インフィニット・ストラトス-イルミネイト・バレット- 作:卓上カレンダー
オレらが第二グラウンドに着く頃には、他の生徒は一夏を含め整列して、各々準備運動を始めていた。
チャイムもまだ鳴ってないのにご苦労なことだ。
「織斑先生にすぐに始めるからやっとけとでも言われたんでしょ。うちの学園はファン多いから。」
千冬はモンド・グロッソとかいうISの世界的な対戦競技で優勝したってのは、世界から離れてたオレでも知ってることだ。それでも千冬にファンだなんて可笑しな話だ。あの千冬だぞ、親もいねーのに家事も料理も何もできないからって、オレにやらせやがって。ブリュンヒルデなんつー大層な肩書手にしてよ。千冬が最強ってのは認めるしかねーけど、いつまでもチヤホヤされんのは邪魔そうだぜ、その肩書。
「そうなのか?」
「そうよ。そ、それよりも、もう、下ろして欲しい…だけど…」
そわそわとしだした鈴音、チラチラと目はグラウンドの生徒とオレを行ったり来たり泳がせている。
オレも気になって生徒の方を見ると、グラウンドの端にいるオレたちに気がついた何人かの生徒も、鈴音と同じようにチラチラとオレたちを見ていた。
「はは~ん。いいんだぜ、みんながいるところまでこのままでもよ」
「い、いいわよ。自分で歩けるわ」
そう言うと、残念ながら鈴音はオレの腕からピョンと降りた。
「さっきまでオレの腕の中で大人しかったやつが何を言いやがる」
からかうと鈴音はそっぽを向いて、さっさと自分の列に入ってしまった。
それに倣ってオレも1組の列に加わると、ちょうど授業が始まるチャイムがグラウンドに響いた。
「時間だ、授業を始める!」
チャイムに負けない程のよく通る声で、白いジャージを着た千冬が号令をかける。
「前回の授業では教員の実力は良くわかったの思うが、実習を初める前に同学年の実力を知ってもらおう。條ノ之凪、ラウラ・ボーデヴィッヒ、前に出ろ」
「はい!」
「りょーかい」
あんなにしっかり返事しちゃって、ボーデヴィッヒちゃんかわいい。つーか、ボーデヴィッヒちゃんは千冬のことを教官だの言ってた、千冬もドイツで教官やってた時期もあったしな、ボーデヴィッヒちゃんの鍛えられ方は一年の中じゃ一対一なら負けなしだろ。それでもよ、正体の分からないオレよりもよっぽどましだと思うんだが、これはいかに。
オレはラウラとは反対の千冬を挟むようにして横に並んだ。
「なぁ千冬、なんでオレなんだ?」
「先生だ馬鹿者。実力と言っただろう、実力があるやつが出なくてどうする」
「え、マジ?一年でそんな強いのオレ。うっそだー、まーた千冬ちゃんは冗談が下手だうごッ!!」
オレの言葉は言い切るよりも先に千冬の殺人的な人の死なない出席簿の、なんの溜めすらない振り下ろしを食って、視界グラグラすんじゃねーかよコノヤロウ。痛いって感じない危ないやつじゃねーか!
振り下ろした音が、音消しが着いた銃の発砲音みてぇな落としたぞ。
「もうちょっとおしとやかにだな、千冬……先生よ」
「大きなお世話だ。無駄口叩くのなら準備をしたらどうだ」
「あのー凪君、ISスーツはどうしたんですか?」
「そこに突っ込んでくれんのは真耶ちゃんだけだぜ。オレと付き合っちまおうぜ真耶ちゃん」
「無駄口叩くな。ボーデヴィッヒを見ろ、準備できているようだぞ」
見たことない機体だ。ドイツの新型だろうか、まぁいい。戦えばISなんてどれも一緒だ。オレといい、あちらさんといい、遠距離だの中距離だの近距離だの抜け出せやしない。
首をゴキゴキと鳴らして、調子を確かめる。これからレディーとダンスなんだ、失礼があったら困るだろ。
黒いISに身を包んだ銀髪の少女は、赤い瞳で鋭くオレを睨んでいる。
「千冬先生、ダンスの相手に早速嫌われてんだけど」
「知るか、いい加減始めるぞ。」
「あいよー。イルミネイト」
青い光に包まれ、鉄の鎧をオレは纏う。
オレがISスーツを着ない理由は、ISを装備するときについでに呼び出しているからだ。
