遠い宇宙のバトンリレー   作:黒兎可

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挑戦コースとハンデコース

  

 

 

 

 

 北区中学夏期囲碁大会。

 会場となっている私立海王学園。ゆるい楕円に折れた4階建ての校舎の外壁はクリームのような薄紅をさらに薄くしたような色合い。全体としては葉瀬中の方が大きいようにヒカルは感じるが、あちらはスポーツに力を入れてるのもあるのか校庭の大きさにも違いがあるのだろうとヒカルは納得していた。

 とはいえなんとなく南国風な樹木が植えてあったりと、少しだけ()()()感が演出されているのは私立ゆえか。微妙な懐かしさを覚えながらも裏門の誘導員たる生徒や教師たちに誘導され、ヒカルたちは目的地たる教室へと向かっていった。

 

「早朝だってのにみんな早ぇなあ……、三谷とか迷子にならないで来れてるよな? あいつケータイ持ってないけど、連絡つかないと完全にギャグマンガみてーなオチになっちまうし」

「だ、大丈夫じゃないかな……。金子さんもしつこく言ってたし」

「馬鹿にされるのはキレっから、そこは大丈夫か」

「うん。…………えへへ」

「どうした?」

「なんでもないっ」

 

 ……なお、道中当たり前のように腕を組んでるヒカルとあかりであるからして、一部の生徒たちの注目が集まっていた。あかり自身、スキンシップは実はそこまで好きとかではないものの、腕に抱き着いたりしてもヒカルが拒否せず受け入れてくれるのが嬉しかったり、こうやって公衆の面前でやって「私たちカップル!」と自己主張が出来ることが好きであった。なので特に止めることはなく、一部女子生徒たちがきゃーきゃーと黄色い悲鳴を上げたりしている。

 ともあれ「ここか?」と教室に入れば、部屋の奥で部員たちと何か話していた岸本と目が合うヒカル。お互い会釈をすると、岸本が視線で部屋の中央よりの座席を示した。

 

「進藤くん! こっち!」

「た、他校でも変わらないなあ二人とも……」

「遅い遅い、ドベだからジュースとかでいいから奢れよ~進藤」

 

「いやまだ一時間くらい前なんだよなあ……」

 

 おそらく大会参加前でウキウキだったろう筒井や見学のみになる夏目はともかくとして、三谷はなぜこんなにやる気満々で先に来ていたものか。ちなみに本日来ているのはヒカルとあかり、筒井に三谷とこの四人。金子はバレーの大会が本格化しており、久美子はフツーに「わ、私まで行っても全然打てないし……」と逃げられていた。あかりが次は絶対きてもらうんだから! とふんすと鼻息荒く気合を入れているのがどこか愛らしい。

 ちなみにヒカルから「むしろお前の方が早すぎじゃね?」と言われた三谷はと言えば、理由を問われると苦い顔をして視線を逸らす。

 

「何だよアレか~? バレーの大会に行くしついでだからって金子が自宅についでにチャリか何かで来て起きろってやって、姉ちゃんにからかわれながらたたき起こされたとかで機嫌悪かったり────」

姉貴(クソババア)は関係ね……って何でそんな描写リアルなんだよ!? 進藤お前監視カメラでもあるのか!!?」

 

 あるわけねーだろ、と苦笑いするヒカルだったが、どうやら思っていたより予想が的中していたらしい。流石に苦笑いするほかなく、ヒカルとしても多少お世話になったことのある三谷姉のポニーテール姿を思い浮かべた。サムズアップとウインクを脳裏でされたと同時に、何故かあかりが「ぎゅっ」とする力を強くしてきたので、どうした? と聞くも、特に何かあるわけではないとのこと。

 閑話休題。

 とりあえず時間もあるので、四者でいったん打つことに。あかりが持ってきた弁当は先に置いたので、その話だけ軽くしてから碁盤に向かいあう。

 筒井と三谷は引き続き検討をしながらゆるく対局し、夏目は三谷の指摘やら何やらをみつつ勉強。……隣の席でヒカルがあかりと向かい合ってゆるく微笑んだりしているのから、ちょっと距離を取っているのは空気を読んでか。

 

