警邏艇81号の災難   作:くコ:彡の本棚

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前編

 パトリア=マルトリスが自室で目を覚ました時、警邏艇81号はジャンプを終えて通常空間に出ていた。

 

 ベッドを下り、官服を無造作に羽織りながら操舵室を歩く。無機質な通路を越えて入室すると、電子音が言葉となってパトリアの耳に入ってくる。

 

「オハヨウゴザイマス。服飾規定ニ反スル着服ヲ感知。可及的速ヤカナ対処ヲ推奨シマス」

 

 前を開け放って谷間を曝すパトリアを見咎めるのは三体の機械化兵だ。他に、見られて困る生身の人間は誰も船にいない。それでもパトリアは、不承不承の体で豊かな胸を服の奥に押し込めた。

 

 齢三十周期の女盛りである。その若さで、大ガミラス支配統治省の次席秘書官を拝命するに至ったのは、エリートと呼ばれるだけの実績には違いない。半周期もせずに剥奪される程度の地位ではあったが。

 

「そんなことより、アンフィーブからの返信遅くない?受け入れしてくれるんでしょうね」

「通信感度、極メテ悪イ。改善ノ見込ミ、現時点デ認メラレズ」

「因果関係ガアルト思ワレル情報、データベースニ確認。アンフィーブ星系周辺、バラノドン観測事例数ガ水準ヨリ32.3バーゼル高イ」

 

 気を利かせたつもりか、機械化兵がバラノドンのデータをスクリーンに表示する。宇宙生態系の頂点に君臨する巨大生命体。

 

 電磁気力によって宇宙を自在に飛び回り、宇宙塵や星間ガス、重金属にエネルギー吸収生物まであらゆる物を捕食対象とする。鉱岩質の体表に住み着く微生物の群れは、様々な波長の光や電磁波を吸収して熱に変換する習性を持っている……。

 

「はいはい、宇宙生物学の講義は十分」

 

 飽き飽きしたようにパトリアが手を振ると、スクリーンは元の表示に戻った。要するに肝心なことは、戦艦や空母に匹敵する体躯の生物に通信波を盗み食いされるような、版図の最果てまで追いやられているという事実である。

 

 総統府付の才媛として栄達の階を上っていた時期があったことを、自分のことながら信じられない気分だった。

 

 ────────

 

 アンフィーブ星系は小マゼラン方面に存在するガミラスの拠点の一つで、第五惑星に補給基地が設けられている。

 もっとも、より規模が大きく、守りも堅く、戦略的な要衝となる基地は、一度のジャンプで行ける範囲に幾つかあった。言うなれば、予備の予備、そのさらに予備の拠点に過ぎない。

 

 こうした辺境の足場は、しばしば横流しの温床となる。支配統治省による本格的な調査に先立つ瀬踏みとして、マーカーを付けて回るのが、パトリアの仕事だった。

 聞いたところによれば、サレザーに帰れるのは四半周期に一度というところらしい。

 

「入港許可ヲ受信。誘導信号トノ同期ヲ開始」

「分かった。操艦こっちに回して」

 

 危なげない軌道を描きながら、81号の船体を大気圏内に滑り込ませてゆく。

 総統府では有名な話だが、支配統治省の職員は軍や親衛隊に次いで武器の扱いに長じている。職責上、現地での占領政策に従事せねばならず、当然ながら現地住民や反体制派によるテロリズムの標的として狙われる。

 だが、版図の急拡大に端を発する人員不足により、警備体制の綻びは抜き差しならぬものとなっていた。

 

 自分の身は自分で守らねばならない。暴徒の包囲を脱し、味方の下へ逃げ込む程度の力は必要だった。パトリアも不本意ながら射撃訓練を積み、暴漢程度なら容易く撃退できる格闘戦技も習得している。

 

 航宙機の操縦にしてもそうだ。中でも、81号も属するFS型宙雷艇は高い機動性と火力、そしてゲシュ=タム航法可能な機関を有するため、航宙任務に就く職員にとっては代え難い存在と言えた。

 

 管制員(やはり大半が機械化兵だ)の誘導を受け、81号は入港を果たす。生物のいない不毛の惑星に、必要最低限の環境改造を施しただけのアンフィーブ5は、見渡す限りの荒涼とした砂地だ。目を潤してくれる緑や水場、気の利いた遊興施設もない。

 船外に出たパトリアは、艶めく金色の髪を波立たせて溜息を漏らした。

 

 億劫さと共に覚えたのは、違和感である。辺鄙な補給基地にも関わらず、搬入されるコンテナの数が多い気がする。大型の物が目立つから、どうも艦艇のパーツらしい。

 

