※紫式部日記などなど一部捏造注意・・・
※声付きのイメージだと、大体以下のイメージで書いてるつもりです
・ヒカル→山口勝平
・アキラ→宮野真守
・緒 方→藤原啓治 or 津田健次郎
一度、緒方精次に奪われたタイトルも
ライバルというより友人の色が強くなった和谷が音頭をとって祝ってくれたりして、切磋琢磨した面々から素直に祝われたりといったことに感動やら何やらはあったものの。それはそうと別に毎日が変わるわけではない。
ただひたすら打ち続けるのみであると──────。
「
「この間、アキラと一緒に呼ばれたワイドショー? のやつだな……。とと、ふとももの上で立つと危ないからダメだぞ~、
……言う割には、割と違う仕事のオファーとかもけっこう受ける進藤ヒカルであった。
ヒカル個人としては、せっかくの囲碁ブームで話題性が続いているうちに、もっと人を集めるためという意志からであるのだが…………、扱いが色々アレなのは仕方ないかもしれない。すでにお茶の間に、アキラとの仲良し(?)ぶりはいかんなく見せつけられていた。
かれこれストーカー被害にあってから引っ越して五年程度のアパートの自室にて、進藤ヒカルは娘をあやしながら、本業以外の仕事をしていた。膝の上で立とうとする、前髪が赤みがかった幼い少女。表情は勝気そうでどうにも自分に似てしまったかと苦笑いしてしまう。日中夜問わずにどったんばったん大騒ぎな元気さは、叱っても叱っても中々治らず、上下階の住人たちには謝り倒しだった(「ほんと元気ね~」とか「大丈夫だけど頭から転ばないようにね?」などとお言葉をいただいている)。
ともあれ、パソコンのキーボードから手を放して少女・
くすぐったそうに微笑む娘のそういった表情は、妻に似ている。
「あのね、ひかりね、さいみんじゅつしになる!」
「えぇ……? 何で?」
「でね、おとうさんね、ゆうれいさんね、あわせるの、
「おーおー、ありがとうなー。でも、どっちかっつーと霊媒師だなそりゃ」
「?
最近は色々あったから食べられなくなっちまったものを、と子供らしい喃語めいた呂律の回っていない言葉に微笑み、キーボードを再び打つ。
それを光梨は、何が楽しいのかじーっと見つめていた。
「きふ?」
「ん? ああ、そうだな。今度の連載で使うやつ。アキラから許可は取ったし」
ちなみに「棋譜」とは言ったものの、光梨は囲碁の何たるかがわかる年齢ですらない。とりあえず升目上の何かに黒と白の石だの点だのがあれば「きふ」、くらいの理解だ。オセロでも将棋盤でも、指さして「きふ」と呼ぶので、そのあたりはまだまだ早いらしい。
「そういや『百鬼と碁』面白かったか?」
「?」
「えっと、アレアレ、アニメ」
「うん! とらちゃんね、
「お、おぅ…………(ま、まあ実質アキラだからなーアレの秀甫)」
ともあれ娘の反応に動揺しつつも、表計算ソフトの升目に一つ一つ一手一手の数字を入力していく作業をしていると、ぴんぽーん、とインターホンのベルが鳴る。
立ち上がろうとする、光梨がどく気配がないらしい。背を預けていたが、すぐさまひっくり返ってひしっと、両足でお猿さんめいたハグをヒカルの腹にかます。
……ついでに「ぽんぽん!」と楽しそうに両手でヒカルの、最近ちょっと色々警戒しないといけない感じになってきた鳩尾から前方へせり出してきたお腹を太鼓代わりに楽しそうであった。パパは心にダメージを受けた。
一瞬真っ白に燃え尽きたパパに代わり、ママが出る。
「は~い? ……あらアキラ君、どうしたの? ヒカルなら今、
ヒカル~? アキラ君来たけど何か今日あったっけ?」
「あーん? いや、無ぇな。ちょっと待ってて、今行くわ」
我に返ったヒカルは娘をはがして表裏入れ替えてだっこし、そのまま運搬しながら扉を開ける。と、そこには受話器を片手にテレビ映像越しに見える玄関先のアキラとヒカルとに視線を行ったり来たりさせている彼女の姿。
