遠い宇宙のバトンリレー   作:黒兎可

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近いけどずっと遠い距離から

 

 

 

 

 

「どうだった? あかり、今日は」

「囲碁大会のこと?」

「だけじゃなくって、アキラもそうだけどまあ色々なー」

 

 ヒカルとあかりは夕方、全国こども囲碁大会終了後にちょいと()()()喫茶店に入っていた。駅前、チェーン店だが内装はそれとなく子供からすると大人っぽく見えて、ファーストフード店などでよくある学生たちがわいわいがやがやと騒がしいこともない。

 ヒカルがこんな場所に自分を案内してくるとは思ってもみなくて、なんとなくどぎまぎしているあかり。とりあえずアイス珈琲を頼むヒカルに対して、あかりはミルクセーキを頼んだ。

 支払いは大丈夫? と聞けば、軍資金はそれなりにもらったから、と笑うヒカル。

 

「今日はデートするって言って来てるから、ちょっと奮発してもらった」

「で、デート……! ヒカル、ちゃんとそのつもりあったんだ…………」

「いや、行先完全に俺の趣味だし、二人っきりじゃなかったのは悪かったよ」

 

 悪い悪い、と苦笑いしながらあたまをかくヒカルであるが、あかりはそれどころではない。

 あのヒカルが自分とデート……!

 どんなにアプローチしても全く好意に気づくこともなく雑な対応を繰り返され続け、心境としては「今はまだ見守っておこうかな……」ともろもろ若干あきらめていた彼女からすれば、あっさりとからかう意図もなくデートと言ってのけて、当たり前のように話を続けてくるだけでも驚愕である。

 ……もともとが小学生男子であったことを考えれば別に不思議な話ではないのだが、このあたりは彼女もまだまだ子供ということであった。男子より女子の方が精神年齢においてもやや早く成長するのであるからして、そのあたりに気づいてないあかりである。

 

 少しばかり照れながら目の前のクリームのようなシャーベットのようなよくわからない甘い飲み物を、音を立てずにストローで飲んでると。慣れた手つきでアイスコーヒーを手に取るヒカルに違和感が沸いたあかり。

 

「ヒカル、いつからコーヒーなんて飲めるようになったの?」

「いつから? あー、いや、別にブラックで飲むわけじゃないから変なことでもねー気がするけど……」

 

 普通にガムシロップを2パックあけてかきまぜ、上からコーヒーフレッシュをスイーツにかける生クリームのようにかき混ぜずに落とすヒカル。もっとも、あかりにはちょっとおしゃれに見えたその飲み物を、軽く口に含んで「うげっ」と顔をしかめた。

 無理して飲んでるなら恰好つけてるのかな、と、ほほえましい目で見るあかりだが、ヒカル本人は「いやフツーに飲めるはずなんだけど……」「子供の味覚が……」「そういえば鋭いとか昔テレビで見たな……」とかぶつぶつ呟いていたりするので、意味は不鮮明ながらそれがますます言い訳じみて見えてあかりは微笑んだ。

 

 当然、かつて百歳近くまで生きてきた魂が混じってる今のヒカルからすれば、珈琲くらいは普通に飲むので違和感はないのだが。どうやら身体の感覚が子供らしく鋭いせいもあって、苦みが大人の身体よりも強く感じてしまったらしい。

 それはそうと緑茶派の塔矢アキラ(五十代、ロン毛和装)の「そんな言い訳をして残すのかい、ヒカル」という挑発的な視線がイメージ映像として脳裏をよぎったので、しぶしぶではあるがちょびちょびとストローで飲み進めることにしたのだが。

 

「んー、まあデートって意味じゃほぼゼロ点」

「いや本当、悪い」

「でも私、つれてきたってことは、ヒカルとしてはなにか理由があったんでしょ? 私、囲碁つよくしようとかじゃないって思うし」

「おっ、そういうのはわかるんだな」

「うん。それと……打ってたヒカル、いつもより格好良かったし」

「……お、おう」

 

 まあ少しはいろんな対局を見せたかったってのもあったけど、と視線をそらして空中を見る、何かをごまかすようなヒカルを見て、あかりは今日の囲碁大会の後半────いわゆる事務側(バックヤード)の部屋での出来事を回想する。

