遠い宇宙のバトンリレー   作:黒兎可

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※なかなか他作品が書きあがらないので、息抜きと文章リハビリがてらな作品です。


遠い宇宙のバトンリレー

 

 

 

 

 

 駅前の囲碁サロンで一人、並べていた棋譜を片付けていた塔矢アキラ。少しだけ退屈に、しかし()()()()()()()()()()()()()だからこそ微笑む小学六年生。己の棋力と場の棋力の差はそれなりに理解しているし、それでも何かの経験があるか、教えることもまた自分の碁を見つめなおす作業となるなど色々と考えていることは多い。

 そんなアキラであったが、入り口から聞こえてくるやりとりに少し「おや?」と思った。受付嬢のお姉さん、市河に色々と話しかける子供の声。自分と同年代か、甲高い声は、しかし妙に落ち着いてるように聞こえた。

 

「ここで一番強い相手と打たせてくれって、棋力がわからないんじゃあね……」

「たーのーむーよ、美人のお姉さんっ!」

「フフ、煽てても料金まけてあげないわよ? それより、どうして一番強い人なのかしら。別にみんな、弱いってわけじゃないと思うけれど」

 

 おそらく()()相手を想定した物言いをした市河であるが、対する少年……、前髪がメッシュのように薄い色素の少年は困ったように頭をかいた。

 

「いやだって、一番強い人に勝たないとたぶん協力してもらえないし……」

「協力?」

「うん。ちょっと欲しいものがあって────あっ」

 

 そして、目が合った。

 少年は驚いたように目を見開いて、とても名状しがたい百面相を披露した。喜怒哀楽、それぞれ妙に()()が入り混じったような顔の変化をした後、少年はアキラと打たせてもらえないか確認する。

 

「あっうーん、あの子は────」

「……対局相手を探してるならボクで良ければ」

「えっでもアキラくんこの子ったら……」

 

 立ち上がり歩み寄る。自分のように制服めいた格好でないし、背はちょっと低いが、やっぱり同年代くらいの子だろう。ただ「悪い悪い」という目の前の彼の、目が少し違うような気がした。自分が向けられた目としては、プロ棋士の緒方精次が近いか。手ごわい獲物をみて警戒するような、それでいてどこか高揚感がある目であるというか。時折、塔矢行洋門下として()()()()時に、彼はそんな目を向けられていた。

 自分と市河にありがとうございます、と頭を下げた彼は、進藤ヒカルというらしい。

 奥の座席に対面で座ると、ヒカルは「おっ週間碁!」とちらりと隣の座席に無造作に置かれてる雑誌を見て楽しそうだった。

 

「うち小遣いねーから、買えないんだよなあ……。まだお菓子食べてたい年頃だし」

「フフッ。進藤くん……、棋力はどれくらい?」

「あー、多分三段は超えてるけど、どれくらいか分からない。対人じゃジイちゃんと友達相手にしか打ってないし、ジイちゃんの自称の実力から逆算してになるけど」

「その言い方だと、ここに来たのはお祖父さんがらみ?」

 

 実力で言えばおおよそ県大会くらいはいけると自称する彼に、その経験の語りに苦笑いするアキラ。

 だが、ヒカルは少々真面目くさった言い方をする。

 

「ジイちゃんが持ってる碁盤、欲しくってさ。そしたらせめてどっかの碁会所で一番になってから来いーって偉そうに言うからよー。別にまぐれでも何でもいいというか、とにかくアレが欲しいんだ」

「お祖父さんの碁盤、か」

「そ! ジイちゃん曰く本因坊秀策ゆかりの品だーとか、烏帽子をかぶったお化けがでるーとか何とか言ってたけど、ま、そこは眉唾っつーことで」

「でも、こだわるんだね」

「ああ────何かわからないけど、バトン託されちまった気がするからさ」

 

 深呼吸して、ふと、どこからか取り出した扇子をぱちりと開きはじくヒカル。

 対面するアキラはなぜだろう。彼の姿を見て、少しばかり自分の口元が吊り上がったのを自覚した。

 

「碁盤とか碁石には魂とか神様とか宿ってるっていうだろ? 確か。だから多分、そういう何かからバトンを託されたような感じがするんだ。打ってくれって」

「…………」

「だからテキトーには打てないよ。ましてや、()()()()()()()お前相手にはさ、アキラ」

 

 ヒカルのその言葉に、アキラは不思議と納得をした。

 さっきのちょっとお子様にありがちな思い込みというかな微妙な物言いではあったが、本人なりにそれはそれで真剣らしいし。その上で、たぶんアキラを見て先ほど、その棋力を直観したのだろう。見た感じ囲碁よりも運動をしていそうな子だし、第六感的な何かが強いと言われれば、なんとなくは納得しそうな雰囲気をしている。

