遠い宇宙のバトンリレー   作:黒兎可

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祭りの後と次なる祭りへ向けて

 

 

 

 

 

 これは、誤算の招いた結果だ。

 進藤ヒカルの誤算は、塔矢アキラの本腰具合を見誤ったこと。自分に対する普段の振る舞いが和気あいあいとしているものだからこそ、ヒカルは自分が見ていないときのアキラのことを失念していた。

 つまりは、逆行前そのものの張りつめた塔矢アキラである。

 今のところプロ入段試験などの「絶対に勝たなければならない」ようなシチュエーションでの対局をしていないため、まだまだ甘っちょろいままのアキラとの触れ合いが長い現在のヒカルである。むしろそんな彼からの勝負に、全身全霊で臨んでいるアキラこそ尋常ではあるまい────本心から、ヒカルに対して失礼のないようにという友情(?)から来るその心理は。

 

 そうなれば後はスタートラインの差。

 ヒカルが囲碁部の面々を見るにしても、全員とは言わないが碁に対してまだまだひよっこ。教え方も各人でかわるものの、ゆっくり教えて楽しんで成長させていく形になる。

 対してアキラは、生徒たちの棋力が高いのを前提としてひたすら対局と検討。しかも()()()()()()()()()()による対局と検討である。速度も相手の心証も何も考えず、ひたすらに碁を強くすることに特化したピリピリとしたコーチングマシン……、コーチングマシンというにはいささか血の気が多い碁だが、ともかくそういった差が出てくる。

 

「っていっても三谷負けるとは思ってなかったわ、マジびっくりだわ~」

「……何だ、煽ってんのか進藤? ケンカなら買うぞ、あァ?」

「いやフツーに真面目に。ダケさんと打って視野が広がったみたいだし、フツーに勝てると思ってたけどいやー予想外。棋力でぶん殴られて負けるとかシンプルなオチだわ」

「だからケンカ売ってんだろ、あァッ!」

 

 腕を()()()組んで目を細めて何度もうなずきながら分析するヒカルに、隣の三谷が食って掛かる。そんな彼を筒井が後ろから抑えるものの、はじめから追いすがれていなかった彼は彼で表情は険しい。悔しさがにじみ出ている。

 そんな面々を見て「進藤も煽るじゃない」と金子は頷きながら一手打ち(例によって体操着姿)、津田久美子は夏目と顔を見合わせて事情を聞いたりしていた。

 

 時期は終業式目前。夏休み前の部活動もあと数回というところだが、とりあえず大会の講評(?)と次回大会までの対策を検討している流れだ。

 

「というか、あの塔矢ってのお前がたきつけたからだろ進藤」

「いやまあそりゃあそうと言えばそうなんだけど……、最悪アキラが出てくるってのもなあ」

 

 敗因はヒカルの誤算にあるが、ただこれに関してはヒカルとしても言い訳をしたい。

 現在のアキラのヒカルへの執心ぶりは、逆行前ともまた別なベクトルだ。心理的に前向きというか、怒りに支配されていない。だからこそ逆にポジティブすぎるからこそ、変に行動がアグレッシブになりかねない。

 最悪、今回のように海王中をパワーアップさせた上で自発的にアキラ自身も出てきかねないだろうというのが、ヒカルの推測だった。

 

「俺は俺で出場実績とか重ねないといけなかったけど、結果に関しちゃアキラが今回思いっきりぶっ叩いてきたろ? でも正直、アイツってそこ関係なく全力でやりかねねーし」

「全力だと何が問題なんだよ。進藤、あいつに勝てるんだろ?」

「いやそうすると、今回俺と打った岸本さんが三谷に当たる」

「それは…………、面倒だな」

 

 勝負に負けて試合に勝った後、ヒカルと握手しながらも「どんな顔してこの後の対局を続けたら良いんだ? そこまで面の皮は厚くないしコンディションがガタガタなんだが?」と笑顔で皮肉を告げる岸本のことを思い出す三谷。「いや、だから悪かったって……」とヒカルも苦笑いで応じていたが、それに対して三谷以上に表情が引きつっていたのが、三谷と対局した美和というらしい髪の長い少年だ。