 

 

 

『塔矢行洋だ。息子のアキラが世話になっている』

『いえいえこちらこそ……って、ん? アキラ、俺たちって顔合わせるのまだ二回目だから、こう言う場合どう言ったらいいんだ?』

『えっ? ええっと……、まあ、挨拶だからいいんじゃないかな?』

『そっか?』

『どうだろう……?』

 

 幼馴染のヒカルに誘われてどこに連れていかれるのかと思ったら囲碁大会で、内心ちょっと落胆しながらも真面目に指導してくれるヒカルに併せていたあかりだったが、そんな彼女は「友達!」と雑に紹介された塔矢アキラのことを見る。

 最初見たときは、髪型もそうだけど顔立ちが可愛いらしくヒカルを見る目がきらきらしてて女の子かと、すわライバル登場かと目を見張ったが。普通に男の子なことに気づいてからは、ちょっと人見知りしてるあかりである。とはいえ半日ほど一緒に行動したので、ヒカルを挟んでなら多少は会話を交わせるくらいの仲にはなってるんじゃないかなあと思ってはいたが。

 

 まさかその当日、いきなり大会の事務局の方に連れていかれて、そのアキラの父親と対面するとは全く思ってなくて、人見知りが加速するあかりであった。

 思わずヒカルの背後に回りその手をぎゅっと握ってしまう。……余談だが、大人やアキラから見たら彼女の方が背が高いので、微妙に恰好がつかない絵面となっていた。もっともヒカルは苦笑いして特に何も言わないので、そのあたりは触れることではないのだろう。

 

 さて。妙に仲良しなやりとりをしてる二人を見て「うん?」と違和感を覚えるあかりであったが、そういえば転校してしまった小浪とも結構親しそうだったし、囲碁が打てる相手にはフレンドリーなのだろうと納得。そしてその上で、ヒカルの背後できょろきょろと周囲を見回していた。

 ……格好良い感じの、でも何か雰囲気が怖い白スーツに髪を染めてそうなメガネの人と視線が合わさる。向こうは怖がらせないようにふっと微笑んだのだが、知らない大人に複数名囲まれてる状況でますます委縮するあかり。

 そもそもアキラと談笑してたヒカルや自分たちを見つけ、ヒカルをアキラが紹介するやいなや血相を変えてここまで()()してきたのは彼だったりするので、それもあかりの苦手意識を加速させていた。

 そして、その彼以外周囲の大人たち、若い人もいるけど大体が自分の父親よりも年上の人たちだが、そんな彼らはヒカルとアキラを見てひそひそと言葉を交わす。いわく「あれがアキラ君と一勝一敗の……?」とか「いくら何でも話盛りすぎだろ」とか「あの前髪何だよ」とか。

 前髪についてはあかりも昔から不思議には思っているが、それはそうとヒカルが軽く見られてそうなのにむっとしている。

 そしてくしくも、あの怖いスーツの人もきっとヒカルを疑うような、小ばかにするようなことを言った人たちを睨んだので、あかりの彼に対する心証はちょっと良くなった。

 

『緒方君が見つけたと聞いたときは少し嬉しかった。これからもアキラと仲良くしてやってくれ』

『あー、こちらこそって感じです。…………それはそうと、あのオジサンどうします? さっきからずっと打ちたくて打ちたくてしょーがないって顔してるんですけど、俺もそんな暇じゃないし』

 

 誰がオジサンだ! とちょっと食って掛かるようにキレるスーツの人。緒方と名人に呼ばれていたが、そんな彼の恫喝にびくっと震えるアキラとあかり。対するヒカルは「何だよー! わかンだぞ俺、緒方さんねちっこくってねちっこくってしつっこいって! 週刊碁の桑原のじーちゃんのインタビューに書いてあったし!」と特に物怖じせずに言うし、言われた緒方も「何だとあのジジィ!」と色々なものをかなぐり捨ててヒカルに食って掛かって、何が何やら。

