海鷲は来る 〜リップシュタット戦役補遺〜   作:くコ:彡の本棚

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ACT 4

 精鋭一万隻を選りすぐった。

 

 あまりに損耗が激しい部隊、動きの悪い部隊にはガルミッシュへの撤収を命じている。指揮官の人選にも慎重を期した。ツァイツとの距離が近く、死んでなおその姿勢を崩さない者には、ツァイツの供を命じてやった。

 

 さらに言ってしまえば、一万という数も目眩しに過ぎない。ベーリング自ら率いる千隻、それが赤毛の旗艦ただ一隻を狙う。敵将一人を討てば勝ち。決して、分の悪い賭けではない筈だ。

 

 敵艦隊進出の報が入った。ガルミッシュとシアルフィを繋ぐ航路を立ち塞ぐ態勢にあり、こちらを封じ込めんとしているように見える。惑星ブローラを左方に据えた布陣だった。

 

 罠だ。分かりきっている。それでも、飛び込む以外の選択肢はない。敵が手ぐすね引いて待つ罠を踏み破れば、喉元に食らいつく隙は必ず生まれる。

 

 赤い旗艦の所在が分からないことだけが、気にかかった。艦隊の中に紛れ込んでいるか、遥か外縁で別働隊として動いているのか。しかし、こちらを誘っているのは違いあるまい。ならば、必ず相見える。

 

「攻撃せよ」

 

 明快きわまる指令が通信回線を駆け抜け、艦隊は突撃を開始した。

 砲門から迸る火線が指向性を持ち、波濤と化して敵の両翼に押し寄せる。シールドに弾かれたビームが光の飛沫となって戦場を照らした。

 

 左右の動きを押し留めて中央の突出を誘う。飛び出してきたところに、温存していたミサイルと磁力砲弾を八方から叩き込んで、鉄と炎の雪崩に敵を巻き込むのだ。

 

 中央が静けさに満ちたまま、左右で交わされる光条の数ばかりが増えてゆく。それも、大きな被害を敵味方に齎すものではない。停滞の只中にある戦場において、ベーリングは逸りそうになる麾下と己自身を必死に鎮めていた。釘付けにされている感はある。それでも、腰の据え時だった。

 

「敵中央に動き」

 

 待ち望んでいた瞬間の筈だった。中央の敵が艦列を組み替え、前進の機を窺っているようだ。暗号通信を走らせ、艦隊に潜伏させていた雷撃部隊に集結を命じる。集中砲火で目標を覆滅し、中央に生じた断層に紡錘陣で突っ込んで、敵を両断するのだ。

 それが、敵旗艦との激突の機となろう。

 

 しかし、想定通りだった筈の敵の動きは、ベーリングに攻撃命令を躊躇させた。突出してきた敵は前進でなく、守りを固めているとしか思えない。甲羅に籠った亀の如くであり、雷撃を集中してもさしたる損害は与えられないだろう。

 

 戦況の膠着が狙いか。それは何を企図してのものか。そこまで考えが至った時、ベーリングの目は右に向いていた。

 

「後衛を最右翼に回せ。ブローラに敵の伏兵がいる筈だ、それに備えよ」

 

 エルベ指揮下の後衛部隊が移動し、右翼の脇を固める形で展開した。それから程なくして、予想通り敵の新手が現れる。ブローラの向こう側からだ。見破られたことに狼狽える様子もなく、エルベ艦隊と交戦状態に入った。

 

 長距離砲撃による敵両翼の牽制を続けつつ、エルベと共に新手を挟撃すると決めた。そちらを片付ければ、逆にブローラ側から敵左翼を圧迫できることだろう。

 

 通信回線が俄かに騒がしくなった。エルベ艦隊に属する艦から、驚愕とも悲鳴ともつかぬ声が幾つも噴き上がってくる。通信員は少しでも多く情報を拾おうと苦心していた。

 

「混線してよく聞こえない。……なに、赤?赤色のなんだ、どうしたというんだ」

 

 緊張と期待がベーリングの胸中に去来した。

 

「索敵システムの諸元変更。ブローラ周辺を集中探査しろ、直ちにだ」

「はっ?しかし、正面の砲撃精度が」

「直ちにと言った筈だぞ」

 