赤みがかかった髪はゆるく癖のついたロングヘア。それをアップスタイルのホルダーで止めたポニーテール風な髪にまとめた、年齢を感じさせない愛らしいままの雰囲気である。口紅を塗ってないこともあり普段よりも幼く見えるが、ヒカルとしてはこちらの方が見慣れていた。
さて。受話器と娘とを交換し、画面を見据えれば。……そこには三十を過ぎようが、結婚しようが相変わらず延々と髪を伸ばし続ける塔矢アキラの鋭い視線がそこにあった。
『やあ、進藤。君に聞きたいことがある』
「よっ! ……っておい、流石に付き合い長いから名前で呼ぼうってお互い決めたじゃねーか。あとお互いヨメもちゃんと苗字一緒だから混同してアレだって」
『す、すまない、慣れてないもので……、ひ、ヒカル…………?』
「三十過ぎたオッサンが、ンな程度で頬赤らめんなよ」
需要ねーからというヒカルに「呼ばせたのは君だろう!?」とキレてかかる塔矢アキラ。うるせーそもそもお互いで決めたのを守れないお前が悪いだろ! とガミガミと軽く口げんかが始まるが、このあたりは相変わらずである。
きょとんとした娘を見ながら、あかりはのほほんと目を細めていた。
さて、それはともかく。アキラの手元に一冊の漫画本が握られているのがちらりと見えたヒカルは、色々と察してアキラの申し出に応じることにした。
パソコンの電源を落として「ちょっくら出てくるわ、夕方には帰る」と雑に外に出る。「ちょっとヒカル、お昼ラーメンは止めなさいよ!」とあかりから行ってらっしゃいらしきメッセージが投げつけられるが、適当に、応! くらいの応対なのでどの程度通じているかは怪しい。
さて。入口の外に立つスーツ姿の塔矢アキラと、雑に「5」とか「Go!」の文字があしらわれたオーダーメイドとおぼしき作務衣のヒカル。ショルダーバッグにくるぶしソックスやらスニーカーとあまりにラフというかチグハグ、気の抜けた格好だ。全体の服装自体で言えばお互いの師匠筋の格好を逆転させたようなものの、アキラとしては物申したい。「君その恰好で外を出歩くつもりか……」と困惑する。もっともヒカルもヒカルで「お前も髪鬱陶しいからちょんまげみたいに縛れよな~」などと言いたいことはあるので、まあ、このあたりどっちもどっちだった。
「切るつもりはないよ。縛るのは、まあ、普段はむしろ慣れたから邪魔じゃないというか、落ち着かないというか」
「それでいいのかお前……、いや塔矢先生の健康の願掛けってのは仕方ないだろうけど」
────どうやら碁の神は私を中々眠らせてくれないらしい。
────桑原先生が時折枕元に立って文句を言うんだよ、お主ばかりずるいじゃろ! と。
あれから1度は入院した塔矢行洋ではあるが、そんなことを言って楽しそうに笑い、今日も今日とて妻を同伴して世界の碁打ちたちと戦いを繰り広げている元気なご老人であった。
……なお件の桑原仁老人に関してはいまだにご存命なので、すわ生霊か!? と緒方あたりが戦慄したとか何とか。本当に妖怪になる奴があるか。
閑話休題。
「で、聞きたいことって────」
「言わなくても判ってるだろう! というか、僕も昨日、妻が
すっと、取り出したるは著者・
ヒカルが二十代後半から漫画作者とともに手掛けている、江戸を舞台とした妖怪バトルファンタジー囲碁漫画だ。
「流石に史実そのものという訳ではないだろうと、さっき1巻を読んですぐわかった。けど、名前についてはおおよそ踏襲しているのはわかってる。主人公のトラジロウというのは虎次郎、つまり秀策の幼名をさしているんだろう? そして、その虎次郎に────」
「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありませーん」
「進藤!」
「いやだから名前、名前」