 なんだか一見仲良さそうにも見えるけど、この人たちこそ今日初対面だよね? とあかりは不思議であった。

 

 それを言えばアキラもだが、まだアキラの方が同年代な分、なんとなく仲良くなっても不思議じゃない印象なのだが。

 

『ま、そういうことで……、とりあえずコンゴトモヨロシクってことで帰してもらったりは、ダメ?』

『……俺が相手じゃ不満か? 進藤君だったか。アキラと互角に打つというならそれなりの腕だろう、一度打ってみたかったが────』

『あ、いやそうじゃなくって、大会見終わったらデートするつもりだったからあんまり長くやるのは……』

 

 んぴょ! と、ヒカルからの不意打ちに思わず変な声が出たあかり。

 周囲の視線がこちらに集中すると、ますます人見知りと恐縮でヒカルの背中で小さくなってしまうあかりだったが、ヒカルは照れた様子もなく、不満そうな緒方を見て「何でそこで全然容赦する気がねーんだよ……」とブツブツ言っていた。

 

『緒方さんどうせアレでしょ? 小学生なんだからデートくらいいつでも出来るとか思ってるでしょ。ダ~メだよ緒方さんそれ~、そんなんだと例えば付き合って五年くらいの彼女さんとかが居たら「私と碁とどっちが大事なの!」って酔っぱらったとき詰め寄られて、そのまま数日は碁石触ろうとするたびに焼酎持ち出されちゃうでしょ~』

『碁よりオモシロイものはないだろ……って、何故そんな話を知ってる!?』

『あっ、やっぱりそんな感じなんだ…………。もうちょっと人生っていうか周り見ないと、ピリピリばっかしてるとまた桑原のじーちゃんにいいように遊ばれちゃうぜ?』

『余計な! お世話だ! というか今の話してますますお前に碁で上下関係を叩き込みたくなった……!』

『わーい藪蛇っ!?』

 

 両手を上げて「うわー!」と降参ポーズをとるヒカル。当然のごとく逆行前のそれなりに年を重ねた緒方とかつての自分との会話などからの類推を含んだ話であったが、どうやらかなりの正確さで真実を言い当てていたようだ。さもありなん、緒方精次も立派な囲碁馬鹿であり……、その夫婦関係の滅茶苦茶さを見て「ああはなるまい」と、こっそりアキラと誓い合ったことのあったヒカルなのであった。

 まだあの二人の夫婦関係よりはマシだったろうと思ってるヒカルであるが、それがどれくらい生かされたかは野暮な話だろう。

 

 さて。若手のプロ有望株、しかも普通に大人の先達に対して色々アレな生意気さだが、緒方も咎めるよりも発言のノリに件の桑原本因坊のことでも思い出すのか、相手が子供の分ずいぶん大人げない。

 そんな状況を鳩が豆鉄砲食らったように見ているアキラと、笑いをこらえるように肩を震わせうつむく塔矢名人。若い職員は「えっ? えっ?」と混乱しているようだが、周囲のプロたちは先ほどまでより生暖かい目でヒカルとあかり……、ついでに緒方のことを見ていた。

 

 なんならこのまま放置すると、ヒカルに便乗して緒方の私生活について周囲の大人たちからツッコミが入りそうなくらいである。そんな空気を読んでか、ある意味緒方に助け舟を出すような形で、提案する。

 

『もとより誰しも、君の実力が知りたいからこそ呼ばせてもらったんだが、そういう意味ではそうだね……、私が打とう』

 

 名人!? と周囲から声が上がる。

 それに対して、アキラがひそかに戦慄する。自分の父は「実力を測るために打つ」とは言ったが、ヒカルが短時間で帰りたいと言ったことを決して忘れている訳ではない。つまりは本気の本気で打つと、この場で暗にそう宣言しているのだ。

 果たしてそれが伝わっているのか伝わっていないのか。ヒカルは背筋を正して、だが、どこか困ったように言った。

 

『あ、ありがとうございます。でもすみません、本気で。嬉しいけど俺、またきっとアキラと打った時みたいにまともに打てないと思います。今のコンディションで打つのは失礼だし────』

