遠い宇宙のバトンリレー   作:黒兎可

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妙な面会と光る頭

 

 

 

 

 

「……このK-Kaiserって絶対岸本さんだろ、打ち方。今日塾とか休みなのか? あ、いや別にネット碁やってても全然いいんだけど、何だよその名前は…………」

 

 夏休みのとある日、また塔矢邸に顔出ししているヒカルである。あかりは珍しく本日はいない。なんでも「テニスやるなら」と姉のあかねが厚意で一緒にラケットなどもろもろを買いそろえたり、簡単な動きを教えてくれるということらしかった。

 なんならヒカルも一緒についていって教えてもらおうかと考えたが、これはあかりが拒否。「私、お姉ちゃんに教えてもらったのをヒカルに教えるんだ!」とニコニコとされたヒカルだ。おそらく普段碁を教えているからこそ、逆に自分が教えられる立場に回ってみたいと思っているのだろう。

 実際()()()を思えば、同棲前から結婚後含めて囲碁に限らず、料理やらオセロやらは彼女が得意げになって教えようとしていたのをふと思い出したヒカルは、微笑ましく「じゃ、まあまあ期待しとくぜ~」と軽く笑ったものだった。……なお、オセロに関してはわざわざ教えられるまでもなくヒカルが圧勝したため拗ねられたのも含めて微妙な思い出ではあるが、さておき。

 

 今日もsaiの棋譜並べをしているヒカルとアキラだが、パソコンに張り付いたヒカルが一手一手読み上げて、アキラが盤に並べていくという方法をとっているのだが。そんなヒカルがふと打ち筋に見覚えを感じ、対戦相手のハンドルネームを確認した結果が「K-Kaiser」であった。

 何だよKカイザーって、岸本のKか? と思わずツッコミを入れるヒカルだが、後方のアキラは集中しているのか反応を返さない。仕方なくそのまま石を読み上げ続けるが、sai(佐為)の打ち方は完全に指導碁であった。ヒカルもあえてやらなかったくらいに堂々と、はるか高みから石の動きを試すように、観察するような手がいくつか存在しており、打たれる側としてはたまったものではないだろう。

 

(やっぱ本物の秀策打ちはアレだよなぁ……。直前にsaiが打ってたのichiryu(一柳棋聖)だったのもあるだろうけど、絶対微笑ましい顔して打ってやがるぜコイツ)

 

 岸本の碁からあふれる戦意やら何やらすら軽くたしなめるような打ち方は、気づいてしまえば激痛を伴う屈辱だろう。初めて塔矢アキラが佐為と打った際のような衝撃を味わっているかもしれない。

 とはいえ平安貴族と言えば平安貴族だし、藤原氏だし、()()()()()()()()()()()()()()()ときの書かれ方を見てもまあ当時から()()だったろうというイメージはあるヒカルであるからして、これに関しては合掌する他ない。おそらくまた打てる機会もあるだろうから、せいぜい受験の隙間隙間で毎度衝撃を受けてショックを和らげてもらいたいところであった。

 

 なにせヒカル自身、佐為相手にばっさり読みを斬り捨てられるのなんて慣れっこである。

 

「あー、投了だ。流石に堪えられなくなったか……」

「…………確かにsaiの読みは相変わらずだけれど、岸本先輩もよく打った。あと、ちゃんと失着に気づいたからこその投了だろう」

「だなー」

 

 というかやっぱり岸本さんだってちゃんと判るんだな、というヒカルのコメントに、不思議そうに頭をかしげながらもうん、と頷く塔矢アキラ。

 多少は周囲に目を向けられるようになってきていて何よりという風に、ヒカルは腕を組んで頷いた。あかりがいない分、仕草がどうにもじじむさい……。

 

 そしてログアウトしたのか画面から消えるsaiの名前を見て、ヒカルは肩をすくめる。

 