 パトリアが考えたのはそこまでで、後は報告を上げて任せればよいことである。頭を切り替え、本部へと歩き出した。こんな辺境まで足を運んだ甲斐を増やすために、この星の基地司令と面会しなければならない。時はいくらあっても足りないのだ。

 

 ────────

 

 化粧をしていて良かったこと、苦労したことは幾つかある。前者の最たる物は何かと問われれば、パトリアは「作り笑いがばれにくい」ことをまず挙げる。まさに今、この時のような状況においてだ。

 

「……そもそも、叛徒どもが分不相応な理想を抱き、跳梁している現状の責を誰に見出すべきか?そう、過日の武功を笠に着て、ひたすら戦果と恩賞を貪る航宙艦隊だ。総統におかれては是非とも、何を恃みとすべきか、誰が帝国を真に憂いているのかをお考えになって……」

 

 卓を挟んで向かい合う基地司令は、パトリアとそう年代の変わらない働き盛りの男だった。それも、大公国時代から続く家柄の出らしい。

 にも関わらず、このような辺境に押し込められているのだから、察するものはあった。

 

 忙しく舌を回転させるこの男の熱意は認めるが、不快な暑苦しさとしか思えない。蒙を啓かせてやるという態度があからさまで、心底鼻につく。青い美肌に蕁麻疹でも出たらどうしてくれるというのか。

 

「で、監察官はどのような御用向きで足をお運びになられたのかな」

 

 両端を上げつつ固定していた唇をパトリアは開く。

 

「女の身一つで辺境を回るとなると、色々と入用でありますの。とはいえ辺境では、蓄えが役に立つとも限りませんし」

 

 帝国の認可を受けた民間商船は、官製品として支給されない物品を供給してくれるものである。酒類に嗜好食、化粧品の類は、その典型例と言えよう。

 だが辺境となると、輸送コストに見合う利益が見込めないとして、商船に忌避されるものだ。

 

 パトリアが司令に頼み込んでいるのは、その斡旋である。無論、これには相応の私的な出費と、何より本星との煩雑な手続きが必要になる事柄であった。

 

「私も力になりたくはあるが……辺境の基地を調査して回る任務となれば、合流するための連絡を取ることも骨が折れるな。何かお考えが?」

「ええ、ですので決めましたわ。当面は司令の下を寄る辺とさせていただきたく」

 

 卓から僅かに身を乗り出した。互いの匂いが分かる程の間合い。愛国ごっこの熱に浮かされていた司令の目つきが変わる。

 

「厚かましいお願いをしていることは承知しております。ですが、今の私をお預けするに足るお方は司令しか……」

 

 潤ませた目で見てみれば、司令が必死に口角が上がるのを抑えているのが分かる。

 勝った。平時であれば嫌味たらしい程の露骨な媚びようであったが、辺境に追いやられているこの男には何より効くだろうと確信があったのだ。穴が空いた自尊心を埋める物をちらつかせれば、簡単に食いついてくれるものである。

 

「辺境で女性の身一つというのはさぞかし心細かろう。私にできることであれば、惜しむことなく協力させていただくとも」

「まぁ、嬉しい。やはり司令を恃みとして正解でしたわ」

「この程度は当然だ。ところで」

 

 司令は軍務中に許される限界まで頬を弛ませていた。

 

「本日の夜は空いているかね?向後のことについて、二人きりで話を重ねておきたいのだが」

 

 頬を赤らめて俯いてやる。気が進まない、とは言わない。こちらも暫くぶりに男の肌に触れるのだ。少しは楽しむことができればいい、と思った。

 

 ────────

 

 明け方である。

 

 男と女、夜の一室でのさして面白みもない交流を経て、この星の夜は過ぎ去っていた。微かに頭が重い。望んでいたよりも早い覚醒を、身体は強いられたのか。

 

 パトリアは下着姿のまま官服を手に取り、壁面へと歩いた。窓のように見せている外部監視用モニターを覗けば、殺風景な基地の陸と空を動き回る幾つもの影。

 昇りかけている恒星アンフィーブの微かな光が、定期哨戒に従事する二隻の駆逐艦を照らしている。

 

 二つの閃光が弾けた。

 

 白く染め上げられた眼前の光景に、パトリアは息を呑んだ。舷側にミサイルを叩き込まれた駆逐艦が立て続けの爆発に蝕まれ、炎と共に崩れ落ちてゆく惨状。最後のベッドで大きく身動ぎする気配があったが、そんなものは気にも留めず見入っていた。

 

 爆発……爆撃は尚も続いた。通信施設、対空砲台、邀撃機の格納庫。基地の重要なポイントに吸い込まれ、破壊力をぶち撒けるミサイル。鋭角的な爆撃機のシルエットが遠ざかってゆく。