『フフ……、知っているとも。だが、そうだね。せめて()()()()までは我慢なさい。君のどんな手でも正面から()()()()()みせよう』

 

 やっぱり気づいていたか、とぼそりと呟くヒカル。その声が聞こえたものの、事情をよくわかってないあかりとアキラ、ついでに緒方。

 

 そして、お願いしますと始まった碁。実際、三十七手まではおとなしい碁だった。その打ち方の流れを見て、アキラ一人だけが目を見開いて困惑していたのだが、あかりにはその意味がわからない。

 

『ここから────!』

『……面白い』

 

 そこから先は、一見すればまるで指導碁をするプロと子供のようであったが。

 盤面の展開は、とてもではないがそういう状態ですらない。

 ありとあらゆる箇所で、秀策のコスミにツナギ、起点として荒そうと妙な暴れ方をするヒカルの石を、徹底的にその起こりから潰して構えて盤面を支配していく塔矢行洋。かと思えば途中途中の一手一手をつなげて死んでいたはずの石が息を吹き返す様は、アキラに自分との対局を思い起こさせる。

 恐ろしいことに、それら一手一手がお互い詰まるということがない。長くとも十秒以内には次の一手をお互いに打ち込んでいた。それなりに読みが深いにしても、あの名人の早碁についていくだけの棋力がこの少年にあるというのがまず驚き。状況はヒカルの側、黒石が押されているとはいえ、緊張とも無縁でとにかく1秒でも早く次の石を打ちたいという意思があふれ出んばかりの一手一手。

 

 なんならヒカルも真剣そのものでありながらニヤニヤと楽しそうであり、そんな彼を見ている塔矢名人もまた微笑ましそうに目を細めている。

 とはいえ、結果はヒカルの投了。ありません、の言葉で、お互いに頭を下げる。

 

『少し、若いころの御器曽(ごきそ)七段のような打ち方が見えたな、ここのノゾキは意識したのかな』

『あ、わかります? あの人、今じゃだいぶアレな感じだけど昔は素直に読みのパワー強かったからなぁ……。あのままのノリで違う方向目指せば良かったのに』

『彼も彼で苦労はしているのだろうから、言うのは止めなさい。……なるほど、まるで碁の中に()()()()()()()

『どういうこと? お父さん』

『例えばここ、敗着(敗因の一手)になったところだが……また()()()()()か』

『いや、あはは……』

『それを君は気にしているようだが、別に失礼なことではない。君の気迫の本気さ、誰が何を言おうとこれは君の打ち方で君の碁だ。胸を張りなさい』

 

 うぇ、と何とも言えない表情になったヒカルだったが、それでも塔矢名人に頭を下げたときは、やっぱり楽しそうだったのをあかりは覚えている。

 

 

 

「で、何だったの? デートはゼロ点だったけど、ヒカルのいろんな顔がみれて私、楽しかったよ?」

「あーいや……、ちょっと真面目な話するから、飲み物は口に飲み物入れないで聞けよ?」

「うん」

 

 こくん、とうなずくと、視線をそらしながら何かをごまかすようにしてるヒカルを見る。文法というか言葉も少し変なので彼も何か動揺してるのか。

 こんな顔をするなんて初めてだと……それを言うなら塔矢くんと話してるときの楽しそうな顔も、自分では引き出せなかったものだなあと少し嫉妬する。転校直前の小浪ちゃんとの検討ではああいう顔を見せるときはあったが、それだってアキラと話してるときほどじゃない。

 そんなことを考えていると、ヒカルがいきなり爆弾を投げ込んできた。

 

 

 

「お前って俺のこと好きだよな? こう、レンアイ的なアレで」

「ひかひ、ひ、ドゥドゥドゥドゥエ、ドェ、デリカシーッ!?」

 

 

 

 藤崎あかり、生涯最大の大混乱である。

 思わず立ち上がってヒカルを指さして目をまわしていたが、周囲の大人たちの視線にすみませんと、ヒカルと一緒に謝りながら座りなおす。

 いきなり何言ってるのよ、と顔や首やわきの下が熱くなるのを自覚しながら、恐る恐る彼の顔を見る。

 難しい言葉知ってるなーと肩をすくめているが、珍しく、ヒカルの目にはからかいの色がなかった。

 

