遠い宇宙のバトンリレー   作:黒兎可

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和気藹々と覚悟

 

 

 

 

 

「倉田くん? どうしてこっちに」

「ラーメン食いに来た!」

「ラーメ……、じ、自由だね」

「今日、対局ないですからね。ガンガン食ってガンガン白星をつかんでいかないと」

 

 にっこりと微笑むやや()()()()()青年棋士に、週刊碁の編集者である天野は苦笑いを浮かべた。

 日本棋院で取材に赴いた際にばったり出会っただけであるが、夏場故にかチョッキ姿からも熱気が強い。思わずメガネを拭いてしまう天野だったが、倉田は特に気にはしていないようだった。……というよりも、そのあたりは頓着していないというべきか。

 

「ま、せっかく近場まで来たし何かないかなと売店見てるんですよ。ほらこれ、扇子。なんかちょっと高そうでしょう? こう、紐なんてついちゃって」

「棋院で売られてるものでも流行り廃りはあるから、気に入ったなら買っちゃえば?」

「うーんでも俺ってさ、こう、自分で扇子仰いでると様にならないっつーか、()()()()()()?」

「そ、それは私にも刺さるからなあ……」

 

 天野は運動不足と年齢的な理由もあり。倉田は供給されてるエネルギー自体が大量であるため、どちらも締まった体形はしていない。

 

「いや絶対扇子持ったって、俺ふつうにうちわとして使うし? 塔矢名人みたいに構えてるだけとかそういう使い方にはならないからなあ」

 

 そんなことを話しながら売店から出ると、ちょうどこれから対局予定らしい棋士たちが何人か歩いていくる。名前を憶えていないプロも何人かいるが、それはそうと相手は自分のことを知っているらしいので「おはようございます」と軽く応じていた倉田。

 そんな中で。

 

「────ああ、おはよう」

「……おっ?」

 

 思わずそんな声が漏れた倉田だが、挨拶をした相手は特に何も言わず、手元で扇子を「ぱちん」と閉じて歩く。はきはきと背筋正しく機敏に歩く姿は年齢を感じさせない。表情も真剣なもの。

 ただスーツ姿の立ち姿が妙にはきはきとしており、以前見たときのような小ばかにするような笑顔も浮かんでおらず、猫背気味でもない。

 

 それが妙に存在感を発揮しており、一瞬相手が別人に見えた倉田であった。

 

「…………あれって、御器曽七段ですよね? 天野さん」

「え、ええ。そうですが……」

 

 もともと森下()九段に負け越して以降振るわなくなった御器曽。昇進スピードもそこで止まり、棋力も伸び悩んで相対的に負けが続くようになった男だ。倉田をして三段だった頃に当たったものの、圧をほぼ感じずそのまま転がり落ちていく段階のプロとみている。いうなれば、()()()()()だ。

 最近は特に株で失敗したからと店売りにも下手にかかわっていたり、秀策に関係するものを収集していたりするというが。指導員として招かれたイベントでの評判も、指導碁がキツいとあまり評判はよくない。

 つい数か月前も、彼がバックについていた業者の売ったカヤと称された碁盤が新カヤと()()()()()()()とかで、少し問題になりかけたりもしていた。

 

 そんな男故に普段は立ち姿から表情までどこか胡散臭い風情だったのだが────。

 

「扇子持ってるからってだけじゃないよな。雰囲気変わったっていうか、ちょっと()()()()だ」

「倉田君?」

「こういうときの勝負勘は当たる。……少し警戒しとこうか」

 

 そう言う倉田の言葉がどこまで本気か、この時の天野は推し量ることが出来なかった。

 

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 

「ダケさん、女の子いるからタバコはちょっと控えてヨネ」

「何だって? 修さん。ったく仕方ねぇな……。ま、カワイイ子たち相手に打つのは悪い気分じゃないから、そこは良いか…………、そこの前髪金髪! 変な意味じゃねぇぞ! お前らガキンチョは全員カワイイ子供だってんだ!」

「何も言ってないっスよ!」

 

 苦笑いしながらツッコミを入れるヒカルに、どことなく妙な()()のある男、ダケと呼ばれた彼はゲラゲラと笑いながら碁盤に石を並べていた。

 場所は例の「囲碁さろん」。今日はさすがに賭け碁は無し(というより筒井あたりが潔癖なのでそういうのは嫌うから)ではあるが、常連たちも興味津々で中学生とダケとの対局を見ていた。

 

