ガミラス軍でも最高位の指揮官が座乗するだけあって、ゼルグート級の乗り心地は中々だった。
味方である筈の巨艦に砲口を向けられ、狼狽する敵の姿は滑稽そのものである。
「上将、情報の検証が完了しました。敵司令部の壊滅は間違いありません」
報告を受けた男は満足げに頷いた。上将とは、破壊解放軍において実働部隊の前線指揮を担う者を指す。
アンフィーブ5に派遣された者は上将として最も若く、才気に溢れ、最高指導者である導師の信任も厚かった。
「結構。残敵は抵抗を試みるだろうが、撃滅するのは訳もない」
「そしてこの星系は上将閣下の治めるところとなります」
「私でなく同志皆の戦果だ。導師にも色よい報告を上げられよう」
本心を隠すために言葉を弄するのを惜しんだことはない。
上将にとって導師は良い主君だった。敬意の対象となる人品という訳ではない。国軍に追い詰められてなお解放の御題目を唱え続ける執念は見上げたものだが、実のところ自意識と懐古の念が病的に膨れ上がった老耄でしかないのだ。
逆に言えば、その二つをくすぐってやる限り、かなり広い範囲で自由な裁量を認められる。
武勲の裏付けさえあれば、舌先三寸で如何様にも操ることができた。麾下の戦力を増強することも、政敵となりうる同僚を遠ざけることもだ。解放軍再起の狼煙を上げるアンフィーブ星系攻略作戦の指揮も、直訴して捥ぎ取った大任である。
散発的な敵の反撃が続いていた。司令部が壊滅、ないし消滅したのは勿論のこと、異なる所属からの寄せ集めという事情もあるだろう。その経緯についても、潜り込ませた間者を経て把握している。全てが導師や他の部隊に回ってはいないが。
複数の縦列が側面から背後に回り込む動きを見せている。それに遅れつつ呼応した正面の敵にも、攻勢の気配があった。遊撃の位置に置いていた三隊を回し、側面を固めさせる。半包囲を防ぐ防御の構え。
そう見せかけておいて、旗艦率いる本隊を一気に前進させた。蝟集しかけた敵を真正面から断ち割る。陣形を乱した敵が動転したようにビームを撃ちかけてくるが、ゼルグート級の正面装甲に虚しく弾き散らされた。
「虚仮威しではあるが、いい気分だ」
赤い光の飛沫を見るたび、えも言われぬ充足感が上将の胸中に過る。
機先を制された正面の敵は早くも腰が砕けたようで、外聞もなく背を向けて逃げ始めた。回り込んできた方はというと、正面が瓦解したため孤立に陥り、こちらの十字砲火に捉えられている。
この惑星の制圧は程なく完了するだろう。そして、解放軍の新たな前線拠点として生まれ変わらせる。故に、動力区画や整備工廠といった重要施設に破壊を及ぼしてはいない。
国軍の反攻に備えるという名目で、自分はここに留まり続ける。要地の防衛にあたるのだから、保有戦力の拡充を進める自然なことだ。精強で、自分の指揮に忠実な戦力を。
一周期もすれば、愚昧な導師でも厄介な存在を野に放ったと察するだろう。対決となれば、それこそ望むところだった。構成員の過半数を占める、占領地の将兵を取り込むことに心を砕いてきたのである。
絵空事を振りかざす導師の熱弁でなく、自分の掲げる大志にこそ、彼らは進むべき道を見出してくれるに違いない。
スクリーンに現れた表示が、思考を中断させた。
「ゲシュ=タム・アウト反応を観測。艦隊規模です」
国軍かゼーリックか知らないが、早くも救援を差し向けたというのか。周辺の部隊の動きは逐一監視し、すぐには駆けつけてこないと確信したうえで攻撃を始めたというのに。追撃に移ろうとしていた味方を呼び戻し、艦隊を小さく纏めて様子を窺う。
報告をあげる電探員の声が裏返っている。
「艦種識別、ガトランティス……!」
複眼を見開いた鴨緑色の群れが、空間を割って現れた。
────────
嫌な確信がある。戦場に現れた艦隊は事態の収拾役ではなく、より混乱を深める要素としかなり得ないと。
「どうして蛮族がここに来んのよ?」
全軍に共有されているガトランティス出現予測エリアから、アンフィーブ星系は大きく外れた位置にある筈だった。編成なり、方針なりに変化が生じて、侵入の様態も変わったのか。
とにかく、ガトランティスが来たとなれば地表近くで潜伏している訳にはいかない。有無を言わさず撃墜されるのはまだいい方で、身柄を拘束されでもしたらどうなるか。考えただけで嫌な汗が背に滲む。
宇宙に出ると、数十隻からのガミラス艦がばらばらに舳先を向けていた。襲撃に対し応戦することもなく、身を潜めて震えていたらしい。今更ながら姿を現したのは、パトリアと同じことを考えているからだろう。
ガトランティス艦隊は、現在星系に存在するガミラス艦隊の半数といったところだ。それを補って余りある剽悍さでもって、遁走を試みるガミラス艦に襲いかかっていた。
独自の回転式砲塔が光弾から吐き出される光弾の群れが波濤となり、さらわれたガミラス艦を火の海に沈める。
二隻いる空母も艦載機の射出を始めた。甲殻類じみた外観の攻撃機が、足下の獲物を品定めするように飛んでいる。
こうなれば逃げようとしていた者達としても、決死の抗戦に賭けざるを得ない。統一された指揮系統もなく、各々が勝手に敵に噛み付いている有様だが、ガトランティス艦隊はかえって困惑しているようだ。
破壊解放軍はというと、艦隊を一箇所に纏めて動いていない。単純なことで、砲火を交わす両者の共倒れを狙っているのだ。
