遠い宇宙のバトンリレー   作:黒兎可

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興味の土俵に上がるため

 

 

 

 

 

「和谷お前、進藤とはまだ打つな。悪影響だ」

「えぇ!? そ、そりゃあないよ師匠~~~~ッ!? いや確かにアイツめちゃくちゃ強いけど、オレの何が悪いんですって!」

 

 研究会終わり。ヒカルたちが立ち去った後の森下九段の発言に、和谷は目を見開いて悲鳴を上げた。

 夏休みだからというのもあり「うちで晩飯食っていくか?」と軽く提案した森下。当然、夜まで打つことを前提にしての確認だったが、いつものように首を縦に振りやる気満々の和谷に苦笑いしつつ、運転をする森下であったが。

 そのやる気に対して妙な胸騒ぎを覚えたからこそ、あらかじめくぎを刺しておくことにしたのだ。あごひげを撫でながら、森下は信号機を睨んで言う。

 

「進藤に悪影響って意味じゃねぇ。お前にだ」

「オレに?」

「そうだ。お前、進藤の棋力測れてないだろ」

 

 もし測れていたのなら、今日みたいに和気藹々と打っていられるはずはないと森下は確信している。

 プロ試験も目前に迫る今、周囲の打ち手たちライバルを前にぴりぴりとしているのは、この時期の院生あるあるだが。和谷に関しては中々合格できないこともあり、それも人一倍だと森下は知っている。

 というか森下が圧をかけている。

 ……言うのも癪だが、ライバル視している塔矢行洋の所の芦原に対して、彼がプロになる前の行洋のようなプレッシャーのかけ方だ。つきあいのある家の息子だから、という理由で贔屓するつもりはないからこそ、森下は厳しく接していた。

 

 もっとも門下の白川や冴木あたりに聞けば「とてもかわいがってらっしゃいますね」とニコニコ、あるいはニヤニヤされるのがオチなので、どうにもそのあたりの感情の機微は難しいところではあるのだが。

 

 森下の問いに、和谷は「いやでも……」とうなる。

 

「行洋の奴の倅……、いや、塔矢アキラか。アイツとsaiの一局も並べてさっき検討してたろ。アレを見ても、高段者相手に負けん気強く正面から打っていけるだけの棋風と棋力はしっかりあった。行洋の奴が秘蔵っ子として隠したがるのもよくわかる。何も知らない子供も、下手に打てる子供もアレと肩を並べてたら、棋力差に折られちまう」

「そんなことないっス!」

「そうだ! お前はアイツをプロになったらなんとかせにゃいかん。だから和谷、お前は塔矢アキラに恐れず向かっていけるのは良い。

 問題は進藤だ」

 

 だからあいつの何が問題なんですか、と、何故か渋滞している交差点で往生してだんだんイライラしてきてる雰囲気の師匠へと確認する和谷。貧乏ゆすりはしないもののいら立ちの強そうな森下は、しかし和谷の言葉にむしろ冷静になって。

 

 

 

「────いいか和谷。このままいくとお前、アイツの友達にはなれてもライバルにはなれねェぞ」

「それは……ッ」

 

 

 

 核心をついた一言に、和谷はうなる。

 言われて初めて自覚したのか、否、言葉にならず自分の中でわだかまっていたものが言語化されたのか。

 せっかく来たのだからと十段戦が迫る白川が「あの塔矢アキラが太鼓判を押すなんて、ぜひ打ってみたい」と言っていたのを思い出す森下。勝負勘が鈍るだろと一声注意したが、塔矢アキラの見守る前で打たれたその一局は妙なものだった。

 

『定石定石!』

『ヒカル、何だいこの打ち方……』

 

 棋譜の流れを言えば、打ち方は秀策流の布石から始まって、新手というにも妙な一手一手が多い。それでいて、石が繋がって盤面に広がっていく訳でもない。局所局所での攻防と全体を観ると宇宙流のような描き方にも見えたが、だからといってそういう訳ではない。

 結果として白川の3目半で終局したが、出来上がった盤面をよく見返して、森下は一瞬開いた口が塞がらなくなりそうだった。

 

(ありゃ……、()()()()()()()

 

 教本通りの詰碁問題のような、そんな形の石の配置が山のように各所に点在している。

 もちろん教本なんかより難易度は格段に高いし、複数の要素が掛け合わされたものもあったが。それでも基本は定石を定石どおりに、それらを教本通り解いていくような形だ。

 それでいてもし各所で白川の黒が死んでいたとするならば、石同士をつなげて盤面全体の支配が当たり前のように完了する、そんな陣地。

 