無駄なISのエネルギーを消費すると人は言うが、着るのがめんどくさいISスーツが一瞬で着れるんならオレは楽なほうを選ぶ。
「なっちーのIS小っちゃいねー」
声の主は、トロンと垂れた目に狐の髪留めをした少女だった。
「そうだな、このISは普通のISと比べると半分ぐれーの大きさしかねーし、いろいろ教えてやるよ。そこでだ、今夜一緒に食事でもどうだ?」
少女はオレの誘いに、間延びした声で「いいよ~」と言ってくれた。名前も知らない少女だが、転校初日でボッチ飯を避けられてラッキーだ。
「され、待たせて悪いね。ここは美人、美少女が多くて困る」
「……ふん。別にいい、お前如きすぐに終わるからな」
「そうかい、強気な女の子は嫌いじゃねーよ。千冬先生、合図頼んます」
オレとボーデヴィッヒは他の生徒に被害が届かない程度に距離をとる。こうでもしなきゃ、あぶねーからな。
一側触発ってわけじゃねーが、ボーデヴィッヒのやる気は伝わってくる。
「よし、始めろ!」
ボーデヴィッヒまで一直線、動きはない。オレに先手を譲ろうってことのようだ。上等だ。
「ライオット」
オレは名称を言わないと武器を出すことも、ISを装備することもできない。きっかり2秒後、拡張領域から一本の片刃剣がオレの右手に出現する。
慣れ親しんだ武器だ。サバイバルナイフをそのままロングソードにした。今流行りのビームソードではなく、鉛の重々しい剣だ。
「お前は名前を言わなてくは武器も出せないようだな」
「生憎、才能がないもんでね。訓練はしたさ、でも、これが限界だ」
生憎、オレにISの才能はない。ここまでできるのもすべて経験によるもんだ。
ISってのは、使った時間=練度になる。長くISを使えば使うほど、使用者はISに馴染む。
だたし、それは最後に才能があればが殆どだ。代表候補性ってのは、才能のあるやつしかいない。
どれだけ練度が高かろうと、才能のないやつはすぐに置いて行かれる。届かないところまで。
それが、ISの世界だ。
オレとボーデヴィッヒとの距離は30メートル、グラウンドに遮蔽物も何もない。IS飛んで行くほど離れてない。なら……
「走るっきゃねーな!」
「な!?」
余裕ぶったボーデヴィッヒの表情が、驚きに染まった。
いいねぇ、その顔を見たかった。
走るっつっても、陸上選手みたいに走るわけじゃない。そんなことしたら驚かすどころかボーデヴィッヒが遠距離武器を持ってたらすぐに蜂の巣だ。
だから、一歩一歩踏み込むたびに、オレは瞬間加速を加える。何度も、何度も。
体にくるGには慣れた。慣れるまでに何度も吐いた。
ボーデヴィッヒの驚きをよそに、オレは地面を槍のように一直線に進む。一気に距離を詰める光速の槍だ。
「こんくらいで驚くじゃねーよ」
オレのスピードに焦ったのか、ボーデヴィッヒのISの装甲が開いて、両肩から6つのワイヤーが付いた刃が飛び出した。
あれはワイヤーブレードだ。有線で自身のISと刃を繋ぎ、対象を切り裂くことも縛り上げることもできる万能な武装。
空をボーデヴィッヒの操作で、起動を予測させない動きを見せる刃。
「それだけじゃあ、オレには勝てねぇよ」
確かに予測できないのは不利だ。しかし、それは遠距離から撃ち落とすことに対してだ。
オレの武器は一つ。剣一本だけだ。
武器を投げて撃ち落とすなんて馬鹿なことはしない。
オレにできるのは、至近距離で叩き落とすことだけだ。
迫る無数の刃をオレは姿勢を低くして、スライディングの要領で避ける。
当たる刃だけを剣で叩き伏せる。
足は止まらない。視界に映るのは常にボーデヴィッヒのみだ。
6つ目、最後のワイヤーブレードを地面にたたき伏せ、オレはボーデヴィッヒへと繋がるワイヤーを掴んで、瞬間加速を逆向きに目一杯発動させて、力いっぱい引き寄せる。
「なんだ!?ぐぅぅ!!」
ボーデヴィッヒは面白うように地面を何度かバウンドしながらも、体制を立て直してオレへと突っ込んでくる。
オレはそれに対してナイフを構える、やり損ねると直感が告げた。
火花が散る。
ボーデヴィッヒの装甲に阻まれたわけじゃない。
手刀?