高みの見物を決め込む余裕ぶりが嫌でも伝わってきて、混乱の中抱くことのなかった反感を、パトリアは初めて自覚する。
その時、艦艇とはかけ離れた形象の何かが、動き出す。それは二つの巨大な岩塊で、二隻ずつのガトランティス巡洋艦に牽引されていた。発破のようにビームが撃ち込まれる。
岩の窪みから現れる、ないし這い出てくるものがあった。粘質の体表を示す光沢を湛え、長い触手を揺蕩わせる半透明の宇宙生命体。
「警戒、警戒。メデューラ群体ノ活発化ヲ確認」
エネルギー吸収生物の中でも、極めて高い危険度を有する種である。航宙艦の船体に組み付き、ゲシュ=タム機関の生み出す動力を根こそぎ吸い尽くすのだ。
組み付かれた状態で下手な攻撃をすれば、エネルギーの逆流によって機関がオーバーロードを起こすことさえある。
眠りから覚めたメデューラは起きがけの餌を求める。すぐに嗅ぎつけた。十分以上の余力を残した、破壊解放軍の艦隊。
軍勢であれば思うままに振り回せる解放軍も、本能を剥き出しにした宇宙生物の群れを相手にしては、そうもいかなかった。
一隻、また一隻と捕捉された艦にメデューラが覆い被さる。必死に振り払うように陽電子ビームを撃ちまくっても、全てメデューラの腹に収まるだけだ。
ガトランティスが、解放軍の狙いを悟っていたとは思えない。そもそも、ガミラス同士の内紛が起こっているなど考えもつかず、後方に温存した予備か何かだと推測しているだろう。短絡的には違いないが、それがいけ好かない解放軍に混乱を齎している。
様を見ろ。そう思った刹那、悪寒のようなものがパトリアに操縦桿を切らせた。緑の閃光が宙を切り裂く。
81号を手頃な獲物と見たのか。ガトランティスの攻撃機が機銃を浴びせてきた。
「嘘!嘘、嘘、嘘」
操縦訓練を受けている時、自分が敵と対することなど一度も考えたことがない。敵とはシミュレーション上の存在でしかなかった。
それがどうだ?敵はどこまでも実体を伴った存在として、自分の命を狙っている。
三体の機械化兵が矢継ぎ早に、飲み込みきれる筈もない情報を伝えてくる。煩い。そんな憎まれ口を叩く余裕もない。敵機が白いミサイルを撃ちかけてくるのが見えて、機上の機関砲を必死で旋回させた。
投げつけた赤い光の網にミサイルが引っかかり、一発、二発と虚しく爆発する。
追い回してくる敵から逃れていると、目の前で赤と緑の火線が飛び交っていた。首を竦める。メデューラを追い散らした解放軍と、ガトランティス艦隊が対峙する只中に飛び込んでしまったのだ。
ビームとビームが交差し、空間そのものが煮え立つ戦場を横断する。其処彼処で炎を噴き上げ爆沈する艦の姿は、むしろ非現実的な物とすら思えた。そう考える間も、追跡の手は一向に緩まない。
いい加減にしてほしい。戦が好きな蛮族らしく、もっと大物を標的にすればよいものを。
一か八か、解放軍の艦列に飛び込んでみよう。思い立った時には機首を左に転じていた。敵攻撃機を引き連れる形で、魚群めいた艦隊の隙間を縫うように進む。戦艦の側面に達した時、対空砲火の煌めきが見えた。
してやったりと思うのも束の間、火線は81号の頭上にも降ってきた。所属も怪しい宙雷艇を援護するつもりもなく、諸共に撃ち落としてしまおうとのことらしい。
「見境なく撃ちやがって!この──」
聞かれれば品格についてきわめて厳しい評価を下されるだろう悪口雑言が、パトリアの口をついて出る。それでも81号は、四散する敵を尻目に砲火の豪雨を突き抜けることに成功した。
肺の中に溜め込んでいた空気を一息に吐き出す。早く、一刻も早くこんな戦場からおさらばしたい。とはいえ、航路の整備も満足にされていない辺境だ。ジャンプに移る宙点の特定にも骨が折れそうである。
斑模様のノイズと不快な不協和音が全てのスクリーンを支配したのは、本当に唐突だった。
「えっ」
呆気に取られ、手当たり次第コンソールを叩いてみるも、まるで反応がない。目を剥いて機械化兵の方を見れば、
「最適化中……最適化中……最適化中……」
目を明滅させ、うわ言のように繰り返すだけだ。何らかの外的要因により、深刻なシステムエラーが生じたとしか思えない。
窓の外を見てみると、戦場が静止していた。誰も彼もが座礁したように立ち止まり、砲火も止んでいる。81号と同じ事態が、星系にいる全ての艦艇に起きているということだ。
「……最適化完了。全システム、オンライン」
機械化兵が息を吹き返す。各種スクリーンにも、動力および操舵系統にも異常はなし。何事が起きたのかと索敵システムに目を向け、ある項目を見て絶句した。
それは、質量センサーの数値だった。戦艦や空母の二千倍を超える質量を有する"何か"が、惑星近傍に現れたのだ。惑星を隔てた戦場の向こう側に。近づいてきている。
「生体反応ヲ認ム」
生体反応?生物?馬鹿を言うな。そう思っても口は動かない。
遠方に見え始めたあれは、大型艦の十倍を超える大きさのあれは、どう見ても島嶼の類ではないか。惑星表面の一部を、その巨大な影で覆い隠している。
白い島だ。岩山を抱えた島に、鰭を備えた大小一対の脚と、爛々と眼を光らせた頭がある。
「解析完了。バラノドン」
島……白いバラノドンは大口を開け、大気のない海を咆哮で震わせた。