 そんな彼が、物怖じせず────初心者にありがちの無警戒さではなく、しっかりと自分を対局者として見据えてる。

 それが不思議と面白く、同時に油断ならないと、アキラも気を引き締めて。

 

 

 

「あっ、それはそうと置き石は頼む。最低でも一勝は確実にしたいし」

「…………何というか、堅実だね」

 

 

 

 プロ相当と周囲からもよく言われる自分の棋力に対して、いったいどういうとらえ方をしているのか。だが不思議と、ヒカルの物言いに悪い気はしないアキラであった。

 

 

 

 ぱちり、ぱちりと盤面が進む────。

 

 

 

 手慣れた石の持ち方。

 早碁主体でありながら、年齢に見合わないような重い打ち筋。

 それでいて盤面の展開は軽やかで、若さ相応の無謀さと何をするか分からない怖さ。

 なるほど強いと自称するだけあると、アキラはここ最近味わっていなかった高揚感に包まれる。

 

 秀策のコスミなど、昨今の流行りからみれば古臭い定石の型を時折挟んでくるのに驚かされたが、「独学だから秀策先生だしなー」とこちらの表情から読み取ったのか、時折雑談を挟んでくるヒカル。

 それはそれで後で色々と詳しく話してみたい衝動にかられながら、アキラは読みを深める。

 まだ自分の打ち筋というものを見極め切れていないアキラであるが、それでも自分の斬りかけを躱していく彼の手の動かし方に不思議と手が震え、笑みを押さえられない。

 

「やっぱ強えなー、お前」

「……進藤くんこそ。本当に独学?」

「しいて言えばジイちゃんに教わったってことになるけど、孫にルール教えるアレは教わったって言うのはちょっと違うなぁ…………」

 

 時折こちらを試すような手を打ちながら、それに応じる自分に「待ってました!」と言わんばかりに局所戦を展開するヒカル。

 そして、終局。

 コミを入れても勝ちはヒカル。

 微妙な読みの差と慎重さの差────おそらく初めて、どこか()()()()()打ち方になったアキラのミスをヒカルは誤らずに読み切った。

 まさか負けるとは思ってなかったアキラだが、そんな彼に「あ~失敗した~」とうなるヒカル。

 

「失敗?」

「いや何っつーか、ちょっとハシャいじまった。こう、フツーに強い同年代のやつと打つの初めてハイになったっつーか、おかげで考えてる途中でも気が付いたらポンポン打っちまったっつーか、いや悪い! ()()()()()()()()()と思うんだけど」

「…………フフ、フフフ……!」

 

 妙に目標というか、意識の高いようなことを言う彼が、スポーツ少年のような外見とつりあわず思わず笑ってしまうアキラである。いや、まさか自分と同じようなことを考えながら打っていたとはという驚きもあり、自然と肩の力が抜けた。

 

 そして直後に「なあなあ、気分転換に変な打ち方しねー?」などと言われ、初手天元から始まる「いや普通そこをそうは打ち込まないだろ」という展開の仕方を何度も重ねながら、あーでもないこーでもないとお互い見解を言い合って遊んだり。

 話したところ、ヒカルはどうやら定石にも定石外にもしっかり考察する性質のようだ。「今は死んでても後で蘇ってくる」ような石の使われ方を何度かされ、軽くカルチャーショックを受けるアキラ。なるほど、こういう考え方をするならさっきのはかなり()()()()()()()というのも納得できると、自分も似たようなテンションであるからこそ頷くアキラ。

 遊びではあるが、2戦目はアキラが勝利。

 だが案外、今の自分には考えさせられる碁を打ってくる子だと、アキラはヒカルに妙なシンパシーのようなものを感じた。

 

 気が付けば囲碁サロンのお爺さんやオッちゃん年代のギャラリーが出来上がっており、自分とヒカルが笑ったり怒ったりを繰り返して打っているのを楽しんでみていることがわかった。

 それと同時に、ヒカルが一戦目で勝利していたことも驚かれていた。

 

「────っつー訳で、ここにみんなの名前書いてくれないです? ちょっとジイちゃんにフカしてねーって言ってやりたいし!」

「フフ、ボクからもお願いします」

 

 そんなこんなで、当初ヒカルがもくろんでいた作戦とやらは一応の成功を見た。

 その場で一番強いアキラに勝ち、そのアキラから碁会所全員のサインをもらえば良いだろうという、若干RTA(リアルタイムアタック)めいた省略手法。

 何おう! というギャラリーたちも、アキラと同等以上とは認めたがらないものの、詰碁などを意地悪問題で出しても余裕で解くヒカルに、アキラに準じるだけの実力はもっているとわかり……、ついでにお祖父ちゃんと仲良さそうというのに絆されたのか、文句をつけていようがなにしていようがちゃんと名前は書いてくれていた。