 いうなれば定石確認のための、プロ向けの詰碁のようなそれを前に。白川は「なるほど、これは阿古田さんじゃ相手にならないや」と、とても楽しそうに笑っていた────むろん()として。思わず一歩引いたヒカルに「ごめんごめん」と笑ってごまかしたものの、腹の据わり方は見習うべきかもしれない。あえて白川相手にそんな珍妙な指導碁を打ったというのは、おそらく白川のコンディションを安定させるためだろうと予想がついたが、あの年代の子供相手にそれをされて戦意のみを向けられるのは、むしろ見習うべきだろう。

 そんな碁を打たれたところで、白川は気にも留めない。途中で気づいていたろうに激昂もせず、むしろ進藤ヒカルの言っていた「定石定石!」とばかりに、基本に忠実に打ち、間違えず正答して勝利する。王道を行くような勝ち方に達成感と、これが出来るだけの打ち手となった元教え子に対するライバル意識が同居した良い目だった。

 

 だからこそ、それに気づいていない和谷には悪影響なのだ。

 

「お前も碁馬鹿だが、どうにも抱え込んじまってるモンがもろに出る棋風なのは知ってる。それこそ、碁打ちとしちゃ四年の付き合いだ。だからこそ今のままじゃいけねぇ。白川と進藤が打った一局、お前がやられたら白川みたいに牙むき出すように笑えるか? 嚙みついてやるって、気位持てるか?」

「………………」

「気持ちで負けたら終わりなんだ。お前は塔矢アキラだけじゃなく、あの進藤ともプロ試験をやっていかなきゃらならねェ。

 自信をもて和谷! お前は十分素質がある……、あの塔矢にも、進藤にも追いすがれる素質は十分ある!」

 

 森下も今は発破をかけるだけに留める。突き放すには、このやりとりを後で和谷が思い返した時に別な重荷になるだろうと予想しているからだ。今までとってきた弟子で培われた経験則だが、込める期待は伝わるはずだ。

 そうだ、ネット碁で知り合ったと軽く笑えないほどのあの棋力だ。アマチュアだと言っていたが、おそらく早々にプロ試験を受けるだろう。あんな子供と塔矢アキラとすら打ち合わなければならない今年のプロ試験は、それはそれは大層な試練として和谷に降りかかるだろう。

 だがそれも乗り越えられると。師匠として、かわいい弟子だからこそかける気持ちは、圧は、人一倍強くなってしまう。

 

 だがそれで良い。思うことすべてを抱えて打っていくのがこの和谷なのだから、今年受かるにしても落ちるにしても、それは間違いなく糧になる。

 追いすがった気持ちで勝てるなら、十分勝機はあると背中を押してやりたい森下は。 

 

 

 

「……あの、進藤今年は出れないそうです。下手すると来年も、その、家庭の事情で」

「…………えっそうなの? えっ、勿体ない」

 

 

 

 和谷の「ありがとうございます、でも」から続くそんな発言に、肩透かしを食わされた。

 終始プロ試験の話をしていた自分たちの前で、アキラがヒカルに寂しそうな眼を向けていたのを思い出し、なるほどと呆けざるを得なかった。

 

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 

 夏休み。藤崎あかねとしては妹に負けず彼氏でも作らねばという使命感に燃えている、そんな夏。同じクラスの三谷愛やら数名と一緒に()()したいところだが、そんな三谷は「ごめん、ちょっとバイトが……」と言って逃げ出すしで少々心もとない。

 ルックスに関しては自分と彼女がクラス内では良い方だと見ている(贔屓目込み)ので、ナンパなり何なりを考えるならパワー不足さは否めない。

 

 と、そんなとある日に妹とその妹の彼氏から懇願されて、あかねは本日自宅にて講義していた。

 講義というか、レクチャーというか。

 

「いい? このダイヤルがこうなってて、押した回数であいうえおに対応するの。で、一周すると特別なやつは特別な表示になって────」

「お姉ちゃん、変なのでたあ……」

「あー、ちょっと貸しなさい、何ていれたいの? アキラ? カタカナは変換で入れないなら入力で変えるしかないわね。ええっと……。

 ヒカルくんは大丈夫?」

「あー、おっけーっス。えっと、フォルダフォルダ……」

 

 …………折り畳み式携帯電話(※いわゆるガラフォとよばれる旧型タイプの携帯端末、仮○ライダー555(ファ○ズ)の変身ベルトのデザインにも取り入れられている)の使い方を、二人の子供に教えていた。

 妹たる藤崎あかりは文字入力に四苦八苦しており、自分の説明を聞きながら目をぐるぐる回している。対して妹の彼氏たる進藤ヒカルは、基本的な電話の機能やアドレス帳などは覚えたものの周辺の機能に振り回されているように見えた。