「なんっつーか、saiも時間やっぱり不定期だよなー。いるときといない時」

「そうだね。昔はいかにも子供が活動してる時期だったけど、夏休みに入ってからむしろ出現回数が減ってるし」

 

 そろそろまた消えるんじゃないか、というのが緒方九段の見解であり。そんなことをヒカルとアキラに語りながらも戦々恐々としていたのは、ここ最近けっこう緒方の対局申し込みをsaiが受けてくれる回数が増えているせいかもしれない。

 これまたヒカルもまたアキラが小用などでいないタイミングでsaiにチャットを送って確認したりしたが、当然のようにsaiもまた緒方を緒方と打ち筋から理解したうえで打っている。

 

 ────いんたーねっとで、彼とは以前は打てませんでした。不義理というか、心のこりがあったのは事実ですね。打ち筋はともあれ、あれほど彼もまた神の一手を願う碁打ちであるのだから。

 

 ────感じ入ってるようなこと言ってますけど、打ってる時たまに「ちょわああ!」とか奇声あげてうるせーです。

 

 佐為本人と、代理しているsaiをしているだろう相手それぞれのコメントだ。

 ヒカルとしては「お前そういう感情けっこう取り憑いてるやつに影響するんだからあんま迷惑かけるなよーって伝えておいて」とチャットする他ない。相手も「それはマジで」と返してきたので、意見は一致するところのようだ。

 ……なお、最近このサイトはローマ字入力によるカタカナ変換が導入された関係上、アキラに見つかると一見で関係を気取られる可能性がかなり跳ね上がってしまっているので、メッセージ終了後は即ウィンドウを閉じて開きなおして「チャットを始めますか?」メッセージを出しておくのが常になっているヒカルだった。

 

「しばらくいなくなるってんなら、その前にアキラもちゃんと打っとかないとな。……せっかくだし、あえて指導碁とかお願いしたりしてもいいんじゃね? あっちも何回か打ってるんだから、お前の棋力はわかってるだろうし」

 

 そんな風にヒカルが提案してみれば……、当然sai(佐為)がハンドルネームakiraを塔矢アキラだとちゃんと判ってるというのを知っているが故のコメントであったが、アキラはアキラでそれに対して「失礼な!」と立ち上がる。

 

「あれだけの高段の打ち手を相手にそんなもったいないこと出来るわけがない……! プロ試験前にあの気迫に揉まれることができるっていうことの、それがどれだけ大事なことか!

 大体それを言ったらヒカル、そんなこと言うなら君が指導碁を打ってもらったら良いじゃないか! 逆定石とか、定石縛りとかやっていないで!」

「いいんだよアレは、あえて新手の研究なんだからよ~」

 

 苦笑いするヒカルになおも食って掛かる塔矢だが、流石に仕方ないだろう。

 むしろヒカルとしては逆行前塔矢アキラを思わせる()()()()()に、精神年齢差もあってか微笑ましくなってしまう。

 あかりをからかうのともまた違う、完全にクソじじいらしい仕草だった。

 

 と、そうこう話しているとチャット欄に通知。

 相手の名前は、「zelda」。

 

 何で? という疑問と共に、ヒカルはそのチャット欄を開いて、メッセージを確認した。

 

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 

 今度、森下先生の研究会につれてきたい奴いるんですよ────。

 

 同じ門下の後輩にあたる和谷のそんな言葉に、白川道夫は「新しい院生の子かな?」とほほえましい気持ちになっていた。プロ試験も来月後半に迫る中、世話焼きな彼がわざわざ紹介したい友人というのも気になる。

 男の子だというらしいことは口ぶりから察したが、なまじ王子駅近くで初心者囲碁教室の担当を持ってる彼としては、若い年代の碁打ちが門下に増えてくれるのも微笑ましい。

 