 一年ではないだろうし、口ぶりからして三年だろう美和。話を聞く限り、大会直前で急遽リーグで勝ち順位が入れ替わったらしく、棋力としては三谷とほぼ互角。実際、結果は5目半の差だったものの、最終盤のヨセで1か所の陣地が生きるか死ぬかの瀬戸際だったのが作用した。どちらも読み間違えたわけではなかったろうと思っている三谷だが、つまりは三谷自身負けるのは予想外だったということ。思った以上に接戦で、ぎりぎりで負けてしまったからこそ惜敗は胸に重い。

 ……それはそうと「あれ~? オレ、勝ったのが悪いみたいに言われてる? ちょっと岸本~?」と変な顔になってる相手には同情はしていた三谷だったが。何というか、世の中は何もかもが思うほどうまくはいかないものである。

 

「しかし、さっぱりだわ。やっぱり強いのね進藤って。勝てる気しない。これだけ石置かせてもらって、しかもその上でだいぶ手を抜いてもらってるってわかるのに。三谷と違って」

 

 そして話を聞きながら、金子がふむふむとヒカルと自分の対局の盤面を見て唸る。足つきではなく薄い折り畳み式のそれ自体、ヒカルがしっかり打てることをタマ子が把握したからこそ大会前に用意してくれたものだった訳だが、少なくとも「しっかり打てる」以上であるというのを金子は正しく理解した。

 ……何せそれをやってる当人は、膝の上に座る藤崎あかりを後ろから抱きしめながら、その肩から顔を見せて、あかりに石を置かせているくらいの滅茶苦茶ぶりだったし。最近ちょっと身長が伸びたのか、以前はあかりの背中から顔が見えなかったので肩の横からひょっこりしていたのだが、この調子ならあかりの肩に顎を乗せてほっぺたをくっつけるのもそう遠くはなさそうだ。

 

 と、そんな金子に「オレと違ってって何だよ」と三谷がぼそり。相性が悪いのか、気安いのか、このあたりもまた微妙な距離感であった。

 

 そして、話題は筒井から夏休みの連絡へ。

 部室は基本、平日の活動日通りに開放すること、給食がないので午後からの開放になるが使用する場合は午後1時半にタマ子のもとに理科室の鍵を借りに来ることなど。

 

「碁会所も()()()()打たせてもらえると嬉しいけれど、本来は席料がかかるからね。お小遣いに余裕があれば、どこかでまた行こう」

「厚意……、まあ厚意といえばか」

「どうしたの? 三谷」

「なんでもねーよ、先輩」

 

「で、それより進藤とあかりはデートするの? せっかく夏休みなんだし、海行っちゃう? 水着デートとかしちゃうの!?」

 

 ちょっと久美子!? と悲鳴を上げるように顔を真っ赤にするあかり。

 背後のヒカルは「あー、……」と微妙な表情ながらも、抱きしめるあかりの腰回りにある腕が少しそわそわと動いた。…………脳裏でまだまだ子供なあかりの水着姿を思い描いたものの、抱きしめてる腕の感触からしてちょっとずつくびれてきてることがわかってしまい、何とも言えない感想になってしまっているのは余談である。

 

「で、で、デートとかプライベートなことはいけないと思います!」 

「進藤、ずっと碁漬けだしちゃんとデート連れてってる?」

「毎回じゃないけどな~、と言いつつ俺ん()で打ってたり棋譜並べてたりってのも────」

「家デートね、流石幼馴染と────」

「ちょっとヒカルー!? 夏目くんも金子さんも、セキュリティあまいところから追及しないで~~~~!」

 

 涙目でわんわん喚き散らすあかりに、うっ! と頭を押さえて何かをこらえる夏目やら、顎に手を当てて「やりおる」みたいな感心した風にうなずく金子。久美子は久美子できゃーきゃーはやし立てており、あかりは今にも碁笥の蓋を投げそうだ。……ちゃんと実力行使で止めに行けばよいだろうに立ち上がらないのは、決してヒカルが抱きしめたまま離さないからではない。自主的にヒカルと密着したまま動こうとしないだけである。

 

 苦笑いしながら、筒井もまた興味があるのか「どうするんだい? 夏休みは」と確認。

 

「8月後半からはプロ試験もあるし、塔矢くんは参加するんだろうけど……」

「ま、予定通り俺は冬季大会の方で、今回アキラがやったみたいな感じっつーイメージで。部員増えなかったらまた出るけど、多分その頃になると棋力差がちょっとエグくなってくるだろうし」