「ここノビなくても良いんじゃない? センパイ。黒とられると思うけど」

「あー、なるほど。……ダケさんに言われたっけ、情勢判断が局所局所すぎるって」

「え? ……あ、そこ取られちゃうんだ」

「そうそう。夏目も少し計算できるようになってきたじゃん。例えばこうやってやると……、な? 詰碁みたいに狭いところでオワリじゃないしなー。

 …………って、進藤は何で藤崎と打ってんだ?」

「いやほら、あかりと打つと落ち着くし」

「どういうことだよ……?」

「定石定石! 肩に力入りすぎると空回りしそうだし、俺の場合は対局中以外は脱力できるようにしたいっつーことで」

「なんというか……、進藤くんはルーティーンが完成してる感じがするね」

「まあ、それだけ一緒にいるし」

「………………」

「おー、ヨメ顔真っ赤だぞ進藤」

「おぅ、可愛いだろ。夏服も新鮮っちゃ新鮮だよな~」

「いや少しくらい動揺しろよ!?」

 

 進藤ヒカル、不動である。むしろ三谷の方があかりの赤面ぶりにいたたまれなく、ちょっと照れるくらいだ。夏目は「オトナだなあ……」と遠い目をしており、筒井は筒井でそんなヒカルに「頼もしいなあ……」と笑っていた。

 特に周囲の学校から注目されることもなく、ゆるく対局を続けているヒカルたち。筒井に関しては三谷から教わった内容の復習、

 

 そうこうしてると部屋全体の空気がざわつきだした。

 誰か有名人来てるのか、と三谷やらは周囲を見回すが、やがてその視線がヒカルの背後に固定される。変に注目を集めた形になっているが、ヒカルはヒカルで()()()()()()()()ので、碁盤に集中してうんうん唸ってるあかりにも声をかけてから振り返った。

 

「よ、アキラ。お~は~」

「えっ!? お、おお、おっは~ ……?」

「そうか、お前はおっは~派か……」

「何でそんな残念そうな声を出してるのだい、ヒカル……?」

 

 ヒカルが振り返った瞬間にあいさつしようとしたものの、早々にヒカルが両手で()を作って両手を伸ばしたり開いたりをしたのを前に、アキラはペースを乱されて困惑していた。

 あかりもついでとばかりに「塔矢くん、お~は~」とヒカルの真似をしたが、そちらは落ち着いたのか「おはよう、藤崎さん」と微笑みと会釈。

 

 その緩んだアキラの空気に、ヒカルたちを除いた周囲がざわついた。

 いや、葉瀬中の筒井は「相変わらず仲良さそうだね~」と微笑み、夏目と三谷は「誰?」という素の反応だが。少なくとも海王中やら塔矢アキラを知る生徒たちはあからさまに動揺していた。 

 何というかこう、()()塔矢アキラと異様に親しそうな雰囲気がよほど衝撃的だったのか。

 

「短期だったしボクも全力を尽くして色々伝えられたとは言えないけど、今日は楽しんでいってもらいたい! ……で、ヒカルは今日────」

「あー、まあフツーにそこはな。大将っつーことで。そっちの方がウチ(部活)全体で勉強になりそうだし、結局岸本さんとも打ててなかったからなーあの日、()()()()()()が面倒で。まあ、俺は俺で色々縛りプレイだけど」

「そっか…………」

「いや、でも手抜きにはなりすぎねーように考えてはきたぜ? 十五目ハンデとか、()定石縛りとか。望むなら()()()()()もやるし、そこは相手に聞いてからだな~」

「……秀策ごっこはボクもやってもらったことがないよ!? ちょっとヒカル、それはズルくないか!!? プライベートでやらないならボクだって大会に出たぞ!」

「いや落ち着けってうるせぇ! っと、悪い悪い、いやお前と打つのちょっと楽しくってついなあ……」

「う、嬉しいけどボクだけ打てないのは寂しいじゃないか……」

 

 何というか、あまりに気安い。

 あまりに気安すぎる塔矢アキラのその振る舞いに、クラブでの彼を知っている面々は度肝を抜かれていた。

 クラスでの塔矢アキラ自身は「あたりさわりなく」、涼やかに微笑んで自己主張は強くないタイプという以上の印象は持たれないが。こと囲碁に関係することについては豹変するのは海王の囲碁部の誰しもが知っていること。一部、すでに塔矢アキラという存在を知っていた学生たちとて、どこか一線を引いていた彼という存在の精神的な壁を知っているからこそ、それを完全に破壊しつくしているヒカルの振る舞いは予想外どころの騒ぎではなかった。

 雑誌で見たぞ、とか、この大会に出るのか!? とか。動揺する子供たちの中にあって、アキラは気にしていないどころか気づいてすらいないかもしれない。とても楽し気にヒカルに絡んでいる様は、あからさまにヒカルを意識しすぎていた。

 

 なお、そんな風にアキラがヒカルといちゃいちゃ(?)しているのをあかりがハイライトを失った目でじっと見つめているが。色々言いながらも興味が盤面に移ったアキラは、数秒見てから何故か照れてヒカルとあかりを見比べた。