 

 ふと、振り向いた。パトリアに向けられているもの。引き攣った男の顔と、銃口。

 

「そうか、そうか。国軍はここまで手段を選ばんとはな」

 

 返答する気にもなれなかったが、何やら馬鹿げた見当違いをしているらしい。

 

「違和感を覚えてはいたのだ、調査とはいえ女が単身でこの基地に乗り込んでくることが。よもや出頭命令もなく攻撃を始めるとは思わなかったが」

 

 どうもこの男は、自分が総統府から送り込まれた密偵だと思い込んでいるようだった。すぐにその結論に至ったということは、それだけの身に覚えがあるということか。司令の頬が不自然に歪む。

 

「しかし、使い走りの悲しさか。お前は高官どもに騙されている。お前達が最高指導者と仰ぐデスラーは、最早この世の人間ではない」

「は?総統死んだ、って」

 

 嘘を言っているようには見えない。少なくとも、当人はそれが事実だと思っているのだ。パトリアが辺境に遣らされたのは、"ヤマト"とかいう戦艦の存在が問題視される前のことであったが、それから何らかの大きな変転があったらしい。

 

「デスラーの死により、真にガミラスを背負って立つお方が立ち上がる。支配統治省に我らの勢力を食い込ませるべく、お前をこの部屋で籠絡できればと思ったがな」

「"あんなん"で?」

「黙れ!上も下も節操のない口をした女だ」

 

 下卑た冗談で誤魔化しているが、銃口は微かに震え続けている。戦場など部下に任せきりで、自らの身を置いたことなどないのがよく分かった。

 

「ま、憂国の志とやらがお望みなら勝手にやってれば。私はそろそろお暇するけど」

「どこへ行こうというのだ、おい」

「あんたよりマシな男の処」

 

 パトリアは視線を固定させたまま背後の磁器を掴み、手首を閃かせた。宙を舞うそれを一瞥もせず、部屋の出口へと駆け出す。銃声。甲高い破裂音。

 混ざり合う響きを背に、下着姿のままパトリアはひた走る。

 

 大勢が移動する気配を感じた。基地を防衛せんとする者、占領を目論む者。多分、どちらもだろう。間もなく両者の激突が始まるということだ。流れ弾に巻き込まれるような、間抜けな最期を迎えるつもりは、さらさらない。

 

 自分の死場所として、この星は華がなさすぎる。

 

 ────────

 

 司令本部が陥落した。

 

 基地の要所をピンポイントで叩く爆撃といい、本部棟を制圧する速度といい、背筋に氷柱が生じる手際の良さである。

 

「デスラーの残滓にしては中々やる」

 

 僅かな幕僚を連れ、ゼルグート級戦艦の独立指揮艦に移った。デスラー独裁体制の打破を企図する同志、その盟主たる国家元帥ゼーリックの肝煎りで建造された、ガミラス最大の威容を誇る弩級戦艦だ。

 

 ゼーリックは帝国全土制圧の分艦隊旗艦とするため、辺境の各処で秘密裏にゼルグート級の建造を命じている。アンフィーブ5もその一つで、少しでも竣工を早めようと、独立指揮艦と船体の艤装作業を同時並行で進めていた。

 

 観艦式の名目で、ゼーリックはバラン星に主力艦隊を集結させつつある。この基地でも、同心する者達を結集させて、百隻前後の艦隊を編成していた。完成した弩級戦艦を先頭に押し立て、馳せ参じるつもりであったというのに。

 

 数十隻にのぼる敵艦隊が衛星軌道上で観測された。重巡と駆逐艦三隻の部隊が十個に、巡洋艦のみの独立戦隊。ガイデロール級戦艦も一隻確認できたが、旗艦ではないようだ。メランカの母艦はどこぞに潜伏しているのか、見当たらない。

 

 それにしても、国軍は何故ここを真っ先に狙ってきたのか。未開惑星の戦艦に苦戦しているとかで対応に追われている筈なのに、纏まった戦力を寄越す余裕は何処から来るというのか。

 

「力を蓄えるに絶好の地勢だからこそ、こんな寂れた星の指揮官に甘んじてきたというのに……」

「司令。衛星軌道に現れた敵の識別信号を確認しましたが、その全てが国軍の所属艦艇と一致しておりません」

「何?」

 

『僭主に尻尾を振る犬どもに告ぐ!』

 

 居丈高な通信は、不吉な響きをもって艦橋内を震わせた。友軍悉くが同じものを聞かされているものと思われる。

 

『全艦の機関を停止し、武装放棄のうえで我らに降伏せよ。無論のこと、例外や交換条件はない。直ちにその意思を示し、実行しない場合は、我らガミラス統治破壊解放軍の名において鉄槌を下す』