「ダケさんちょっと良い? ……津田、ここ打つとさっき生かしてたところに影響出るから────」

「へ? い、生きる? えっと、何? ここ死んでる!?」

「あー、ちょっと慌てすぎだな……。ええっと、ここがまず目になってて、そうすると────」

「……ヒカル、私何かない? ない?」

「あかりはまあまあ順調に打ててると思うぜ、その調子その調子」

「むぅ」

「拗ねンなよ。……ちゃんと読めるようになってきてるってことだし」

「わわっ、う、うん……」

 

「デキるわね進藤くん」

「何がだ?」

「明らかに小学校の頃より扱いが上手くなってる……」

「そ、そこはそっとしておいてあげようか……」 

 

 津田久美子にアドバイスするヒカルに、いかに友人相手といえどちょっと嫉妬したあかりのモーションであったが、なんとなくゆるくかわしながらご機嫌取りに頭をなでるよう髪を撫でるヒカルに、気持ちよさそうに目を細めるあかり。

 そんな状況を寸評する残り四名はさておき。

 

「ガッハッハ! ま、仲良いことは良いことだな。じゃ、続けるぞ全員」

 

 ダケと呼ばれたこの碁会所の用心棒もしているこの男、イカサマなしだとしてもそれなりに打てる。ヒカルは、あかりや筒井、金子、夏目や久美子たち相手に()()()()多面打ちしているのを見て、軽く舌を巻いた。

 以前、ヒカルとあかりと三谷とで()()()()()の勝ち抜き賭け碁をした時の料金で、本日こうして用心棒の人と対局させてもらえることになった。

 ダケ本人は指導碁などやったことがないらしく、そのためヒカルがアシスタントに回っている。部活動の面々の中で一番棋力があるのがヒカルゆえ、ダケと全員の打ち回しを見て時々アドバイスをして回っているのだ。それでも微妙に手が回らず、津田久美子や三谷あたりのサポートを間違えて漏れたりする。

 

「俺でもしっかり()()のは三人くらいが限界だってのに、ダケさんすげースね……」

 

 成人して以降はそれこそ最大十数人くらいは多面打ちしたことがあるヒカルであるが、いまだ中学生の頭では物理的な計算リソースが足りないのか、全員の棋譜のパターンを暗譜するだけでもかなり頭痛を覚えていた。

 何かコツでもありますか? と現状藁をも縋る思いで聞いてみれば、むしろダケは驚いた顔をした後、またゲラゲラと笑っていた。

 

「いやいやボウズ、凄いな。ちゃんと()()()()()()()からそうなってるんだろ。俺みたいな()()()はそう上手くはいかねぇ」

「それって当たり前じゃ……?」

「例えばこのメガネのボウズ………、えっと、名前」

 

「……え? あっ、筒井です」

 

 ダケから声をかけられて、碁盤に意識がひたすら集中していた筒井は顔を上げる。

 ちょっと危ねぇなと()()()()()()()()()()心配するダケではあったが、学生の大会だからそういうアレはないかと首の後ろを揉んで肩をまわした。

 

「金髪のボウズも、筒井のボウズと打ってるならまあわかるだろ? ()()()()()()()()()()()()()()()だっつぅのは」

「は、はい……」「筒井さんは基本に忠実って感じっスからね~」

「ってことは、この場合はどこがそういう()()()()()()()()()()()()って観点で要所を押さえておけば良い。そしたらそこだけ覚えておけば、全体を通してみるのはたまにで良いから、あんまり考えを割かなくて良い。

 悪いが、ちと単純ってことだ。石の数えは上手くても、相手を乱せるまでは届いちゃいねぇ」

「た、単純…………!?」

 

 少しショックを受けたらしい筒井であるが「こういうのは無理に逸脱しようとしてもカモになっちまうし、意識しとくだけでもちったー変わっていくだろ」とダケはやはりガハガハ笑う。

 

「で、そこのオカンの嬢ちゃんは────」「金子です。何ですオカンの嬢ちゃんとか」「────おお、悪い悪い。金子の嬢ちゃんは部分部分の判断はしっかりできるが、逆に視点がまだ狭いな。おかげで俺も、力入れるところを限定できる」

 

 なるほど、というヒカル。要するに「リソースの配分を個人ごとにちゃんと最適化している」ということだ。力押しで全員分しっかり観ていたヒカルやアキラの多面打ちとは少し方向性が違うらしい。

 そんな風に納得しているヒカルを見ながら「やっぱ伊達に強い訳じゃないらしいなボウズ」とダケは笑いかけた。……なお、ショックを受けながらも真剣に打ってる筒井や、クールな態度のまま打っている金子はともかくとして。あかりや久美子はひーひー言いながら未だ慣れない十九路盤で四苦八苦しており、三谷は三谷でしかめっ面のままヒカルの方を睨んでいた。

 いや何で俺の方睨んでんだよ、とヒカルが突っ込めば。

 