 もちろん将来のライバルとして切磋琢磨するという意味でも重要だが。

 囲碁人口が増えるというのは、それだけ囲碁界の将来がワクワクできるということにつながる。

 そういえば以前、囲碁教室に顔出ししてたあの子はどうしているかななどと、数年前のことを思い返してみれば────。

 

「────いやあ、そういや白川先生って森下九段の門下だったか、そりゃいるわな。すっかり忘れてたわ、()()()()()だし」

「し、進藤君!?」

 

 和谷に連れられて現れた少年は、忘れもしない三年前に見た通りのままの前髪をしていた。

 印象が前髪しか残らないのかと言われればそうではないが、見た目でとにかく印象深いのでそれは仕方ない。

 というか、腕組んで目を細めてうんうん頷く仕草が自分の祖父を思わせて、大人ぶってるようで少し微笑ましい感じになるのも懐かしい感覚だ。

 

 ただとにかく驚いて思わず立ち上がる自分に、和谷は「進藤お前、白川先生と知り合い……?」と不思議がっている。

 

「あー、昔先生の囲碁教室行ってたんだよ。ちょっとルール覚えたりとか、対局のカン養おうとしてさ。あかりも一緒だったし。

 ども、お久しぶりです」

「……そうだね、久しぶりだ。三年か四年ぶりになるかい? あのころまだ、小学校の中学年だったろう?」

「もうそんななりますか。…………だいぶ経っちゃいましたけど、先生も七段へ昇段おめでとうございます」

「あははは……、本当、久々だ!」

 

 彼・進藤ヒカルは会釈してから、改めて森下茂男九段へ向いて、自己紹介の上で頭を下げる。

 ほぉ白川くんの所から、と森下先生も何故か感慨深そうに頷いていた。

 

 ……なお、感慨深そうに腕組んで頷いてるのはヒカルも同じだし、何ならこちらの方がじじくさいので和谷は変な顔をしていたりするが。

 

(いやぁ……、流石に森下先生んとこの研究会の初顔出しとか、本当久々どころの騒ぎじゃなくって忘れてたわ。白川先生いるのも普通過ぎて、ここで久々に顔合わせするとか。 

 っつーか森下先生本当元気で元気で…………、お酒は控えてもらわないとなぁ)

 

 ヒカルの体感としては逆行の関係で、()()()()()()()()()()()()顔合わせする機会が減ったこともあり、白川と顔を合わせる回数自体は本当になかった。

 実際、ヒカルの方が長生きだったことなども手伝い、逆行後に小学三年生として初心者囲碁教室に顔出ししたときも、いっそ顔と名前が出てこなかったくらい。人生二周目のような形になっているものの、逆に新鮮なくらいだった。

 というか髪がフサフサすぎるわ皺が全然ないわで、面影が目元くらいなものだから最初誰かわからなかったくらいである。

 

 さて。七月の半ば、日本棋院にて。塔矢邸で和谷からチャット越しに連絡を受けた翌々日である。「森下先生の勉強会あるけど、先生がお前に興味持ったから来るか? 日本棋院」というお誘いであった。

 ヒカルとしては元気なころの森下九段とリアルで顔合わせできるというのもあっていく機会があれば気マンマンだったので、思いのほか早くそういう話が来たなと「頼むぜ!」とメッセージした。

 

 ……なお直後、背後から覗いていたアキラに「相手は院生?」「勉強会ならウチの、お父さんのがあるじゃないか」「何か不満があるのかヒカル?」「ボク相手よりその院生の子の方が良いのか?」「藤崎さんに言いつけるか?」とか謎の圧力を持って距離を詰めてきて質問責めされたヒカルだ。

 あかりがその場にいたらさぞ瞳からいつものようにブラックホールがごとくハイライトを消して表情を無にしていたことだろうが、それもまあヒカルとしては「あーハイハイ」とやや面倒そうにだが躱す。

 そしてその結果。

 

  

 

「……いや何でだよッ!? ええっ本物ォ!? 本物の塔矢アキラ!!?」

「う、うん。と、塔矢アキラです」

 