 

 助かったよー、と頭を下げるヒカルに、アキラは「いやいや」と笑う。

 

「来週も来るかい?」

「お菓子とかジュースとかまだ食いたいからなあ……」

「……ボク、料金だったら少し貸そうか?」

「いや良いって! お前アレだぞー? どんなに仲良くてもお金の貸し借りで友情とか人間関係とかって簡単に破綻すんだから、若いころからしっかりやってないとダメなんだぞ? 変な言質は与えないようにするとか、おいそれと財布渡さないとか」

 

 何だか微妙に言及が生々しいというか、実際されたことがある人間から聞いたことがあるような物言いをするヒカルである。

 だったら勉強会に来るかい? とアキラが自分の名前を出せば、それはそれでうーんと悩むヒカル。

 

「行ったらまた今日みたいにテンションおかしくなりそうだし、本当は滅茶苦茶打ちたいけどちょっとクールダウンしたい」

「そう、か……」

「アキラもだぞ? 何か多分、いつもより切れ味が足りないっつーか、飛んで跳ねてしてたっつーか」

「飛んで跳ねてしてたのは二戦目の君の打ち筋じゃないか、進藤くん!」

「あれはそういうコンセプトだからいーんだよ! じゃなくって、浮ついてるっつーか、先を読んでるっつーより恋に恋するっつーか、今の対局の状況だけ見て先が全然見えなくなっちまったっつーか。あー、うまく言えね~~~~!」

 

 それだけ楽しかったということではあるのだが、どうやらその気持ちは共有しているらしいと分かり、頭を抱えるアキラ。

 片や、楽しかったからこそもっともっと彼と打ちたい気持ちのアキラ。

 片や楽しかったからこそ普段通り打てないもどかしさに苦しむヒカル。

 

 悪意無くお互いがお互いの碁を最善にしたいからこそ、アプローチが異なるという状況がアキラには悩ましかった。

 

 君はプロにはならないのか、と聞くアキラに。

 

「悩んでるけど、なるにしてもちゃんと親は説得してからじゃないとなあ……。全然フツーの家柄だし、うち」

「…………家庭の事情なら仕方ない、のかな?」

 

 流石に他所の家庭にツッコミを入れるのはどうかという節度があるくらいには、育ちが良いアキラ。

 

 結局その場に置いてあった、全国こども囲碁大会で今度見学に行くという彼の話を聞いて、一緒に見て回ろうという運びになった。

 

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 

「いやー、このころのアキラはあんなもんだったか……。打ち方がエグくなくて素直で可愛いもんだなぁ。()()()()()とか極まってきたころにはむしろ丸くなってったけど」

 

 碁会所を出た進藤ヒカルは、肩をすくめてあくびを一つ。つい猫背になりそうな姿勢を伸ばし、百円ショップで購入した扇子をぱちりぱちりと弄んでいた。

 独り言をぶつぶつ呟くヒカルだが、それに応える相手は()()、いない。

 一人で歩く進藤ヒカルは視線を空に上げどこか遠くを見て、口から嫌そうな声を漏らした。

 

 

 

「────にしても()()()はねーだろ、ヨダレはよぉ、()()()()

 

 

 

 進藤ヒカル。本来ならば小学六年生のこの年代になって初めて、秀策ゆかりの碁盤を見てとある平安時代の棋聖と巡り合う少年であるが。何の因果かこの場にいる彼の魂は、その当時のものではない。

 彼の自己認識にのっとるなら、その魂は進藤ヒカル()()()()

 大往生も大往生、棋聖・藤原佐為(ふじわらのさい)の霊から託された「神の一手」への()()()を手に、塔矢アキラをはじめとしたライバルたちとしのぎを削り続け、次代につないだ元本因坊である。

 ある日、いつものように自宅で妻のあかりと過ごしていた時……具体的に言えば佐為との最期の一局の盤面から、今の自分ならどう展開するか、佐為ならどう展開するかというのを考察している時であった。

 うつらうつらと。最近気が付くとアキラと対局している時以外はぼうとすると眠って時間が過ぎてることが増えているが、それにしてはやけに眠い感覚に襲われたヒカル。

 ちょっと寝るぞ、とあかりに一声かければ、いつものように気楽に返され、安心感とともに眠りについた────その場で、本因坊となった後に祖父から譲り受けた碁盤に突っ伏すような形で。

 

 自覚は薄かったが、もしかしたらその時に死んだのかもしれないと。現在のヒカルはそう思っている。

 そんな自分がどうして()()としか言いようのない状況になっているのかと言えば、小学三年生の頃にあかりを含めた友達数名と、自宅で遊んでいた時のこと。

 たまたま整理のため開いていた倉庫に忍び込んだ子供たちは、古びた品々を「きたねー!」と楽しそうに色々言いながらかきわけてかくれんぼしたりしていた時。

 