 電探員がコンソールと格闘している間も、ベーリングは敵の新手を注視していた。寄せては引く火力の波、重層的に畳み掛ける砲撃が、味方の艦列をじわじわと削ぎ落とす。誰かが唾を飲み下す音がした。

 

「伏兵の中に通信波の集積反応感知、敵旗艦の可能性大」

「識別信号捕捉……戦艦"バルバロッサ"」

 

 直率部隊を再編、の声が艦橋に響く。自分の声だった。奴があそこにいる。それを知覚した時、理性を超えた心のはたらきが命令を下し、切札たる千隻に舳先を向けさせていた。

 赤い影に。

 

 直率部隊が戦場を両断した。鋼鉄の矢が真空の風を裂いて戦場を貫き、敵の旗艦を目指し飛ぶ。

 光学観測が可能な距離にまで達するのに、時はかからなかった。赤い翼を広げた巨鳥。手をかけ、地に引き摺り落とさんと迫る。

 

「ただ一隻、ただ一人だ。それを討ち取るだけで全てが覆る。勝者の栄誉を求める者は、脇目も振らず駆け通せ!」

 

 ベーリングの雄叫びが通信回線に谺する。

 その標的、"バルバロッサ"が離れてゆくのを見、舌打ちを抑えきれなかった。こちらの射界に入る寸前、逃れたとしか思えないのだ。予め分かっていたように。周囲の敵も旗艦を守ろうと陣を乱すと思いきや、むしろ追撃に導くよう動いてくる。

 

「閣下!敵の旗艦が惑星への突入軌道を取っておりますぞ。このまま追えば我らも大気圏に入ることと」

 

 焦りの滲む副官の声。止めろ、と言外に述べている。無視した。とうに、危ない橋を渡らずして勝てる段階でなくなっているのだ。

 

 左右からビームを射掛けられるのに構わず、迷いのない赤い軌跡に追い縋る。黒い帷に輝く星々が視界から消え、茫洋とした白が目の前を覆い始めた。

 大気との摩擦による赤熱はほんの一時で、それが過ぎれば猛烈な吹雪が艦を殴打してくる。地表の全てを氷に覆われた酷寒の風景も、遮られてあまりよく見えない。それでも、目標の反応は余さずトレースしていた。敵か、己か。どちらかが雪と氷の下に沈むまで、惑星を出ることはない。

 

 光が、見えた。一つや二つではなく、百あまりの炎が連なって空を震わせていた。

 

 ────────

 

 マティアスはヴェルナーと共に巡洋艦"ブロンベルク"に在る。"バルバロッサ"の直衛につく一隻だ。

 

 旗艦と共に動き回る五百隻。先んじてブローラに潜伏し、準備を進めていた。白の絵具を幾度も塗り重ねたような厚い雲を見上げ、合流の時を待つ。

 

「来ました!光学探知、並びに識別信号を受信」

 

 赤い翼が雲を裂いて舞い降りる様は、夜明けを告げる光が差し込む景色を想起させた。"バルバロッサ"が雲海を抜けた直後、その背にぽつぽつと光点が浮かび上がったかと思えば、一斉に膨張して熱波を撒き散らす。

 

 大気圏内仕様の機雷が、敵艦を道連れに起爆した炎だった。今となっては使用されることも少ない旧式兵器だが、シアルフィ駐留艦隊はそうしたものを使って戦い抜いてきたのだ。

 

 宇宙空間に比して遥かに狭隘で、大気の流動も激しい惑星において、機雷の嵐に巻き込まれる。それが致命の罠となり得ることに、敵はあまりにも無頓着だったと言えよう。

 破片の豪雨が黒煙を引きながら降り注ぐ中、健在な敵が怒気を漲らせて接近してくる。

 

「敵の想定進路を算出。戦術プロトコル:C(ツェー)が発動されました」

「よし。総員、気を抜くな。そして、気負うな。積み重ねた訓練と実戦の辛苦を思い出せ。いつも通りにやればよいのだ」

 

