バラノドンとして一般に連想されるのは赤褐色の体である。だが、およそ十万分の一という確率で、成長につれ体表が白くなる個体が現れる(宇宙線や高重力の影響とされる)。
何か助けになるかもしれないと、縋るような思いで資料を見直したら、そのような記述があった。つまり目の前に出現した奴は、大宇宙の奇跡のような偶然が生んだ自然の神秘ということである。
そうだとしても、暗緑と鴨緑の満ちる戦場に割って入った白は、不吉きわまるものとしか思えない。
何より、この巨大さはどうしたことだろう。記録によれば、これまで観測された中で最大の個体は、ガイデロール級戦艦四隻分の全長であるらしい。
だが、目の前で泳ぎ回る巨体は十隻分を軽く超している。これほどの体躯になるまで、成長を続けられる生物が存在するとは。
巨獣が動き始めた。体表に、青緑の光源が点々と現れ、ヴェールを纏っているかのようだ。
まず向かうのは、星からの脱出を図っていたガミラス艦と、ガトランティスが交戦する一帯である。無造作に突っ込んでゆく。小惑星規模の質量と、航宙艦に匹敵する加速度でだ。抗し難い圧力が人間どもに襲いかかる。
次々と開く炎の華が、艦艇とその乗組員達の成れの果てあると、嫌でも分かってしまう。目の前に白い断崖が迫り来て、彼らは自らの最期を悟ったのか。
バラノドンはさらに巨体をロールさせ、巻き込んだ艦をすり潰していた。総身から発せられる光が、魁偉な輪郭を描き出す。
資料を見るまで誤解していたが、バラノドンには目も発光部も存在しない。体表に共生する微生物の群れが、バラノドンの生体電気を受け、光と熱を発生させているのだ。
バラノドンの生体電気が活発に流れるだけ、その輝きはいや増すということになる。今などは相当昂っているに違いない。それを表現する、最も平易な言葉は何か。
「あいつ、何怒ってるの?」
ガミラスもガトランティスも纏めて薙ぎ倒す、ないし轢き潰す勢いから、それは容易に推察できる。バラノドンが怒る要因、それは二つに大別されるらしい。食事を邪魔された時、縄張りを荒らされた時。
「ガトランティス艦隊ノ運ビ込ンダ岩塊ハ、アノ個体ノ生息域ニ存在シタモノデアル可能性ガ」
その推測が正しいとすれば、バラノドンは棲家に土足で踏み入られ、メデューラという御馳走の乗った皿を掻っ攫われた末に、地面にぶち撒けられたようなものだ。怒髪天を衝くのも無理はない。
捻くれた残骸を薙ぎ払いつつ、バラノドンは次の標的を定め邁進する。行手にあるのは、ガミラス最大を誇る弩級戦艦だ。それすらも、空前の巨獣の前には存在感が霞んでいる。
二本の蒼光が迸ってバラノドンに突き刺さる。強襲空母による艦底からの砲撃。只管に無駄なことをしている、としか思えなかった。
────────
「砲撃中止、砲撃中止!」
通信員が必死に呼びかけるのも虚しく、愚かな砲撃は止まらない。バラノドンの出現による通信障害は回復しきっておらず、発光信号も見ていないようだ。
バラノドン体表の微生物は、あらゆる波長の光を代謝の源とする。高出力レーザーの照射など、大量の餌を与えるに等しい。そうして生み出された熱は、怒り狂うバラノドンをますます活性化させるだろう。
「あの馬鹿どもを沈めろ。急げ」
逡巡を封じ、足手纏いを振り落とす決意を固めた。ゼルグート級の主砲が轟然と咆哮する。赤い光の槍が目標を貫き、爆炎が艦の形を消していった。
必要なことではあったが、やはり希少な対地戦力を失った苦々しさは消えない。そもそも、バラノドンがここまで怒り狂っているのは、蛮族どもに原因があるに決まっている。だのに、何故あの怪物はこちらに向かってくる?