「進藤お前、俺がこの中だとお前の次に強いからって、ぶっちゃけアドバイスさぼってるだろ」

「ぎくっ」

「今ぎくって言ったなッ!」

 

 指をさして騒ぐ三谷に「わあ!」と驚く久美子やあかり。筒井は「ははは……」と同情している風で、ダケはマナー違反を問い詰めるより「そりゃ仕方ねぇな」と大笑いだ。

 

「そんだけ金髪のボウズからウデを信用されてるってことだろ? 男なら黙って任せなって背中で語りてぇよなぁ……。ま、この俺相手にゃ二十年早いが」

「うっさ! うるさッ!」

「がははははは────!」

 

 なお、そんな三谷をからかうダケとのやりとりに、こちらを伺ってる碁会所の空気はどこか微笑ましい苦笑いだ。修老人も忍び笑いしているし、全体的に空気が緩い。なにせ碁会所全体で可愛がってた孫(?)みたいな子が、友達わんさか連れてきてこの場で碁を打ってるのだ。しかもその孫のような三谷と一緒に部活の大会に出るというではないか。

 関係者以外立ち入り禁止な大会でなければ、この場から何人か()()()()()()()()野次馬に出ていても不思議ではなかったろう。……なお、そういうところが思春期の癪に障るところなのだが、年代的に「構いやしねぇ!」の精神だった。合掌。

 

 ともあれ段々と終局に至っていく盤面が出てきたので、ダケにはいまだ対局中の盤面に集中してもらい、他の面々は(筒井も含めて)ヒカルが検討にまざりながら話をする。

 年の割に妙に手慣れているヒカルを見て「ひょっとして進藤くん、何人かに教える経験とかってあったりする?」と筒井が聞けば。

 あかりと夏目とヒカルが三者顔を見合わせて「「「小学校で」」」と即答。

 

「いやほら、俺って一人だけ碁出来てもツマンネーって思ってたし、ジイちゃんに勝つだけを目標にするのもモチベーション続かなかったから、友達でも打てるの増やそうってこう、布教したんだけどさ……」

「ボクは将棋より覚えるのが少ないから、碁の方が好きになったけどね。親も打てたし、けっこう感謝してるよ」

「えっマジ!? それ初耳だったんだけど!」

 

 夏目の返答に大きくリアクションするヒカルと、実はヒカル同様それは初耳だったので「そうなんだ!」と驚いてるあかり。……まあ彼女はエピソードを語っていないが、普段の様子を見るにおおよそ見当はつくので、あえて筒井はふれずに当時の話を少し深堀してみた。

 とはいえ、なんなら家がはす向かいくらいの近さの友人すら野球とドッヂが楽しくてしかたなく、進学したら完全に野球部になっているのでどうしようもないという話しかないあたりは、色々ともの悲しい。

 

「久美子はそのとき、クラス違ったから知らないよねその話」

「いや~でも、のりちゃんには進藤って教えてたでしょ? 結局リタイアしてたけど、こう、のりちゃんから話だけは聞いてたよ~。じじくさい趣味やってるって

 

 小声でしれっと言った久美子だったが「聞こえてるぞー」と半笑いするヒカルに「あ、あは、ご、ごめんちょい……」と両手を合わせて軽く拝むように謝った。

 やっぱり小浪は惜しかったなーというヒカルに、何故かあかりはそこだけ嫉妬せず「元気してるといいな、小浪ちゃん」と心配そうだった。

 そうこう話してる間に金子が投了し、最終的には三谷とダケの一騎打ち。……ヒカルのかつての記憶を思えば、共にイカサマなしで打ち合っている二人というのがいかに平和であるかというのがよくわかる。

 そんなヒカル含め周囲の視線が自然と三谷に集中するが、少し頬を赤くしながら「あの、やりにくいんだけど!」と文句ひとつ。

 

「いや良いじゃねーか、お前ひとりになったからちゃんと俺もアドバイスしやすいし」

「金子にやってやれよ、終わったばっかだろ」

 

「……ううん、そこはアンタの方を強くした方がいいでしょ。アンタなかなか強いんだから」

 

 中々って何だよ中々って、と警戒する猫のようにむっとする三谷だが、クールな表情のまま盤面を見る金子は「やっぱり中々じゃない」と繰り返す。

 言われてるぞ三谷のボウズとがははと笑うダケに「やっぱアンタうっさ!」と指をさして怒る三谷だが、完全に子ども扱いのそれだった。ヒカルもヒカルでそのからかいたい心境は理解できるのか、腕を組んで目を細めて頷いく。……と、背後からあかりがそんなヒカルの両頬をかるくつまんで引っ張った。

 

