インフィニット・ストラトス-イルミネイト・バレット- 作:卓上カレンダー
食堂で夕食を食ったあと、オレは学生寮の廊下を歩いていた。
薄暗いライトに、やたらと広い絨毯の廊下、これで所々に花瓶に花が入ってれば、良いとこのホテルかよといったところだ。
それにしても、夕飯のメンツは……、鈴音はいい、布仏本音もオレがぼっちが嫌だから誘ったからいい。
「まさか、ボーデヴィッヒと飯を食うことになるとわな」
「なんだ、不満か?」
オレを下から覗き込むようにボーデヴィッヒが後ろからひょこっと出きた。
「いんや、ボーデヴィッヒが何を考えてんだか分かんねーが、別に気にすることじゃないからな。それに日本じゃみんなで飯食ったほうが旨いっていう。知ってるか?」
「興味ない。ただの栄養補給だ」
「これだから根っからの軍人は……。そういえばボーデヴィッヒ、布仏本音、あいつをどう思う?」
見た目も中身もフワフワした少女。あいつは一般の生徒とは違うような、違わないような……。
確か整備の方に将来は行きたいとか行ってたが、オレのISのデータ見て、本音は「おかしいな、ナッチー何か足りないよ~」なんて言いやがった。
オレの切り札は流石にデータにしてないのにな。
「他の奴らと変わらないだろう。なんだ、惚れたのか?」
「そうじゃない。本音はなんつーか、鍛えれば優秀なエンジニアになる」
「私にはそうは見えんがな」
きっぱりと言い切るボーデヴィッヒ。どうやら興味がないことにはとことん流すようだ。
そうこうしているうちに、寮の自室であろうドアの前。部屋の番号もあっている。
「そんじゃ、オレはこれで。おやすみボーデヴィッヒ」
真耶ちゃんに貰った高級ホテルっぽいカードキーを使ってドアを開ける。同居人がいるってらしいから、どうせ一夏だろう。
「あん?」
部屋の中は誰もいない。それどころか生活感がないというか、まだ誰も暮らしてないと思うほど綺麗に整っている。
「どういうことだ……」
「篠ノ之凪、何をドアの前で止まっている」
「あ?ボーデヴィッヒまだいたのか。お前もさっさと自分の部屋に戻ったほうがいいぞ」
「ここが私の部屋だ」
「ハハッ、お前も冗談言えんだな」
「何を言っている。私は冗談が嫌いだ」
そう言ってボーデヴィッヒは不機嫌そうにカードをオレの目の前に突き出した。
そこにはしっかりと、オレと同じ部屋の番号が。
「マジで」
「大真面目だ」
カードをしまうと、オレの横を通り過ぎて部屋の中にさっさと入っていくボーデヴィッヒ。
どうやら本当らしい。
美少女、ただしホンキュッボンのナイスボディーじゃないが、ここはラッキーと思うしかないようだ。
オレもボーデヴィッヒの後に続いて部屋に入る。
「ベッドどっちにすんだ?」
「奥を使わせてもらう」
「そうかい。って、ボーデヴィッヒ」
「なんだ?」
「荷物どーした?」
「どうしたとは何だ。ここにあるじゃないか」
ボーデヴィッヒはポンポンと先程まで肩にぶら下げていた小さいロールケーキのような黒いボストンバッグを叩いた。
なんといおうか、いろんな女を見てきたつもりだが、多少は身だしなみをだな。うちの束ですら多少はってやつだ。
この少女は見た目こそ良いが、女の子として終わってるような気がした。
「……やけに小さいな。中身は何なんだ、下着、肌着、タオル、洗面用具以外で答えてくれ」
「ナイフだ」
「ナイフだ、じゃねーよ!どうなってんだよ最近の軍隊の生娘はよ!!」
「仕方がないだろ、実弾は禁止と校則に」
「いや、そうじゃねえぇぇよ!その荷物の量は女として終わってんだろてことだ、今時バックパッカーですらそんなに少なくねぇよ!!」
騒ぐオレになんのことだかさっぱり分からないと「シャワー先に入るぞ」と、オレの目の前で躊躇いなく脱ぎだして、素っ裸のままシャワールームに入って行った。
もう何も言うまい。
オレも変わり者で、ボーデヴィッヒも変わり者だったというだけだ。
