どうやら私の義弟は年上らしい   作:ニートになりたい社畜

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弟の生誕

 あたしがアイリーク・グレイラットになって数日の時が過ぎた。アスラ王国の辺境、ど田舎のブエナ村、そこがこれから暮らす場所で新しい我が家の間取りを見てパウロが下級とはいえ村一つを任された騎士である事実を知ってそっこー土下座を敢行した。ナマ言ってすみませんでしたー、と。露骨な手のひらクルーにパウロは引き攣った笑みを浮かべてたが気にしたら負けだ。庶民にしちゃ大きめの家に年若いメイドさんを雇ったお家だなんて……かなり裕福だろこれ。

 そして、メイドさん……リーリャさんにも挨拶を済ませたが。その歩みに違和感を覚えてしまい、聞いてみるとどうやら彼女は前の職場で武器を扱うメイドだったそうだ。そこである時足を怪我してしまい、その古傷が原因で走るのは困難だとか。

 

「ふーむ、なるほど……」

「アイリお嬢様、いかが致しましたか?」

「リーリャさんはテーピングとか知ってる?」

「テーピング……?」

 

 まぁ、中世ヨーロッパ風の世界観にテーピングテープなんてものは存在するわけがない。でも代用できるモノはある。

 

「足の負担を軽くする方法があるんだよ。曲がったりすると痛いなら、固定することで骨折の治りを早めたりもできるように……軽く曲がる程度に足を固定しとけば早歩きくらいはできると思う。もちろん、無理しない範囲での話だけど」

「なるほど、確かに帯で固定すれば痛みは和らぎます。アイリお嬢様、よくご存知ですね」

 

 ご立派ですね、と無表情の世辞。でも言葉は嘘をついてないのがよくわかるからこそばゆい、現代医学の証明を齧った程度の知識でしかないから尚更だ。

 

「色々、孤児院にあった本で知ってるだけ」

 

 まぁ半分嘘だけども、本をよく読んでいたのは本当だ。字は牧師様に習ったし、四則演算もすでに履修済み。前世含めたら24歳だし多少はね? しかし、文法やらあれこれが日本語に類似してるのは助かる。おかげで本も読みやすいし、すぐに言葉を覚えることができた。

 そして、ゼニスねーちゃん……じゃない。母様の指導のもと、魔術を習うこととなった。聞いたことをリフレインしながらあたしは魔術についての基礎知識を反芻して頭に入れていく。魔術教本と呼ばれる本を読んでいるが、魔法の詠唱と魔法陣を描くことによる発動、があるとのこと。

 あたしの適正は不明だと言うのでまずは初級魔術を使っての基礎訓練だ。ひたすら詠唱を覚えるべく、魔力を流して……反芻するがこれがもう苦痛だ。だから、とりあえず「最初」は詠唱をした。魔術がなんたるやを知るべく、その言霊を紡ぐ。

 

「まずはウォーターボールからやってみましょっか」

「はーい、母様……‘汝の求める所に大いなる水の加護あらん、清涼なるせせらぎの流れを今ここに、ウォーターボール’」

 

 庭で手を前に突き出し、右足を前に出す半身の構え。詠唱を開始すると、足の裏から膝、腰と何かが駆け抜けていく感覚を覚えた。そのままゆっくりと魔力と思われる感覚が練り上げられて行く感覚も。

 プロセスを踏む、そして標的の桶に向けて生成された水の球を弾き出す。なるほどこれが魔術か。呆気ないな? 味気がない、派手さがない。初級だから仕方ないとは言いたくないけど、と母様は上気して嬉しそうな悲鳴をあげた。

 

「やっぱりわたしの目に狂いはなかったわね! アイリったらただの一度で魔術を発動するなんて!」

「うーむ、簡単すぎる。母様は詠唱を必要に思いますか?」

「……え? 詠唱しないと魔術は使えないわよ?」

 

 あ、これは固定概念だ。そうであれと言うイメージ力の補強に詠唱が必要なだけ。あたしの場合多分……目を瞑りながら、踏ん張って地から魔力を吸い上げて体を通すように集中。お腹あたりに魔力が溜まると魔力を水に変換、イメージとしては大気中の水蒸気を集めて圧縮する様に。そして手のひらを通して集中、圧縮して範囲を狭めて……イメージしろ、鉄砲水、あるいは高圧の水流。

 

「こう、かな?」

 

 限界まで圧縮して、解き放つと。ばひゅん!! 目にも留まらぬ速さとはこのことか。桶に向かって飛んだ水はまるで鏃のように貫通、そして地に衝突すると土煙をあげて桶が木っ端微塵に吹っ飛んだ。やべ、やり過ぎたか。

 

「きゃっ、何今の!?」

「どうした、ゼニス!?」

 

 剣の素振りをしてた上半身裸のパウロじゃない、父様を半眼で睨み。自然な動作で魔力を練り上げると、びきっ、ビキビキと足元に霜が降りる。そのまま草花を凍結させて──って寒いっ!? 

