インフィニット・ストラトス-イルミネイト・バレット- 作:卓上カレンダー
拉致を知っているか。簡単に言うと人を連れ去ることだ。
オレも詳しくは知らないし、知ることもないだろうと思っていた。
「離せよ束!んッ、このッ、クソッ離しやがれッ!」
「ダメだよぉ~凪くん。凪くんはこの天才である束様から逃げられるわけないのです」
地面についていないオレの体はこの自分を天才という女、篠ノ之束に抱きかかえられている。
腕の中で暴れようがビクともしない束、暴れるのをやめて上を見上げると目が合った。
暴れるのを止めたことかそんなに嬉しかったのか、束はオレにニッコリと笑顔を見せた。
「……なんだよ?」
抗議の目でオレが束をじっと見ていると、急にオレを抱える束の腕に少し力が入った。
束は笑顔のまま
「ううん。凪くんが遂に観念したのかなってね。さっきからずうぅっと暴れてたから、凪くんが観念してくれて束さんは嬉しいのだ!」
「観念してないし……。つーかオレをどこに連れて行く気だよ?」
オレがそう聞くと束は少し考えるような顔をした。でもその顔を、オレは嘘だと知っている。
天才は悩まない。束が悩んでいるときはこんな顔はしない。この顔はあれだ、聞いてほしいことを質問されて、喜んでる顔だ。
「んー…。逃避行」
頭を使おう。束は逃避行って言ったよな。確か逃げるだとかそんな意味だった気がする。そもそも場所じゃない。
言い切った束は満足気にオレを見ている。どうやらお姫様のお望みとおりの顔をしているみたいだ。
見つめているのも馬鹿らしくなったので視線をおろ下ろした。すると、いつの間にか開けた部屋に、束とオレはいた。
「なぁ束、ナニコノヘヤ」
「やだなぁー、凪くん。秘密基地に決まってるじゃないですか、それと喋り方おかしいよ。ふふん、ここはね、もし私の研究を奪おうとする奴らが来たら使う予定の部屋だよ」
「最近話題の白騎士は束がやらかしたのか……。で、今日ここに来たってことは、予定が来たということだよな?」
「うん、正解。冴えてるね凪くん」
これはいよいよ状況的に美味しくない。どっかのバカが束の研究を強奪しようと考えているとは、世界が滅んだらどうするつもりだ。
部屋を見渡すと、真ん中にやたらと大きいニンジンが鎮座していた。大きいといっても食べ物ではなく、綺麗に磨かれた鉄の塊だ。あれなら人一人余裕で入ることが出来るだろう。
「聞きたいんだけど……」
「偽乳じゃないよ!」
「聞いてねぇぇぇよ!!そうじゃねえぇぇよ!」
思わず声が出てしまった。再び上を向いて束ねを見ると頬を膨らませている。何が不満なんだろうか、どうせしょうもないことに決まっている。
「だってぇぇ……、こんなに胸を押し付けてるのになぁぁんも!反応ないしぃ……」
予想以上にしょうもなかった。確かに後頭部に柔らかいものがある。良いマシュマロをお持ちだよ。
「小学生に反応を求めてどうする」
「えー、だって凪くん違うじゃん」
「……いつから、気づいていた」
「結構初めからかな、小さいにしては大人びすぎてる。いっくんと比べても違いすぎるし、ちぃちゃんと仲良く話してる時点でへんでしょ、凪くん何者?」
「まぁ、隠すつもりもなかった。オレが何者なのかはオレが聞きたいところなんだよ。記憶喪失っていうか、何なんだろうな。すっぽりと頭ん中が無くなっているような。そもそも思い出すものがないっていうか」
「へー、そうなんだ。それは災難だったね」
「疑わないんだな」
「疑わないよ、凪くん信じてるし」
ニンマリと束は笑顔を見せた。まったく、小っ恥ずかしいことを簡単に言ってくれる。
逃避行だっけか、やってやろうじゃないか。そのまえに連絡しなきゃいけないんだが。
「そんなに信じてくてるんだったら、束、ケータイ貸してくれ」
「うん、お安い御用だよ」
束は抱えている片腕を解いてエプロンドレスのポケットからケータイを取り出し、オレに渡した。
涼しい顔で抱えるのはやめてほしい。男の子として不安になる。
渡されたケータイの登録してあるページを開く、えーと千冬っと、あったというか千冬しか登録してなかったからすぐに見つかった。それにしても、いくらなんでも交友関係狭すぎやしませんかね。束だから仕方がないと思うしかないか。
発信音が少ししたあと数秒で千冬はケータイに出てくれた。
「もしもし千冬。オレちょっと束と逃避行するから、期間は白騎士関係のほとぼりが冷めるまでってことで」
『まてまて、白騎士? ちゃんと説明しろ』
「だってさ束」
「えー、たぶんちぃちゃんなら理解してくれると思うからだいじょーぶい」
『……まぁ、こうなるとは思ってはいたが、まさか凪も連れて行くとは思わなかったからな。凪なら束より大人だから問題ないだろう。任せたぞ凪』
この感じだと千冬もオレがガキじゃないってことに気づいてるな。のびのび生活できたが、こうも察しがいいと怖いものがある。ちょっとからかってみるか。
「まぁーったく、周りのお姉様方は察しが良くて困るねぇ。これだから彼氏ができないんだよ。千冬も刀振ってるのもいいけど、少しは色恋沙汰あってもいいだろに」
『ほぅ、凪。帰ったら覚悟していろ。逃避行中にできない刀の練習をたっぷり泣くまでやらせてやる』
「やっべ、言いすぎた……」
「もー、凪くん。ちぃちゃんをからかっちゃダメだよ。ちぃちゃんに色恋沙汰は似合わないから」
『束も覚悟しとけよ』
「ひえぇ~、帰れなくなっちゃうよー」
おっと、こりゃ当分は帰れない。
「まあまあ千冬落ち着け落ち着け、真面目な話だ。オレがいなくなることをテキトーな理由で誤魔化しておいてほしい。まずは一夏と箒、そのへんは任せる。あとは……、五反田定食ってところの五反田弾と五反田蘭に行言っておいて欲しい。あいつらとは仲良くさせてもらったからな」
当分五反田家の定食が食べれないとなると寂しいものがある。まぁ、定食と今生の別れっていう訳じゃないから帰っって食えばいい。
「交友関係狭いね凪くん」
「束にだけは言われたかない」
『わかった。気お付けて行ってこい』
「おう、行ってくる。んじゃまた」
4、5年は帰ってこれない算段だけども、軽い挨拶も千冬らしい。ケータイを切ると束は巨大ニンジンのハッチを開けた。やっぱりこれで行くのか……、よく見ると席が一つしかないような気がする。席は見た目的に広そうだが、パソコンやら機材やらでもう一つ席をおく余裕はなさそうだ。
「束よ束。なぜ席が一つしかないのだろうか?」
「それはねそれはね。私のお膝に乗せればいいと思ったのだよ凪くんよ。抱き心地いいし」
「左様ですか。まぁいいっか。それじゃあ行こう」
逃避行へ