「いや、そんなにじじくさい?」

「うん」

 

 ヒカルのその表情やしぐさに不満があるらしいあかりだが、まあこのくらいの反応は可愛いものだ。甘んじて受けるヒカルにちょっと楽しくなってきたらしいあかりは、ほっぺをつんつんとしだす。久美子あたりは「うわわ、わわっ」と目を白黒させてるし、夏目は「相変わらずだなあ……、ん? 相変わらず?」とちょっと疑問を抱き始めていた。

 …………夏目はともかく、三谷あたりはクラスメイト相手にも少し距離を置いていることもあって、教室でされている噂は色々耳に入るのだ。男子間から来たものか女子間から来たものかは定かではないが、1年のクラスの進藤ヒカルが藤崎あかりのことを好きだとか、藤崎あかりがたいそう可愛らしいだとか、生意気だとか、休日に手をつないで歩いていただとか、他校生と三角関係だとか。あの様子を見るに眉唾というか、むしろあかりからの感情が大きそうなのでそのあたりは()()()()()()はあるのだろうが。

 

 閑話休題。

 

「三谷は何っつーか、全体的に打ち方のレベルが高いっちゃ高いんだけど、その分打ち筋が見えてこねぇんだよな。打ち筋っつーか、どういう打ち方をしたいかっつーのが。

 ダケさん見る限り三谷の上位互換だから、そりゃ相性あんま良くないっつー感じだな」

「何だよ進藤、上位互換って」

「んん、多分だけど…………、ダケさんって一番打ってるのって碁じゃなくて麻雀とかじゃない?」

 

 終局後。三谷の検討中のヒカルの確認である。「は?」とよくわからない三谷や他の部員達だったが「おぉよくわかったな!」と機嫌よくがははと笑うダケ。

 

「何というか、意外と打ち方が手堅い? 局所で不利って悟ったらあんまり無茶に攻めてないっていうか。例えばこことか、アマシてた割に全然手を付けないで、()()()()()しないですぐ捨てるし」

「蕁麻疹?」

「……あ、いや、言葉のあやっつーか、気にしないで気にしないで」

 

 一瞬、将来的な囲碁用語がぽろっとこぼれたヒカルであるが、あくまで一般的な単語だったためごまかしは出来た。

 

「でも自分より相手が局面読めてないって思ったら結構早碁したりブラフみたいに置いたりするから、そういうプレッシャーのかけ方みたいなのとか、()()()()()()()()()()ところとそうじゃないところでしっかり使い分けてるところが、そうかなーって」

 

 実際そういった直観からの推測だったが、的外れではなかったらしい。……碁会所の用心棒だけで遊び歩けそうにはないだろうという予想もあったので、おそらく他の賭け競技でも似たようなことをやっているのだろうとヒカルは当たりをつけていた。つけていたが、そこまで言ってしまうと中学生らしくないかとも思い、そちらの根拠はあえて伏せたのだ。

 

「おいおい、やるじゃねぇか金髪のボウズ。えっと────」

「進藤っス」

「進藤のボウズ、ここまで色々横で聞いていた感じお前さんがだいぶ強いってのは分かるが、そうだな……。せっかくだし、ここの店で全抜きしたっつーウデ、ちょっと見せてみてくれよ」

 

 単純に興味がある、と笑うダケは、席を立ち隣の椅子と碁盤まで移る。……ちゃんと三谷が検討できるように残すあたりは、ちゃんと真面目にやってくれているようだ。見た目のうさん臭さの割にちゃんと仕事としての分はやっているダケを見て、ヒカルは苦笑いし。

 

 

 

「よーし! じゃあ部員一人につき十目のリベンジっつーことで、せっかくだしダケさんに五十目差以上つけて勝つぜ!」

「ご……!? おいおい、年上はいたわるもんだぞボウズ、マジでやられたら心臓止まるぜ!?」

 

 

 

 軽い調子でとんでも発言をするヒカルに、三谷はその場で爆笑し。あかりは苦笑いしながらもじっとヒカルの視線が碁盤の天元に向いているのを追っており。

 実際、ダケに対してヒカルは初手に天元を打って「ダケさんが知らない碁を打ってあげるよ、知らなきゃ、運要素も試せるでしょ?」とニヤリと笑った。 

 

 

 

 

 




・アンケートありがとうございました! 奈瀬の方から進めます
・現時点で、時系列としてはどちらも原作~本作の間のいずこかの時系列(逆行前)になっていくの予定です(予告)

番外編、どちらを先に読みたいかアンケート(期限:11/3ごろ迄)

  • ①ヒカル・囲碁漫画の原案協力や監修をする
  • ②ヒカル・見合い関係で奈瀬に泣きつかれる
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