「それは確かに……」

 

 少なくとも現役三年生で歯が立たなかった棋力を、三年が引退した後の二年生にぶつけて良いかは疑問が残る。

 ちなみに当然、個人戦なんてもってのほかだ。ヒカルが出るなどアキラが出る並みにフェアじゃ無いどころの騒ぎではない。

 

「海王中のあの三年生の()も、進藤くんがあれだけ打ててたのは驚いてたから。……ボクを煽る必要はなかったと思うけど。いや、ボクより三谷を煽った方がちょっと腹が立つ」

 

 そして、そんな風に珍しく毒づく筒井を見て顔を見合わせるあかりと金子。三谷は三谷で「現役引退の()()()にゃキョーミねぇし」などと半笑いで煽るが、筒井から「あの子は受験組じゃなくてそのまま進学するらしいから、冬も顔合わせると思うよ」などと言われて「うげっ」と嫌そうな顔。

 ヒカルはヒカルで、何故筒井がそんな件の女子・日高の話を聞いているのかという謎はあったものの、()()()()()()()()()()なんとなくそっとしておくことにした。別に馬に蹴られる趣味はない。

 

 そして再度の筒井からの確認に、ヒカルは「えーっと……」と少し言葉を濁し。

 

 

 

「あかりとも相談したんだけど、テニスやろうかなって。部室使えない日とか」

「…………えっ、えっと、何で? テニス?? えっ? 何で?」

 

 

 

 思わず何度も聞き返してしまう筒井だったが、面食らったのも無理はない。

 別段、何か込み入った事情がある(テニ○リとのコラボ読切が雑誌で組まれた)わけでもなく。

 

「最近運動不足だし、筋肉付けとかないと()()が怖いかなって。二人競技だったらあかりも一緒にやれるし」

「エヘヘ~」

 

 あかりとしてはデート的な側面も少し意図しているのか恥ずかしそうに微笑んでいたが、ヒカルはそんな彼女の様子など伺う余裕はなかった。

 

 …………ラーメンやファーストフード好きや不摂生がたたったのか、三十代を過ぎたあたりでちょっとずつお腹が出てきて。あかりは「可愛い♪」と言って笑っていたが、娘からは「ぽんぽこ!」と太鼓代わりにされたことが、なんとなく少しだけトラウマなヒカル。最低限の筋力は保持しようと、躍起になっていた。

 だからといってラーメンを止めるという選択肢は存在しないのだが。そんなにラーメン好きかと問われれば、当然首肯するだろう。日本のラーメンは最高です。

 

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 

「……ありません。いやぁ、流石()()()の学校の先輩だ、お強い」

「恐縮です。が、塔矢にはまだまだ」

「そりゃ無茶なものでしょ、ハッハッハ!」

 

 場所は王子駅付近、アキラや塔矢一門が時折出没する囲碁サロン。運営者や出資から考えて塔矢一門が出没する理由はよくわかるが、そんな場所で岸本は一局打っていた。アキラは来ているかと受付嬢に話しかけた際、北島というらしい痩せたご老人から一声かけられて、その流れで一局。

 コンディションは、悪くない。だが、あの時に感じた熱は手元にない。

 やはり相応の場所で、相応の相手と打つからこそ蘇るものなのだろうと……、それだけは惜しく思いながらも、それでも彼は碁を捨てきることは出来ないでいた。

 

 メガネを拭きながら謙遜でない本心を吐露する岸本に、北島は大笑い。自分がファンである塔矢アキラ少年のことを、同年代から素直に称賛されたことで機嫌が良いらしい。そもそもアキラからの紹介で「こちらにたまに顔出ししています」と言われているのもまた、岸本に対する北島の印象を良くしていた。

 

「進藤のボウズも、お前さんくらい物分かりが良けりゃなぁ」

「? 進藤も来てたのですか」

「いや何、時々彼女連れて若先生と打ちに来てるよ。ま、若先生も初めて出来たお友達ってことで、色々と()()()()()んだろうけどな。あのボウズも、若先生があれだけ積極的に打ってくれるってことをもっとありがたがれってんだ」

 