「わざとだろ、わざとだよね君は! それでごまかせると思ってるのか!」
物凄い剣幕の塔矢アキラに「だよな~」と苦笑いしながら、ヒカルは王子駅の方角を指さし、とりあえず歩こうぜと笑う。
「どこに行くつもりだ?」
「巣鴨。……この話するなら、一度墓参りはしとかないとなーって。因島は流石にアレだし、近場で勘弁な」
便利な時代になったよなー昔は調べようもなくて河合さんのお世話になって広島とかまで飛んだのに、などと言いながらいわゆるスマートフォンを取り出して操作するヒカル。時刻のスケジュールを調べてるらしいヒカルの真意がわからないアキラ。
だが、少なからず「本因坊秀策」という一つの名前で、進藤ヒカルの行動はつながっていることが多いことを塔矢アキラは知っていた。
「で、昼どうする? 俺のおすすめはラーメンだけど」
「君、さっきあかりさんがラーメンはダメだって言ってたじゃないか……」
もっと太るよ? と、ショルダーバッグの肩掛けひもが
止めろガチで、といきなり笑顔を消してヒカルは思わずその手を払いのけた。なんなら最近顎元もちょっと気になり始めてるので、パパの尊厳はデリケートなのである。
※ ※ ※
「つーかアキラお前、俺ばっか色々言ってるけど嫁さんどうしたよ、嫁さん」
「問題ない。
「むしろ問題だらけじゃねーか!?」
「いや、だって、言ったら絶対止められるし…………。君と囲碁サロンに行くのも渋るくらいなんだよ? うちの家内は。嫉妬してるとかじゃなさそうだけど」
「どう考えても
実際三谷のところで打つ分には何も言わねーし、と、巣鴨駅前のファーストフード店にて冷や汗をかくヒカル。
店内、二人そろってハンバーガーを食べているところだ。なお、アキラはチキン系のバーガーとウーロン茶に対し、ヒカルはバンズ三段の間にパテと特製ソースやらレタスやらチーズやらが挟まったボリュームのあるハンバーガーにポテトとコーラとシェーキとアップルパイまで完備している。食べることに余念がなく「ラーメン止めてもそれじゃ意味がないだろう!?」とアキラに言われるも、これでもまだまだ倉田厚に比べればはるかにマシなので、感覚は若いころのまま麻痺していた。
道行くご老人たちよりも女子高生などが何人か、時折バラエティやワイドショーのゲストに顔出ししたりするヒカルとアキラにキャーキャー言ってはいるが、二人がそろって何かやってても不思議はないくらいの仲の良さ(?)なのは周知の事実なので、あえてなのかそっとしておかれた。サインをねだられないのはヒカルとしてはありがたかったが(未だに字が下手)、ぶつぶつぶつぶつとつぶやきながら「百鬼と碁」の漫画を読んでいるアキラの方が気になって仕方ない。
何を口走ってるかと思えば、棋譜である。一手一手、噛み締めるように呟く姿は言い知れぬ寒気を覚えるものだ。ヒカルのことを意識しすぎている……。
そして一通り読み上げ終えた後、ストローで一口飲んでから、改めてヒカルに向き直った。
「…………この第1巻、1話のシュウホ……おそらく村瀬秀甫を基にした彼とトラジロウとの一局は、僕と君とが最初に打った時の棋譜だ」
「ま、流石に気づくよな」
それは流石に意図して描いてもらったし、と苦笑いするヒカルは、少しばかし回想する。
『────進藤、漫画の監修をやらないか? いや何、お前がやらないっていうのなら塔矢先生に持っていく訳にもいかないし、少し悩むところなんだが』
『何? 緒方先生。本因坊奪い返したから暇になったろって、嫌味?』
『いやいや、それはお前とアキラともどもこの間散々煽って満足したから、別に構いやしない』
『性格悪ぅ……』
思わず嫌な思い出も一緒に出てきたもので、回想早々にヒカルの表情が「うげぇ」と歪むがそれはさておき。ことの発端は、緒方がヒカルとアキラからそれぞれ本因坊と名人タイトルを同時に奪い煽り散らしたその年にある。