 一つしかない目を輝かせ、艦長が吼えた。艦が被弾して左目が潰れながらも、指揮を続けて敵を撃滅したことのある男だ。威勢のよい檄が飛び、艦隊が動き出す。

 

 散開した各隊が錯綜する峡谷に駆け込んでゆく。呼応した敵が動き始めたその時、地平線から立ち昇る幾つもの白い動線が、稜線を飛び越える。待ち構えていた巡洋艦による垂直方向へのミサイル斉射は、下方に注意を向けていた敵の頭をしたたかに撃ち据えた。

 

 いきり立つ敵の発射管からミサイルが放たれるも、その大半は遥か上空へ行ったきり、戻ってこない。先制攻撃による混乱で発射速度の調整が利かず、重力を振り切ってしまったのだ。

 惑星上での戦いに適応される前に、事を決する。留まって敵の降下を視認した"ブロンベルク"が、それを先導しながら味方に続いた。

 

「見えているか」

「はっきりと」

 

 眼下のモニターが映し出す。蟻の巣のような隘路に侵入する光点の群れと、吹雪を切り裂きながら猪突する大小の艦影を。頭に血が昇っている様子は、前者の方がむしろ分かりやすい。

 

「シアルフィ脱出行を思い出すよ」

 

 緊張か高揚か、微かに上擦った声でヴェルナーが呟く。確かにあの時も、数と火力で上回る敵から逃げていたものだ。

 ただし、此度は逃げながら、敵を罠の中へ中へと追い込んでいる。鼻面を引き回す痛快な気分に満ちている。

 

「あれから、どのくらい経ったものかな」

 

 本当に、何もかもが変わった。そう思った時、横合いから飛び散る岩と氷塊が、敵と味方の間を遮るのが見えた。

 

 惑星の裏側から撃ち放たれた磁力砲弾が、重力下で放物線を描きながら山を抉り飛ばしたのだ。水平の雪崩を避けんと急制動した敵に後続が衝突し、それが幾度も連なっているのが、折り重なっては消える光点から分かる。

 

 態勢を立て直して前進を続ける敵、その背後に現れたのは、周辺に潜伏していた味方だった。砲弾で削られた山肌から滑り込む形で、敵の背を突いたのだ。

 

 敵にとって、追う側から追われる側に転じた事実は大きかろう。艦首に動揺を張り付けているのが、よく分かる。背後からのビームに推進部を灼かれた敵艦が崖に衝突し、あるいは墜落して白い飛沫を噴き上げる。

 

「進行方向に敵の艦列」

 

 峡谷同士が交わる結節点だった。報告の上がった敵とは、別に動いていた味方に引き摺られていた一群である。無防備な脇腹があった。

 先頭を征く"バルバロッサ"の主砲が轟いて、艦列を断ち割った。唐突に現れた火球に、敵が次々と頭を突っ込む。"バルバロッサ"は素早く舳先を左へ転じ、海へと続く進路を取る。

 

 敵将との戦いにけりをつける時が、来たということだ。赤い海鷲が道を切り開き、自分達が脇と背後を固める。任を全うせんとの思いが、マティアスに充足を齎していた。

 

 ────────

 

 僅かでも頭を上げれば、降り注ぐミサイルの豪雨が叩きつけられる。冷たく、狭苦しい戦場に押し込められている。

 

 アースガルズ・システムを思い出した。叛乱の起きた惑星に無人攻撃兵器を投入し、一定以上の高度に上昇した目標を殲滅するという構想だ。結局、構想だけに終わったらしいが。

 

 自軍の被害を把握することすら、今のベーリングには不可能だった。手元にあるのは二百隻足らずである。誘われるまま峡谷に飛び込み、敵の砲火と岩塊に押し潰された味方は数知れず。惑星の裏側から曲射を仕掛けられるのに耐えきれず、艦列を飛び出した部隊も、戻ってこない。

 

 屈辱そのものの状況下、ベーリングはそれに耐えてじっと息を潜めている。ひたすら待っている。赤い旗艦の反応、仕掛けられた混戦の中でそれを拾い上げる。吹雪に打ち据えられながら身を屈めるのに、自尊心が抗議の声を上げてくる。

 