 

 あかりの方の文字入力をある程度把握して教えなおしてから、ヒカルの方に寄って操作を教えてあげるあかね。と、距離が近くなったのを見てあかりは「むぅ」と声を上げ、すぐさまヒカルの肩に自分の肩をくっつけて何かをアピールするように姉たるあかねに「むん!」と声を上げた。

 そんな声上げられても、あかねとしては困惑するしかないのである。小学生か! というツッコミは、ついこの間まで小学生だったので今更だろう。

 

「……別に()ったりしないから、そうプリプリしないの。三谷じゃないし。私、ショタコンじゃないもん」

「しょたこん?」

「年下の小さい男の子が好きな女」

 

 弟がナマイキだから素直な子がタイプとか言ってたかしら、などとあかね。

 ひそかにそんな話を聞いて、ヒカルが何とも言えない風に頬を引きつらせていた。

 

 まあショタコンというのは半分以上冗談にしても(「ヤンチャでもいいからどこかにもっと素直であのあんちくしょうと友達になってくれるカワイイ子はいないかしら……、お礼に甘やかせてあげるのに」みたいな愚痴は以前口走っていたが)、あかりのヒカルへのべったりぶりには改めて冷や汗がでるあかねである。

 

 大丈夫かしら、とつい視線が、自分を警戒するあかりの隣でケータイの画面にくぎ付けなヒカルの方へと向いてしまう。

 つい数か月前に「お宅の娘さんを僕にください!」的なプロポーズをかまして、しかも威風堂々たる将来設計的なチャレンジの案を披露してくれた進藤ヒカル。外から見る分には囲碁なんてやらずに野球かサッカーでもやってそうなヤンチャな雰囲気だ。前髪がヘンな色合いというか、そんな感じになっているのも囲碁なんて()()というか、古風なイメージに合致しないし。

 ……なおそんなことを考えているあかね自身、あかりが以前もらってきた週刊碁の表紙に描かれていた緒方精次のビジュアルをみて釘付けになったりと言ったことはあったのだが、緒方のビジュアルがイメージにそぐわなすぎて碁の雑誌と認識していなかったりといったオチだったりするが、さておき。

 

 ちょっとトイレいってくる~、と立ち上がって走るヒカルを見送るあかりを見て、何故かほっとするあかねである。流石にそういうところまで着いていくほどの執着はないようで、つまり普通の嫉妬の延長上に見えて、少しだけ妹の将来に安心したりしていたのだ。

 

「何というか、進藤くんも大変ねぇ」

「何が?」

「何でも。というか、あかりさっき電話帳見たけど、誰よ塔矢くんって。男の子でしょ? えっ何、どういうカンケイ……?」

「えっと、ヒカルの、お友達……? すっごい碁が強い子なの」

「へ、へぇ……?」

()()()()()はヒカルと話してないけど、私、お友達! 初めて十九路盤でまともに打てた子なの、番号覚えてたから、一番最初に連絡したらちゃんと通じた!」

「ごめん、お姉ちゃんよくわかんないや」

 

 えぇ~? と不思議がるあかりに、あかねは苦笑い。どうやら思ったよりもちゃんと囲碁での人間関係のつながりもあるらしいというのが、彼女からすれば意外だった。

 その塔矢くんというらしい子については、わざわざ携帯電話購入後にすぐさまヒカルと一緒くらいのタイミングで名前が登録されていたのでちょっと気になるが、それはさておいて。

 

「でもいやあ、お姉ちゃんは嬉しいわ。うん。ヒカルくんと結婚する~ってもう確定みたいに言われたり挨拶こられたときは頭おかしくなるかと思ったけど。うん」

「なんで?」

「むしろどうしてそこで不思議そうなのさ、あかりは……? だってアレでしょ? 幼稚園のころからずーっとヒカルくんの後追いかけて、身長抜かしてもずーっとヒカルくんのこと追いかけて、その流れでまさか中学でチェックメイトかかるとか、そりゃ外から見てたら困惑するわよ……」

 

 それこそ小学校に入ってからしばらくは、ヒカル以外に友達らしい友達もできなかったくらいなので、ひそかに心配していたお姉ちゃんであった。

 女の子らしく女の子友達を作れそうなものだが、姉びいきもあるが可愛いのとか、あとはヒカルの後について回り続けていたため一緒にドッジやったりといった方が多かったりと、友達作りが下手で気をもんだのも、あかねからすれば良い思い出かもしれな……いや別にそうでもないなと正気に戻って首を傾げたあかねだった。

 