情報を分析すると、ガトランティス艦はもれなく航行不能に陥っている。ガミラス艦と比べ、電磁パルスへの耐性がきわめて低いらしい。もしやバラノドンはこのことを嗅ぎ取り、いつでも仕留められるとして放置しているのか。
さらに馬鹿馬鹿しく、そして悍ましい想像もできる。最も憎悪する相手に、辿る末路を見せつけ、じわじわと恐怖を味わわせているのではないか……。
艦隊ごと怪物に向き直る。陽電子ビームもレーザーと同様の心配があるため、雷撃で仕留めると決めた。
三十門近い発射管を正面に指向するガイデロール級を始め、健在な艦全てが魚雷とミサイルを一斉に投げつける。白い発射煙は雲霞となって垂れ込め、弾体がただ一つの獲物を目掛け突き進んでゆく。
これならば、と信じた。艦隊でさえ火の海に沈める規模の雷撃。如何に巨大といえ、一個の生物に耐えられる筈もない。万一殺せずとも、戦場を脱するまでの時は稼げる。
強烈な光が爆ぜて視界を塗り潰し、上将の思考を断ち切った。そして、幾重もの爆発。着弾にはまだ早いのに、レーダー上から全ての弾体が消えている。何故。訝しむ暇も与えず、次が来た。
バラノドンの巨体から奔る、数十の光の軌跡が宇宙を貫いている。
電気信号により微生物を操り、発生する熱と光に指向性を持たせ、まるでビーム砲の如く発射する。外敵や障害物を排除するための、そうした習性があることは知っていた。
だが、想像とは規模が違いすぎる。数百発の魚雷を残らず叩き落としているのだ。残留熱量を見るだけでも、一個艦隊の斉射に匹敵する威力であろことがよく分かる。
それはこちらの艦にも向けられていた。駆逐艦が船腹を抉られ、巡洋艦が艦橋を吹き飛ばされる。
果てにはガイデロール級まで、艦首から艦尾まで串刺しにされて爆沈した。邪魔者は消えたとばかりに近づいてくる白い影。
「上将、もはやこれまでです。何卒退却の御命令を!後日の雪辱を期して……」
それしかないことはとっくに分かっていた。己に相応しい座乗艦をも捨てることには躊躇いがあるものの、生きていればさらなる新鋭艦を得る機会はある筈だ。
「急速離脱!」
黒い独立指揮艦が暗緑の船体から飛び立った。筈なのに、周囲の景色が動かない。不気味な振動が足下から駆け上がる。分離に失敗したか、と思いきやそうではない。何かに縫い付けられたように動けないのだ。
「し、収束された重力波の照射を確認」
発生源は言うまでもない。上下に開いたバラノドンの口腔から発せられる、生体牽引ビームとでも言うべきものの虜となっていた。それを確かめた怪物が、見えざる波を割いて近づいてくる。視界で面積を増す白。
切り離した船体が、まず飲み込まれていった。絶大な威力を誇る火砲、堅牢きわまる正面装甲。いずれも何ら役には立たない。真っ黒な洞に吸い込まれてゆく中で内外の構造は四散し、眼が光を失う。
それが自分の運命だと知ってしまった。
艦橋要員の叫喚は最早聞こえない。一瞬の忘我の内に、独立指揮艦は取り込まれている。窓に罅が入る。床に亀裂が走る。崩れ始めているのは艦ではない。この手に掴むべき支配者としての権勢、栄光、未来。
暗くなった上将の視界が、元に戻ることはなかった。
────────
失禁を堪えながら、パトリアは弩級戦艦の最期を目の当たりにした。
震える指でコンソールを叩き、捲る資料は肝心な頁に入っている。怒れるバラノドンに遭遇した時、如何に生還するか。
一番確実なのが、餌を与えてやることである。実際の事例として、燃料や鉱物資源を運ぶタンカーが襲われた際、貨物を切り離して食わせている内に脱出したというものが幾つもあり、対処法として確立していた。