 ちょっと機嫌が悪くなった彼を見て、岸本は2、3度頷く。どうやらこの北島というご老人、進藤ヒカルの棋力を把握しきれていないらしい。本気で打ってないのかと思えど、アキラ相手には勝ったり負けたりらしいので、そこまで手を抜いてる訳でもないようではあるが。

 ……これに関しては時折「定石縛り!」などと言って、既存の定石を使わず読みだけでアキラに打ち勝とうというチャレンジをしてるヒカルも悪い。棋力の参考として、打ち筋を把握することが難しいのだ。そして囲碁サロンに来ればヒカルが他の相手と打とうとすると、アキラがそれはもう積極的に独占するわけで。やや頬を上気させかねないそのテンションを前に、あかりの瞳のハイライトは毎度元気に失われていた。

 

 ちなみにあかり本人は普通に打つが、こちらも初心者打ちからは抜けきっていないので微笑ましく見られており、ヒカルの棋力の把握が難しい理由の一端だったりする。

 中学に入ってから……どちらかといえばヒカルと付き合いだしてからだが、めきめきとしっかり碁を打てるようになってきているあかりからすれば大変心外な話であった。

 

「北島さんもアキラ君と進藤君が仲良いの、いい加減認めてあげたらいいのに。……はい、これサービスよ? 岸本君」

「ありがとうございます」

 

 と、感想戦も交えて雑談していれば。受付嬢な市河(先の大会でもアキラの送り迎えに来ていた)が初回ということで、ブラックコーヒーを一杯もってきてくれた。カップを受け取り口をつけ、舌で舐める。……相変わらず、特に何か感想のある味ではなかった。

 

「へっ! 俺たちからすりゃ若先生と生意気にも()()()()ってのが気に入らないっつーのに、何でぇ若先生もあんなデレデレと嬉しそうに」

「ははは、北島さん嫉妬ですか」

「誰が()()()()()だいッ!」

 

 と、頭の禿げあがったメガネの老人が笑いながら隣の席に腰を下ろす。広瀬と名乗られ、岸本も会釈。北島老人は広瀬老人に食って掛かり、広瀬老人も苦笑い。どうやら塔矢行洋後援会の関係者らしいが、改めて自分の後輩の血筋というものに岸本は目を白黒させた。

 そして、棋譜を見下ろし。

 

「………………受験生にはあるまじきことだが、やっぱり、完全には捨てられないものだ」

 

 なまじヒカルとの一局で自覚してしまったプロへの道への未練と、あの場に居た面々と打ち続けたかったという未練。どうあがいても、もう手を伸ばせないという絶望を見つけ、それでもなお打つことを止められない業の深さに、彼は苦笑してしまう。

 それこそ院生時代、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、どれほど棋力があれど体調面など他の理由で碁を打ち続けられないという人間も存在する。自分は明らかに恵まれているというのに、勝手に見切りをつけて離れたのも、自分の選択だというのに。

 ただ、くしくもそれは。かつて佐為がいなくなってしまった後のヒカルが、それでも自分の碁に、彼の軌跡を、存在を見つけ。生涯かけて一手一手向き合っていくしかないと一歩踏み出したように。

 

 ……そこまで前向きかどうかは疑問が残るが、碁から逃げないというのを聞いた日高は「そう」と、楽し気に微笑んだ。()()()()()()()()()()ものの、気持ちの良い笑顔で「頑張れば?」と言ってくれたのだけは、岸本としても救いであった。

 そんなことを考えていると、ふと碁会所がざわつく。……入り口を見れば、染めた髪に白いスーツのメガネの男性と、小太りというのも憚られるシルエットの青年とが入ってきて、入り口で何やらわーわー言い合っていた。

 

「緒方プロと……、倉田プロ?」

 

「えぇー、ここまで来て打たないの? 緒方先生、それちょっと後生だよ後生! いや俺だって御器曽七段と打って、ちょっと調子おかしくなってるんだけどさぁ」

()()()()()()()じゃなかったのか? 倉田」

「いや実際、全然勝ったよ? 全然。でもなんだかちょっと碁が若返ってきてる感じで、変なところで読み間違えとかしちゃったりとか有ったから、調子戻したいんだ」

「百歩譲って打つのは構わないとしても、ラーメンは奢らんぞ」

「えぇー!? オイシイじゃんラーメン。日本のラーメンは最高でしょ」

「俺のパブリックイメージに合わん。大体、お前はメニューの一番高い奴を常人の三倍は食うだろ」

「またまたそんなこと言って、カップ麺のお高いやつのお世話にはなってるでしょ? 絶対。ネット碁で3徹とか何もないときにしてたって一柳先生に聞いたことあるし」

「そんなもの()()()()()()()()()()()()()から問題ない」

「えっ?」

 