 自分が死んだときに使っていた碁盤────かつての時代、本因坊秀策が死ぬ前の対局で吐血(かもしくは吐瀉)したその碁盤である────を見つけた。

 見つけて、そこにかかっていた()()()()()に、汚いと思ったその瞬間、彼は思い出した。あるいは、()()()()()()()()()

 

「秀策のアレじゃなくて佐為がいないってのは、まあ、俺がこうなってるから納得はできるんだよなー。アイツから()()()()()()

 

 手元の安い扇子────ものの値段よりも、今は()()()()()()()を優先して購入したものだが、それを受け取った自分がこの時代にいるのだから、かつて秀策に寄り添った彼の霊がいないというのには納得をするヒカル。

 寂しさは覚えるが、自棄になるほどのやるせなさはない。

 自分は既に誰かにとって秀策であり佐為である、そういう「バトンを渡したもの」としての経験があるからこそ慣れなのか諦観なのかは分からない。

 だが。

 

「佐為が幽霊になったのは碁の神様が『神の一手』への未練を認めてくれたから、みてーにアイツは言ってたけど、俺の場合は何なんだろーなぁ」

 

 しいて言えば、あの最期の対局の続きをしたいと常々思い続けてはいたが。

 そこに至るまでにそれはもう色々とあったのだ。幼馴染のあかりと結婚するまでの紆余曲折もそうだが、AI技術が発展してからアキラと一緒に散々()()()()()()()()()()()()()()()り。あるいは中年ごろに二人とも行き詰った結果、二人そろって登山に挑戦したり、ダイビングに挑戦したり、テレビゲームの対戦格闘や戦略シミュレーションしたり、無重力体験したり、年甲斐もなくはしゃいで喧嘩して、そういった経験を刺激として新しい打ち方を開発したり。

 なおそれらのチャレンジには三回に一回くらいの頻度で緒方が準レギュラー面してついてきて、三人そろって大人げなく滅茶苦茶に人生遊び倒していた。実際それで壁を打破したり強くなっていったのだから、人生は不可思議なものである。

 

「思えばだいぶ無茶したなあ……。あかりにも、アキラの嫁さんにもだいぶ迷惑かけたし」

 

 よく子供や孫ほったらかしで変なチャレンジめいたことをする夫に、妻のあかりが怒るのは当然。もっとも惚れた弱みなのか、大体最後は許されていたが。

 一方、塔矢アキラの嫁……、生来の適当さかボケか名前は思い出せないが、彼女も彼女で「あらあら」とか「まあまあ」とか表面上は人当たり良く微笑んでいたが、時折アキラがぶるりと震え怯えていたのをヒカルは覚えている。

 呑みに行ったときにお互い顔をそろえてため息をついて、家族サービスしても(囲碁馬鹿めいた発想ゆえの)ズレたサービスをして子供から文句を食らうことも多く。

 まあなんだかんだ三十代を超えて以降の二人は、一周回って初対面の時の延長のような、プライベートでも普通の仲良しさんになっていた。

 

 当時の経験は決して忘れることはないが、逆行した現在のヒカルの精神は肉体の年齢に引きずられている。百年近く生きた自分の自意識と、現在の小学生の自分とが混じっているがゆえに、その棋力は正確に出力はされない。アキラとの逆行後初めての対局に関しても、()()()()()()()()()()()()()()()()など未来のアキラに見られれば殴り合い一歩手前であろう。仲良しゆえにお互い手も早く、でも仲直りも早くなっていたのだ。

 それでも()()()()()()()にはなっているのだから、昔の(未来の)流行りで言えばチートだ何だという話ではあるのだろうが。

 

「自覚はないけど、俺の人生でまだ何かやることがあるってことか? 碁の神様さんさ」

 

 ────かつてネット上で、藤原佐為と塔矢行洋の対局を前に、自分が神の一手へ近づいたように。

 

 晩年までの経験を踏まえ、佐為の成仏にかかわる碁が何であるかは正しく理解しているし、それを吞み込んでいるヒカルだからこそ。自分もまたそういう立場を求められているのかと、見えざる何かを勘繰るヒカルであった。

 

 

 

「…………ま、それはそうとせっかく人生二周目なんだし、もうちょっとあかりには構ってやるか……」

 

 

 

 なお、ついでにかつての妻への罪悪感の払しょくも試みようとしているが。

 未来の自分に目覚めた三年前からあかりや友達何人かに()()()を無自覚に試みているので、先行きは色々と前途多難である。

 

 

 

 

 

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