某出版社から、囲碁を取り上げた漫画を描きたいがゆえに、ある程度名前の知れた棋士に棋譜の監修などを依頼したい、というものだった。
『そんな面倒なの塔矢に頼めば良いじゃんか』
『はっは! アキラ君、取りつく島もなかったよ。よっぽど俺に名人を奪われたことが腹に据えかねているらしい』
『わかってて煽り散らすあたり、緒方先生も桑原先生じみてきたなあ……』
『誰がクソじじいだ! 俺をあんな妖怪と一緒にするなッ! 誰が何と言おうと俺はクールでスタイリッシュだ!』
ヒカルの煽り返しに本気で動揺して妙なことを口走ってる面白い緒方はさておき。
塔矢アキラはそんな暇ないと一蹴。緒方本人は
『いやウチもなあ……』
『どうしたんだ?』
『いや、その、…………オメデタ』
『ほぅ……、ほぅ? いや、待て、えっお前まさか俺よりも早くか!? 俺だって三十路すぎるまでそうはならなかったぞ!』
『いやそもそも緒方さん、彼女さんに関して全然だったじゃんかそういうのさぁ』
謎の驚愕をする緒方はともかく、つまり、そういうことだ。しかしむしろ、それで緒方としては勧めやすくなった話でもある。これから身重の妻を考えれば、おいそれと外部へ無駄に対局に出る回数も減らす必要が出てくるかもしれないし、場合によっては天元のタイトルも落とすかもしれない。
それだったら少しくらい別な収入源も確保しておいて損はないだろうとか、そんな風に色々言われもして。
『どひゃあああああああ!? ほ、本物の本因坊進藤ヒカル様ァ……!』
『残念ながら元、な』
『いえいえ、私の
『何目線なんだよアンタ……って、いやちょっと待てそういう繋がりかよ!?』
そんなこんなでとりあえず、どんな漫画を作るつもりなのかというのを確認しないと棋譜もなにもあったものではないと一度顔合わせしてみれば。……同年代なのに三つ編みメガネにセーラー服とそれなりに色々
そんな彼女が企画していたのが、碁を打ち、霊力をため、妖怪を祓うというそんな漫画。時代設定は決めておらず、とりあえず監修してもらえる相手がどういった棋譜を提供できるのかというのをもとに今後考えようとしていたとのこと。
『妖怪ものやるってんなら、時代は現代? お爺さん出す?』
『出したら喜びそうですが、いえ、そこもまだ未定で……。ただ現代でやるとなると色々と描写のハードルがありましてですなあ。ま、仮に歴史ものというか、古い時代の設定にしたとしても、しっちゃかめっちゃかに色々いじりますが』
『色々?』
『ええ。人物とかはモデルはいるにしても、原形あると色々つっこまれそうですし。
ただ主人公の設定だけは実は決まっていまして──────別な時代の妖怪に詳しい幽霊が、友達として主人公に取り憑いている。大体これが一話の最初にくるプロットですね』
そして。ここまでの話を聞いて、ふとヒカルの脳裏に廻ったのは────。
そしてヒカルは、彼女にその決定的な案を、教えた。
「……わざわざここまで勿体つけたんだ。今日こそ話してもらおう────今が、その時だ」
「ああ、今がその
寺から入り、秀策の墓石の前で手を合わせた後。塔矢アキラはやはり物凄い剣幕で進藤ヒカルを見据える。かれこれ二十年は経たないが、彼にじらされてからそれなりの時間が経過しているのだ。
「ま、話すのはもう別にやぶさかじゃないんだけど、何だ? どっから何を言ったものか……。んー、お前アニメ見て気づいたって言ったよな。それって、まず作品自体?」
「ああ。君が棋譜の監修してるって聞いてはいたし、君から僕との対局の棋譜を使って良いか確認もあったからOKは出したが、まさか
「それも理由はあんだけど……、ま、とりあえず1巻1話だけでお前なら気づくか」
苦笑いするヒカルに、塔矢アキラは漫画の決定的なページをめくり、見せる。