 ツァイツの死に顔が脳裏に浮かびそうになり、慌てて打ち消した。能無しめが、死してなお私の足を引っ張るつもりか。

 お前は赤毛に勝てなかった。あの言葉だ。投げられたその一言が頭から離れない。否、それはもとより心中に浮かんでいたものではなかったのか。偶然、奴が口にしただけではないのか。

 

 自分には力があると思った。歴史の潮流を変える何かを持っていると、信じていた。蒙昧な門閥貴族どもを操り、金髪の孺子と噛み合わせ、いずれは第三の存在として名乗ろうと画策していた。

 

 とうに、撃ち砕かれていた。あの赤毛に。古びた要塞一つ陥とせず、一度として流れを引き寄せられぬまま、敗北を重ねた。心の奥の奥。奴の存在を前にして、実は膝を屈していた。それとも、自分自身の限界という壁を前に、為す術なく立ち尽くしたのか。

 

 それを認める訳にはいかない。

 

 信号を捉えた。

 

「全艦、前進」

 

 惑星上で宇宙艦艇が動く場合、様々な制約を課せられることとなる。それを押しつけられて大損害を被ったのだが、敵旗艦の行動曲線を算出するのには都合がよかった。

 

 峡谷を飛び出した瞬間を狙い、肉薄する。ミサイルも砲弾も、誤射を恐れて撃てない至近距離。そこに至れば、もはや艦と艦一隻同士の勝負になる。

 

 エンジンの響きも高らかに飛び出した。味方は十数隻しか見えないが、どうでもいい。逃げ出して投降したのだろう。白く凍える大気を蹴立て、当該ポイントへひた駆ける。

 白銀の平野。この惑星には珍しい開豁地だった。流れゆく景色を一瞥もせず、ベーリングは求める標的を探す。

 

 いた。白い暴風が吹き荒れる中、その赤い姿は忌々しいほどに鮮烈だった。

 

 砲撃はしない。接敵の半瞬前まで、こちらの気配を悟られたくはない。動くなよ。そのまま、待っていろ。この手で首を落としに行く。心中の呟きが聞こえているかのように、"バルバロッサ"は悠然としていた。

 

 爆ぜた。

 

 どうした、と思った次の瞬間、白い間欠泉が前後左右から噴き上がる。艦上から大量の水が降り注いでいるのが分かった。

 平野と思われた一帯は、表層が凍りついた海だった。敵は大量の機雷をその直下に敷いていたのだ。

 

 機雷の起爆によって開いた大穴が凍結し、見る間に塞がってゆく。ブローラの気温は水の融点を遥かに下回っているため、当然そうなる。間欠泉は爆ぜた時の形状を保ちつつ、天へと届く柱となって林立した。

 

 呆然と外の景色を見ていた艦橋の面々が、鈍い響きを聞いた。艦が、止まる。降り注いだ水が忽ち凍りついて、艦を絡め取っている。敵味方からは、氷の大樹に取り込まれたとも見えるだろう。

 

 周囲の僚艦が離れてゆく。規則的な周期で明滅する舷側の光は、降伏を申し入れる時のそれに相違ない。ベーリングの旗艦はただ一隻、氷に覆われて佇立した。

 完全な気密下にある、艦橋の空気まで凍りついている。操舵手が、腕をだらりと下げたまま俯いた。武装制御システムへの諸元入力も行われていない。

 

 銃を突きつけ、動かしてやろうとの考えが頭を過ったが、やめた。熱は冷め切っている。この惑星に降りる前からだ。まだ自分は燃えていると、誰も彼も思い込もうとしただけである。

 

 敵の旗艦から通信が入っていた。降伏勧告か、あるいは死刑宣告か。最後の華を持たせる一騎討ちの申し出かと、馬鹿げた期待まで浮かぶ。赤毛の顔を拝んでやろうかと思ったが、入ってきたのは音声のみだ。

 

『もう、よろしいでしょう』

 

 慈悲をかけるのでも、甚振る訳でもない。勝負はついた。冷然とした事実を、淡々と告げる通信だった。

 

 ベーリングの視界が転回する。唐突に天井が見えたかと思えば、ゆっくりと暗くなり始めた。

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