 

「な、なに? 塔矢くん」

「えっと……、相変わらず仲が良いなって」

「まあそりゃな~」

 

 わかる人にわかる……かはともかく。

 あかりの碁は真摯にヒカルの碁の後を追いかけるような素直な初心者の打ち方だし、ヒカルの碁はあかりの碁をとてもとても丁寧に導くような打ち方である。つまるところ、両者の関係性を前提に見ればとてもとても微笑ましいものに見えてしまい、アキラとしては第三者ながらも照れてしまうところだった。

 

 そんなヒカルたちに「あら、あなたが進藤ヒカルね」と声をかける誰か。……少し小ばかにするようなその声には覚えがあったのか、ヒカルは視線を向けると「うげぇ」と嫌そうな声を上げた。

 そこには腕を組んでヒカルを見下ろす、メリハリの利いたベリーショートの髪の少女。茶系とも紫系ともつかない色合いに染めた髪が特徴的な、年相応並みに出るところが出ている高学年の海王の女子生徒だ。……なお、ヒカルは色々と嫌でも記憶に残ってはいるが、名前がすんなり出てこないあたりは平常運転だ。

 

 そして彼のあからさまな「うわぁ面倒な女!」みたいな顔を前に、向けられた彼女たる日高由梨はキレた。

 

「…………いや何よ? 初対面で年上で、おまけにこんな美人相手に何よその顔とリアクションは!? ちょっといきなり失礼極まりないんだけど!」

「あっ、サーセン、でもこう何か生理的に面ど……、あっ、いや、マジでサーセン」

「前哨戦の煽り合戦なら受けて立つわよ、進藤ヒカル! というか塔矢、あんた友達ならもうちょっと選んで付き合いなさいよ!」

「えっ? いやでも……、ヒカルは強いですよ?」

「それしか人物に対する評価基準とかないワケ!?」

 

 きょとんとした風に可愛く返すアキラに頭を抱えて叫ぶ日高は、ちょうど横で目を白黒させてる筒井を指さして「あんたのところの後輩でしょ、もうちょっと礼儀とか覚えさせなさいよ!」などとツッコミ。反射的にごめんなさい! と謝る筒井を見て、三谷も三谷で小声で「確かに面倒そうだわ」などと零す。幸いにもそれは聞こえていなかったが、筒井に詰め寄り文句を垂れてる日高の後ろに立っていた岸本にはばっちり目撃されていたため「ブホッ」と噴き出されていた。

 

 ちょっとしたカオスである。大勢の部員が面食らったのも無理はない。

 ……海王中の後輩女子からは「あの子凄い!?」とか「確かに先輩ってねちっこいから……」とか色々アレな会話をする勇者がいたりもしたし、それを聞きつけてキッと睨まれて早々に頭を下げたりといったことはあったが、閑話休題。

 

「塔矢の言うことをうのみにするわけじゃないわ? けど、これだけ海王中(ウチ)の秘蔵っ子が入れ込んでるんだから、つまらないことしないでよね。対局もそうだけど、悪影響だし」

「…………アキラお前、良い先輩持ったなあ」

「えっ?」

 

 いまいち状況が理解できていない塔矢アキラである。流石に「実力は確認するけど、それはそうと変な友達付き合いなら切りなさいよ?」と濁しながらもちゃんと指摘する女子先輩の先輩らしいムーブは、保護者目線だと思わず腕を組んで背を丸めて目を細めて頷きたくなるところであった。人目もあるので今回は()()()()()挙措は自重しているが、それでも言わずにはいられない。

 

 そして、思わずにはいられない…………、筒井相手にも色々もうちょっと気遣ってたんならあんな()()()()()にはなってなかったのではないか、と。

 

 この日高由梨、ヒカルがたどった逆行前の歴史においてはちょうど今、彼女がガミガミと絡んでる筒井と籍を入れていた。筒井由梨……、筒井さんのキツい奥さんという認識だったからこそ、ヒカルは彼女個人の名前などを全く思い出せていなかったのだ。まあ教師と看護師の夫婦だったことくらいは(金子のつながりもあり)覚えていたが、そもそも結婚前から名前もロクに知らなかったわけで、その辺はヒカルとしてはさらに忘却の彼方だ。

 …………なお、筒井が割と若白髪だったりハゲの加速度が激しかった原因の一旦は彼女との夫婦喧嘩とかの心労のせいではないかとヒカルは邪推しているが(性格キツいし)、現状のやりとりでその疑念が晴れることはなかった。

 そう悪い人でないのは間違いないだろうが、相性的に()()相手の方が良かったのでは? とちょっとは思わなくもないヒカルであった。

 

