富とは言えない情報であったが、十分満足のいくものであったらしい。

 

 散会となった。脱出してきた者達には"バルバロッサ"に一応の詰所が宛てがわれており、乗る艦が決まるまでの時を過ごすこととなろう。

 皆が会議室を後にする中、マティアスは一人留まってキルヒアイスを見ていた。自分の旗艦とはいえ、一人の幕僚も連れずに自分達と向かい合っていたことに今更ながら気づく。

 

「何か、気にかかることでもあるのですか?」

 

 正直に答えようか悩んだ。先程、シアルフィを救援すると断言した時である。その言葉の奥に巍然として座す何かを感じた。不退転の覚悟とも、拭い難い後悔であるとも思える。確かめたくはある。しかし、軽はずみに触れるべきではないともよく分かる。

 

「シアルフィへの進軍についてですが、間道とまでは言えないにしろ、難所を避けうる航路を取ることも可能です。先陣の指揮をなさる方に、小官からお伝えしたく思うのですが」

 

 結局、口をついて出たのは全く違うことだった。

 

「では、本日中に文面に認めていただきたい。必ず目を通させてもらいましょう」

 

 何か驚くべきことを言われたような気がしたが、与えられた任務を果たすことに気を取られたまま、その場を辞した。

 翌日、正午。キルヒアイスが明言した通り、快速艦艇を中核とした先陣がシアルフィを目指して進発する。槍の穂先を思わせる鋭い陣形は、到着と同時に交戦を開始する覚悟の現れであろう。

 

 マティアスは陣頭に立つ赤い艦影を見ることはなかった。予想することさえできなかったが、"バルバロッサ"に搭乗してシアルフィへの帰途に着いたためである。

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