ISから板の上に球体が乗った置物を取り出して、掛け鏡の隣にインテリアのように置く。
すると、球体は板から浮かび上がり、ゆっくりと回りだす。
結果は数分すればわかるだろう。
「……ハァ」
脱力、オレは近くの椅子にぐったりと座る。
「おい篠ノ之凪、タオル持ってきてくれ」
天井を眺めることどれくらいだろうか、ガラガラと風呂場のドアが開いたと思うと、ボーデヴィッヒは手だけを伸ばして、オレに催促した。
オレはボーデヴィッヒの個人的主観から高校生が持っているべきでない地味な下着の入ったカバンからタオルを取り出して、渡した。
「ふう、お前も入ったらどうだ」
分かってはいたが、案の定といったところかボーデヴィッヒはタオルを首に巻くのと、眼帯以外は全裸。
そうだ、眼帯全裸だ。
「しっかし、なんだろこんの役得なんだろけどよ、そんなことないっつぅか。魅力を感じない裸体は」
「なんの話だ?」
「壁にプレスされた体にゃ、きょーみねぇって話だ。そんじゃな」
おそらくは理解できていないボーデヴィッヒを横目にオレはシャワーのドアを開ける。新品同様、誇り一つ無い。ありがたいことにシャワールームとトイレは別のようだ。思った以上に広く、洗濯機も最新の横ドラム。
金がかかってるのが見て取れる。それに……
「盗聴に類もなしっと」
制服の内ポケットから携帯電話を取り出す。オレ宛にメールが送られてきたようだ。その内容は予想通りの異常なしと書かれている。
送信者は人じゃない。ちょっと前に置いた置物からだ。束が暇つぶしに作った発明で、本人に使い道が無いのでオレがもらってきた代物。
「まぁ、気にしすぎなんだろうな。気にするほどの隠し事なんてねーし」
それでも、プライベートまで覗かれる露出趣味はない。
自分から聞きに来ることもなく、空調の効いた部屋でデカイ椅子にふんぞり返ってるやつらには特にな。
「いい加減寝巻き着ろっての」
シャワールームから出ると、眼帯全裸のダッチワイフ。ボーデヴィッヒが椅子に足を組んで腰掛けていた。
「ない」
「下着はあったろ」
「基本的に睡眠のときは服を身に付けないのでな」
「せめて同居人が男の間は下着くらいつけろっての。ほら、オレの寝巻きだ。とりあえずこれでも着てろ」
ISの容量に入れておいた着替えを放り投げると、仕方なさそうに鞄から下着も取り出して、寝巻きを着るボーデヴィッヒ。
かゆいところに手が届かないっていうか、頭痛が痛いっていうか。オレの方が正しいこと言ってるはずなんだが、おかしなことを言うやつだと言わんばかりの顔を見ると、オレが間違っているみたいじゃないか。
「サイズがもっと小さいものはないのか?」
「オレのって言ったろ小さい兎さんよ」
「むぅ……。これを見ろ」
「ダボダボだな」
「そうじゃない、こっちだ」
ボーデヴィッヒは丈の合わない袖を捲り、オレに空中に投影されたスクリーンを見せる。
そこには「ドイツ軍のデータベースなんて、オレみたいな一般人に見せちゃっていいわけ?」
ボーデヴィッヒは分かりきったように「誰が一般人だ、アラスカ条約できてから世界中の住民データは共有された。それも殺人鬼、政治家問わず全てだ。篠ノ乃凪、もう一度聞く、お前は何者だ」
スクリーンに大きく映る文字。オレのデータはたった一文字だけ。
「
「早速調べたのか」
「同じ年に世界初の男操縦者が二人。表向きは偶然とされているが、そんな訳あるものか。それに織斑一夏とお前とでは力量に天と地程の差がある。おかしいだろう、あの男と同じ時期に出てきたお前が、代表候補生である私を下すなんて」
「一夏も代表候補生に勝ったろ」
「あのようなやつらと一緒にするな。不快だ」
同一視されたことがそんなに嫌なのを隠すそぶりもなく、ボーデヴィッヒは眉間にシワを寄せた。
「軍に取り合わせた。人のデータなど名前を打ち込めばすぐに出る」
「でも、オレのデータはおろか、名前ですら出ねーと」