オレのナイフは電気を帯びたボーデヴィッヒの手刀に阻まれた。
やるじゃない。シールドバリアがっつり削るつもりだったのによ。
「ふざけているのか!?」
「いんや、ふざけてはいないさ」
オレは続けざまに剣を叩き込むが、すべてボーデヴィッヒの両腕の手刀に弾かれる。力量より、数で抑え込まれてる感じだ。
お粗末な奇襲は失敗だ。
ここは一旦離脱して……
「捕まえたぞ」
「な!?」
…動けねぇ。ボーデヴィッヒちゃんのIS性能いいじゃねーか。
ボーデヴィッヒは間合いを開けようと地を蹴って、地面から足を放したオレに右手をかざしていた。
おそらくはオレに向けている手のひらから何か出てんだろう。
「ボーデヴィッヒちゃん…これ…なに?指先一本動かせねーんだけど」
「AIC、ここまで言えばわかるだろう」
「慣性停止結界かよ…」
アクティブ・イナーシャル・キャンセラーっつうあれか、慣性の停止とはまた嫌なもん積みやがって。
「正解だ」
ほんと性能いいIS持ってんのなボーデヴィッヒちゃん。
どれだけ踏ん張ってもこのオレの
「勝負あったな」
絶対的優位となったボーデヴィッヒは口元を緩ませ小さく笑った。
「手榴弾二つ」
「ん?」
「いや、ようやく笑ったじゃねーか」
「無駄な時間稼ぎはやめておけ」
「ちょっとぐれぇいいじゃねーか。勝つのは俺だ」
「結界から抜けられないお前が、私に勝てるわけがないだろう。少しは期待していたんだがな、残念だ」
冷たい、オレを見るこの少女の瞳はどこまでも冷え切ったものに変わった。
自信過剰って訳じゃない、オレを含めてこの学園の生徒を見下しているといった具合か…。
「勝手に期待してんじゃねーよ。それと勝手に期待捨てんな」
ボーデヴィッヒ、少しお前に興味が湧いたよ。
お前の瞳によ。
「AICの弱点を教えてやる」
きっかり2秒だ。
オレには才能がない。拡張領域から物を取り出すのに掛かる時間はきっかり2秒。初めは5秒掛かったんだ、これでも縮めたほうだ。
拡張領域から二つ、手榴弾を地面に向かって出現させる。オレの指先に安全ピンをぶら下げて。
「一つしか止められねーんだ。ボーデヴィッヒ、人間の意識は一つにしか集中できねぇからな」
拡張領域から出すときに、慣性を働かせることができる。
ほとんど使い道のないが、指先の安全ピンくらいは勝手に引き抜くことは簡単だ。
「プレゼントだ、止めてみろよ、ご自慢のAICで」
「ッ!?」
ボーデヴィッヒは咄嗟にオレに発動していたAICを解くと、落ちていく手榴弾に向けてAICを発動させる。
それでも、手榴弾は二つだ。止められやしない。
ボーデヴィッヒの集中が途切れたことでオレの体はオレの言うとおりに戻る。
オレが地面に足をつけると同時に、ボーデヴィッヒが止め切れなかった手榴弾が地面に落ちる。
「道連れにする気か!?」
「そんなことしねーよ」
落ちた手榴弾に怯んだボーデヴィッヒ。
オレは着地と同時に加速する。体に慣れ親しんだ重力の重みが掛かる。
「両方とも不発弾だよ、ボーデヴィッヒちゃん」
爆発なんてしやしない。手榴弾の中身は空っぽだ。
今最高にいい笑顔をオレはしてるだろう。フルスキンのせいでボーデヴィッヒに見せられないのが残念だ。
瞬間加速は直線でしか事実上は無理だ。だが、別方向に連発してやれば、標的の後ろに一瞬で回り込むこともできる。
ボーデヴィッヒにはオレが消えたように見えただろう。
後ろを取ったオレはボーデヴィッヒの首根っこを掴んで引き寄せ、首元に右手に持った剣を添える。
「そこまでだ」
良いタイミングで千冬の号令がかかった。
動かないボーデヴィッヒをよそに、オレはISを解除する。
「篠ノ之凪、お前は何者だ?」
力が抜けてしまったのか、ボーデヴィッヒは座り込んで背を向けたままオレに問いかける。
ボーデヴィッヒにかかわらず全員が思ったことだろう。いきなり現れた男の適合者が、誰もやろうとも思わない連続高速移動をやって見せたんだからな。
「世界初の男のIS適合者だよ。もっと知りたきゃ自国に聞くんだな」
「篠ノ之凪、お前は何故強い。本気ではなかっただろう」
「それはお互い様だろ」
「違う、私が本気を出したとしてもお前には勝てない」
「買い被り過ぎだ」
「お前と織斑一夏に勝つ、それが私の証明になる」
ボーデヴィッヒは振り向かない。その言葉の意味はオレには分からない。
脳裏ににチラつく。ボーデヴィッヒの背中が彼女と重なる。そうか、あのときもドイツだったか。
ラウラ・ボーデヴィッヒ、少女の小さな背中は、かつて見たことがある。
同じ鉄格子のの中で、彼女は自分の存在を探していた。何者なのかがわからない恐怖。そんな奴が縋るものを見つけたときは、強い依存を見せる。それが物であれ、人であれ変わらない。
嫌な記憶だ。VTシステム、思い出したくもない。
ドイツ軍IS部隊員日記 抜粋
1月8日
IS部隊が世界に常備されて数年。私を含めて軍全体にISに対する違和感が消えた頃だった。
その日、私は部隊である噂を聞いた。フルスキンのISが、たった一機で各地のIS研究所を破壊して回っているる。
証拠はない、確証もない、ただの噂だ。
実際、今も世界各国のIS研究所は平和に運営され続け、破壊された研究所など一つもない。
噂はもう一つあった。そのISは違法研究をしている研究所だけを的確に破壊しているというものだった。もしそれが事実だったとしても、地図にない研究所など、破壊されても表に出ることはない。
ISが出てきてから、今まで噂が立たなかったのがおかしかったんだ。
どうせすぐに消えてなくなるだろう。噂というものはそういうものだ。