 

  

 一緒に誰か連れてくるとか言ってたけど彼女じゃねーのかよ!? と驚愕する和谷に、後輩の冴木四段が「なんで気づいてないんだよ」と突っ込む。

 白川すら驚いてひっくり返りかけるし、自分たちの師たる森下も、珍しく細められた目を見開いて開いた口がふさがらない。

 進藤ヒカルに遅れて「お邪魔します……」と背後から、おずおずといった風に頭を下げ現れたおかっぱ風の少年は、名乗った後に「本当にボク、来て大丈夫だったのかなこれ」とヒカルに聞いていた。所作が女の子じみているようにみえなくもない。

 

 そしてヒカルはといえば、和谷に「えっ何で?」と、こちらも不思議そうな反応をしていた。

 

「和谷、何でアキラの顔知ってんだよ。こいつあんまメディア出てないだろ?」

「いや、そんなのうちの師匠が…………」

「なるほどなぁ」

 

 ──── 塔矢一門をどうにかせいッ! 

 

 普段そう言って憚らない師匠の森下も、流石にライバル視している塔矢名人の、しかも息子が自分の研究会に面と向かって現れるのは予想だにしていなかったのか、再起動にまだ時間がかかっている。塔矢アキラもアキラで「お、おじゃまします」と頭を下げるばかり。

 

 というかてっきり彼女連れてくると思ってたし、と和谷。

 棋力的にそこまでやると色々可哀そうだから今回はパス、とヒカル。

 

「ちゃんと昼間デートしてきたし、そこは大丈夫」

「ちゃんとデートしてきてるのか……」

 

 ちなみに「(昨日からあかりお泊りしてたし朝から)ちゃんと昼間デートしてきたし」という意が含まれているのは、当然和谷に伝わっていない。

 普通に囲碁馬鹿らしいくらいに特に何もなかったお泊り会であったが、じっといつものようにヒカルを見つめるあかりは微笑ましく見守られており、外堀も内堀も着実に埋まっていく……。

 

「っつーか、アレだろ? 今日、saiの棋譜検討するって言ってたろ? だからアキラも連れてきていいかーって確認だったんだよ。

 なのに名前書く前に和谷もチャット切っちまうし」

「いやだからって進藤、予想つくかってっ」

 

 というかコイツいつもこんなん? と和谷が聞けば、アキラもアキラで「ヒカル、そういうの早いというか、大人だから……」と何故か照れた風に苦笑いだ。

 そして、そういう風に話すアキラと和谷を見てなんだか感慨深そうなヒカルである。…………()()()の時のことを思えば、少年期に気分がささくれだっていたタイミングと重なったことなどもあってか「すましたいけ好かないヤツ」くらいに思っていたものの、生来の面倒見の良さから子育てに戸惑い続けるアキラに対して「見ちゃいられねぇなぁ!」と積極的に相談に乗ったりアドバイスしたりと世話を焼いていた和谷の姿が思い起こされているので、感慨深いと言えば感慨深いのだ。彼も彼でそれなりに大家族になっていたはずなのだが、それはそうと年齢的にも経験的にも兄貴分が抜けない。アキラもアキラで当時は素直に従っていたのもあって、若いころの和谷本人が見たら白目を向きかねないくらい関係は悪くなかった。

 

 なお現在、このあたりでコミュニケーションが特に問題なく成立してる背景にはヒカルの話題だからというのもあるのだが、流石に当人に自覚をしろというのは難しいかもしれない。アキラもアキラで相変わらず、ヒカルのことを意識しすぎていた。

 

 そして、あかりと、というフレーズに関して少しだけ気になった白川。

 

「えっと、ちょっとごめんね? 進藤君、もしかして藤崎さんと────」

「あー、付き合ってます」

「そうか、それはおめでとう!」

 