ボーデヴィッヒはこくりと頷く。
「お前の言った勝手に調べていいは、日本でも他言無用な人物で、アラスカ条約からも隠されているからのかと考えた。だが、なぜ出てきたのだかが疑問だ。そんなやつなら、表に出てきても混乱が起きるだけだからな。実際に混乱は起きた。織斑一夏と違ってお前は、流れ星のように突然表れ、圧倒的な力で無人機を制圧し、今日の転入まで完全に姿を消した。初めは日本政府が無人機に関与していて、止めるためにお前を送り込んだ、そしてお前を隠したのも日本政府だと……、でもお前が姿を消したとき、日本政府もお前を探していた。命令にお前が逆らったのか、それとも存在を知らなかったか。私の権限ではこれ以上は無理だ」
「後者だよボーデヴィッヒ。オレは世界に属してない。だからオレを知る者は殆どいない」
「なんだ、教えてはくれないと思っていたんだかな」
ボーデヴィッヒは少し驚いたように指先で自身の唇を撫でた。どうやらオレが隠し事が好きな男に見えていたようだ。
「なぁに、こんな短時間でこれだけ調べて予測したんだ、ご褒美くらいあげねぇとってな。それによ、隠すことなんてないし、聞かれればいくらでも答えてやるさ」
からかうようにオレが告げると、ボーデヴィッヒはそんなこと気にしないと言わんばかりに食いぎみに「それではお前のISの技量はどこで学んだ?」
「学んじゃいないさ」
「嘘をつくな、お前の実力なら国家代表とも対等に渡り合えるだろう。そんなやつがいきなり強くなったなんて言わせないぞ」
真剣な瞳。強さに以上な執着がある瞳。そして、力に魅せられた瞳。こいつはいったい何に酔いしれている?
今のところ、ボーデヴィッヒは自分の力に自信があるようには感じない。それどころか、力量を見極め、敗けを認める強さがある。一年じゃオレに続いて実力があるだろうに。この小柄な少女の器には、年相応どころか、既に溢れて零れ出すほどの力を持っている。いや、既に零れだしている。その眼帯……
「違う、言ったろ、オレには才能はないっての。オレを強くしたのは戦場で、オレが強いのは感情だ」
「感……情……」
「殺し合いで、何が生き死にを分けると思う? 実力か、経験か、それとも知識か。違うね、答えは感情だ。たったそれだけ戦況は変わっちまう。憧れ、怒り、悲しみ、幸福、安心、不安、興奮、欲望、勇気、嫌悪。挙げるだけでもきりがない。憧れは人を突き動かし、不安は判断力を奪わせる。こいつは常に人の根源であり、根本だ。誰しもの心ん中に深く根を下ろして、表には顔を出さない。そいつは誰もが持つ何らかの理由に押し込められて、静かにエンジン音を体中に轟かせる。毒が、病気が、知らない間に体を蝕むようにな。だからこいつをうまく使えば、一歩先に行ける」
オレは、さて、と一息ついてから「ボーデヴィッヒ、お前は何のために戦う。何のために力が欲しい?」
言葉に言い淀み、お互い一言も発っさないまま、少しの時間が過ぎた。これは仕方がないことだ。この質問は、自分のあり方、お前はなぜ生きていると聞かれているようなものだ。そこに、具体的、明確な答えを持っているやつなど殆どいない。
少しうつむき、あごを撫でていた手をゆっくりと下ろす。顔を上げ、ボーデヴィッヒはオレの目を見据えた。
「教官……、の教えを証明する。あの場に立つのは教官意外あり得ないと証明することだ」
「上出来だ。言葉にできただけ上出来。その実に種はあるかなんて知らねえし、それがどの種類かなんてのは分かんねえ。それでも、先に進めるはずだ。これだけは覚えておけボーデヴィッヒ、その感情は自分のものだ。感情に飲み込まれるな」
話はこれで終わりだ。
オレは椅子から立ち上がり、ドア側のベッドに歩み寄る。
「……篠ノ之凪、お前は何のために強いんだ?」
「怒りと嫌悪と、哀れみだよ。それと凪でいいぞ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」