 

 一方的に打ち切られた宣告により、居並ぶ皆が色を失っている。破壊解放軍といえば、反動的な復古主義者と占領地の反乱分子による過激派武装組織として悪名高い。

 先年、主だった拠点が制圧されて大幅に弱体化した筈だが、昨今の情勢下で力を取り戻しつつあるのか。

 

「害虫どもがっ」

 

 ふざけた降伏勧告に従うつもりはなかった。とはいえ業腹ではあるものの、覆し難い不利は認めざるを得ない。

 

 脱出の二文字が頭に浮かんだ。船体とドッキングしていないため、ゼルグート級として出撃させられないのは痛恨ではあるが、星系からの離脱を考えるなら、独立指揮艦のみの方が都合が良い。それを見れば、味方も従ってくれることだろう。

 

 命じようと口を開きかけた時、けたたましい警告音が響く。高エネルギー反応。

 

「本艦直上、上空より──」

 

 熱と光の塊が天井を突き破って押し寄せてくる。青白く塗り潰された視界が、ぶつりと暗くなった。

 

 ────────

 

 青い光の柱が地面を抉り、貫き通す。爆撃機の母艦である強襲空母が艦底から放つ大口径レーザー。赤熱した軌跡が地表に刻み込まれる。

 

『オルタリアの讐だ、思い知ったか!』

 

 敢えて通信をオープンにしているのだろう。這々の体でパトリアが逃げ込み、どうにか発進した81号にも敵の叫びが聞こえてくる。

 

 対地戦闘に特化した強襲空母のレーザー砲は、弾速と精度を活かして、装甲車等の小型目標を狙撃するのが主な用途だ。だが、目の前のそれは本来の目的とかけ離れた、過剰なまでの威力を誇示していた。

 

「ギムレータイプだ」

 

 総統府にいたパトリアも話ぐらいは聞いている。親衛隊で運用される強襲空母のレーザー砲は、通常を遥かに上回る火力増強が実施されていると。

 

 親衛隊長官・ハイドム=ギムレーの提言、というより趣味によるものだった。そのため、"ギムレータイプ"や"親衛隊仕様"と通称されるのだ。迷妄を抱く占領地の原住民の心胆を寒からしめ、版図の静謐を保つ。臆面なく言い放ったギムレーを、航宙艦隊総司令のガル=ディッツは猛然と批判したともいう。

 

 そのような親衛隊お抱えの艦が何故、反体制組織の下にあるのか。自らの軍事力強化に汲々とする親衛隊が、みすみす許すものだろうか。

 思えば、破壊解放軍は勿論のこと、あの司令も反デスラーの立場に身を置く人間だったようだ。反乱分子同士を噛み合わせる。それを煽り立てるために、親衛隊が手を回しているとしたら。

 

「冗談じゃない」

 

 親衛隊長官の蜥蜴じみた相貌を思い出す。あのオカマ野郎の奸計に巻き込まれた挙句、犬死にするのは真っ平御免だった。

 

 脱出を急いで拿捕なり撃墜なりされる訳にもいかず、爆煙や破壊された建造物に紛れる形で様子を窺わざるを得ない。幸い、FS型宙雷艇には空間航跡を減衰させる機関が搭載されているため、隠密性は高かった。

 

 艦同士の攻防は既に激しさを増しつつある。ガミラス艦とガミラス艦、同じ姿をした者同士が黄金の目玉に敵意を湛え、魚雷とビームを絶え間なく撃ち放つ。

 

 すると、軍港に設けられた発着ゲートが開いた。周囲の艦に数倍する巨影が飛び出し、混戦の靄を切り裂いて飛翔を続ける。長大な体躯と幾重もの重装甲を誇るゼルグート級戦艦。

 しかし奇異なのは、船体はガミラスの国防色である緑なのに、艦橋部のみ黒いことだった。

 

「船体ト独立指揮艦ノ建造工廠ノ違イニ起因スルト思ワレマス」

 

 ガミロイドの回答である。

 

「発進位置カラシテ、船体ハコノ惑星ノ基地デ建造サレタト可能性ガ高イ。対シテ独立指揮艦ハ、今回侵攻シテキタ艦隊ニ加ワッテイタモノト推測サレマス」

 

 確かに、それならば合点がいく。整備か何かで艦橋と離れていた船体に、別の独立指揮艦がドッキングして、弩級戦艦を容易く乗っ取ってしまったのだ。そして、そのような状態にあるということを、知悉したうえで襲撃に及んだのだろう。

 

 下らないことをしでかすのに、余計な知恵ばかり絞るものだ。呆れて溜息を吐くパトリアは、自分が危地にあることを忘れそうになった。

 

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