だが、それは戦艦と変わらない大きさの、通常規模の個体に関しての話だ。その十倍を超える巨大バラノドンを満足させる餌とは何なのか。ゼルグート級を食らってなお、一向に静まる気配がないというのに。
全ての元凶たるガトランティス艦隊に向け、バラノドンは動き出す。かなり遅れて艦の機能障害から立ち直ったようだが、怒りに任せ増速するバラノドンを振り切れない。
一隻の空母が飲み込まれたのを皮切りに、周囲の艦も巨体との衝突で、あるいは体表からの光線で四散してゆく。
おまけに、彼らが逃げる行手に現れる、幾つもの影があった。混迷の中で忘れられていたメデューラの群れである。ガトランティスにしてみれば、自分達が利用しようと目論んだものが、最悪のタイミングで牙を剥いてきた訳である。
進めばメデューラに組み付かれ、留まればバラノドンに飲み込まれる。逃げる隙間もない、宇宙生物による包囲網。自然界の摂理を足蹴にした思い上がりに対する、祟りに他ならないと評する者がいるかもしれない。
天啓があった。
「メデューラに捕まってる時にビームを撃ち込んだら、どうなるんだっけ?」
「吸収限界ヲ超エルコトニヨル逆流現象ガ発生シ、機関ノオーバーロードニ繋ガリマス」
ガトランティス製の機関はガミラスと同じく、余剰次元の展開を基礎原理とする。理屈はよく分からないが、とにかく無から莫大なエネルギーを取り出すテクノロジーということだ。
オーバーロードにより機関が暴走すれば、次元展開が連鎖して起こり、艦を消し飛ばして余りあるエネルギーが発生するに違いない。
これこそ最後に残された手段だった。
「所属不明艦、砲撃態勢ニ入ッタ模様」
ガミラスの重巡が三隻、主砲塔を旋回させている。どの陣営かはどうでもいい。肝心なのは、自分と同じことを考えているらしいことだ。
共闘、とはとても言えない。各々がただ生還を願い、同じ答えに辿り着いたというだけ。そして、今求められているのも、それだけである。
メデューラに蹂躙されつつあるガトランティス艦隊を、バラノドンの重力波が引き摺り始める。餌と邪魔者を同時に捕食できるならばそうするだろうし、だからこそ成功の見込みもあるというものだ。
見えた。もう一隻の空母。三段階の大きさに大別されるメデューラの、最も大きな個体に捕捉されている。
81号からは見えているが、重巡はそうでないらしく、狙いをつけている様子はない。この混戦では無理もないだろう。伝えようにも、通信状態は未だ芳しくなかった。
「緊急信号弾、発射準備」
「ザー・ベルク。発射管開キマス」
誰かのために骨を折るのは流儀ではないが、この際仕方ない。
重力波に捕まって流され始めた空母とメデューラに狙いを定め、81号の発射管二門を開け放った。勢いよく飛び出した二つの弾体は目標の手前で弾け、眩い光芒を放つ。
通信状態が最悪の状況でもキャッチできる、最新型の信号弾。軍人ならざる身が助けを求めるための装備だが、備えとは思いもよらぬ形で役に立つものだ。
探知した重巡の反応は機敏だった。砲塔から次々放たれる赤い光は、吸い込まれるようにメデューラに突き刺さる。赤熱する宇宙生物から溢れ出すエネルギーが、満身創痍の空母の中を泳ぎ回る。
目の前に手繰り寄せた獲物を、巨獣が食らう。
閉じた口の隙間から、目を灼くかとすら思われる、強烈な光の奔流が垣間見えた。バラノドンの口腔内で、極小規模の宇宙が展いているのだ。にも関わらず、一帯の熱量は微かにしか上昇しない。熱も光も、バラノドンは全てを飲み食らっていた。
固唾を飲んで見守る。凄惨な攻防の気配も一時に消え失せ、宇宙が本来の静寂を取り戻したようでもある。
