海鷲は来る 〜リップシュタット戦役補遺〜   作:くコ:彡の本棚

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ジークフリード・キルヒアイスの述懐

 核が、見えてきた。

 

 これまで漫然と密集し、散発的な攻撃をしては被害を出していた敵の陣形が変わった。抜き身の刃を思わせる鋭さ、隙のなさである。

 

 敵の事情も朧げながら見えてきた。こちらの捕虜となっている敵指揮官・ボーブルによれば、ベーリングという男でまず間違いないだろうという。アスカーニでの戦いで左翼を指揮していたとのことだった。あの苛烈な突撃に直面したことを思い起こせば、確かに納得できる。

 

 そしてもう一つ、敵が放ったらしい救命カプセルを収容していた。中にいたのは、リッテンハイムと近しいラウジッツという男爵である。ベーリングへの指揮権の委譲は、決して穏便な形で行われた訳ではないのだ。男爵は人事不省に陥っていたが、現在は快方しつつあるとの報告があった。

 

 どうにか、一つの壁を越えられそうだと、キルヒアイスは思った。後は詰めを誤ることなく、現れた敵の核を撃砕する。それを果たせば、辺境の平定は中間地点に達したと言ってよいだろう。

 

 思案すべきは、どのような手段を用いるかであった。

 

 ひたすら攻撃をかけ、追い回し、一枚ずつ衣を剥ぐように追い詰める方法もある。ただ、それだと帰順した惑星への目が行き届かず、彼らに累が及ぶ危険もあった。こちらを信じてくれた皆を、これ以上傷つける訳にはいかない。当然の責任である。

 

 となれば、敵を誘い込んで撃滅するという戦術を選ぶこととなる。何処に。敵の奔放な動きを封じ、逃走も許さず捕殺できる地形。同時に、罠であると敵に悟られても、こちらを撃破する可能性に賭けさせるような戦場。

 

 手がかりは、シアルフィ駐留艦隊の勇戦にあった。彼らは要塞表面の入り組んだ地形に敵を引き込み、隘路で立ち往生したところを立て続けに撃沈したという。

 

「惑星ブローラの表面に敵を誘引する、と?」

 

 軍議を召集したキルヒアイスは、居並ぶ指揮官に己の考えを披瀝した。流石に、容易には真意を掴みかねている。

 

 ブローラはシアルフィからガルミッシュ方面に少し進んだ宙域にある、自由浮遊惑星であった。直径はオーディンのほぼ三倍。大気圏内で吹雪が荒れ狂い、氷の山嶺を幾つもの峡谷が貫いている。海面も凍結していた。

 

 キルヒアイスは自らが惑星に降下し、敵を誘き寄せる旨を満座に告げた。

 

「閣下、それはあまりに危険です。一度大気圏内に入れば、戦闘の最中に離脱することは不可能ですぞ」

 

 大気圏突入、離脱を行う間、宇宙艦艇は最も無防備な状態に置かれる。クルーガーの危惧するところはそれで、惑星への降下は退路を断つに等しかった。

 

 だからこそ、敵は飛び込んでくる。強引かつ性急な指揮権の掌握からは、敵将……ベーリングの心中にある焦りが垣間見えた。理性の檻を焦燥が突き破る契機を与えてやれば、必ず乗ってくる。

 

 一度捉えれば、逃がさない。

 

 集った将兵から三度は提示された疑義に対し、キルヒアイスは言葉を尽くして皆の不安を和らげることに腐心した。いたずらに情に訴えかけることはせず、惑星上で戦う利を理屈でもって説いて聞かせた。

 

「それでも最後は、信じてくれとしか申し上げられません。私は指揮官として、重要な局面で妥協したくはないのです」

 

 辺境に生きる皆の安寧のために、とは口に出さない。言葉でなく、行動でその心を表明してきたつもりであるし、それが共に戦う皆にも伝わっていると信じている。

 

 そして、これは軽々しく公言できないことだが、キルヒアイスはこの戦いで散ることなど考えてもいなかった。

 

 共に宇宙を手に入れよう。その言葉と共に差し伸べられた手を握ったあの日、自分の命を、存在の全てを何に捧げるか決めた。それは命じられたのでもなく、運命づけられたのでもなく、己の魂そのものと誓約を交わしたということなのだ。

 誓いを守り通さぬ限り、自分は死ぬ訳にはいかない。いや、死なない。その思いがキルヒアイスを貫いている。

 

 不安に翳っていた皆の顔つきが変わり、決然とした敬礼をキルヒアイスに返す。覚悟を決めたのだ。戦う覚悟と共に、若き司令官の武運を信じ抜く覚悟を。本当の意味で信を得られたことを実感し、キルヒアイスは晴れがましさを覚えた。

 

 戦支度が始まる。共に降下して戦う直率部隊の編成には、要塞を統括していたクルーガーの見識と経験が大いに参考になった。主戦場となるブローラには無人偵察機を派遣し、地形や天候の詳細な把握に努めている。

 

 雪と氷に覆われた酷寒の惑星。初陣の地・カプチェランカを思い出さずにはいられなかった。ふと、端末を操作していた手を見る。あの時はこの手で引金を引き、初めて敵の生命を奪ったのだ。

 

 敵と味方。軍人と民間人。貴族と平民。数多の命運を左右する手になったものだと思う。あの姉弟と出会い、全てが動き出した。身命を賭すに値する存在との出会い。そこから始まった日常の温もり。

 

 それを奪われた時、彼の……ラインハルトの見る世界は変わった。蒼光の迸る両目が見据えるのは、征服すべき星の海、変えるべき未来だった。

 

 必死でその後に着いてゆく中で、キルヒアイスは考えた。大志に突き動かされるまま驀進するラインハルトの行末には、万民にとっての理想に近い世界が待っている筈だ。しかし、そこから取りこぼされる者、割を食う者は皆無とはいかないだろう。それらが積み重なれば、実現した理想を瓦解させる負の原動力となりかねない。

 

 だから、自分の手で拾い上げる。一人でも多く、時には立ち止まって。天に飛び立つために蹴った大地に生きる人々の営み、その尊さに目を向けてもらうきっかけを作る。配下として生き抜くとは、そういうことだと思っている。

 

 直率部隊に組み込んだ艦の、代表者達とも面会した。駆逐艦一隻で自分の下に駆けつけてきた、士官達の姿もある。一つのきっかけは大きな流れを呼び起こし、時代を動かしてゆく。その中で懸命にできることを探す皆の顔を、覚えていたいとキルヒアイスは思う。

 

 出撃の時が来た。

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