「いやまー、勘違いじゃねーのはなんとなくわかってたけどよ」

「なじゃ、ん、なんん、何よぅ」

「いや悪ぃ悪ぃ、ちょっと大前提の確認。そうじゃないと、今日連れてきた意味がないし」

「……いみ?」

 

 なんとなく両手で耳を押さえたあかりに、ヒカルは少しだけ優しく微笑みながら続ける。

 不覚にも、小学生であるヒカルではまず浮かべないような穏やかなその表情に、感じたことのないトキメキでどきりとするあかりであった。

 完全に惚れた側の弱みである。

 

 ぱちり、ぱちりと、ヒカルの手元の扇子が閉じては開いてを繰り返す。

 

「俺さ、そのうち碁のプロになろうかって思ってるんだ。でもプロになったってずっと勝ち続けるのって難しいと思う。まあ、それこそちゃんと棋力調整できたら()()()()()()()負けない自信あるけど、それでも外から見てわかりにくいし、不安定に見えそうなことに変わりはないし。

 もし結婚とか考えるんだったら、相手の両親にも自分の両親にもちゃんと理解してもらってからの方がいいって思うんだ」

「け、けっこん……! わた、わたし、進藤あかり……!?」

「落ち着けって、おちつけおちつけ。……んで、ドッジやってた頃よりも碁に対する比重は、すげー重くなる。それは、わかってるよな? たぶん」

「そ、れは……。うん。………………ずっとヒカルのこと、見てきたから。小浪ちゃんと熱心に打ってたときも」

 

 じっと、今でも恥ずかしそうにヒカルの顔を見つめるあかり。

 そんな彼女に、少し申し訳なさそうにヒカルは言った。

 

「だから多分、きっと、無茶けっこーやらかすと思うし、気を抜いたらお前のこと頭の中から抜け落ちちまうことも多くなるんじゃないかって思って。それってまあ、幼馴染でもちょっとアレだろ? 緒方さんじゃねーけど」

「緒方……、あの、かっこいい人だよね」

「ん。桑原って碁が強い人、雑誌にインタビュー乗ってたんだけど、頭の中が碁のことでいっぱいで全然回り見る余裕がなくなってるってからかってて……。いや、まあ、そこまで夫婦関係破綻しかねねーくらいまでは執着とかはしねーけどさ。でも、俺もアキラも、そのあたりは近いところがあると思ってる」

 

 これはもう変えられねーだろうし、と悪いと頭を下げた。

 

「だから、とりあえずあかりにも見てもらおうって思ったんだ。多分これから、俺はこういう世界で、こういう場所で、どうやったら手合の打ち方を強くしていけるかとか、何が最善手なのかとか、そんなことばっかり考えるような人生送っていくんだって。

 そのとき、お前がどう思うかってのを知っておきたかった」

「…………」

「例えば学生時代にプロ入りとか出来たら、疎遠にはならねーけど棋力もそうだし生活サイクルだって離れちまうから、その状態で()()()鹿()の中に居たら、ほかのこと全部テキトーになりそうだし。何か変なきっかけでもねーと、お前のこともずっと幼馴染って感じのまま()()()ろうし」

「だった?」

「あ、いや、ちょっと言い間違い」

 

 ははは、と頭をかいてごまかすヒカルだが、実際のところ九十九歳に至るまでの過去(未来)の経験に基づく話であった。

 二十代で緒方から本因坊のタイトルを奪取してからストーカー騒ぎが起きたり、それがきっかけであかりとの同棲やら何やらにつながったり、負けじとアキラがお見合いで結婚を考え始めたり、そのせいでどこぞの元囲碁サロン受付嬢の脳が破壊されたりと色々とイベントは思い出せるが。

 

 

 

「だから、もしあかりがその上で……、多分結婚してもだいぶ退屈っつーか、テキトーになりかねねーけど、それでもこんな俺でいいっていうなら────あかりには、俺の一番近い場所で、ずっと俺の打っていく碁を見て欲しいって。そう思ってます」

 

 ────だからいいの、私は()()()()()を、ヒカルの近くでずっと見てるだけでも。だって私、そういうヒカルが好きになっちゃったんだから! 