バラノドンの光が消える。口の中と、体表、その双方。雄大な白い島が、凪いだ宇宙で揺蕩っていた。うまくいった筈だ。いってほしい。決して信心深くはないパトリアは、生まれて初めて心から神に祈った。
動き出す。ゆっくりと。白い巨影が少しずつ遠ざかってゆく。骸だらけの宙域に取り残された人間どもは、半ば放心してそれを見送った。
────────
時に、デスラー紀元108年。ガミラス在地球大使のローレン=バレルは、久方ぶりに本星の地を踏んだ。
たまには家族と過ごす時間を持てと、首脳部による計らいであったが、バレルには他にもやりたいことがあった。
属州惑星の独立が日を追うごとに進んでいる。独裁体制時代から拡大方針は限界を迎えつつあったが、移住計画が始動して早々、身の丈に合わぬ版図の縮小が決定した。
デスラー政権崩壊直後から、独立を宣言する惑星は多々あったが、それらの全てが追認された。現地で任にあたっていた支配統治省の人間は、引き継ぎと引き揚げに多忙な日々を送っている。
「辺境から辺境、そして本星と。君も中々足労が絶えないな」
「いえいえ、これも大切な務めと思い定めております」
バレルはその中の一人、女性職員のパトリア=マルトリスと面会の場を設けていた。
数周期前、国家元帥のクーデターに付随する事件が、最辺境のアンフィーブ星系で起こった。叛乱に加担する戦力が集結する補給基地に、分離主義者が現れ、ガトランティスが現れ、果てには過去類を見ない超巨大バラノドンが姿を現した。
この鮮烈な事件は民主政権への移行に伴って公のものとなり、人々の耳目を集める。書籍や映画の題材として、大いに人気を博したのだ。
その主役に据えられたのが、一人の監察官として事件の当事者となったパトリアである。
自伝において曰く、元帥派の企みを暴こうと危険な潜入任務に従事し、最後には決死の作戦を成功させてバラノドンを鎮めた……。
「怪我の功名と申しますか、宇宙生物学の常識が変わる場面に立ち会えたことは僥倖と評する他ありませんわ」
たおやかな所作で口を覆い、音楽的に笑う様は、あたかも一流女優を気取っているようでもある。流行こそ過ぎたが、懐はかなり温まったらしい。
「しかし、支配統治省が独自に内偵を行っていたとは、寡聞にして知らなかったな。当時は情報部の所属だったのだが」
「なにしろ、極秘任務だったものですから」
「ところでこちらの書籍によれば、君は超巨大バラノドン捜索のために辺境を回っていたとあるが」
「あらまぁ、筆の走り過ぎですわね」
娯楽性の高い出版物の真偽を検めるつもりはない。国に直接の害をなす場合を除き、表現物の自由を認めることは、新たなガミラスの指針の一つだった。
「それはよいとして……君を招いたのは即ち、重要な任務を与えたく思っているからだ」
「重要任務。ふふ、なんなりと」
「辺境に飛んでもらいたい」
「えっ」
石のように固まったパトリアに、バレルは説明を続ける。
より詳細に言えば、その任務は航路開拓の補佐であった。ガミラスの民を新天地に導く航路を啓くべく、多くの艦隊が辺境の先を目指して動き始めている。
辺境で奇禍に遭いつつも生還したパトリアがそれに従事しているとなれば、正の方向で小さからぬ心理的影響を与えられるだろう。民衆に対してもだ。
醜聞で辺境に追いやられたといえ、次席秘書官にまでなった能力にも期待できる。
「兵の中には君を幸運の女神かの如く言う者もいるそうだ。辺境で身を砕く皆の力になってほしい」
「……私にしか能わざる大任、誠心誠意努めさせていただきますわ」
このような時、作り笑いを誤魔化せる化粧は都合が良かろう。ゆったりと微笑むパトリアを見て、バレルは思った。