 小学三年生当時からずっとヒカルをじっと見つめて、気が付けばヒカルの方をちらりと見て、とにかくヒカルのことばっかり見ていた藤崎あかり。好きなオトコノコとかそういう感情なのだろうが、それはそうとあまりに気にしすぎていたので若干心配になっていた白川である。

 アイデンティティの形成にヒカルが過去かかわっていたりした事件でもあったのかというくらい、当時のあかりの意識がヒカルを中心に回っているように見えたので、こればかりは外野がどうこう言う話ではないかもしれないが心配ではあったのだ。

 

 思わず満面の笑みが浮かぶ白川と、ケッ! とそこだけは嫌そうな和谷に何故か一緒に照れるアキラ。佐伯はよくわからないまでも微笑ましそうに、都築は状況が呑み込めていないのか混乱しており、森下九段は自分の娘のことを思ってか腕を組んで黙り込んでしまった。

 

 ちょっとしたカオスである。囲碁の話題どこ行った。 

 流石にそんな俯瞰的な(メタな)ことを思ったわけではあるまいが、森下九段がふと白川に小声で聞く。

 

「……行洋の倅についちゃ、同年代のライバルがいないからクラスで浮いてるとか愚痴られたことがあったが、何? あの進藤って子、強いの?」

「…………ええ、そうですね。真価はいまだ測れてませんが」

 

 それでも、あの塔矢アキラが仲良くしているのなら、それはそういうことなのだろうと、白川は納得する。

 

 それこそ3年か4年前の冬、囲碁教室に訪ねてきたヒカルとあかりの姿を、彼はふと思い出していた────。

 

 

 

 新顔という以上に年齢一桁台の少年少女など物珍しかったのか、かなり注目を集めていたが。「ジイちゃんから欲しいものがあって!」と快活に笑うヒカルは、いかにもスポーツ少年らしかった雰囲気だったものの、授業は真剣に聞いているし、白川への質問も鋭い意見が多かった。……なおあかりは、授業の合間合間にヒカルのことしか眼中になく、当時から中々の()()だったが、それはさておき。

 通ってから数か月もすると、ヒカルもまた囲碁教室に馴染んでいた。

 馴染んでいたからこその、あの事件だったろう。

 

『阿古田さんだっけ? ダメじゃんそれ、そこ攪乱しても、ここに打たれたら終わりでしょ? 相手の読みが追い付いてないからって、雑にやって翻弄するにしても、もっと指導碁みたいに打たないと隙だらけだって~。()()()()()なんて千年早いから』

『な、何おゥ!?』

 

 当時、囲碁教室の中でも一番棋力が高かった阿古田老人。()()()()()()()()を得意げに撫でながら相手を煽り打つ手はあまり良いものではないが、その悪癖はまだまだ冗談で済ませられるレベルなのでどうしたものかと白川もやや悩んでいた。

 そんな彼が相手をいじめるように対局していたのを、ヒカルは見とがめて煽った。……煽ったというより、子供らしく本気で「駄目じゃんそれー!」と思っていったのかもしれないが。何せヒカルの口調とくれば、相手を咎める意図というよりも「これだと逆転されちゃうよー」というツッコミなのだ。

 

 あかりは目を白黒させてヒカルを見ており、それがまた阿古田の癪に障ったのもあったのだろう。どうやら孫娘から「おじいちゃん嫌い!」と言われてから数年間その状態が続いていたらしく、どうにもムシャクシャした感情を抑えられていなかったらしい。

 だから阿古田がヒカルに「そんなに言うなら次、ワシが面倒見てやるよ!」などと言うのは予想の範囲内だったろう。ヒカルもヒカルで「いいぜ、阿古田のじーさんどれくらい打てるか見てやるよ!」などと好戦的に笑ったのを思い出す。

 

 そして、その対局が恐ろしかった。

 