「というか、あなた三将? まあマグレで先輩に勝ってたわけだし、順当よね~。先輩悔しがってたわよ? 自分の見損じが切っ掛けで負けちゃったって。

 進藤ヒカルはともかく、そこの三谷くん? だって、作戦上副将ってだけでしょ? 本当にやれるのかしら、補欠くんに無様見せちゃうんじゃない~?」

「…………そこは、()()だよ。ボクだって去年と一緒じゃないし、甘く見てくれる分には問題はないからね」

 

 なんだか少しヒカルの口癖が移ってる筒井。ただその振る舞いは怒りに任せて叫ぶこともなく、淡々と日高から三谷を見て、薄く微笑んで頷いた。

 三谷も三谷でくすくす笑われてむっとしていたものの、筒井の視線を受けて頷き返し、深呼吸。そして補欠呼ばわりな夏目も「今日は勉強させてもらいます!」と若干ふてぶてしく返していた。

 

 そんな三者を見て、日高は「へぇ」と鼻を鳴らす。じゃあ期待しないで待ってるけど二回戦あがってらっしゃいな、とくすくす笑って、何故か筒井に手を振って立ち去った。筒井は筒井でこぶしを握り、三谷に目配せ。

 

(何っつーか……、ダケさん効果か? 昔この頃ってもっと仲悪かったよな)

 

 二人の様子にそう思い返すヒカルであったが……、このあたり「気持ちよく碁を打ちたい」という彼個人の意志での行動が、全体的に作用してのことであった。 

 三谷は三谷でヒカルという大目標と「友達でつるんで打つ」ことの楽しさを早々に知り。筒井は筒井で真面目に強くなろうとする三谷の姿勢を見たのとイカサマをしていたことを知らず。

 ……なんなら三谷に関しては、ヒカルと妙に馴れ馴れしいアキラを見てむっとしているのもあって、本日は普段よりも割り増し負けん気が強かった。

 

 さておき。

 一回戦の葉瀬中の対戦相手は岩名中。くしくも逆行前とは全員対戦相手が違う配置になっているが、特にそのことを覚えているヒカルではない。

 だからこそ平常運転で……、どれくらい平常運転かといえば、ヒカルの背後に立つあかりを特に「邪魔だからあっち行けって!」などと言わず、扇子すら出さないくらいには平常運転で。

 

「どっちが良い? そっちの大将さん」

「……ん? 何がだ?」

()()()()()()()()()()()()。挑戦なら本因坊秀策打ちするし、ハンデならどっちの手番でもコミ十五目追加したつもりで打つけど」

「…………前はわからないけど、後の方はそれで碁になるのか?」

「なるなる! だって俺強いし」

 

 じゃあ五十目とかするか? と笑うヒカルに、大した自信過剰だと鼻で笑い。対戦相手の()()()()()()()()()少年は、堅実に後者を選び────。

 

「…………ありません」

「はーいサンキュー」

 

 ……即落ち二コマのような超速展開、一手十秒足らずを繰り返したヒカルによる中押しであった。

 

「いや、本気で待ってくれ、え? 中押しされたけど、何これ? こんな滅茶苦茶な打ち方のくせに、何で陣地全部取られてるんだ……!?」

「感想戦とかするか? 昼休憩、一時間半くらいあったろ」

「いや、マジでお願いしたい」

 

 マジでマジで、と目を真ん丸にして頷く彼に、ヒカルは苦笑いだが少しだけ嬉しくなった。

 ……少なくとも十五目ハンデの打ち方は、()()()()()()()()()()()今の打ち方によってもたらされた結果なのだから。()()塔矢アキラにはまだ完全に追いつき切れてはいないが、()()()()()()()()()()()()()()()の勝利というのは、逆行前の中学時代のちょっとしたリベンジめいているかもしれない。

 そして横を見れば三谷は既に相手を投了させており、海王の試合を見に行っていて。夏目は夏目でそんな三谷と一緒に、岸本の一局を背後から覗いて解説をしてもらったりしているようだが。

 

 

 

「……いや、何でいんの? っていうかいつから?」

「えっと、試合始まってからけっこうすぐ来てたよ。何でだろうね」

 

 

 

 …………何故か長考して唸る筒井の対局を、背後から海王の日高がどこかもどかしそうな顔で見ていた。こう、「そこはアレでしょ、アレ」などと今にも声をかけたそうにしながら観戦していた。あかり曰く、どうやら、自分の後輩女子たちの試合の観戦もほっぽりだして筒井の背後に立っているらしい。

 いや本当何でいるの、とヒカルとあかりは思わず顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

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