「うん、まあ、いじめられてたりしなければ良いわよ。うん」

「いじめかあ。……そういえば、一回だけあったっけ? 中学入ってから」

「えっマジ?」

「うん。詳しくは言いたくないけど、嘘告白的なのとか、変な噂立てられたりとかして」

 

 へ、へぇ、とやはりあかねは困惑。困惑しながらも、今回は少し頬が赤い。

 まあ確かに幼少期から現在までずっとあかりは可愛い少女のまま育ってきてるので、何かしらそういう標的にされても不思議はないだろうが(園児時代がまさにそうだった)、嘘告白どうこうというのがちょっと気になる。

 まさか、まさかとは思うが学校でもすでに婚約というか、本気で結婚する前提で将来設計して動いているとか言っちゃってたりするのかこの二人、と。共感性羞恥ではないが、困惑より妙な気恥ずかしさが勝ってドキドキしながら聞いてしまうあかね。彼女もまたそのテの経験がない女子高生でしかないのだ。

 

 実際どんな感じだったの? とソワソワ聞いてしまうあかね。

 対するあかりは、姉のそんな視線に口をへのじにする。面倒そうだが、割と珍しい表情であった。

 

「ん~私の方とかより、ヒカルの方が大変。全然見たこともない女の子から告白されて私と二股かけてるーって話がいつの間にか上がって、男子が問い詰めに来たりとか」

「見たこともない女子?」

「他の小学校から来た子! でも、別に可愛くないっていうか。金子さんみたいに安心感があるわけじゃないし。あの子も被害者っぽいから、あんまりいう話じゃないんだけど」

「ごめんあかり、金子さんって誰か私わかんないや……」

 

 少なくとも友達ではあるんだろうが、それはそうと暗に自分を「可愛い」と言ってのけるこのあかりよ。

 とはいえあの、何か急に大人びた進藤ヒカルがそんな状態を放置しておくとは思えない。いつの間にか「あかりのお姉さん」から「お義姉さん」呼びに変えてきてたりとか、時々空気を読んで(?)自分に丁寧語とかも使ってくるようになったりとか、なんだか上手くは言えないが場慣れしてる感じがする。

 少なくとも3、4歳くらい私の方が年上なんだけどなーと変な気分になるあかねだったが、ともかくそんなヒカルが、あかりにも被害がありそうなことを放置しておくわけはないだろうという、そういう考えだったのだが。

 

「ヒカルも『マジかよ』しか言わないし、全然相手にされてなかったんだけど…………、まあ? うん、私も、その子に嫌味とか言われたりしたんだけど、別に大したことなかったし」

「強くなったわね、あかり……」

「あはは! ううん、そんなんじゃなくって。

 ヒカル、ちゃんと碁は打ってないとダメだから。彼女になりたいとかじゃなくても、せめて十三路盤で普通に打てるくらいじゃないと、土俵にすらあげてもらえないって言っただけだもん」

 

 私けっこう頑張ってるんだよ? と、あかねからすればいまいち意味不明なことを言うあかり。

 ……件の女子を囃し立てていたとあるリーダー格の、目元が特徴的な女子が「ざまあないわね」とあからさまにあかりをいじめのターゲットに据えたようなふるまいをしていたのに対し、あかりはあかりで「そんなのどうでも良いんだけどヒカルの彼女になろうっていうのなら、ちゃんと碁は打てるんだよね? 棋力は? 石いくつ置いて打ったことある?」などと目からハイライトを消して詰め寄って引かれたり。「そもそも検討できないどころか打てないんじゃヒカルの興味にも上らないから、そういう方面で」とこれまた真顔で言ったのも、意味不明だと困惑されたりして、結果として「かかわるの何か怖い」ということで、案外ギリギリでいじめのターゲットから回避したりもしていた。

 

 ……なお、そんな話をトイレから帰ってきてる途中、廊下で聞いていたヒカル。流石に自分のことを話題にされていたので入り辛かったからこその待機だったのだが、あかりの「けっこう頑張ってるんだよ?」発言には、ひそかに声なく唸った。

 実際、あかりはあかりで独立した一人の女の子として()()の自分は見ていただろうが。それでも興味の主体が色々後回しにされてしまっている直因があかりの棋力に由来しているのを、本人が察しているというのが何というか、ヒカルとしては色々と申し訳なかった。

 

 

 

 ちなみに件の真相としては、あかりをいじめのターゲットに据えた女子とあかりに片思いしてヒカルの悪評を広めようとした男子が結託しての犯行(?)だったのだが。二人そろってそんなに突っかかってくるなら、せめて打てるようになってからだろとヒカルが色々()()()がごときレクチャーを開始してから一週間と持たずに退散していたりする。

 

 半ば善意だっただけに、ヒカルとしては忸怩たる思いであった。

 

 

 

 

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