「定石が古いとは思っていた。ヨミが年齢に見合わないくらい深いと思っていた。はるかなる高みから見下ろされてると錯覚するほどの経験値の差があると思った。
────だがまさか、
「お、おー、おう? うん、…………、ニアピン賞」
えっ!? と。確信に触れた絶叫をした塔矢アキラであったからこそ、ヒカルのその微妙なリアクションに目をかっと見開いた。
苦笑いをするヒカルは、アキラの開いたページを指さして肩をすくめる。
「そこは素直に解釈するところだぜ? ま、俺もジイさんの蔵で虎次郎の碁盤見つけたし、その後
そして、ページをめくるヒカル────おおよそ自らの過去、塔矢アキラと遭遇してからの日々をそっくりそのままパロディにしたようなイベントが続く、その話を。
メインストーリーの軸が決まっていないという一柳真愛に、ヒカルは自らがプロとなり、碁の道を生涯かけて歩み続けると決心するに至るまでの道を、もろもろ詳細を濁し時に嘘を交えながら語って見せた。「小説作ろうと思ったんだけどその才能なかったし」などとごまかしつつも語ったその話は、どうにも彼女の琴線に触れたらしい。
それを軸に据えてやりましょうと、彼女が即断即決するのにそう時間はかからなかった。
そんなこんなで掲載された読み切り「神々と一手」から、正式連載版の「百鬼と碁」。ヒカルとしては「あえて」、自分が碁に取り憑かれていくまでの道筋を漫画にしたら面白いんじゃないか、これをきっかけに囲碁人口が増えてくれるんじゃないか────神の一手を極めんとする猛者が増えるのではないか、という期待からのそれであったが。思いのほか人気はあったらしく、しれっとアニメ化まで漕ぎづけた。
月刊ペースの雑誌ゆえに5年以上はかかったし、漫画自体はそろそろ5巻が出るか出ないかというところなのでアニメ自体はオリジナル展開が多くなる予定だが、それでも現役本因坊が監修しているという点も併せて、メディア受けは良い作品になっていたらしい。
ちょっとだけ生活費が増えて、あかりのご機嫌取りが出来たのはヒカルとしては嬉しい誤算だったがさておき。
「トラジロウに取り憑いたタメスケがsaiだっていうのは、その通り正しい見方なんだけどな。ま、アイツ別に妖怪についてアドバイスも何もしなかったし、碁を打たなかったら完全に悪霊の類だと思うけど。明らかに俺の体調悪くなってたのノロイとかだろ絶対……」
「…………どうやら僕が思っていた以上にオカルトなことになっていたのは理解した。だが、わからない。何が違うというのだ? タメスケという人物は架空の平安貴族だろう?
というか────」
言いながらアキラは、トラジロウの元に舞い降りたその幽霊の顔を指さし。
「────これほぼ僕じゃないかッ!? いやいろいろ巧妙に変えてあるけど、家内に言われたらもう僕にしか見えなくなったよ!」
「いやそりゃ、マジでゴメン…………」
ひとえにそのタメスケの容姿は……、優し気な長髪の狩衣姿ではなく、とても鋭いギラギラしたオーラをまとった長髪の、つまりは現在のアキラの雰囲気に酷似していた。
容姿はともかく、という風になっているあたりは、完全に作画をしている一柳女史その人の手腕であるが、モデルが塔矢アキラなのもまた100パーセント彼女の趣味であった。
閑話休題。
アキラの困惑の言葉に、ヒカルは「あー」と少し困ったように言いながら、手書きメモのアプリを起動してスマホを構える。
「実在かどうかは微妙なんだよな、タメスケ。完全に架空とも言い難いっつーか……。いや、俺は実在を確信してるけど、参考文献が
流石に動揺する塔矢アキラに、ヒカルは文字を横書きにして見せる。
「俺も実は知ったのは連載ちょっと前でさ? あかり、大学院で古典とかそっち系だったらしくて、それでたまたま知ったらしいというか。紫式部日記のはしがき? に書かれてた、