 序盤は良いように阿古田に打たせ、中盤はじっくりと、じわじわと詰めていき。煽っていた分、序盤優勢だったこともあり気をよくしていた阿古田のミスをこれでもかとついた結果、ヨセでどんどん逆転していったヒカルの手腕は鮮やかすぎた。

 途中、阿古田の手が良かったのも褒めたりしていたが、中盤に来て流石に気づいた。ヨセまでは、進藤ヒカルはかなり指導碁的な打ち方を意識していたのだと。

 それでいていくつかの石をあからさまに逆転のために配置していたものの、気づけなかったのは間違いなく阿古田の読みが甘かったから。

 

『いやぁ……、言うだけあるな進藤君、ワシが油断したからって。ほら、白川先生に褒められてちょっと────』

『いや、別に阿古田さんがどう思ってたかは関係ないから検討しようぜ? な? な?』

『えぇ? お、おう……?』

 

 そして困惑する阿古田老人に、あまりにも丁寧に石の意図を解説したり、あるいは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()読んだうえで布石していた流れなどを教えられたり。どこまで阿古田が本気にしていたかは定かではないが、ただただ茫然としていたのだけは覚えている。

 …………ついでに驚きすぎたのか露骨にカツラがずれていて、ヒカルからからかわれさらに慌てた結果ずり落ちて「キャお~~~~~ッ」などと奇声を上げて逃げ出す彼の姿が見られたりと言った珍事もあったが。

 

『あー、何か悪いことしちまったな。今度謝っとこ……』

『ヒカル、()()()()()

『意味わかってんのか? あかりお前それ』

 

 ……同様に()()のハゲ系の悩みは共感すること山のごとしだったヒカルとしては、せめてもの温情として去り際に落ちたカツラを投げつけて一緒に持って帰らせるくらいであったが、それはさておいて。

 

 弱いものいじめのような打ち方が続いていたこともあり、阿古田にとっては良い薬だと教室の生徒たち(主にミドルやマダムたち)はくすくす微笑んだり、白川も失笑してしまったりといったことはあったが。

 どこであれほどの棋力を、というのが気になって聞いてみれば、ヒカルの答えはシンプルだった。

 

『先生さ、史上一番強い打ち手って誰だって前に曽屋さんと話してたじゃん? 阿古田さんと打ってた人』

『ああ。聞こえていたんだ』

『うん! で、だから、秀策。秀策の棋譜、片っ端から覚えようとしてんだ』

 

 まだ100局くらいだけど、と快活に笑っていたヒカルの姿が、当時の白川には恐ろしく感じられた。だからそれを参考にして打ってるとだけ言われた時の、白川の心境を何と表現したら良いか。

 もっともそうして強くなった最終目標が、祖父から蔵の碁盤を譲ってもらいたいからというのは何とも微笑ましく思いもした。

 

 

 

「────少なくとも、集中力と棋譜の記憶力に関しては、初心者の時点でずば抜けていました。もともとスポーツをしていた時も、フォームなどはテレビで見て覚えていたそうですし、そういうセンスというか才能があるんだと思います」

「そういうものか……」

 

 彼の当時言っていたことがどこまで本気かはわからないが……、囲碁教室に来なくなってからも続けていたのだとすれば、もはや現存する秀策の対局のほぼすべてを網羅し、独自に研究しつくしていても不思議ではあるまい。

 段が上がった今の白川からしても、現在のヒカルの棋力にはとても興味があるところだった。

 

 

 

 尚この後「まあ色々アレだがせっかく来たんだから、一緒に検討していきなさい」とアキラに微笑んだ森下によって、マジかよという顔した和谷が最近打ったsaiとの一局の検討をすることになるのだが。

 ヒカルよりもアキラの見解や「こう打ったらよかったんじゃ」と打たれる手の方向性や気風から、父親たる行洋よりも自分のごとき好戦的な強気さを感じて、森下は何とも言えない表情で唸り。そんな様子を、白川はにこにこと微笑んでみていた。

 

  

 

 

 

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