 何やら微妙な会話が続いているが、これだけ話して一番印象に残ったのがラーメンの話題だった。ラーメンの話を持ち出すときだけ、異様に声が大きい倉田。どれだけ好きなのかという疑問が脳裏に過ったが、そういえば進藤ヒカルも好きだったなと先の大会の昼食の時を思い出したり。

 どうやら一局打つらしいと、周囲のギャラリーも動き出し。岸本もせっかくなので、どういう一局になるか見に行く。

 倉田も緒方も「ま、そりゃ来るよねみんな。人気者だし」「やれやれ。仕方ない」と人が集まることには諦めがあるようだが、緒方は岸本を覚えていたのか、目が合ったら「よっ」と一声だけかけてきた。

 会釈で応じる岸本にニヤリと笑ってから、石をニギる。

 

「そういえば倉田、お前はsaiと打ったことがあるか?」

「saiか。ネットの秀策打ちしてるってやつ?」

「ああ。……口ぶりからして打ったことがないな。一回、ネット碁やってみろ。決して損はしない」

「んん~、やってみたいけど何だかなぁ…………。何だろう、ズルな感じがするんだよな~あの棋譜。今のままじゃ納得できない一局になりそうって俺のカンが言ってる」

「ズル?」

 

 何がだ、と。先番が決まった緒方が気合を入れるためかジャケットを脱いだのと同時に、倉田もネクタイを外しながら、困惑したような表情で続ける。どうにもなにかしっくり来てないという顔だ。

 

「ズルっていうのは比喩だけど、アレでしょ? 本因坊秀策の幽霊とか言われてるやつ」

「そう言う打ち手もいるが、実際にsaiは生きている。……表舞台に出てこないのが分からないが、ここ1、2年で一種の伝説になり始めているだろう」

「緒方先生、対局回数多いの? saiと」

「嗚呼」

 

 毎度辛酸をなめさせられてるよ、と言いながらも目をギラギラさせながら微笑んでいるのは、それほど毎回満足の行く対局と負けを経験しているからだろう。次こそは勝利をもぎ取るというアグレッシブ極まりない野性的な笑みだ。……その裏で同棲中の誰かが呆れながら熱帯魚の世話をしていると思えば、少々心もとないが。本人は認めないが立派な囲碁馬鹿である。

 そんな裏側の話は知らないからこそ、倉田は真摯に緒方の話に付き合い。

 

「もし本当に幽霊だとしたら、それだけでもうズルいもん」

「ずるい……、死んでからも打ち続けられるからか」

「経験値が増えるのもそうかもしれないけど、それだけじゃない」

 

 布石を進めながら、緒方に倉田は嫌そうな顔をして続ける。

 

 

 

「人間なんて食べて寝て、呼吸するのも考えるのも全部エネルギー使ってなきゃいけないし、そういうのって最後は全部熱になるから、どうしても物理的な限界があるでしょ? 競馬とか、馬の走る環境条件と一緒。

 だってのに幽霊なんて食べもしないし寝もしないし考えるのもエネルギー使わないから、熱量なんてゼロだからオーバーヒートしないじゃん。いくらでもヨミを深められるじゃん。俺たちより効率良いじゃん、環境最強じゃん! そんなの絶対ズルい!

 俺なんて人の倍以上は食べないと調子でないのに! ご飯がウマくないと調子でないのに、ズルい!」

 

 

 

 倉田の絶叫に「予想外の方向に話が飛んだな……」とつぶやく緒方と、こっそり倉田の背後でそれに首肯する岸本であった。

 

 

 

 




追:アンケートありがとうございました!

番外編第二弾、どちらを先に読みたいかアンケート

  • ①緒方・ヒカルとの本因坊戦前夜のあれそれ
  • ②ヒカル・囲碁漫画の原案協力や監修をする
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