フジワラノタメスケ────タメスケってのは、こう書くんだ」
書かれた文字は、なるほど右から読むのだろう言うことがアキラにはわかる。
だが、それでも並んだ文字を見て、アキラは思わず逆から読んだ。
「…………
右から読めば、それは、
そして左から読めば────────間違いなく下の二文字は、
……なおヒカルは、あかりに漫画の相談をしたときに「ちょうどこの人なんていいんじゃない?」と軽くその名前を教えられて知ったのだが。使われていた漢字を見て、思わず「わっかるかこんなモン!?」と誰に対してという訳でもないがキレた。
「教科書とか全然のらねーし、というかそもそも紫式部日記本文の扱いでもないらしいから、全然そんな情報引っかからなくって、俺もあかりに言われるまで、アイツが誰かなんて知らなかった。
────藤原佐為ってのは、そういうやつだ。顔良くって背は当時にしちゃめちゃくちゃ高くって、力はよくわからねーけど、めっちゃ偉そうで、囲碁が大好きで、尻尾降る犬みたいなやつで……、漫画の通りってわけじゃないけど生前は無念の中、自害した」
「…………」
そして、話していてアキラは気づいた。段々とヒカルの声音が暗いものになっていくのを。
そして忘れもしない────プロになって早々に手合いをさぼり始めたヒカルが。後日、一部の関係者から秀策のことについて延々と調べ続けていたと。まるで何かに取り憑かれたかのようにと。
「……お前がさ! 俺の打つ碁が俺のすべてだって言ってくれたのって、正直けっこう嬉しかったんだ。だって、俺は虎次郎とは違ったから。初めから碁のセンスとか知識とか、そんなものなかったから、だから、あいつがどれだけ凄いのかなんて、てんでさっぱりで」
「…………」
「だからあいつに打たせ続けなかったせいで、虎次郎と違って影に徹せられなかったせいで、俺が打ちたかったせいで……。…………俺は多分、どっかであいつを満足させちまったらしい。神の一手を極めるまで成仏できないって言ってたくせにさ、最後さ、俺といて楽しかったとか、そんなこと言って」
………………ちなみにそれを思い出した出来事こそ、本日テレビで放送されて娘が見ていたワイドショーの催眠療法か何かの特集で、ヒカルとアキラがともに記憶の底から忘れていたことを思い出すというものだったりしたのだ。そのとき、うすらぼんやりと適当に聞き流して、決定的に大事な言葉一つ一つであった佐為の別れの言葉を、ヒカルは知ることが出来、思わず涙を流した。
だからこそ、今は泣かない。
ヒカルはふところから扇子を取り出し、それを閉じたまま空に構え。
「俺は託されたんだ、あいつから。あいつは今、俺の碁の中にいて、そして次に繋がっていってる」
「……………」
「だから、俺だっていつかきっと託さなきゃならない。あいつが残した素晴らしい棋譜を後世に伝えて、あいつが打てなかったこれからの時代で何局も何局も」
まるで何か、自分に言い聞かせるように
「……碁は一人で打てるものじゃない、だろ?
「…………! アキラお前────」
「僕も打つよ、これから何千、何万局と。だからもっと教えてくれ、君と、佐為のこと。そして繋いでいこう……僕らの旅を」
「…………おぅ」
くしゃりと、今にも泣きだしそうな表情に顔をゆがめながらも。ヒカルは頑張って笑顔を浮かべ。アキラもそれは指摘せず、ただ包み込むようにそっと微笑み返した。
…………なおこの約1年後に「ベータ碁」なる、ヒカルたちも知り合いのどこかの誰かが満を持してお出しした、いわゆるAI碁というものが本格的に表舞台に現れ。これにより全囲碁界が既存の定石と新なる読み合いの混沌の渦に叩きこまれることになるのだが、それはまた別な話。
藤原佐為も草葉の陰で、さぞ白目をむいて驚愕したことであったろうが、それでもヒカルやアキラたちは新たな時代にも果敢に挑んでいくのだった。