 

「さ、寒い!? あ、ああ、アイリ、い、いっ、いい一体何が起こってるんだ?」

「身が冷える寒さ……これって魔術よね……?」

「魔力とは凄いですね。初めて使いますが、ここまで万能とは」

 

 誤魔化す様に所感を述べて、パウロから目を逸らす。あたりが凍りついて気温が下がったと言うことは半裸の父様にはさぞ辛い環境だろう。言葉が震えるほどに寒いのか。そして、魔力の運用とはイメージ力に依存する……例えば、今あたしは過冷却現象を魔力で引き起こした。万物の有する熱を奪うと言う方法で凍結という結果をもたらした。

 奪った熱は……頭上で炎へと変換されて燃え盛っているのを足元に落とす。限定的な熱を発散させて、辺りの気温が元に戻ると炎も空に溶け消えて行く。

 

「ど、どうやったんだ……何が起こったのかさっぱりわからんぞ」

「魔力で熱を奪うような感じだったけど、その制御はどうやってたの、アイリ!?」

「え、目視で指定してそこから熱を抜きました」

「熱を、抜く……!?」

「熱を失ったから草花が凍ったの……?」

「……母様、父様。そろそろ家に戻りましょう、もう昼です」

 

 いい匂いが漂ってきて思う。この騒ぎをスルーして淡々と家事をこなすリーリャはすごいな本当にとか、両親を家に押し込みながら考えるが現代の常識、まぁ物理法則というかを当てはめられる異能でもあたしは持っているのか? と疑問に思う。魔術教本によると出生時より魔力の総量は決まっているとある。それすなわち、あたしの魔力は規格外の量ともいうべきだが……いや、自惚れは良くないな。

 魔力を用いて物理法則を捻じ曲げる。魔術とは往々にそういうもので、この世界では生活の一部になっているし水だって魔力さえあれば出せるのだから当然だろう。

 

「過冷却現象というのか、あの作用は。さっぱり理論がわからないが、アイリが天才なのは間違いないな」

「恐縮です父様……制御できれば夏場の涼を取る手段にはなりそうですよ」

「霜が降りるほどの気温ということは、暑かろうと真水で氷を作れる……ということか!? それは確かに便利だな。初級のアイスブレードなどの氷も魔術はあるがそれを砕いて氷にするのはシュールだからと魔術師たちもあまり良い顔をしないんだ」

「……攻撃魔術の使い方がシュールというのもさもありなんですね。実用的なのが余計に」

 

 昼食終わりに未だ混乱する母様をよそに父様と話し合う。聞いていれば思うが確かに、せっかく作り出した氷の剣を射出する魔法を生活に取り入れるのは確かに気後れするだろうな……だってダメージを与えるための魔法なんだから。殺傷力やばそうだけど。

 

 先ほどの感覚をイメージで洗い出すと魔術というものは生成、サイズの指定と速度の決定。そして発動を自然な魔力動作で連結させると良いみたいだ。とっても簡単で戸惑いを隠せないがまぁ、良いだろう。

 

 で。あれから数日経ってから母様は家庭教師を雇うべきだと父様に提案されて、嫁の押しに弱い父様はひとつ言葉で返事をした。その結果、家庭教師を雇うことが決定して……興奮したのか母様が破水した。……破水したぁ!? 

 

 そこからは戦争だった。あたしは産湯をその場で作り出すと、木の器に満たす。助産婦としての経験があるリーリャの指示に従い、母様を抱き上げてベットまで運ぶとそのまま顔色を見るがまだ余裕があるように見える。しかし、初産の陣痛を舐めてはいけない。それを和らげるためにも、回復魔法を軽くかけておいた

 

「母なる慈愛の女神よ、彼の者の傷を塞ぎ、健やかなる体を取り戻さん‘エクスヒーリング’」

「ふぁぅ、痛みが引くわ。ありがとう、アイリ」

「いえ、それよりも父様。右往左往するくらいなら母様のそばに寄って手を握ってあげてください」

「お、おう! 頑張ってくれよ、ゼニス!」

「ありがとう。あなた……っ」

 

 産湯を手にきたリーリャが神妙な面持ちで私に頷きかけて、そこから出産が始まった。結論から言えば無事にお産は済んだ。しかし、生まれてきた赤子は泣かなかった。血の気が凍り、リーリャと目を見合わせる。しかし、最悪の結末の幻視をよそに取り上げた赤子はこちらをじっと見つめていた。

 

「うん……?」

「あ、うあー」

「ええっ……と……?」

 

 ゼニス譲り金髪と、パウロ似の翡翠の瞳を覗き込んで。そこにはっきりと知性の色を感じた。赤ん坊特有の無邪気さじゃない、思考の気配を……コイツ、笑った? 今一瞬、卑猥な……ロリコンの里親候補と出会って見せられた生理的嫌悪を感じる笑みが一瞬赤ん坊の顔に張り付いた気がする……いや、気のせいだよな?

 

 一抹の不安を感じながら、弟君を父様に託す。目を覚ましたなら、顔を合わせてもらっても問題ないだろうし。そして感極まった父様キスされて嫌そうな顔をする弟に同情しつつ。母様の手に収まった彼は乳を揉もうと手を伸ばして、ピタリと停止した。この感じ、自分が赤子になってると気がついてない様な雰囲気なんだが……。

 

「あ、あう。あー」

「どうしたの、ルーデウス。ママですよー」

「ルーデウス。君の名前はルーデウスだ」

 

 父様は嬉しそうにその名を呼び、愛おしそうに彼の頭を撫でる。多分言葉はまだわかるまい。だがすぐに言語を身につけるだろう。多分、弟は。ルーデウスはあたしと同じだろうから。

 ようこそ、ルーデウス……今生のあたしの最初の弟だろうし、ね?

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