 

 

 

 そもそも告白やら何やら、プロポーズすらあかりの方からの働きかけですべてが進展していったくらいなのだ。ストーカー騒ぎの関係で、常に待ちに徹していた彼女のスイッチが入ったりとかいろいろと理由はあったろうが……、五十代の熟年になったころの夫婦の会話で、小さいころはヒカルから告白とかプロポーズされたかったと懐かしい思い出を語るように笑顔で言われていたのだ。

 まあ、結果として出てきた言葉がこの体たらくなので、基本的にヒカルはヒカルのままということだろう。年齢を重ねようと、根底にある負けん気と────()()()()()()()は、次代に手渡せど胸の中に。

 

 まわりくどい、告白をすっ飛ばしたプロポーズまがいの言い回し。それも、かなり真剣な雰囲気で。ごまかしなく自分の気持ちを受けたうえでのヒカルの言葉に、あかりは少し深呼吸して。

 

「ヒカルはさ。その……、どっちがいーの? 私、プロになるとか、()()()()とかに通うのとか。そいうのって、して欲しいの?」

「? いや、別に。あかりは、あかりだろ」

 

 ナチュラルにそう返答するヒカルに、あかりは「何で?」と問い返す。

 

「碁がわかってくれた方が、そりゃ、俺と話して面白いだろうし、俺もまあ楽しいだろうけどさ。別にそれだけって訳じゃないだろ。碁が打てないから友達じゃねーとか、そういうのって違うじゃん?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って、大事だと思うんだ。ちょっと主義主張が違うだけで敵だーって言ったりとかって、そんなことも起っちまいそうじゃんか」

 

 さらっと言いながらも、ヒカルは少し胃のあたりをさすっている。

 ……その言葉、彼女に対してそう思い至るのには長い時間がかかった。ヒカル同様塔矢アキラも己の妻に対して、ともども、お互い孫が生まれるくらいまで時間がかかったことを思えば。その結論というか人生観を成すまで自分たちがいかに()()()()()()()()のままだったかというのを思い出し、仕方ないなと思いながらも、同時に(あかり)にはだいぶ悪いことしたなという気持ちがない交ぜになって、処理しきれないのだ。ただ、そういった諸々を乗り越えた上でこそ、出てくる碁のふんばりの強さもあると知っているからこそ、今のヒカルは逃げない。

 どれも悪い訳ではないが、だからこそ違う選択肢もそう悪くはない。……それはそうとして保護者の立場にも立った経験から、今思えば色々と思うところは有る。

 

 そんな彼の内心はわからないまでも、胸のあたりを押さえているように見えなくもないことから、あかりはあかりで少し()()()()な勘違いをする。

 

 ふふ、と微笑んで……、頬を赤らめながら、あかりは少し前かがみになりヒカルを上目遣いで見た。

 

「ヒカルがすごい、私のことしんけんに考えてくれたんだってわかった。……うん、ずっといっしょにいたいなーって思ってたけど、まさか、一気にこうなってくるとは」

「あー、いきなりで悪い悪い……」

「いいよ。じゃあ、約束」

 

 約束? と。不思議そうにするヒカルに、あかりは手を伸ばして小指を立てて。

 

「私はずっと、ヒカルのこと見てるから。ヒカルがどんどん先に行って、こっちが見えなくなっちゃっても、それでもずっとヒカルをおいかけて、ずっとヒカルのこと見てるから。

 ────だから時々でいいから、となりに私がいるんだってこと、思い出してね?」

「……ん、じゃあ、ヨロシク」

「はい、よろしくね? ()()()

 

 手を伸ばして小指をからめ、約束。ゆびきりげんまん。

 

 普段のあかりらしくないくらい、明確なヒカルへの自己主張────微笑むその表情と呼び方に、かつて自分の妻だった彼女のことを思い出し。

 不覚にも見入ってしまい、ヒカルは一瞬呼吸を忘れた。

 

 

 

 

 




※次回、名人とアキラの検討から予定
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